第71話:元演劇部員と元ミス研部員の勝負

 やたらに腹が減る。

 僕は飽きずにまたピザを頼み、黒井は「また?」と呆れて自分はパフェを食べた。

 喫煙席で、ノートを広げて、鉛筆片手にタバコをふかす。犯人役と人質役で、それぞれのプランを立てていく。用意するものは山ほどあるし、今日これからでどうのこうのとはいかない。期限を決めて、限られたプライベート時間とそこそこの金をつぎ込んだ、大人の長期戦だ。

「タイムリミットは一週間。二月いっぴ、土曜の昼、十二時までにしよう」

「うんうん」

「いいか、整理しよう。俺は人質、お前は犯人。犯人はお宝を探し当て、人質とともに逃亡すれば勝ちだ。人質は、逃げながら犯人をプロファイリングし、それを推理して当てて、逃げおおせれば勝ち。タイムリミットまでにどちらも勝っていなければ、判定になる」

「判定?」

「今考えてるのは、位置だ。俺は出口に、お前はお宝にどれくらい近いかで競う」

「それって、鬼ごっこっていうか、サバイバルゲーム的な?」

「まあ、そうではあるけど・・・実際あそこで鬼ごっこってことじゃなくて・・・まあ、チェス、的な」

「うん?」

「それぞれ、身代わりの駒を立てるんだ。俺は人質の駒、お前は犯人の駒。一緒に鬼ごっこするわけじゃなくて、各自勝手に動いて、離脱するときには駒を置いていく」

「離脱って?」

「まあ、あの廃工場みたいなのが舞台で、でも俺たちは会社に行かなきゃいけないんだし、だから舞台からいったん降りるときは、今まで居た場所に駒を残していくんだよ。また来たら、そこから始める」

「・・・相手の駒を見つけたら?」

「そうだな、たとえば俺、つまり人質が犯人の駒を見つける。この場合犯人は寝ているとみなして、通りかかっても捕まることはないから、無視出来る。犯人をどうこうする必要はない。ただ、犯人の位置が分かれば、隠したお宝を遠ざけることが出来る」

「なるほど」

「そして、犯人が人質の駒を見つけた場合。これはお前の勝利条件の一つだから、好きな所に持っていっていい」

「人質を、閉じこめても、連れ回してもいいってわけ」

「そう。俺が次に行って、自分の駒がなくなっていて見つけ出せなければ、何も出来ない。舞台の中では、自分の駒なしでは物一つ動かせないルールだ。俺は自分の駒を持たずにはお宝も動かせないし、もちろんお前の駒を見つけても何も出来ない」

「・・・ゲームオーバー?」

「いや、お前がお宝を見つけるまでは、あるいは期限いっぱいまでは、自分の駒を探し続けることが出来る。犯人を推理し続けることも出来るし、判定勝ちになる可能性も残ってる」

「えーと、じゃあ、俺は・・・うん?」

「お前はお宝と人質の駒を揃えたら勝ちだ。ただし、お宝も駒と同じ扱いで、見つけても持ち帰らずに舞台に一緒に置いておかなきゃいけない。だから、人質が自由な状態なら、いつ取られて別の所に隠されるか分からない」

「・・・俺はお宝と人質の駒をいっぺんに見つければ即上がりだけど、お宝だけを発見した場合は、隠してもこっそり人質に取られる可能性がある」

「そのとおり」

「で、人質の駒だけを発見した場合でも、早くお宝を見つけないと、結局同じ」

「そう」

「・・・うん、何となく分かった。で、お前が勝ちの場合って?」

「犯人から隠れながら、お宝を遠ざける工作をしつつ、情報収集をして犯人を推理し、出口までたどり着く。・・・つまり、出口に駒を置いて、一緒に推理の内容も書いておくから、それがアタリなら勝ちで、ハズレならやり直し」

「・・・つまり?」

「舞台の出入り口に、犯人、人質、お宝が置いてあればお前の勝ち。人質と犯人を当てた紙が置いてあって、当たっていれば俺の勝ち。そのどちらもないまま期限が来たら、それぞれの駒の場所で判定する」

「人質の駒は、出口に近いが勝ち方でしょ?でもまあ出口はどこか分かってるんだから、それって俺より有利じゃない?」

「まあ、それは確かに。でも、その時点でお前がお宝を見つけていて、あと人質だけって状態なら、逆に人質の駒を見つけやすくなる。っていうか、期限ぎりぎりに駒を動かすならその時本人がそこに行くのであって、それなら鬼ごっこになるわけだし」

「あ、そっか。でも、出口に近くてもお前が犯人を当てられなかったら?」

「判定に持ち込まれたら、推理は関係なし」

「何か、ずるいな」

「でも、それまでこっちは出口に駒を置いて勝負をかけるんだから、ハズレの場合は捕まるだろうし、リスクが高い」

「・・・むしろ判定まで粘った方が有利?」

「そうだね、でもさすがに当たる見込みもないと勝負をかけるのが馬鹿らしくなるから、推理のハードルを少し下げよう。たとえば選択問題で、ええと、七日間だから、七択とか」

