24章:ゴールデンウィークとアトミク

(僕たちがやることに、名前だけがついた)

第178話:GWの予定

・第二の<本番>をやる

・誕生日?

・カラオケ?

・GWの予定?


 考えをリストアップしてもう一度メールを読み返す。<GWの予定は任せた>・・・ってこれ、カラオケだけの話じゃなく、四日間のあいつの予定を僕が組むということ?

 ・・・僕はもしかして、思った以上に、あいつに必要とされているのかもしれない。

 冷静にそんなことを思ったけど、それからふと胸が熱くなり、ついでに下半身も疼いた。

「・・・う、うあああ」

 とうとう僕は自分の頭や膝ををどんどんと叩いて、思わずわめいた。お、落ち着け、落ち着け。だ、誰かに必要とされる存在なんて、な、なったことがなくて分からない!どうしよう、けど、やるしかない。今までだって十分気持ち悪いくらいお前のために生きてたけど、これからも、お前のために、生きますから・・・。

 <俺のために生きてくれたらいい>・・・。

 そ、それってもうほとんど、プロ、ポーズ、とか、思っちゃうけど・・・。

 あの、くろいこうじにはなりません。やまねこじゃなくなっちゃいますから。やっぱり俺とお前は黒犬と山猫で、うん、こうしてサラリーマンやってたって、たまに野生に戻らないとだめなんだ。俺だって気ままな飼い猫じゃないし、お前だって全然従順じゃない、本当は狼だ。だからやっぱり山に分け入って狩りでもしなきゃ。


 しかし、いざ黒犬と山猫の黄金週間をどうこうしてみようと思ったところで、今更どうにもならなかった。旅行へ行こうにも今から予約が取れるはずもないし、カラオケの誘いをどうするかもあるし、それにまだ誕生日プレゼントを買えていない。もう一度あの万年筆を調べてみるけど、新品で買うなら一週間くらいかかるらしい。連休中だし、たぶん間に合わないだろう。三十万の覚悟をしたって、当日に間に合わなきゃ意味ないし。・・・普通は、友達の誕生日くらい、その月であれば構うこともないかもしれない。でも、あいつの場合は<今>が<今>なんだから、その日を過ぎてしまったらだめな気がした。

 ・・・それに。

 もう最後かも、とか、言ってた。

 ・・・焦ってるんだ。

 僕だってアラサーなわけだけど、三十歳になるその日は、どんな気持ちだろう。別に何も変わりはしないけど、でも、僕にはまだ、自分が三十代になるなんてうまく考えられなかった。そんな、大人じゃない。たぶん中身は、大学生と変わらない・・・。

 もしかして、あいつも、そんな気持ちかな。

 大学の、その演劇部の頃で止まってしまったまま、・・・時計の針が追いつかないままで三十歳になってしまったら。

 それは、焦るか。

 それを思うと、盛大なプレゼントでハッピーバースデー!という気分ではないのかもしれない。どうなんだろう、あいつはいったい、俺に何をしてほしいだろう・・・。


 しばらく、下心抜きで、本当に<俺のために・・・>っていうあいつの言葉どおり、僕は黒井のことを考えた。あいつが何をすれば動かない脚におさらばしてナヴィの体になれるのか。もし僕が監督で、主人公を自由に動かせるなら、どういうプロットを立てるのか・・・。

 地図、だ。

 プレイヤーに入ったままの<アバター>を再生する。本のプロット・ライン・グラフを見ながら、第一幕~第三幕のポイントを考えた。154分ある分数を120分換算に直して、電卓をたたきながら、主要なポイントを割り出していく。しかし、映画は小説より、その分数辺りで何が起こっているのかつかみにくかった。シーンのまとまりで区切られていて、それがグラデーションのように重なりながら移り変わっていく。明確なポイントはいくつかあったが、それらを折れ線グラフで繋いでも今ひとつ意味を成さなかった。たぶんもっと引いた視点で、主題を押さえなくては。

 グラフと格闘しながら、何やってるんだ、GWの一日目が過ぎていくぞ、と何度も思った。でも、どんなに焦っても、僕は地図がなければ動けない。あいつのための地図だけど、それを任されたんだから僕に必要なんだ。腹がきりきりしてくるけど、その場を動かずノートに向かった。

 主人公の個人的な問題や葛藤。

 場面としての盛り上がりや流れ。

 個々の人物と、集団と、枠組みの対立構造の揺れ動き。

 細部にとらわれず、大枠で考える。各場面場面を通して、一体何が動いているのか。僕は主人公の心の動きを詳細に追っていたが、映画としては、それは主題を表す大きな窓であって、主人公への共感を通してそれが伝わるだけだ。

