16章:怒涛の決算期
(会社しかない僕は、四課での居場所を守るため奮闘する)
第134話:誰かと繋がっていたい
一人で電車に乗って、ただ座っているのが苦痛になって、携帯を見るとメールが来ていた。それは菅野からで、題名は<ふられちゃいました!>。
<山根さん、いろいろ応援してくれたり、ありがとうございました・・・(;へ:)
昨日あの部屋で、2人でクッキーを食べながら、さらりと「彼女はいらないんだ」って言われちゃいました(笑)。でも正直、これで良かったのかな、とも思ってます。何だかちょっと、あたしとは違う、遠い人なのかも。
あ、でも、あたしこれでも失恋には慣れてるんで、心配しないで下さい(>▽<)/
それに、なぜか全然気マズくはならなくて、今度カラオケ行こうって話になりました♪
むしろ今の方が、いい曲が書けそうです!ではでは!
ももこ>
・・・。
ふうん。
別に何をどうしようとも思わなかったけど、誰かと繋がっていたい一心で返事を書いた。
<大した役に立てなくてすいませんでしたm(_ _)m
でも、菅野さんの音楽活動がいい方へ向かってるようで、僕も、良かったんじゃないかなとか思います。・・・余計なお世話ですけど。
曲が出来たら、ぜひ聴かせて下さい。あ、こないだのサイン捨てちゃったので、もう一回書いてくれる?(笑)>
一分待っても二分待っても返事が来ないので、携帯のワンセグでテレビを見た。土曜の午後、面白い番組がやってるはずもないけど、ただ字幕を目で追った。何かしていないと、気が紛れない。藤井に<みっともなくがっついてごめんね>ってメールしようか。<今度瓶詰めを贈るよ、中身はピクルスでいい?>、それとも、<連休、一緒に出かけない?どこかの池に、鴨でも見に>・・・。
・・・はあ、何だろう、うざいなあ、自分。
<一人で過ごしたいので>なんて、藤井にお断りされちゃうかな。でも、何かしていないとそわそわして、どうにも落ち着かなかった。きっと、誰かと一晩過ごして別れた直後で、気分がうわついてるんだろう。もう、誰でもいいから話しかけたい。天気でもドラマでも、何でもいいから「ええ、マジで?」って会話したい。
横田に<早速行って参りましたが・・・>とメールしたが、アドレスが変わっていたらしく返ってきてしまった。あーあ、他に誰かいないかな。っていうか、どうしてこんなに独りが耐えられないんだろう。僕だって藤井ほどじゃないけど、孤独には慣れてたはずなのに。誰ともつるまないで、やってこれてたのに。
何から、気を、紛らわしたいんだろう。
・・・たぶん、また最後までいかなかったことだろうな。きっとそうだ。
でも、ちゃんと勃起したから、もういいか。大丈夫だよな。
家に着いてからも、ひたすらテレビを見ながら家事をした。海外ドラマのDVDでは、何となく時間感覚が違う気がした。リアルタイムで繋がっていたいんだ。ニュースでも、バラエティーでも、内容なんかどうでもいい。
ひととおり家事をやってしまったら、風呂に入って、風呂でも暇を持て余したからさっさと出て、九時前に布団に入った。ほとんど徹夜だったから、すぐ眠れた。
・・・・・・・・・・・・・・・
日曜、十時頃起きて買い物に行き、卵とネギと、インスタントラーメンなどを買った。どうせ今週も残業で、ろくに作れないだろう。帰って鶏肉のチャーハンを食べ、テレビをつけたけど嫌になって消した。何もする気にならなくて、また布団に横になって、少し開けたカーテンから入る光をただ見ていた。目がチラチラして、だんだん眠くなってくる。何かを焦っているような胃の痛さと、とろんと落ちていく心地よさと、半々だった。
この張り付いたような焦りは、いったい何なんだろう。何か、忘れている仕事の嫌なことでもあったっけ。先送りしていたマズい報告とか、雲行きの怪しい契約とか・・・。まあ、全部そうだといえばそうだけど、特別どれということもないような・・・。
そのうち、体の疲れが勝って、いつの間にか寝ていた。
夕方起きて、ラーメンに大量のねぎをかけて食べ、また寝た。性欲は落ち着いていて、ティッシュを片づけたり、左手を洗う必要もない。しかし結局、何かを忘れているような、ぽっかり開いた穴のような空白はどうにもならなかった。何も素敵なことが起こらないなあ、と思い、そんなこと起こる予定もなかったか、と首を傾げた。
月曜。それでも今週は連休があるからまだ気が楽だ。朝から菅野がカラ元気を振りまいてくれたので、少し気分が明るくなった。
「・・・で、山根くん、成果は?」
「・・・恥ずかしながら、未達」
「それは、そもそも論で?」
