第253話:ホームセンターで追いかけっこ
「・・・はおともだちになりました、ってえー、何それ」
「ちょっと、ちゃんと最後まで読みなよ。・・・もういい、貸して」
こんなんで友達になれたら苦労しないよ、とぼやいて、読み聞かせの彰彦お兄さんは退任した。いや、見たところ、ただ自分が声に出して読んでただけみたいだけど。
今日のいくと君はちょっとご機嫌斜めのようで、何かと不機嫌そうな声を出してぐずっている。ああ、もしかしてお父さんがいないから?それほど存在感がなくても、彼にとっては何かが違うのだろうか。
彼の気を紛らわすためにも、暇そうな我が王子のためにも、「じゃあもう出かけましょうか」ということになった。王子はふいに「俺運転する」と言い出し、鍵を持って先に出た。あ、ちょっと待って、ズボンを着替えて、スニーカーを出して・・・。
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今日はヴィッツの助手席に座って、後ろのチャイルドシートの隣からは「ちょっと、やまねこくんの方がうまいんじゃないの?代わってもらおうよ」と野次が飛ぶ。いくと君がぐずる度にきつくブレーキを踏むから、みんなの首が揺れた。どうやら本人としては揺りかごがわり(?)のつもりみたいだが・・・。大きく揺れると一瞬泣きやむのだが、やがてまた始まる。泣きやむのは喜んでいるからというより、「うっ」となって声が出なくなるからでは、とバックミラーを見てみたりするが、まあ、もう少しの辛抱だ。
スーパーの巨大な駐車場をぐるぐると回り、<満><満>、ようやく<空>。バンに囲まれたスペースに、後ろもろくに見ないでさっと入れ、後から「どっか擦った?」なんて訊くのはやめてほしいけど、とにかく無事についた。
いくと君の機嫌を直すため、まずはペットコーナーへ。引っ越しばかりだから飼えないが、わんわんにゃーにゃーを見るのは好きとのこと。なるほど、見たとたんに顔がぱっと輝き、すっかりご機嫌になった。幼児の機嫌を直すことは、母親にとっては値千金というわけか。正直、ここまで幼児のご機嫌を最優先しなきゃいけないのか?とも思ったが、ぐずってるのとそうでないのとでは、抱っこから声かけから、全然違う。ペットコーナーに立ち寄るくらいなら、費用対効果はかなり高いといえた。
その後は下のスーパーに降りて、いくと君はカートに乗ってご機嫌を保った。馬鹿でかいフロアで、全貌が見渡せないほど。
当然女性二人が、まずは野菜から吟味を始める。台風のおかげで茄子が高騰しているとのこと。しかし何だか、こうして女性陣の後を所在なげに歩く父親がそこここにいて、何とも言えない感じ。するとああ、やっぱり我が王子のご機嫌がぐずついて、「ねこ、上行こうよ」と。
もしかして、いくと君がなつかないから好きじゃないわけじゃなく、自分が中心でないから面白くないのか?まったく、甘ったれのわがまま王子め。目立ちたがり屋というより、自然と注目を浴びてあれこれ世話を焼かれているのが常態なんだな。しかも、女性に囲まれて。・・・こういう男の面倒をみてるのか俺は。
お母さんの代わりにご飯を作って褒めてやり、お姉さんの代わりに「うわ、それ違くない?」と現実的なつっこみを入れてやり、そして、お父さんの代わりに・・・。
・・・なれる、はずは、ないか。
いや、そもそも誰の代わりにもなれはしないんだ。本物はこんなんなのだから、どんなに演じてみせたって、僕には僕以外の何も入ってはいない。こんな、あったかい家族なんかは、特に。
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「ね、工具コーナーに行こうよ」と言うので快諾し、黒井は先ほど見たトンカチが頭にあるようだ。僕は何十種類もある銀色のきらめく釘とネジを眺めて、一番嫌な拷問は五寸釘を両目に打ち込まれることだな、と考え、どの長さなら脳まで達しなくて、致命傷にならないかと無意識に計っていた。もちろん死なない為じゃなく、苦しむだけで<死ねない>長さを見ているのだ。
「釘見てるの?」
「え、うん」
「釘っていって思い出すのは、かかしの脳みそだな」
「・・・へ?」
「あのね、オズの魔法使い。あれのアニメでね、オズの魔法使い、もといただの科学者がさ、かかしの頭に、オガクズに釘をざらっと混ぜて、重くして詰めてやるんだよね。そんで、重くなって、頭が良くなった、って」
「・・・そんな話だっけ」
「あー、あとはね、ブリキの、何だあれ、ブリキ男の心臓だよ。この、胸を四角く切り取ってさ、中にピンクに塗ったハート型の何かを入れてやるんだけど、動く度にガンガン中でぶつかってうるさいから、この、切ったブリキ板に直接、釘で留めちゃうんだ。そんで・・・あれどうやって戻したのかな、溶接したのかな」
「な、何のこと?」
