352:セリオさんたちと街に繰り出します!



■セリオ・ヒッツベル 24歳

■第499期 Cランク【審判の塔】塔主



「ごきげんよう、セリオ様、シフォン様。アデル・ロージットと申しますわ」


「ごきげんよう、セリオ・ヒッツベルと申します。本日はわざわざありがとうございます」


「ごきげんよう~。シフォン・ヒッツベルですわ」



 朝のバベル一階、冒険者たちで混みあうこの場所で、僕は顔を引きつらせながら挨拶するはめになった。


 シャルロットと手紙のやり取りをし、早めに鍛冶屋を紹介してもらうという話になったのだ。

 どうせいずれは必要になるし、【風雷の塔】がオープンする前に行っておきたいと。これから忙しくなるのは目に見えているし。

 シャルロットもわざわざ休塔日にしてまで付き合ってくれるというので、ご厚意に甘える形となった。


 そしてその翌日、集合場所に行ってみれば【赤】のアデルもいたというわけだ。


「なぜだ!」と内心思ったわけだが口に出すことはない。相手は公爵令嬢だ。きちんとご挨拶はする。



「わたくしも鍛冶屋に用事がありましたの。ついでにご一緒させて頂きますわ」


「すみません、セリオ様、シフォン様。ご相談する時間もなく急な話で」


「いえとんでもありません。ご一緒できて光栄です」



 そう言うしかない。内心ではご一緒できて後悔といったところなのだが。


 とにかく街へ行こうと進み始めれば、人の波がブワッと割ける。

 無理もない。シャルロットとアデルはドレスアップしているし、侍女は二人もいるし、【英雄】ジータまでいる。とんでもなく目立つのだ。


 僕と伯母上もシャルロットと共に街に出ることは想定していたから一応の身だしなみをしてきたが、それでも何となくみすぼらしく見えてしまう。……今後はもう少し見栄を張るべきか。


