第318話:ハロウィンの国のアリス

 特に目的も決めないままぶらぶら歩き、土産物屋に入ったら女性たちが出てこない・・・けど、黒井も何だか神妙な顔で高そうな細工の箱庭みたいなものを見ていて、何となく声をかけるのはためらわれた。

 女性二人はさっきから周りのカップルや女の子たちがつけているハロウィンのカチューシャとやらを試着していて、「娘ちゃんと来たらこういうの一緒にできるじゃん」「あ、それ・・・何かいいかも」と。

「あ、山根さん。どうですか、これ」

「うん、二人とも似合ってるよ」

「やだー、またまたー」

「それじゃ山根さんもどうですか?」

「いやいや、そういう、キャラじゃないから」

 とりあえず速やかに辞退したが、「お菓子がどれも美味しそうだね」などと話を逸らしたらもう、二人は悩ましい顔でどのクッキーか、どのチョコかどのカンか、・・・欲しいなら二つ、三つ買えばいいと思うのだが、どうやら園内にたくさんある土産物屋ごとに微妙に売ってるものが違うらしく、・・・っていうか園内の全部をチェックしてその中のベストを買うっていうのは暗黙の了解事項・・・?

 ・・・と、頭に何かの感触。

「うわっ、何?」

 驚いて振り向くと黒井が「ああ、ねこ、似合うじゃん」と僕を見て、何だかにやけて片目をつぶり、その長い舌を横にぺろりと出した。あわてて頭に手をやってそれをはずすと、黒地に蜘蛛の巣柄(?)の巨大なカチューシャ。

「あ、耳、取るなよ」

「黒井さん、これ猫耳じゃないですよ、ミニーちゃんのリボン・カチューシャ」

「え、そうなの?」

「山根さんかわいかったー。もう一回してみてください」

「はあっ?」

 黒井がにやにやしながらもう一度つけようとしてくるので、「いいって!」と遮った。いやいや、しないから。断じて、あと一秒もしませんから。

 しかし黒井は僕につけるのはさっさと諦め、今度はドヤ顔で自分がつけてみせた。

「ねえ、俺は?似合う?」

「えー、黒井さんはー、うーん、どうかな」

「ハロウィンで仮装するなら、ドラキュラ伯爵って感じ?」

「へー、それもいいな。仮装パーティーとかやりたいよねー」

 そして、「パンダちゃんはパンダの仮装ね」「どうせおでぶですよ」などとみんなが笑った。・・・いや、いやいやいや、どれだけ好きだって付き合ってたって、お揃いの仮装カチューシャなんてつけて歩かないぞ!そういうのは無理だから!



・・・・・・・・・・・・・・・・



 昼食は、佐山さんが、一度にたくさん食べられない、その時の気分のものをちょっとずつ食べたい、ということで、レストランには入らずホットドッグみたいなものをベンチでつまむことにした。

 すると、さっさと食べ終わった黒井がまた一人でどこかへ行き、プラスチックのバケツみたいなものを肩から提げて帰ってきた。それは甘い匂いのするポップコーンで、自分が満足するだけ食べると「パンダちゃんに」とそれをカップごとプレゼントした。何だか気が利いてキザなイケメンみたいに見えるけど、たぶん、食べるだけ食べてあとはまた手ぶらで歩きたくなっただけだと思う。

「ゆきちゃんも食べていいよ」

「それは、ありがとうございます」

「・・・あ、お前は別ね」

「え、俺は、別にいいから・・・」

「そんな、山根さんもどうぞ。美味しいですよ」

「いや、ほんと、今甘いものは・・・後でいただくよ」

「そうですかあ?」

 よく見れば半透明でかわいらしい柄の容器で、佐山さんも首にかけ、お腹の上の辺りで楽しげに抱えている。島津さんが横から「どれどれ、いただきます」と手を伸ばし、ああなるほど、ポップコーンより器が目当てで買ったりするのか。ここでは全てがお土産になるみたいだ。

「・・・やっぱり山根さんもどうですか?」

「あっ、いやいや!」

 隣のベンチからじろじろ見てしまったが、佐山さんの胸元に手を伸ばすわけにはいかない。

 ちらりと黒井を見ると、ふっと、気まずそうに目を逸らされた。

 え、もしかして・・・。

 わざわざ「お前は別」なんて言うのは、普通の男友達っぽさを装ってのことじゃ、なくて。

 ・・・まさか、僕が女性二人と一緒というのを、嫌がってる?

 嫉妬、してる、とか・・・。

 ふいに、そうだクロは隣の西沢と喋っただけでもキレたんだったと思い出し、急に心拍数が上がった。な、何だよ、お前は思いっきり二人に甘えてるくせに、僕はだめなわけ?あ、いや、僕は別に甘えたいんじゃなく、そうじゃなくて・・・。

 ・・・だ、だったら。

 素直に、僕と二人で食べたらいいのに・・・な、んて。

 いや、それは僕も無理だ。みんなでならともかく、ここで二人だけ寄り添ってポップコーンは出来ない。



・・・・・・・・・・・・・・・



 それからしばらくは、まったりと散歩しながらベンチで休み休み、景色や雰囲気(や、土産物屋)を楽しんだ。その間、左から僕、島津さん、佐山さん、黒井という並びで歩いていて、何となく女性二人が前へ行き、黒井が僕の横に来ることもあったけど、僕は、四人モードから二人モードにすぐには切り替えが出来なくて、しかも前の二人に聞かれてるかと思うと下手なことを言えないし、結局ほとんど話せなかった。話そうと思えば話せそうな雰囲気なのに、その一歩が、自分から踏み出せなかった。

