第68話:挿れられちゃった

「ねこ、あの、さ」

 ・・・何だろう、すごく近くで、声がする。

「ん・・・」

「ほら、薬」

「・・・あ、そう、か。おれ、寝ちゃってた」

「あ、起きなくていいよ。俺が、して・・・」

「・・・だ、だめだよ。く・・・口移しじゃ、飲めない、よ」

「そうじゃ、なくて・・・」

 いつの間にか、部屋が真っ暗だった。あれ、黒井も布団に入り込んでいて、服も、着替えてる?

「え・・・なに?・・・とにかく、飲まなきゃ。熱が、さがんない」

「だ、だから・・・飲むんじゃ、ないんだよ」

「なに?頭から、振りかけるの?」

 ・・・。ん、そんな薬、ないか。

「ねこ、何言ってるの」

「・・・ねぼけた」

「あの、さ。あ、あの・・・」

「え?なに?」

 黒井が、僕の耳元で、ささやいた。


 ・・・おれ、い、いれちゃうからさ。

 おまえの、そ、その・・・おしりのあなに、だよ・・・。


「・・・っ!」

 何も考えず、黒井に飛びついた。

「や、や・・・そ、それって・・・え、ええ?」

「お、落ち着けって・・・」

 肩だか腕だかに顔を押しつけて、どこかを思いきりつかんだ。確かにここにいる。黒井は、ここで、生きて、声を出している。

 夢じゃない。ぼ、ぼくに、いれちゃう、とか・・・言った!

 手のひらに力が入らないけど、けど、けど・・・!!

「なに、なに、おれ、どう、されちゃうの?」

「だいじょうぶだよ、ちゃんと、する、から・・・」

「お、お、おまえ、が?」

「うん・・・」

「なにそれ、どう、どういういみ??」

「どういうって・・・ご、ごめん、ヘンタイで」

「なっ・・・、お、おれ、へんたいなこと、されちゃうの?」

「・・・うん」

「・・・どう、しよう」

「こわい?」

「わ、わ、わかんないよ。いたいのは、だいじょうぶだと、おもうけど・・・」

「なるべく、痛く、しないから・・・」

「そ、そうなの?じゃ、じゃあ、いいよ、しても、いいよ、おれ・・・」

「うん?」

「おまえに、だったら・・・こう、いうこと」

「・・・いいの?」

「う、うん・・・いいって、お、おもってて」

「・・・じゃ、挿れるから。下、脱いで」

「え、も、もう?もうなの?」

「うん」

「は・・・はい」

 ・・・。

 な、なに。

 その。

 ぜ、前戯、って、やつとか、なしで・・・。

 いや、そういうことじゃ、なくて・・・。

 ど、どうして、なんで、こうなってんの?

 寝ぼけてる時、何か、あった?え?どうして?わかんないよ。い、い、いれるんだって。ぼ、ぼくの、おしりの、あなに・・・。こ、こんなことが、今、え?いつか、とは、思ってたんだけど・・・。む、結ばれちゃうの?交尾なの?両想いとか、告白とか、すっ飛ばして、その・・・。

「ね、ねえ、お、俺が、脱がす?」

「あっ、い、いいや、その・・・脱ぎます、から」

「全部、脱がなくて、いいよ。途中まで、おろして」

「は、はい・・・」

 ど、どうしよう。どうしよう。

「あ、あの・・・」

「なに?」

「お、おれ、こういうの・・・は、はじめてだから」

「・・・そんなの、俺だって」

「そ、そうですか」

「寒い?お前、震えてる・・・」

「え?さ、さむい?わ、わかんないよ。あついのか、さむいのか・・・」

「具合、悪い?」

「う、うん、たぶん、きっと・・・」

「じゃあ、早く、挿れなきゃ、ね・・・」

「・・・っ、そ、そう、なの?」

「これできっと、熱、下がるから・・・」

「そうなの?そ、そうなの?おまえのって、そういう、ものなの?」

「そうだよ、だって、言われたもん。これ、強めの、解熱剤って」

「・・・な、なんですか、それ」

「だから・・・ざやく」

「・・・ざや、く?」

 ざやくって、何?えろい言葉?

