339:二人の異世界侍女がついに出会います!



■セリオ・ヒッツベル 24歳

■第499期 Cランク【審判の塔】塔主



 【女帝】への返信はその日のうちに行った。会談の意思ありと。

 そして翌日の営業終了後にはすぐに会談を行うと。随分とスピーディーなことだ。


 もちろん双方共に理由・思惑あっての翌日開催である。伯母上は単純に「早くエメリーさんに会わせてあげたいわ~」という感じだろうが。



 とにかく僕は指定した時間の前には『会談の間』へと行き、【女帝】たちを待ち受けた。

 すでにルサールカミリア(A)、伯母上、ティナも準備を整えている。


 しばらく落ち着かない時間を過ごしていると、気配を察知したらしきティナが扉へと近づき、頭を下げながら扉を開けた。素晴らしい侍女だな。



 入って来たのはまず【女帝】シャルロット。いつもの女帝然とした姿だ。

 続いてエメリー。ティナと目も合わさず、何も言葉を交わさない。ただ【女帝】に付き従うのみだ。

 ティナもティナで、あれだけエメリーと会いたがっていたのに頭を下げたまま。何とも徹底した侍女だな……互いに。


 そして三番目に入って来た者の姿を見て、僕は内心驚いた。

 六翼の天使がいたのだ。純白のドレスを身にまとった天使が。



(【忍耐の天使ウリエル】か……?)



 とすぐに思ったのだが、手紙には「私の眷属を」と書いてあったし、ウリエルならばドレスアーマーを着ているはずだ。

 それは書物にも書かれているし、新年祭で見た【純潔の天使ラグエル】もドレスアーマーを着ていた。大天使とはそういうものだろう。

 ということはやはり【女帝】の眷属……? どの塔から召喚権利を得たのだ? 種族は何なのだ?


 色々と思うところはあるが、ホストとして迎え入れないわけにはいかない。



「ようこそお越し下さいました」


「お招き頂きましてありがとうございます。【女帝の塔】のシャルロットです」


「【審判の塔】のセリオ・ヒッツベルです。そしてこちらが叔母にあたりますシフォンです」


「【風雷の塔】のシフォン・ヒッツベルです。よろしくお願いしますね」


「どうぞお掛け下さい」



 エメリーが椅子を引いて【女帝】を座らせた。ティナも同様だ。

 そしてティナはそのまま職員からワゴンを受け取り、給仕を始めた。

「こちらはわたくしがやります」とエメリーも【女帝】用のお茶を用意する。何とも品格のある空間になったものだ。


 お茶が三塔主に行きわたったところで切り出した。



「しかし今年の内定式は色々と驚きました。叔母が神定英雄サンクリオを賜ったのもそうですが、他にも色々とありましたし。私は少々驚き疲れましたよ」


「そうですね。神定英雄サンクリオが二人というのもそうですし、【橙】【竜牙】【恋人】【正義】ですか。どことなく二年前を彷彿とさせます」


「また黄金期とでも呼ばれるのですかね。二年ぶりの黄金期というのも変な話ですが」


「昨年のように静かな出だしならばいいのですがね。はたしてどうなるか……こればかりは動き出してからでないと分かりません」



 【女帝】が何かしらの諜報手段を持っているというのは分かっている。

 それで内定式を見ていなければあのタイミングで手紙など来ないからな。

 そして注目している塔はやはり例の六塔と……まぁ当たり障りないところではある。


 と言うか「静かな出だし」と言っても塔主戦争バトルが少なかったのは新塔主に限った話だろう?

 どこかの同盟はド派手にもその時期に【傲慢】同盟を斃していたではないか。それのどこが静かなのかと問い詰めたい。



「とはいえティナさんが来て下さったというのは叔母にとってもありがたいこと。私も叔母が新塔主になると聞いて不安に思っていましたが、そういう意味でもティナさんの存在は心強い。

 エメリーさんの存在もティナさんにとって大きいものでしょう。異世界からただ一人で戦いに来るというのは、何とも心苦しくもありますので」


「それはエメリーにとっても同じこと。これまで二年間、この世界で色々と苦労をさせてきました。出来ればティナさんと好きに話せるような形にできればと思っております」



 しかしこのような回りくどい言い回しをするのも久しぶりだな。父の補佐についていた頃でももう少し緩かったと思う。

 【女帝】は貴族ではないし、元街娘だという噂だからここまでする必要はないと思う。

 ただシャルロットの女帝然とした振る舞いと二人の侍女がいることで、こちらも″準男爵の息子″であることを意識させられてしまうのだ。場に合わせるのは職業病のようなものだな。


 でだ、『ティナとエメリーが好きに話せるような形』か。

 ならば先にやることをやれということだな。



「私どもとしてもそれを望んでおります。気持ちよく話してもらうためにも私たちで魔法契約を結んでおきますか?」


「ええ、そうですね。先に契約の内容についてお話しましょう」


「ええ、是非」


「まずはこの場における三塔の情報を他者に漏らすことを禁ずる、といったところでしょうが、私の場合は同盟全てを込みでお願いしたいのです。相談しないわけにもいきませんし、すでに同盟内で吹聴禁止の契約は結んでおりますので」


「分かりました。ではそちら六塔とこちら二塔ということで記しましょう」



 これは想像できたことだ。

 エメリーの力というのは【女帝の塔】の戦力というだけでなく同盟全体の戦力の要でもあるはず。

 だからこそこの会談のことも同盟全体で承知しなければならないのだ。異論はない。



「私としてはティナさんとエメリーさんのためにも不可侵条約のようなものも加えたいと思うのですがいかがでしょう」


「セリオ様がよろしければ私は構いません。こちらが二度も申請しておいて何を今さらと言われるかもしれませんが」


「いえ、過去のこととして水に流しましょう。おそらく込み入った事情があったのでしょうし塔主にはよくあることです」


「そう言って頂けると助かります」



 よおし! これでもうヤツらから申請されることもないな! これだけで大戦果だ!