 ・・・。

 まあ、この雰囲気に、あてられているのもある。

 クリスマスほどではないんだろうが、この、異様なカップル率の高さ。とりあえず、必ず視界に一組は寄り添うカップルがいる。男女が二人で大人しく歩いているだけでは飽き足らず、手を繋ぐのはもちろん、腕を組んだり、腰に手を回したり、お互いをカメラで撮り合ったり・・・。


 そして、何かのタイミングで、前を佐山さんと黒井、後ろが僕と島津さんで少し細い道を歩いていた。何となく話題を探しながら歩いて、そこで、島津さんが何か前を凝視しているのに気がついた。

 島津さんは声に出さず<うわー>と言い、僕が見ると、黒井たちの前をものすごくゆっくりカップルが歩いていて、僕たちがそれを追い越そうとしているところだった。彼氏が彼女の肩に手を回し、それが髪を何度も撫で、リボン・カチューシャの位置を直してやり(もちろん彼氏もミッキーのをつけている)、その手は腰から、ミニスカートのお尻にも下がって・・・。

 前の二人も当然それに気づいていて、声に出さずおかしそうに体を揺らし、そして彼らを追い越した、その直後。

「・・・っ」

 黒井が佐山さんの肩に手を回して抱き寄せ、その手は僕たちの目の前で、体のラインをなぞりながら、下へ・・・。

「いてっ!」

 その手を島津さんがぴしゃりと叩いて、「黒井さんセクハラ!」と笑った。佐山さんは困ったような、呆れたような、触られたことよりは島津さんが叱ったことがおかしかったようで、「びっくりしちゃったー」と。

「黒井さん、妊婦に何してるんですか!」

「え、だって、見たー?」

「み、見ましたけど!関係ないですよ!」

「じゃあゆきちゃんにならいい?」

「・・・っ、そ、そーいう問題じゃないです!やるなら山根さんにどうぞ!」

「へっ!?」

 島津さんに後ろから背中を押されて、黒井の前に差し出され、え、えっと、どうすりゃいいんだ。

「・・・」

「・・・」

 一瞬見つめあって、僕が目を伏せると、黒井は妙な間を空けた後、「・・・で、できないよ!!」とうわずった声を上げた。い、いや、本気で考えるな、し、尻なんか触るな!耐えられる平常心なんかない!

 しかし島津さんは「いえ、カチューシャつけたら可愛いです・・・!」と吹き出すのをこらえながら断言し、僕をさらに前に押し出した。たぶん僕と黒井は色々と別の意味で「無理!」と拒否しあっており、でもそのことが何だか恥ずかしいのか嬉しいのか、僕はただひたすらにぶるぶると首を横に振るしかなった。

「ほら、・・・どう、ぞっ!」

「・・・っ」

 島津さんの細い指が僕の背中から離れ、目の前にクロがいる。すぐ引っ込むことも出来るけど、それも何だか場を白けさせるようで、でもだからって黒井に抱きついてしまうわけにもいかないし、しかしこの変な空気を笑いに変える妙案が思いつくこともなく・・・。

「・・・あ、えっと」

「・・・」

 一瞬、がばっと抱かれ、すぐに肩をどんと押されて、後ろによろけた。

 ・・・いつか、病院の近くで<黒井くんの彼女ごっこ>をして、キスの直前で「無理無理」と大笑いされたのを、思い出した。

 あの時とほとんど同じことが起こっている・・・けど。

 今の黒井は、照れていた。

 「健全すぎて、できないよ」と意味深に笑い、<二度としないキス>をしたクロ・・・ではない。

 ・・・僕と付き合ってる、クロだ。


「ゆ、ゆきちゃん、やっぱ無理」

「あははは、誰も抱きつけって言ってませんよ」

 すると佐山さんがなぜか「あ、黒井さん、さっきプリンセスの服ありましたよ」とよく分からないことを言い、島津さんが「あ、それならいけるんじゃないですか?」と茶化す。え、プリンセス?

 しかし黒井は「・・・あれは、やまねこと違う」と、にこりともせずそれを一蹴した。一瞬周りの空気が固まるが、島津さんが「え、じゃ、黒井さんが着たら」と持っていき、すかさず佐山さんも「どのプリンセスが似合うかな?」と話を広げ、「ベル?」「アリエル?」「ラプンツェル?」と。・・・な、何の話をしてるんだ?

「・・・俺は、アリスが好きだよ」

「不思議の国のアリス?・・・ふっ、でかいアリスだなあ」

「あ、でも、アリスって大きくなったりするから」

「いや、そういう問題じゃないでしょう」

 それから周囲の雰囲気はすっかり西部劇のようなアメリカンになって、一同、また土産物屋に吸い込まれる。ガンマンのような帽子をみんなでかぶって(もちろん僕以外)、そのうちプリンセスのネタからも離れていった。抱かれた感触と、プリンセスの服が何だったのか(まさか僕に着せる話じゃないよね?)を思い返す暇もなく、あれよあれよと今度は船に乗ることになった。

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