「いえ、判をつく、一歩手前で」
横田がキーボードから手を離し、その手を膝に置いて、こちらを向く。僕も書類から目を上げ、同じく手を膝に置いた。
「・・・ちょっと、君、いくらなんでもそれはないだろう。いったいどうなってるの。俺は情けないよ」
「致し方、なかったんです」
「言い訳無用。もういい年なんだから、そこらへんきっちり、ね?」
「・・・はい。次回は、必ず」
「で?そのアポは」
「いえ、まだ、何も」
「それじゃ次回って言えないでしょ?何事も先に計画ありき。見通し立てて進めなさい。・・・以上」
「はい。すんません」
頭を下げ、デスクに向き直る。そしてふと思い出し、「あ、そういやさ」「何よ」で課長と平社員ごっこは終わり。
「お前アドレス変えた?返って来ちゃった」
「え、それ、そっちが先に変えてて、送れなかったんじゃん」
「あ、そうだっけ」
朝の合同ミーティングでは、数字、予算、計上、計上、計上・・・。中山課長の仕切りなので、僕と横田はひい、と肩をすくめるばかりだった。三月も後半、ラストスパートなんだとか。最後まで何とか寝ないで二枚綴りの紙を眺めていると、ほんのついでという感じで、来週の展示会の話が出た。菅野が一生懸命封筒を折っていた、あれ。
「三日間、まあ一課二課の女の子たちには出ずっぱりで出てもらうんですけど、こちらからもいくらか出さなきゃいかんということでね。ま、業務に支障のない範囲で、若い人から二、三人、一日ずつ回してお願いします。ちょっとした息抜きにはなるかもしれないけどね、ま、優先順位考えて。同じ課からいっぺんにいなくなられると困るから、適当にばらけて、相談してください。それから・・・」
二、三人と言うから横田と出ればいいかと思ったけど、ばらけてと言われて、さてどうしたものか。っていうかこういうの、適当に相談してって一番困るんだよね。もう勝手に決めといてくれればいいのにさ。
しばらくやり残したものを片づけたり、電話に追われたりして、目の前のことに専念した。時間が経つのが早くて、すぐお昼近くなった。また蕎麦でも食べてから行こうかな。
食券を買っていると後ろから声をかけられ、一課と二課の同期だった。「よう」「お疲れ」「どうよ」で展示会の話になり、優先順位が低いなら出展するなよな、と苦笑。してもいいけど俺らを出すなよ。え、でもうち、広報の人間とかっているの?さあ、本社にいるんじゃね?ってか何で女の子出さなきゃなんないの、おい四課、お前らお手伝い気分かよ!
「じゃあお先」
「おう、行ってらっしゃい」
僕はそのまま出かけ、何となく<そういうノリ>を貼り付けたままその日が過ぎた。帰社して菅野と話してもあのメールのことはスルーで、個人的な話題などなかった。横田が僕の未達の件をそれ以上からかうこともなくて、そうしたらもう本当に、上辺の話題しかなかった。海水を飲むように、渇いた喉を潤そうと、会う人会う人、別に必要もないのに話しかけて、どうでもいいコミュニケーション。繋がっていたいだけ。それなのに、繋がってなんかいないって、思い知っていくだけ。っていうか、僕、上辺じゃない個人的な話題なんか、あったっけ?そもそもそんなもの、発注チームの藤井って子とアレコレしましたって以外、何か、あるんだっけ・・・?
空虚さをテレビで埋めて、ああ、だからスマホに買い替えるのか。ラインってやつで繋がるのか。でも今更何かのグループに入れてくれるかな。この忙しいのに、わざわざアドレス交換みたいなことをしてる暇があるのかな。
連休で買い替えようか、そうすれば電車での暇が潰せるかも。何が出来るんだかよくは知らないけど、まあ、いろいろ高くなっちゃうだろうけど、交際費と思えば仕方ないか。あ、藤井に聞いてみようかな。っていうか、買うのつきあってもらおうか。ああ、そうしよう。それにかこつけてまた会って、もうお金もないし、今度は、うちに呼んだりして・・・。料理とか、作ってもらおうか。毎日弁当とか言ってたし、もしかして結構そういうの出来たりして?
しかし、そう思ったら、断られるのが怖くなった。向こうも忙しそうだし、連休、予定が入っていたっておかしくはない。僕以外のそういう相手が今いるのか分からないけど、・・・いや、もしいたって、こっちを優先してもらえないかな。こないだあそこまでいった仲なんだし、僕が会いたいって言ったら、会ってくれないかな・・・。
・・・。
・・・何か、必死だな、俺。
どうしたんだろう、好きでも嫌いでもないとか言っといて、でも何だか引かれたら押しちゃう?これって恋の駆け引き、みたいな?
・・・恋、なのか?