「だから、ブリキ男は勇気が欲しいんだ。それで、ああ、鉄の心臓をあげるって話?あれ、でも鉄なら釘で刺さんないよね。・・・あ、勇気が欲しいのは臆病ライオンか。ブリキのやつは、優しさ、いや、心が欲しいんだった」
「そんな、釘で打ち付けるような心で、・・・っていうかそれ心なの?」
「いいんだよ。全部、インチキのプラシーボ効果なんだから。ああ、釘をさ、袋からざくざくって取り出すあの音と、手を突っ込んで痛くないのかってことと・・・あのハートを、それらしくするのにささっと塗るところが好きだったなあ。あ、ハケを見よっか!」
次はペンキのコーナーに移動し、黒井は、そのハートにペンキ塗るのを真似をして何かの箱を絵の具で塗りたくったがアニメのようにはいかず、辺りを絵の具まみれにして怒られたと言った。また、釘の代わりに画鋲を握って痛い目に遭い、それから針には弱いとのこと。ああ、そういえば水ぶくれを自分で刺したがらなかったっけ。あれがほんの、昨日のことだなんて。
黒井は様々な刷毛を見て、ちょっと違うと言いつつも楽しそうで、ご満悦だった。
僕がチェーンソーと防犯システムを見ている間、黒井はあちこち回遊して、やがて「ソフトクリーム食べよ!」と僕を引っ張っていった。冷房の効いた店内で、素肌の腕が絡まって、その感触がさらさらと気持ちよく、部屋着みたいな格好の黒井はそれでも全然かっこよくて、にやけ顔を戻すのが大変だった。
・・・・・・・・・・・・・・
一階のスーパーの横にフードコートが併設されていて、マックやたこ焼き屋とともに、ソフトクリームスタンド。黒井がアイスとジュースを両手に持ってやってくる。店員のおねえさんと話さないという選択肢はないわけ?
「今のオススメは夕張メロンなんだって。でも俺、こっちがよかったからさ」
持っているのはバニラとチョコのミックス。ジュースを渡され、透明な液体から炭酸の泡。一瞬昨日のゲロル何とかいう炭酸水が浮かぶが、飲んでみるとふつうのスプライトだった。当たり前か。
黒井はソフトクリームを持ったまま再びエスカレーターで二階に戻り、隅の空いたベンチでそれを舐め始めた。さっき見た子猫がかわいかったと話し、もう一度見に行くかと訊くと、別にいいとのこと。山猫なら見たいけど、と笑い、でも、見るなら野生のが見たい、と。
「ま、ここにもいるけどね」
「・・・俺は野生か」
「ほら、野生なら自分で鼠とってこい!」
「鼠は嫌だな、せめて魚釣りくらいにしてくれ」
「しょうがない、飼い猫に成り下がったねこにソフトクリームをやろう」
渡されるけど、何だか、白かった。
「・・・チョコが食いたいなら、何でミックスを頼むんだ?チョコ単品はなかった?」
「いや、あった、けど。・・・色合い的に?」
「今はひどいもんだけど」
「はは、そうだね。あ、しっかり下に押し込んで食べてよ?最後、スカスカのコーンだけ食べたくないから」
まあ、仰ることはその通りだと思いますが、自分がさんざん部分的に舐めとったものを渡した上に、人が舌で押し込んだものをまた食べる気?ジュースの回し飲みくらいならまだしも、たとえ家族とかでも、そこまではしたくないと思うんだけどどうだろう。精神年齢が、甥っ子くんくらいの、何でもかんでも口に入れてしまう時期なんだろうか?
それでも僕はありがたく黒井の舐めあとを食べ、ジェラートよろしくスプーンをもらってこようか迷ったけど、なるべくスマートに、コーンにそれを押し込んだ。三角コーンのようなシンプルな形状ではなく、安っぽい最中の皮のようなやつで、中にたくさん仕切りがあってすべての枠に均等にアイスを押し込むのが難しい構造だ。そして、もちろんそれだけで食べても全然美味しくはない。ジャイアントコーンではなくジャイアントカプリコなわけだ。
モグラたたきみたいに、押し込んでもあっちこっちから飛び出してくるアイスと戦いながら、何とかすべての部屋(特に、縁の所は小さい四角がずらり並んでいる)を茶色混じりの白で埋めると、「ご苦労」と言って黒井がそれを取り上げた。何の躊躇もなくそれを口に運び、ガリガリと構造物を噛み砕いて、最後の、ペットボトルのキャップくらいの底が僕に返された。十字に仕切られたそれには、ほんの、四分の一くらいしかアイスは入っていない。
「まだまだだね」
「・・・そうですね。ああ、彰彦さん、口の周りがアイスまみれですよみっともない」
思わず嫌みを言ってそれほど美味しくないコーンをかじる。<彰彦おじさん>にすればよかったと思っていると、「そんなに欲しいなら舐めてもいいですよ意地汚い」、と口を突き出して素敵なご回答。
「ええ、ええ、そこまでするくらいならもう一つ買ってきますから」
「ああそうですか、それじゃアタクシ、ハンケチを持ってませんのでこれで失礼」
そして、僕のTシャツの裾をぐいと引っ張って、お、おい、拭くな!