 僕は転換点を見直して、たぶん、それを見つけた。

 この物語は、故郷を追われた主人公が、別の社会に入るまでの話だ。

 それを色々な角度から見ているだけだ。そして、物語の中間、最も大事な転換点としては、儀式を通してジェイクが部族の一員になる・・・ではない。それはあくまでそのことを表現しているに過ぎない。つまりそれは、儀式の直前の、キスシーン・・・。ジェイクが、地球人から、完全にナヴィ側へ心を移した瞬間。別の社会に入る覚悟と決断は、恋によってなされた。プロットの本を読み返すと、まさにその通りのことが書かれていた。ギリシャ神話で、祖国を終われ過酷な旅に出た主人公は王の娘と恋に落ちる。物語の中盤で、それは必ず起きる・・・。本当だ、というか、ああ、脚本家はこうして映画を作っている。

 ・・・恋を、したから。

 それは何とも安直で、不明瞭で、しかしそこには有無を言わせない力がある。

 ネイティリがそんなに美人でなくて、態度もでかいし男より強いし僕としては魅力を感じないけど、でも、恋に落ちてどれだけの覚悟が出来るのかってことは、うん、どれだけ不条理な恋だってそうなるってことは知っている。

 ・・・お前に必要なのは、恋、なの?

 本当にそういう相手がいれば、お前はどこかへ行けるの?

 ネイティリと契りを交わし、新しい脚がもらえると言う大佐の言葉を蹴った瞬間、たぶん物語はそう方向付けられていた。主人公が転換点を越えれば、結果は自ずとついて来る。

 もちろん本当の人生でそうとは限らない。でも、人生の縮図の地図では、そうなっている。

 ・・・<俺のために生きてくれたらいい>という言葉が、少し残酷に響いた。これって、好きだって意味じゃない。

 王の娘と恋に落ちるというのは、あくまで、物語としてのメタファーだ。そういうものが人生を転換させていくという、分かりやすい喩え・・・。僕はそう言い聞かせて、でも言葉では、「振られた、かな・・・?」とつぶやいていた。そして携帯を打って、「黒井は行けるそうです。時間と場所、決まったら教えてください」と菅野にメールした。

 

 数十分後、<ほんとですか?嬉しいです(^^)v 山根さんも来ますよね?>と返信。え、僕がどうするか?そんなの、・・・そんなの。

 一緒にいたいけど、でもいたくないけど、どうしよう。

 べ、別に、恋による転換というのはあまたあるプロトタイプの一つであって、そして恋というのは何かに打ち込むという行為の象徴的な一つの形であって・・・。

 行きたいなら行けよ!と頭で声がした。・・・う、歌わないからな。


 さて、衝動的にGW最終日の予定を入れてしまったら、明日と明後日はどうしよう。ああ、だから誕生日プレゼントを・・・。

 宙を見上げ、何も思いつかず、結局またノートの転換点ポイントに戻る。そう、カラオケ、つまり歌。そうだよ、別に菅野とか恋とかじゃなく、歌っていうのはどうだろう?アートが人を救う物語だっていっぱいある。そして僕はまたあの、屋上の雪の夜を思い出した。宝物みたいな記憶だって、流れ星のことを話して、口ずさんでいたメロディー・・・。

 ああ、流れ星?いやいや、だからそんなの用意できない。

 せいぜいプラネタリウムへ行くくらいしか出来ないよ。でも男二人でそんなところ行けないし。

 ・・・ホーム、プラネタリウム?

 あれ、部屋の中で映し出せるそんなもの、なかった?

 黒井が天井の星に手を伸ばす様を思い浮かべて、何か思い出した。うん、あれは、昨日見た夢?それはただの投影だって、ああ、投影か。でも、どうなの、そんなの、部屋で再現してみたって・・・。



・・・・・・・・・・・・・



 ネットをしていたら夕方だった。

 明日と明後日で出来ることとして、アウトドア的な何かとか、物理学関連の施設だとか、思いつくまま検索してみるけど、どれも混んでいそうだし、それはやはり用意されたイベントでしかなかった。二人でキャンプに行ったら楽しいだろうな、なんて思わず顔がにやけるけど、本当にお前のために生きるなら、僕だけ楽しんだって意味がない。

 ・・・ハードルが、高いです、先生。

 いったいどの程度、どこまで、何をすればいいのか。何をしてもいいのか。


 並べすぎて逆に意味を成さないほどノートをそれらしい事柄で埋めて、そもそも何のための何をしているのかわけがわからなくなって、夜になってしまった。確かに頑張ってお前のために生きたけど、全然だめだったみたい。

 ・・・このまま、誕生日プレゼントも買えないまま、GWが無為に終わっていくの?こんな休み、八月までもうないのに?誕生日なんて、お前の三十歳の誕生日なんてもう一生来ないのに?

 どうすりゃ、いいんだよ!!