 そうして僕はさっさと魔法契約書を作成した。そして僕と伯母上、シャルロットがサインをする。

 これで終わりだ。やったぞ。僕は成し遂げた。



「はい、これで契約成立です」


「ではエメリーさん、ティナさんと自由にお喋りしていいですよ」


「ティナちゃんもいっぱい喋っていいのよ~。よく我慢してたわね~えらいわ~」



 二人の侍女は少し会釈をするとテーブルをぐるりと回って、互いに近づいた。


 ティナが「エメリーお姉ちゃん」と抱きつき、エメリーが頭を撫でる。

 それはまるで母娘のようで……今までエメリーに抱いていたイメージを完全に塗り替えるような光景だった。



「私たちは私たちで少しお話していますか」



 そう言う【女帝】もまた表情が一気に崩れたように見える。こちらが素なのだろう。

 女帝という立場から街娘へ。こうも変われるものかと、それはそれで恐ろしく思えた。





■エメリー ??歳 多肢族リームズ

■【女帝の塔】塔主シャルロットの神定英雄サンクリオ



「ティナ、貴女随分と若くなりましたね。二十歳ほどですか?」


「多分。でもエメリーお姉ちゃんだって若いよ。それが全盛期ってこと?」


「おそらくは。マジックバッグの中身は確認しましたか?」


「うん。やっぱり死んじゃう直前のものになってるっぽい」



 若返ったのは見れば分かるのですが、言動まで子供っぽくなっていますね。少なくとも晩年は「エメリーさん」呼びでしたし。

 わたくしも精神が肉体年齢に引っ張られているのですかね。自覚はないのですが。



「わたくしが死んだあとは大丈夫でしたか」


「うん。イブキお姉ちゃんとかウェルシアお姉ちゃんとかシャムお姉ちゃんとかいたし。私もエメリーお姉ちゃんが死んでから二十年後くらいに死んじゃったけど。多分大丈夫だと思うよ」


「まぁ皆に任せておけば安心ですか。しかし随分と若く亡くなったのですね。寿命で?」


「そう。でもそんなもんだよ兎人族ラビなんて。お母さんだって同じ感じだったし」



 わたくしが死んでからのことを知る仲間と出会う。そんなことが出来るなど思ってもいませんでした。

 これだけでわたくしは神様に感謝したいくらいです。

 まぁどういうつもりでティナを送り込んできたのかは分かりませんがね。



「エメリーお姉ちゃん、さっきの対応と給仕は大丈夫だった?」


「ええ、立派な侍女でした。やはりそこら辺は晩年のものですね。二十歳そこそこではあそこまで綺麗には出来ていなかったでしょうから」


「うーん、そうかなぁ。よく覚えてないや」


「それよりもティナ、貴女、身体の動きは大丈夫なのですか? イメージと動きに差異があるでしょう?」


「そうなんだよ。すごく変で困ってるんだ。エメリーお姉ちゃんはどうしたの?」


「とにかく慣れるしかありませんよ。暇な時間は剣を振り続けなさい。もちろん侍女としてシフォン様のお世話が第一ですが」



 記憶のイメージは晩年のもの。しかし肉体は全盛期のもの。それは動きに歪みをもたらせます。


 わたくしの場合はプレオープンを利用して侵入者の方々を相手にバランス調整を行いましたが、ティナはわたくしほど『器用』ではないですからね。恐らくもっと時間は掛かるでしょう。


 本当はわたくしと『訓練の間』で戦えれば話は早いのですが……おそらくすぐにとはいかないでしょうね。

 お嬢様はわたくしの戦いをセリオ様やシフォン様に見せたくはないでしょうし、向こうにしても同じこと。

 ティナのステータスは確認しているでしょうから、それをお嬢様に見せたくはないでしょう。


 もう少し会う回数を重ねて、その結果信用を得れば機会があるかもしれません。

 それまでは自主練に励むか、侵入者相手に戦うことを勧めるべきですか。



 ……しかし『無の塔』にするのはおそらくセリオ様が嫌がりますね。シフォン様が危険だからと。

 ティナであれば例えAランク冒険者が百人で攻めてきても問題はないと思いますがね。それを信じる御方ではないでしょう。


 そこへいくとお嬢様は全面的にわたくしを信頼して下さったのですから、やはり器が違います。

 つくづくお嬢様の元へ召喚されて良かったと思いますね。



 ティナはティナで頑張らないといけませんよ。シフォン様をお守りするのは侍女である貴女の役目なのですから。


 この娘は少し抜けているところがあるので心配ではあるのですが……わたくしは影ながら応援することしかできません。

 せめて相談には乗ってあげられるよう、気に掛けてあげましょう。



「ティナ、【魔剣アドラメレク】は持っていますね?」


「持ってるよ。あとは予備武器が色々と」


「それはよほどの強敵以外、使用禁止です。後々説明しますが使って後悔することも多いので。普段はマジックバッグに仕舞っておきなさい」


「えっ、そうなの?」


「あと【風雷の塔】で自主練する時も気を付けなさい。下手に魔剣を使うとシフォン様がお怪我を負いますよ。かつてのお屋敷のように周りが皆強者ばかりではないのですから」


「あ、そうか。良かった、言ってもらって。危うく普通に使うところだったよ」



 何やら御三方がギョッとした目でこちらを見ている気配がします。

 大丈夫ですよ。何かあってもティナのマジックバッグにも霊薬エリクサーくらい入っていますから。




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