ベンチから飛びすさって逃げ、「待てハンケチねこ!」と、当然黒犬が追ってくる。「うわっ」とTシャツをズボンにしまいこみながら広い店内を走り回り、間違いなく、精神年齢は二人とも二十歳下だろう。いや、もしかしたら二十五歳下か・・・。
・・・・・・・・・・・・
「や、やめろ、ホントに拭くな!!」
「俺、嘘はつかないって。じゃ遠慮なく」
「ひいいーー!」
後ろから羽交い締めにされ、背中に溶けたアイスがぐいぐいなすりつけられる。しかも、少しだけ伸びたヒゲがシャツを貫通して、チクチク痛い!
「まあまあ、ぎゃあぎゃあとうるさいこと。なあにをやってらっしゃるの?」
そこに、カートに買い物袋をたくさん乗せたお母さんが現れた。後ろから「え、ここにいたの?」とお姉さん。
「あ、あの・・・」
黒井君が僕をいじめるんです!と訴えてやりたいが、お姉さんに「え、ちょっと、・・・二人とも子ども?ずっと探してたんだよ、メール見た?」と呆れられ、「・・・すいません」と小声で謝る。おい、クロも一緒に謝れよ!
「今、ねことソフトクリームを食べましたよ」
「あら、美味しそうね」
「え、ソフトクリーム?いくと、食べたい?」
「どこにあるの?」
「下の、フードコート」
「ちょっと、甘いもの食べましょうか」
・・・あ、甘い!二人とも、弟に甘すぎる!
話しながらもべったりくっついたままの僕たちのことなど気にも留めず、女性陣の頭はスイーツ・モードに切り替わっている。クロの話題転換が巧みだったのか?っていうか、家族の前でこんなにべたべたされて、ちょっと、微妙すぎるんですけど・・・。
お姉さんがトートバッグ(自分のブランドものとは別の、たぶんおむつ的なものが入っている)を黒井に「これ持って」と押しつけ、ようやく僕たちに「・・・暑苦しいね」と一言。僕は慌てて肩の上から乗っかっている腕を払いのけ、そっぽを向いて一歩後ろへ。トートバッグは回覧板みたいに僕の元にまわってきて、僕はおとなしく荷物持ちになった。
・・・・・・・・・・・・・
結局フードコートで軽くたこ焼きなどを食べ、帰りは僕が運転して帰った。いくと君がおねむの時間に入り、今日は先導の車もないので、かなり慎重に運転した。カーナビに従うとその通りに来れて、助かった。
華麗なテクニックも盛り上がるような暴走もなく家に着き、「目的地に到着しました」。お母さんとお姉さんには好評だったけど、助手席で無口だった黒井に、つまんないやつと思われていないかとか、ちょっと不安になった。家事やミステリのことならともかく、同じ土俵で能力を見せ合うような、見定められるようなのは、やっぱり嫌で逃げたくなる。だからクロとは仕事の話もしないんだし(黒井の方は、ただ仕事の話なんかつまんないからってだけだろうけど)、普段は「お前、もうちょっとちゃんとしろ」みたいなことを言っておいて、何かで失敗したり下手くそだったりを見られるのはプライドが許さない・・・なんて、まったく情けない。
リビングで少しまったりし、お茶と、軽くおにぎりや何かをいただいて、いくと君を寝かしつけたお姉さんに羽田土産を披露し、品評会が行われた。テレビはBGM代わりに、BSのニュースが小さな音で流れている。
お姉さんは、やれこれは雑誌に載っていた、これは有名パティシエの何々だ、と言い当ててみせ、一つずつ食べた。六本木のあれだよねえ、とか、何とかシェフの新しいやつだよね、とか、結構ミーハーみたいだ。黒井が興味なさそうに「へー」と天井を向くので、僕が「デパ地下で見たような・・・」などと水を向けると、「えー、どこの?タカシマヤ?うちの近くにもあるかなあ」と。こうなるともう、佐山さんや、客先の女性事務員を相手にする感じ。
しばらく、ここがどこで相手が誰かも忘れ、仕事中の雑談のような感じで話していたが、ふと、聞き捨てならない声が。
「それで、遺体の発見現場は」
「ここから二キロほど行ったところの公園です」
僕は無言で首をゆっくりまわしてテレビに向け、ああ、昼下がりのサスペンス再放送だ。
あれ、BSでやってるんだ、こういうの?
・・・と思ったら、お母さんがテレビ前に陣取り、リモコンで音量を上げた。何だ、チャンネル変わってたのか。大きなテレビに、字幕つきで「死亡推定時刻は昨夜未明」と、死体のアップ。青いビニールがかけられ、鑑識が運んでいく。
思わず、うっとりした。
これは何のシリーズだろう?昔は大体網羅してたんだよな。海外ドラマのクオリティに慣れてしまったら学芸会みたいにしか見えないけど、高校、大学くらいの時期は、部屋で毎日見てたもんだ。
僕が釘付けになってしまったので、黒井がお姉さんに「こいつ、こういうのが大好きで」と解説する。ええ、大好きですとも。お前の次にね。
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