 ・・・。

 ・・・会いたい。

 ただ、会いたかった。もう何でもいい、一緒にどこかへ行きたい。また映画が見たいし、並んで歩きたい。笑ったり、何か食べたり、また話が聞きたい・・・。



・・・・・・・・・・・・・



 日曜日。

 黒井からの着信かと思って飛び起きて、「もしもし?」とにやけた声を出したら、親だった。

「あ、ヒロくん?今いい?」

 ・・・ひろくんて誰。

「・・・な、なに」

「ちょっと・・・はあ、どうなってるのかしらね、もう」

「な、何なの」

「あの、カズくん、カズおじさん、いるでしょ」

「あ、ああ」

「亡くなったって・・・」

「・・・」

「今朝聞いたのよ、本当、びっくりして。前から調子悪いとは聞いてたんだけど、まだ五十にもなってないのに、まさか、ねえ・・・。もう、お通夜行くにもこんな時期じゃ、切符もすぐ取れないし、本当、大変で・・・」

「・・・そう」

「いや、それから、もう、困ったわね、アキちゃんとこ、ようやくおめでただって。どうしてこんなこと重なるのかしら」

「・・・そう、なんだ」

「あんた結局連休も帰らないんでしょ?もう、こっちは本当、ばたばたしてて」

「・・・何か、あるなら・・・、その、香典だか、お祝いだか」

「別にいいわよ、そんなのは。あ、キャッチが入った。とにかく、また、ね」

 ツーツーツー。

 ・・・。


 ・・・カズおじさんはいい人だった。確かお年玉をもらった記憶がある。アキちゃんて人は会ったこともほとんどないが、不妊治療してたとか何とか。

 こんなこと、突然知らされたってどうすることも出来ないし、別にする義理も感じない。それでも、おじさんについてはとりあえず写経をして追悼しようと思った。

 今まで書いてきた続きの、掲諦掲諦波羅僧掲諦・・・のところでまた電話が鳴り、「・・・はい」と出たら、今度はまさか、黒井だった。

「・・・あ、あの、俺だけど」

「あ・・・、クロ、か」

「ごめん、何かまずかった?」

「・・・いや、別に」

「何だよ、彼女にフラれた?」

「・・・いや、っていうか、彼女とかいないし」

 自分でも思った以上の抑揚のない声が出て、黒井は「・・・どしたの?」と訊いた。

「別に、ほんと、何でもないんだ。ごめん、何だった?」

「・・・何でも、なさそうじゃん。・・・俺には、言えないこと?」

「そうじゃ、ないよ」

「・・・」

 無言で促されて、別に、こんなこと言うつもりなんかなかったけど、何でもないで押し通すのも大人げないし、正直に話した。

「ちょっと、身内に不幸があって・・・それで」

「誰?まさか親?」

「えっ・・・親じゃ、ないよ。親戚の、おじさん」

「そう。親しかった人?」

「いや、ほとんど」

「そっか。・・・じゃあ、葬式とか、行くの?それじゃ連休、会えないね」

「いや、そんな・・・確か九州の人だし、俺まで行かないよ」

「・・・ふうん?」

「・・・うん」

「・・・で」

「え?」

「それほど知らない親戚のおじさんが亡くなって、どうしてそこまで沈んでるの?」

「・・・さあ、俺にも、わかんないよ。おじさんは、お年玉を、くれて、それで・・・」

「ふうん」

「・・・それに」

「うん?」

「親戚の誰かが、子どもが、出来たって」

「へっ?」

「・・・」

「なに、今度はおめでたい話?」

「うん、何か、知らないけど」

「・・・で?」

「・・・うん」

「お前はどうしたの?」

「・・・え、別に、どうってことは」

「そっち、行こうか?」

「え、何が?」

「俺がだよ」

「・・・え?」

「俺が、お前んち、行こうかって」

「何で?」

「お前が、そんなだから」

「そんな、って・・・?」

「そんなは、そんなだよ。昨日からずっとそうなの?」

「・・・いや、聞いたのは、ついさっきで」

「俺ね、去年親父が死んだんだ」

「・・・」

「その後ね、食べ過ぎたり、何も食べなかったり、別に理由もないんだけど、どうしてかそうなった。本当にさ、死んだのがショックとかそんなんないんだよ。ふうん、って、何とも思ってないのに、そのすぐ後からさ、そんなことがあった」

「きょ、去年て、いつ・・・」

「・・・支社に来る、前だよ。春」

「お前、そんなこと・・・」

「気にしないでよ。うちはちょっと変なうちだし、誰も気にしてないんだ。湿っぽいことはしないんだよ」

「・・・」

「すぐ、行くからさ。俺が慰めてあげる」

「・・・べ、別に、そんな」

「じゃあ、鍵開けといてよね」

 ツー、ツー、ツー。

 ・・・。

 ・・・な、何が、・・・どう、なってるんだ。

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