 ・・・座薬?

 それって、あ、お尻から、入れるやつ・・・。

「な、な、何!ざ、座薬って!!」

「・・・だから、俺が、入れてやるって」

「い、いいよ!じ、自分で、出来るから!!!」

 バカバカバカ!クロのバカ!!!

 もう、恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい・・・って、その喩えは今はナシ!

 僕は飛び起きて、床を手で探ってその薬らしき箱を握ると、つまずきながら、這うようにトイレに駆け込んだ。ドアを閉めて鍵をかけ、扉にもたれてヘたりこむ。な、なんだ、もう、いったい何なんだ!!

 え、え、入れてもらえば、よかったの?何なの?これ、どういうこと?

 どうしよう、もう、どきどきしすぎて、体調がよく、わかんないよ。頭痛がまだしてるらしい頭を拳でガンガン叩いた。おーい、おーい!

 そしたら、扉がノックされて、クロの声。

「ねこ、ごめんね、俺、その・・・」

 な、何て言ったらいいんだよ!

「や、薬剤師に、言われたんだよ。どうしてもひどいときは、ご家族とかが、その、看てあげてって・・・」

 い、いや、ありがたいけど・・・今、もっとひどく、なっちゃったよ。もう、だめ。頭から、血の気が引いて・・・。

 最後の力で、腕を上げて、鍵を開けた。黒井が扉を開けたので、僕は寄りかかったまま後ろに倒れて、また後頭部を、強く打った。



・・・・・・・・・・・



 トイレの外に引きずり出されて、その場で処置をされた。

 ・・・。

「よ、横、向いて。膝、曲げて・・・」

 されるがまま。もう、真っ白で、何も出来ない。世界が、ぐるぐる、回り出す。

「え、えっと・・・こ、こう?」

 感覚は、もう、なかった。よく、わかんない・・・。

「ね、ねえ、入ってる?も、もっと、押し込んだ方が、いい?」

 ひっ。

 少し、感じた。

 冷たいものが、ずるりと、入った。黒井の指が、押し当てられて・・・。

「ちょ、ちょっとの間、押さえてないと、なんだって・・・」

 何かもう、涙すら、出そう。っていうか、ちょっと、出た。

「あ、あの、しばらく、こうしてるから・・・」

 黒井の言うとおり、しばらくしたら、勝手に薬が侵入してきた。最初は、力んだら出ちゃいそうだったけど、もう、たぶん、大丈夫。

「あ、あの・・・」

 ほとんど声なんか、出ないけど。

「うん?なに?」

「もう、へいき・・・」

「え?」

 やっ・・・!

 黒井がこちらに顔を寄せる。ゆ、指で押さえたまま、動かないで!

「だから、もう、だいじょうぶ、だから・・・!」

「そ、そう?」

「は、はなしても・・・」

「う、うん」

 そっと、指が、離れていく。圧迫がとけて、一瞬また出ちゃいそうになるけど。きゅっと力を入れて、こらえた。

 ・・・。

 もう、なにも、いえない。

 貧血で、寒くて、吐き気がする。

 頭なんかほんの少しも持ち上げられなくて、廊下で寝たまま、どうにもならない。ぜったいむりだと懇願して、そして、・・・こうなった。

 風呂上がりの立ちくらみのときに、全力でジャンプして運動しろってよりも、きつくて。吐き気が拍車をかけて、どうにも、ならなかった。

 ・・・と、言い訳を、してみる、けど。

 だって、だって、・・・もう、しょうがないもん!!

