第124話:一緒にいけたら
「もう、お前のせいで眠い!」
「だったら夜中にかけてくるなよ。俺だって、疲れたよ」
「あ、そういえば邪魔して悪かったね。電話、かけたときさ。何してたかって、まあ答えないだろうから訊かないけど」
「・・・っ、べ、べつに」
「あ、やっぱアタリか。いいじゃん今更隠さなくたってさ。お前も俺の部屋でしたし、俺だって、お前の部屋でしたんだから」
「そ、そういうことは言うもんじゃない」
「口に出さなくてもすることはするんだから、おんなじだ」
「何が何と同じか、ロジックになってないな!眠いならさっさと寝ろよ、おやすみ!」
「ねえ、切ったら続き、するの?」
「・・・回答拒否。黙秘する」
「ふふん。じゃあ、俺もするからさ、一緒にしよう」
「・・・っ、はあ!?」
「お前がどうしようと、とにかく俺はするよ。じゃ、おやすみ」
「お、おい」
「どっちが先かな、はは」
「お前・・・」
「でもさ、せっかくだから一緒にいけたらいいね。それじゃ!」
・・・ツー、ツー、ツー。
な、何それ。
どうしろっていうの?
え、今、何十キロか離れた場所で、でも同時刻で、お互い、同じことを、しようって・・・。
そ、そんなこと、出来るか!
僕は左の拳を握って、布団の上から自分の腹を殴った。で、でもあいつが今本当にそれをしてるなら、一緒に、いくなら、俺も、しなきゃ・・・。いや、でも、そんなこと!俺はお前のこと考えてるけど、お前は?どこかのグラビアのお姉ちゃん?いつかの彼女じゃないセックスの相手?ねえ、それとも・・・?
だめだ、だめだ。そんなこと出来ない。でもしたい。したくてしょうがない。どうしよう。
・・・でも、別に、誰も見てないんだし。僕がしたかどうか、黒井が知る術はないんだし。
ああ、そんなことより、一分過ぎ、二分過ぎて、早くしなきゃ一緒にいけない。もう、悩んでるヒマなんかないじゃないか?・・・お前は、どれくらいかかるの?どっちの手でする?寝ながら?それともベッドに腰掛けて?
それを考えただけで勃ってしまった。目を閉じて、今、あの部屋でしているお前を思い浮かべたら、体中が痺れて、奔流に押し流された。・・・こんなこと、だめだろ。でも止められない。左手が、ズボンの上からその熱い箇所に触れ、お前にされてるつもりで乱暴にそれをまさぐった。そのまま中に入って、直接触れる。ねえ、一緒って、いつ?俺とお前の時間が相対的なら同時刻なんか幻で、それだったら、もう本能に任せるしかない。分かった、俺がいきたいときにいくよ。ああ、お願い、ねえ、もうやばい。どうしよう、いつもよりすごいよ。さっきの電話での怒りや緊張や、そのほかのいろんなものがあいまって、もうトリップしそう。頭の中がぐるぐるする。お前の声が響く。電話での声が、本物の生の声になって再生される。ああ、何、これ、気持ちよすぎる。もうだめ、いきそう。クロ、お前は?俺はやばいよ。もういっていい?一緒に、いこうよ。ああ、我慢できない。もう、・・・っ!
・・・。
・・・。
「ひいっ」
呆然と息をついていると携帯が鳴って、でも電話じゃなくてメールだった。え、なに?ただでさえ心臓がどきどきしてるのに、これ以上びっくりさせないでよ。
・・・え、まさか、クロなの?
急に、自分だけ醜態を晒したみたいな気になって、恥ずかしくなった。ああ、冗談、だったのかな。<お前、まさかホントにしてた?>とか、書いてあるのかな。
左手はティッシュを押さえたまま、右手を伸ばして携帯を開いた。
<一応、伝えとく。おやすみ>
・・・。
え?これ、どういう意味?
もしかして、つい今だった、ってこと?