 ちなみにルサールカミリアはいつも通りだ。僕の後ろについて「もう帰りたい」と眷属伝達してくる。黙っていろ。



 並びは適当だが塔主が前、眷属が後ろといった形。

 そうしてバベル前広場からバベル通りに進んだあたりで、後ろから声が聞こえた。



「ティナ、やめなさい」



 エメリーが小声で忠告した、ただそれだけなのだが何となく振り返った。特に変な様子はない。



「どうしたのですか、エメリーさん」


「ジータ様がお試しでティナに殺気を送ったのですよ。それでティナが動き出す前に制しました」


「ハハッ! 見事な<危険察知>だがエメリーの姉ちゃんより殺意が高えってのは面白えな」


「はぁ……貴方は何をやってますの。ティナさん、シフォン様、うちの馬鹿が申し訳ありませんわ」



 どういうことだか僕には理解できなかった。

 しかしミリアは横並びだったおかげで少しは分かったらしい。眷属伝達で教えてくれた。


 どうやらティナの力量を計る意味で、ジータはティナに対して軽く殺気を出してみたらしい。

 それに瞬時に反応したティナが即座に剣を手に取ろうと――したところでエメリーが制したのだと。


 本当に一瞬の出来事で、ジータの殺気にしても小さく、ティナの挙動にしても僅かでしかない。

 それを制したエメリーも含め、三人とも化け物だとミリアは嘆いていた。



「ティナ、公衆の面前で剣など抜くものではありません。塔以外での攻撃も禁止です。貴女はまだ神定英雄サンクリオとしての自覚がないのですか?」


「ごめんなさい……つい殺しちゃおうと……」


「ああいう時はシフォン様をお守りすることだけを考えるのです。すぐに反撃しようとするのはバベルの外においては不作法と覚えておきなさい」


「はい……」



 何とも物騒すぎる説教をしている。これが侍女長というものか。あれだけの強さを持つティナがまるで子供ではないか。



「全く恥ずかしいですわ。初対面のティナさんに殺気など失礼にもほどがあるでしょう。もう少し分別をつけなさい」


「すまねえな。いや、力があるのは見りゃ分かるんだがそれがどんなもんかって気になってな。悪かったな、ティナの嬢ちゃん」


「い、いえ、私こそ殺そうとしてごめんなさい」


「エメリーさん、ティナさんにお説教というのもシフォン様に失礼ですよ」


「申し訳ありません、お嬢様。以後控えます。シフォン様も申し訳ありませんでした」


「いえいえ、私はティナちゃんとエメリーさんが仲良くしてくれたほうが嬉しいわ~」



 なんかもうよく分からなくなってきたが、誰もが謝り合う感じになってしまった。

 とにかく分かったのは神定英雄サンクリオが三人とも物騒な化け物で、シャルロットとアデルは神定英雄サンクリオを御せる塔主であるということ。

 そしてその二人が荒事に慣れ過ぎているということだ。この状況でも平常心であると分かる。


 ティナもあっち側・・・・の者だ。そうなるといずれは伯母上も染まってしまうのだろうか。

 何となく僕だけ取り残されたような感覚だ。……一応僕が一番先達なのだが?



 しばらくそうして歩いていると、すぐにランゲロック商店が見えてきた。相変わらず客足はあるらしい。

 大通り沿いの壁は大きなガラス窓になっており、中の様子がよく分かる。

 なるほど、六塔の塔章と旗か……これは圧巻だな。



「セリオ様、よろしければ何か買われます?」


「ついでに買おうとは思っていたのですが鍛冶屋の帰りでも結構ですよ」


「でしたら先に買ったほうがよろしいですわよ。この店限定の女帝印とアデルスペシャルはすぐに売り切れてしまいますから」



 女帝印とアデルスペシャル……なんかすごいネーミングだな。

 聞けば、店主のランゲロックお手製で特別な瓶に入ったものが女帝印。それに薔薇の花弁やエキスなどを入れたものがアデルスペシャルらしい。

 効能的には小売店で売っているものとあまり差はないらしいが、裕福層の客はこちらを買うらしい。


 僕は別に普通のでいいのだが、伯母上とティナにはそちらのほうがいいかもな。

 であれば先に買っておこう。

 アデルとシャルロットから一応使い方も聞いたが、どうやらティナも知っているらしい。ならば伯母上も安心だな。


 しかし店内は見事な装飾だ。僕も塔章を創ったがここまで細かい細工はなかなかできない。



「シャルロット殿、塔章はこれから行く鍛冶屋に頼んだのでしょうが旗はどこで仕立てられたのですか?」


「そちらはうちのアラクネクイーンに頼みました。編み物が得意なのですよ」


「そ、そうなのですか……初めて知りました」



 自分の塔の魔物に作らせていたのか……! それは盲点だった!

 しかし普通のアラクネなどでは難しいのだろうな。クイーンである必要があるのだろう。

 仮にも女王に内職めいたことをさせるというのはどうかと思うが……【女帝】ならば仕方ないか。



「シャルロット様、アデル様、ようこそお出で下さいました」


「ランゲロックさんお疲れさまです。ご紹介します。【審判の塔】のセリオ様と【風雷の塔】のシフォン様です」


「こ、これはご挨拶遅れました。店主のランゲロックと申します」


「セリオ・ヒッツベルです。シャルロット殿からおすすめされたのでお邪魔しました。これからもちょくちょく買わせてもらいます」


「あ、ありがとうございます! どうぞよろしくお願いします!」



 随分と腰の低い店主だな。まぁ塔主が四人もいれば流石に恐れ多くもなるか。

 あまり邪魔をしては迷惑になるな。さっさと退散しよう。

 僕は自分用と伯母上用の二つのセットを購入し、店を後にした。



「シャルロット殿とアデル殿は買われないのですか?」


「私たちはランゲロックさんがまとめてバベルに持って来て下さるので」


「同盟の分をまとめて買っておりますのでね。結構な量になるんですのよ」


「なるほど……そういう手もあるのですか」



 それこそ当初から懇意にしていたから出来る手だろうな。

 しかし僕も多めに注文するならそうして持って来てもらった方が助かる。営業時間後に受け渡しをするのだろうし。

 今度ちょっと頼んでみようか。



 そして僕たちは環状通りの西部へと足を運んだ。

 鍛治屋街へと入り、さらに奥、裏道を進む。


 ……ドレスアップしたシャルロットやアデルが来る場所じゃないな。本当にこんな所に専属のドワーフ鍛治師が?