 ああ、こんなこと、され、ちゃった・・・。


「じゃあ、このまま、引きずるの?」

「・・・お、おねがい」

「・・・ほんとに?おんぶしない?」

「し、しない。ひきずって」

「死体みたいに?」

「そう、そう」

 横への移動なら、なんとか・・・。黒井が両手をつかむから、ああ、だめだめ、頭が浮いちゃう。

「あし、あし・・・!」

「ええ?足持って引きずるの?」

「それが、いい・・・」

 足だったら、持ち上がったって、平気だ。頭さえ、このままなら・・・。

 ・・・ずるずるずる。

 あ、移動してる。何か、楽しいな。はは。うわ、トレーナーが、めくれて、床が、冷たい・・・。世界に、<くろ>って、見せちゃうじゃないか・・・。

「少し、段差、あるよ?」

「いい、どうでも・・・」

「・・・そう?」

 廊下で寝てたって、しょうがないんだから。

 部屋の段差は、まず尻にあたり、腰をがりがりと撫でて、せなかをごりごりこすり、首で少し途切れて、あとは後頭部を打った。

「・・・ほんとに大丈夫?」

「・・・ぜんぜん、へいき」

 痛いよ。

 ようやく布団の隣まで来て、あとは、何とか頑張って転がった。や、柔らかいよ。あったかいよ。また、少し涙が出た。

「あのね、クロ・・・」

「うん?」

「はやく、その」

「なに?」

「・・・あらって」

「え?」

「・・・手、洗って、きて」

「何で?」

「・・・ゆ、指!」

 黒井は、あ、ああ・・・とか言ってその、右手の、中指を、口元に・・・。

「ちょ、ちょっと、は、はやく!」

「いや、何かね、あれ、少しぬるぬるしてたんだ。牛脂、みたいな・・・」

「な、何でもいいから」

「何だろう、入りやすいように、なってるんだろうね」

 指をこすりあわせて、に、においとか、嗅がないで!!

「い、いいから、そんなの!」

 起きあがれたら、その手をひっつかんで、無理矢理連れていくのに・・・!

「せ、石鹸!せっけんで!あらって!!」

「別に、毒じゃないんだし。大丈夫だよ」

「そういうことじゃ、なくて!」

「うん?」

 だめだ、全然・・・。ふざけてるのかと、思ってたけど。

 たぶん、素で、何とも思ってない、この人・・・。そういえば昼も、吐いてもいいとか、言ってたっけ。

 ・・・でも、いくら何でも。他人の、お尻の、とか、その・・・。あ、だめだ。貧血がぶり返す。潮が引くように、血がいなくなってしまう。

 少し目を閉じて、おさまるのを待った。っていうか、座薬なら、胃で消化しないんだから、無理してピザを食べなくてもよかったんじゃないか・・・。

「洗ったよ。水冷たいから、嫌なんだけど」

「なら、お湯にしてください」

「ええ?時間かかるじゃん」

 ・・・。

 もう、何だろう。どうしてこんなことに、なったんだろう。

 ・・・な、何で、入れようと、思ったんだろう。別に、今はともかく、さっきなら、起こすだけで、よかったのに。

 ・・・へ、へんたいとか、言ってたか。

 それって、口移ししちゃったり、腹に<くろ>って刻んじゃったりの、延長・・・?

 それって、その・・・えっちな気持ちじゃ、ない、のかな。よく、わかんない。今日のお前は、一段と、わかんないよ。

 それで・・・。

 すっかり僕の寝間着に着替えちゃってるお前と、これから、夜を迎えるわけで。当然、一緒の布団で、寝てしまうわけで・・・。

 全部、熱のせいにしよう。

 何か、あっても・・・。いや、もう、ないだろうけど。

「ねこ、そのまま寝る?」

「う、うん・・・」

「じゃあ、俺も・・・」

「だ、だめ!」

 や、やっぱり、もう、このまま隣に来たら・・・どうなっちゃうか、抑えきれないかも。

「え、だめ?」

「・・・寝る前に、歯を・・・磨かないと」

「あ、そうだね。お前、起きれる?」

 ・・・起きれないけど。

 起きれないけどさ。もしものことが、あるじゃんか。その、き、キスくらい・・・まで、なら。

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