僕はもう取り繕う言葉も思い浮かばず、緩慢な指で一言返した。
<はい。おやすみなさい>
・・・はは、<はい>って意味不明か。でも、本当にそういうことなら、通じるか。まったくもう、どうなってんだ。一緒にしちゃったわけ、俺たち?もう、何これ。何この関係。気持ち悪いよ、いっそくっついちゃえばいいのに。未だ興奮は醒めやらない。このままもう一回できちゃいそう。いや、さすがにもう無理かな。ちょっと疲れたし、眠い。
最後にメールの送受信の時刻を見比べて、一分と違わない<05:08>だったことに満足して目を閉じた。もちろん、だからってそれが同じ瞬間だったって意味じゃないけど、目安としては、同じくらいだったってこと・・・。うっ、やばい、腹が透ける。羞恥心と快感と、いろんなものが駆け抜ける。もう寝よう。もう知らない。知るもんか。喧嘩とかしちゃったけど、ひどいこともいっぱい言ったけど、でもやっぱり前よりもっと、お前のこと、好きに、なっちゃったよ・・・。
・・・・・・・・・・・・・
穏やかな日曜日だった。
社内報の写真を切り取って財布に入れようとして、僕と黒井のところだけ切ってしまおうか逡巡した。結局、切らずに入れた。いつか、いつか二人だけで写真を撮ったら入れ替えるんだ。そういう希望で、生きていこうじゃないか。
洗濯をして掃除機をかけ、本を少し読み、中性子のベータ崩壊についてノートに少しまとめた。重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つの力の中で、一番冴えない気がしていた<弱い力>がかなり重要な役割を果たしているようだった。
素粒子を勉強していると、やっぱり積み木やブロックみたいな、子どもの工作っぽいものがほしくなってくる。本当には無理だけど、触って動かしたり裏返したり、ぶつけて押し出したり、マジックテープみたいなものでくっつけたり離したり、そういうことがしたくなってくるのだ。たぶん、視覚と触覚がほしいのだ。それも猛烈に。つい手が何かないかとさまよってしまうくらいに。
しかし哀れな大人にはやっぱりノートとふせんしかなくて、仕方なく大きなふせんに違う色の小さなふせんを貼り付けて、何の盛り上がりも醍醐味もなく、僕は思ったよりしょぼくれた。・・・面白くない。もっと、引っ掛けたり、カシャンとはめ込んだり、回すと色が変わったり、そういう感触と仕掛けがほしい。触って遊べる素粒子キットとか売ってないのかな。
何だかもどかしさでイライラしてきて、外に出ることにした。昼間っからハイボールでも飲んでやる。
コンビニで小さな瓶のウイスキーとジンジャーエール、それから輸入もののポテチを買って、夕飯の支度をしながらキッチンドランカー。鶏肉と野菜を突っ込んだいつものスープと、おつとめ品ベビーリーフのサラダ。今から二人分の分量に慣れておいた方がいいかな、なんて、浮かれすぎだ自分。たとえルームシェアなんか出来たとしたって、その時またどんな嫉妬や喧嘩や、思いもしないトラブルが待っているか知れないぞ。それに、こうして一人で黒井のことを考えながら過ごす時間が好きでもあるのだ。もちろん、沈み込んでなくて、振られてもいないときに限るけど。
結局まだ燃やしていないノートの2月のところに、<・電話で喧嘩。それから、一緒に、>と書き加えた。自分しか見ないけど、さすがに一緒にどうしたかは文字にして書けなかった。
・・・遠いようで、近い。でも近いようで、遠い。
黒井は人生の本番を始めたけれども、それは決して順風満帆ではなくて、失った何かを求める焦りと期待とで未だにもがいていたようだ。そんなこと知ることもなく僕は馬鹿げた嫉妬をして、彼に余計な混乱を与えたのだった。落ち着いて考えたら、本当に申し訳ない。でも、しょうがないじゃないか。嫉妬って、理屈より感情先行で、僕にはまだ制御できないんだから。
ふと、電話で言われた「ようやく見つけた友達・・・」という声が蘇った。確かに、温泉に行く前にも、<そういう相手、探してた>とか言ってたっけ。つい「自分ばっかだから嫌われた」なんて暴言吐いちゃったけど、もしかして、意外と、本当にそうなのかな。あいつについていけるやつって、もしかして僕以外、本当にいなかったりする?