「七択ね。それってつまり七通りの犯人がいて、そのうちの一つを俺がやるってこと?」

「そこは、なりきってもらわなきゃいけない。そもそもこの計画が成立するのは、それ次第だ」

「俺にかかってる?」

「元演劇部員だろ?・・・そうだな、七人の犯人、じゃあ七冊の本を用意しよう。お前は今、正解の一つを選んで、その本を買って帰れ」

「え?本?」

「その人物になりきるんだ。俺は、お前がどれになりきって行動してるかを当てる」

「人物って?」

「小説だよ、ミステリ小説。犯人側から見たやつもたくさんあるから、読んでるとそういう気持ちになってくる。神経質なやつ、イカれたやつ、ただ楽しむだけのやつ、崇高な目的のために全力を尽くすやつ・・・。俺はそこから逃げるとともに、どんな小さな物証も見逃さずに、相手の心理を見極めるんだ」



・・・・・・・・・・・・・



「・・・お前って」

「うん?」

「・・・」

 僕はここがファミレスだってことも忘れて、灰皿の上のタバコもすっかり灰になって、いつの間にかノートも喋りながらの走り書きでいっぱいになっていた。鉛筆の芯がずいぶんすり減っている。あ・・・れ、ちょっと、熱が入りすぎた?ドン引き?

「あ、あの」

「・・・ちょっと待ってて」

 黒井は立ち上がると、レジの方へ向かった。僕はあらためてノートを見返して、あまりに自分の趣味を押しつけすぎたことに、少し辟易して恥ずかしくなった。もうここはミス研じゃないし、いや、ミス研でだってこんなこと誰も一緒にしてくれなかったんだし・・・。

「お待たせ」

「あ、ああ」

「はい」

 黒井はテーブルの上に、ぬいぐるみ二つと、留め金つきの箱を置いた。箱は小さめのクッキーの缶みたいな材質の、鉛筆やらロケットの絵が描かれた、おもちゃだか菓子だかが入った子ども用のやつだった。

「何、これ?」

「駒」

「・・・え?」

「こっちの不細工な猫がお前ね。で、この狼っぽい黒いのが俺。それで、このカンカンがお宝で、中に七択のうちの正解を入れとく。アタリの証拠として」

「・・・ぶさいく」

 僕は猫らしきぬいぐるみを手に取った。微妙に目があっちこっち向いていて、虚ろだった。ファミレスのお子様用グッズ、こんなので喜ばれるのかな。

 黒井はカンの中身をあけて、ラムネ菓子などを早速食べた。

「で?七択、出来た?」

「・・・お前、やる、つもりなの?」

「本気」

「え?」

「俺は本気で勝ちに行くよ」

「・・・やる、わけ」

「何度も言わせないでよ。やりたいって言い出したの、俺なんだから」

「まあ、そうだけど・・・」

「あんなこと、突然言い出してさ・・・でも、それで、二、三時間のうちにここまで計画が出来ちゃって・・・お前はなんなの?」

「い、いや・・・これはただの、趣味っていうか、妄想っていうか」

「いつもこんなこと考えてるの?」

「まあ、そういう時期が、あって」

「時期?」

「ミス研、時代の・・・」

「みすけんって何?」

「ああ、ミステリ研究会のこと。要は、推理小説オタクの集まり・・・」

「へえ、じゃあ、元演劇部員と、元ミス研部員の対決?」

「そ、そういうこと。だから、俺が考えたルールだし、お前の方が不利かもだけど・・・」

「大丈夫。俺はこの一週間に全てをかけるから、不利くらい、何ともないって」

「え?」

「言ったでしょ。俺の、人生の話だって。今から、本番が出来るんだ。お前に言ったら、お前が用意してくれたんだ」

「あ、ああ、そういう、本番・・・」

「・・・えろい意味の本番だと思った?」

「ベ、別に、そんな」

「ま、それも、アタリ・・・なんて」

 ・・・え?

 僕が言葉を失っていると、黒井は通りがかりのウェイトレスを捕まえて、「ねえ、お姉さん、生二つ!」とピースマークで笑顔を見せた。お姉さんは当然やられてしまって、うわずった声で「は、ハイ、ただいま!」と。

「な、何だよ、ビール?」

「本番だよ?当然、生で!」

「・・・お、お前ね」

 気がつくと、テーブルの上の黒い狼が不細工な猫の上に卑猥な格好で後ろから乗っていて、僕は赤面して目を逸らした。黒井はにやにや笑いながら、「生はまだかな、ねえ、やまねこくん」とからかった。「う、うるさいな」と言って、僕は狼と猫を慌てて引き離した。

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