藤井のことが好きなのかな。だんだん、好きになってきちゃったのかな。どうだろう、自分でもよく分からない。嫌い、ではない。でもこの、相変わらずの上から目線は、本当に好きって気持ちなんだろうか。
好きって、何だっけ。
藤井がくれたイヤホンで、藤井がくれたCDを聴いた。シャッフルでかけると、<戻らない日々>。
・・・うん、僕って、こんな人間だっけ。
こんな、何にもない、好きって言ってくれた唯一の人を好きになったかも分からないまま、それでもすがりついて、コントロールしたくて苛つくような、そんな人間だったっけ。
・・・そうかもしれない。
っていうかまあ、それ以上立派な人間であることもないだろうし、こんなもんなんだろう。
藤井にメールを書こうとして、でも上辺も本音も書けないまま、結局閉じた。あの時は「それでも好き」と言ってくれたけど、今はもう何の自信もなかった。っていうか、たぶん、僕自身が、僕を、好きじゃなかった。
・・・・・・・・・・・・・・
火曜日。朝から菅野がみんなに甲斐甲斐しく小さな紙を配った。昨日訊かれていた、来週の予定表だ。適当に相談しといて、と言われていたやつ。結局菅野が取りまとめてくれたのか、有り難い。
三日間が午前と午後に分かれ、三課と四課のヒラ社員の名前が並ぶ。僕は火曜の午後と水曜の午後が割り当てられていた。え、っていうか午後の方が時間が長いんですけど。確かに両方午前中は外せない打ち合わせと納品が入ってるけど、他の人はマルが一個の人も、っていうかバツだけの人もいる。これじゃ僕だけ暇人みたいじゃない?ま、直帰できるから別にいいか。いや、やっぱり帰社して残業かな。ああ面倒くさい。
僕と同じ時間にマルがついている人を指でたどると、火曜は三課の後輩で、水曜は、黒井だった。・・・っていうか、黒井は水曜の午前午後か。丸一日空いてるなんて、三課もヒマってわけじゃないだろうに。
このところかかりきりのお客さんのところにまた伺う。外は穏やかに晴れて、少しずつ、暖かくなってきていた。春が、近い。
毎日同じ説明と同じ世間話をして、本題はちょっとずつしか進まないけど、どうせ進むときは向こうから「あとこれをやってもらって終わりですね」とか言われるだけだ。僕がどんなセッティングをしたって、いつも、向こうが考えてることなんか分からない。分かったかなと思っても、なぜかそういうときに限ってするっと担当者が変わってまた暗中模索。契約を始める前に見通しをつけるって、でもそんなの予知能力でもなきゃ無理じゃない?もう仕事のノウハウってレベルを超えてるね。ああ、だから相手の出方を伺ってないで、強烈にこちらのペースに乗せていかなきゃ、ってことか。まあそれはそうかもしれないけど、それにあたっては本人のカリスマ性みたいなものが足りないね。はは。
帰社して何だかよく分からない引継ぎの話をされ、別に、やるならやります、そこ積んどいてくださいって感じだった。やることは山積みで、でもいざ現場に行けば微妙に待たされる時間と気の抜けた一進一退の進捗だったりで、どのくらい今を焦ればいいのか、感覚を少し放棄していた。もう、どうにでもなればいいんじゃない?計上できなくたって、その時はその時じゃない?別に三末で会社が倒産するわけじゃないんだし、四月の売上も少しは残しといたら?
靄がかかって少し眠い頭で、まずいコーヒーを取りに行った。途中で黒井が寄って来たので、「行く?」と言うと、ついて来た。
「お疲れ。そっちはどうよ」
「え?うん、まあ」
「ああ、来週のあれさ、水曜。よろしく」
「え、ああ・・・」
「どした、元気ないじゃん。まあ、ないか。ん、っていうかお前少し痩せた?ちゃんと食ってる?」
ちょっと見ないうちに、やつれてるように見えた。気のせい?
「・・・あんまり」
「だめだよこういう時こそちゃんと食っとかないとさ。って、ま、俺もラーメンばっかだから人のこと言えないって、はは」
給茶機について、コップをセットする。今日客先で見たサーバーはもっと種類が多かったなあ。こんな、コーヒーと緑茶と玄米茶しか出ないやつじゃなくて、コーンスープとか、バナナ・オレとか、カフェラテとか・・・。
「・・・何か、ますますまずくなる、これ」
僕のを待っている黒井が、壁に寄りかかって、斜め上に向かって言う。そうやってだるそうにしてても、ネクタイが緩んでても、テレビで見る若手イケメン俳優みたい。
「・・・お前さ、会社辞めて役者でもやったら?」
「・・・え」
「ほら、菅野さんだって歌手目指してるじゃん?そういうの、何かいいよね、才能ある人ってさ。こんなとこいたってさあ、毎日磨り減るだけだよ。大した商品でもないくせに・・・って、あ、本社の人来てる。ちょっとまずいか。やば、こっち来る。俺ちょっと退散するわ」
コーヒーをこぼさないように、集中して歩く振りで給茶機をあとにした。うん、確かあの本社の女性、年末にいた人事の人だっけ。ぼうっとしていたら誰かにぶつかりそうになり、一言二言交わしたら、もうさっき何をしていたのか忘れてしまった。コーヒーを飲んで、何するところだったんだっけ。もう、最近何が今日で何が昨日だかも定かでないよ。ふせんもまったく追っつかなくなって、どれが終わって、どれがこれからで、どれが仕掛かりだったのか、毎回見定めるのに五分はかかって、うん、これじゃだめだな。これじゃ、だめだ・・・。
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