 そう思っていたら一軒のボロ屋に到着した。くたびれた立て看板には「鍛治 スマイリー」と書かれている。

 看板がなければ空き家かと思うレベルだ。とても店を経営しているとは思えない。

 しかしエメリーは侍女の所作で、ガガッと無理矢理扉を開けた。



「スマイリーさーん」


「んお、なんじゃ……おお、お前らか。またメンテ……ん? そっちは?」


「こちら【審判の塔】のセリオ様と【風雷の塔】のシフォン様ですわ」


「ほう二塔か。同盟でも結んだんか? ちゅうか侍女増えとるやん! どういうことやねん!」



 奥から随分と小汚いドワーフが出てきた。これが店主か。

 しかしシャルロットにもアデルにも馴れ馴れしいというか、塔主とか貴族とか関係ないようだな。客は客と、そういう感じだ。

 二人も普通に接しているところを見ると慣れたものなのだろう。


 どうもこのスマイリーという鍛冶師は塔主のことについてあまり詳しくないらしい。

 新塔主である【風雷の塔】のことも知らないばかりか、僕の【審判の塔】もよく知らない風だった。

 一応これでも499期のトップなのだがな……。



 とりあえず挨拶と、【彩糸の組紐ブライトブレイド】には加入していないこと、神定英雄サンクリオの繋がりがあって平和的な付き合いになっていることを説明した。

 そして僕らも魔法契約をした上で鍛治を頼みたいと、そういう話に持っていった。



「ほお、じゃあそっちの兎獣人の嬢ちゃんも魔竜剣を持っとるちゅうわけか」


「はい、例えばこれなんですが」


「レイピアか。ん~エメリーの嬢ちゃんのと材質は同じじゃな。これなら問題ないわい」



 やはり出来るのか。異世界の竜の素材で造られた武器なのに。

 まぁ出来るからこそシャルロットが懇意にしているのだろうが、おそらく他の鍛治師では無理だろうな。

 ドワーフだからなのか、それともこの鍛冶師だからなのかは分からんが。



「んでそっちの兄ちゃんの神授ギフト神授宝具アーティファクトなんか?」


「いえ、神造従魔アニマですが……」


「後ろにルサールカがいるじゃありませんの。分かりませんの?」


「いや普通の眷属かもしれんやん! 望んだってええやろ! 八人目やぞ!? 八人もいて神授宝具アーティファクトが一人ってどういうことや! 神定英雄サンクリオ四人ってどんな確率やねん! 百人に一人ちゃうんか! 全体の七割が神授宝具アーティファクトちゃうんか!」


「いやそれはそうなんですけどね……」



 どうやらスマイリー氏は神授宝具アーティファクト好きらしい。

 むしろ神授宝具アーティファクト好きが高じてバベリオまで来たらしい。

 その結果が鍛治屋街の僻地にあるボロ屋なわけだが。


 それでも【彩糸の組紐ブライトブレイド】に見つけてもらって鍛治仕事を請け負う形にはなれたのだが、お目当ての神授宝具アーティファクトは【忍耐】のドロシーしか持っていない。


 さらに僕たちを紹介してもらったがまたも神授宝具アーティファクト持ちではないと。

 確かに八人もいて神授宝具アーティファクトが一人というのは少なすぎるな。



 ともかく腕のほうは問題ないらしく、魔竜剣もそうだし、ジータのアダマンタイトの特大剣も見ているのだそうだ。

 それほどの鍛治師ならば是非もない。

 僕と伯母上も契約した。今後は色々と世話になるかもしれないな。


 塔章の創り直しは……いやまた今度考えるか。



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