・・・ま、まさか。
い、いや、確かに面倒なやつだと思うけど、正直、あいつとごく普通の友達づきあいをしたらどう感じるかなんて、さっぱり分からなかった。つまり、僕が黒井を<好き>じゃなくて、友情としての好意だったら、どうなってた?
僕はぱらぱらとあのノートをめくり、それをたどってみた。
まず、忘年会の夜、何も感じないまま親切な友人としてあいつを送って、泊めてもらっていたら?そのままの流れで、クリスマスに、キスをされていたら?・・・悪気はないんだろうって、嫌ったりはしないだろうけど、距離を置いてたかな。でも、押しに弱くて、誘われたら温泉行ったり、そのまま振り回されたかもしれない。でもその場合、困惑の末にマヤが出ることもなく、藤井と何となくつきあい始めたりして、<本番>なんかしてないんじゃないだろうか。たとえ<部分と全体>を押し付けられていたとして、その過去を吐露されていたとしても、僕は物理を始めていないかも。まあ、ブラックホールに興味くらい持ったかもしれないけど、当然嫉妬を感じることもないから、素粒子なんか勉強していない。避けたりしなくて、喧嘩もしていない。たとえ向こうの勝手な理屈で喧嘩を吹っかけられていても、たぶん僕は相手にしていないだろう。・・・何で普通の友達相手に僕が怒らなきゃいけないんだ?他人に対して感情的になって、しかもそれを見せるなんてまっぴらごめんだ。きっと、さっさと理屈で切り捨てて終わりにしていただろう。
・・・ああ、そうか。
っていうか、あいつについていけるのが僕だけ、というより、僕が自分を出せる相手が、黒井だけなんじゃないか?藤井とつきあったって、黒井のことなしに、僕が彼女の前で泣いたりわめいたり、怒鳴りつけたりするだろうか?きっと女の子相手にそんなことしないし、出来ない。うん?黒井にならしてもいいと思ってるのか?いや、違うよ、いいかどうかじゃなくて、もう、それしかないんだ。僕が、僕に対する理屈を捨てさせられてる。あいつが僕を限界まで追い込んで、本音を、いや、その更に奥までぶちまけるしかないとこまで締め上げるんだ。そしてそんな気持ち悪い僕を屋上に連れて行って、「中身、出してくれて」なんて微笑むんだ。
・・・。
腹が透けて、ため息を吐いた。僕も僕なら、あいつも、あいつだ!
もう一度、社内報の写真を見た。この二人が、そんな二人に見える?どうかな、もうお前とのことで、少しも客観的になれない。忘年会からこっち、決定的に枝分かれしてしまっていて、もう自分がどういうとき何をする人間だったのかもよく思い出せない。人を好きになるって、こういうことなの?たとえば菅野も黒井を好きになって、こんなに自分が変わった?まるで細胞や遺伝子から組み替えられて別の生き物になるような、そんな感覚を味わってる?
きっとそれは、僕が男を好きになって、当たり前じゃない恋だからこうなっちゃったんだろう。常に自分に対する戸惑いや制止があるし、思ってもみなかった禁断の欲望と向き合わなきゃならない。普通、どうして彼女とセックスしたいって思うことに罪悪感を感じるだろう?自分の性欲に身震いするだろう?普通に歩んでいたら、来なくてもよかった茨の道だ。でも、これっぽっちの後悔もわいてこない。男同士ってこと以外に、例えば王様と奴隷とか近親相姦とか、その他のどれだけのタブーが立ちはだかっていたとしたって、黒井との人生をやめる気はなかった。だってそうじゃなきゃ、生きてる意味がないじゃないか。
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