353:アデルさんには色々と考えているようです!



■アデル・ロージット 19歳

■第500期 Bランク【赤の塔】塔主



 セリオさん、シフォンさんとの繋ぎが終わりました。

 ランゲロック商店と鍛冶屋のスマイリーさん。これでどちらも利用するのは問題ないでしょう。


 おそらく美容品も定期的に買われるでしょうし、ティナさんの武器は手入れしないわけにもいきませんからね。これは紹介してあげないとお可哀想です。



 そしてわたくしとお二人、いえ、二塔との顔合わせも終わりと。

 別にわたくしが出しゃばる必要ななかったのですがね。わたくしが個人的に彼らの為人ひととなりを確認したかったのと、ジータがティナさんを見てみたいと言うので急遽同行させて頂いた次第です。



 実際にお会いしてみて正解でしたわね。聞いていた印象とはだいぶ違いました。

 平和ボケした叔母と苦労性の甥、そして子供っぽい【剣聖】……このような感じでしょうか。


 シフォンさんは妖精女王ターニア様っぽいと聞いていましたがそのままですね。とても塔主の器には見えません。

 あれでどうやってプレオープンを戦い抜いたのでしょうか。


 おそらく百人ほどが【風雷の塔】で亡くなっているはずですがね。ティナさんにも殺させたでしょうし。

 それで今ものほほんとしているのならば、逆に恐ろしく感じます。意外と塔主向きなのでしょうか。



 セリオさんは大変ですね。こちらの顔色を伺い、叔母の面倒を見てと。常識人故に苦労をしている印象です。

 頭の回転は早そうです。499期トップというのも納得。


 ただ無茶をする性格ではなさそうですから、そうなると塔主戦争バトルも積極的にとはいかないでしょうし、塔の成長は足踏みするかもしれません。


 ……なんでしたら少々焚きつけてあげたほうがいいですかね。



 ティナさんに関してはエメリーさんとは別の恐ろしさを感じました。姿勢や仕草は似ているのですがね。

 エメリーさんが何事も完璧に熟すタイプの侍女だとするならば、ティナさんは不完全な狂犬……いえ狂兎ですか。


 素晴らしい侍女であるとは思いますが、本能として戦闘に偏っている。獣人らしいといえばらしいのですがね。



「あれはヤバイぞ。あそこでエメリーの姉ちゃんが止めてくんなきゃ俺は殺される一歩手前だったろうよ」


「理性を捨てて反撃していたと? でしたら本当に神定英雄サンクリオ失格ですわよ?」


「神経張ってたってのもあるだろうが殺気に対して鋭敏すぎる。まずあれを殺気と察知する感覚がすげえし、ノータイムで殺しに行く判断が化け物だ。躊躇もなにもねえ。

 エメリーの姉ちゃんなら高速で考えて最善手を出そうとするんだろうが、ティナの嬢ちゃんの場合は『とりあえず殺せ』だからな。好戦的とか戦闘狂とかそういうんじゃなくて、単純に思考が『戦い』に寄ってるんだと思う」



 わたくしにはよく分かりませんわ。好戦的でも戦闘狂でも違いはないと思いますがね。

 まるで存在自体が『抜き身の剣』そのものですわ。本来なら近寄るのも怖いのですが、あの愛嬌ですからね……フェイクにもほどがあります。


 とにかくジータは「早く『訓練の間』で戦わせてくれ」と五月蠅いです。

 まぁジータの訓練にもなりますのでわたくしとしてもやぶさかではないのですが……こればかりはもうしばらくの辛抱ですわね。

 せめてセリオさんの警戒がある程度とれないことには始まりません。もうしばらく待ちましょう。





 そして新塔主のオープンの日となりました。低ランクの侵入者は新塔主の塔に群がります。

 しばらくは新塔主の塔を中心にバベルも冒険者ギルドも盛り上がる感じになりますわね。


 一方で″死にたがり″が多いのもこの時期の特徴。


 プレオープンで地獄を見た新塔主ですわね。心が完全に折れ、もう塔主など続けたくないと嘆くわけです。

 しかし塔主に自殺は許されません。他者に殺してもらわない限り、命を絶つことなど出来ないのです。


 バベルとは恐ろしい所でしょう?

 内定式までは夢いっぱいだった新塔主もすぐに改めるのですよ。夢なんかどこにもないと。



 そういう新塔主の中には塔主総会から一週間、何も塔を弄らない人もおります。

 もう侵入者の好きにさせようと諦めているわけですね。


 それで無事に討伐されれば双方共に望ましくもあるのですが、時にはなぜか見逃されるケースもあります。

 人気の塔に行ってしまって見向きもされないですとか、本当に弱い侵入者しか入らず最上階まで攻めて来ないとか。


 そうなってしまうと最悪ですね。死にたいけど死ねないという生き地獄が待っているわけです。


 ちなみに【白光】のザマースィは前者です。初日に攻略され、無事消えています。

 当然ですわね。あれだけ多くの侵入者に弱い塔だと見られているのですから。



 話を戻しまして、オープン後には塔主戦争バトルも解禁になります。

 従って、塔主戦争バトルを利用して自殺を図る新塔主もいるわけです。

 そういった者は大抵が名のある塔に申請します。強い塔に頼んで一思いに殺してくれ、と懇願しているわけですね。


 一番多い申請相手が同期のプレオープン1位。今年の場合ですと【橙の塔】になります。

 おそらくエドワルド陛下の元には多くの申請通知が来ている事でしょう。


 二年前はわたくしの元にも何通か届きました。まぁ無視しましたがね。死にたければ勝手に死になさいと。



 あとは前年のトップの塔に頼むケース。これも分かりやすいですね。頼みやすい先達の強者にお願いしているわけです。

 ですので今年もシルビアさんの元にはそういった申請がいくつか届いたそうです。


 これでシルビアさんがTP不足に嘆いていれば受理したでしょうが、成長速度が段違いのため、今となっては新塔主を斃して貰えるTPがおやつ代程度の価値しかないのですよね。


 昨年は【黄昏の塔】を同期のよしみで介錯していましたけどね。今年まで付き合うつもりはないと、却下の姿勢だそうです。

 常々TP不足はどうにかしたいと仰っているのですがね、旨味のない新塔主のTPを貰うより普通に塔運営したほうが有意義ですから。当然の判断でしょう。



 それと【世界の塔】や【女帝の塔】に申請してしまう塔もあるようです。

 どうせ殺されるなら有名で強い塔をと血迷う者ですね。もう正常な判断など出来ないでしょうから理屈は分かります。

 まぁ当然却下ですわね。受ける意味がこれっぽっちもありませんので。


 ともかくこの時期はそういった理由で塔主戦争バトル申請自体は増えるのですが、それが受理されるかはまた別の話。

 むしろ受理されないケースのほうが多いと。誰だって好き好んで自殺幇助などしたくありませんから。

 結果、無駄に生き永らえる新塔主が多くなるわけです。



 とは言え、そこから復活する塔主もおります。

 いつまでも「死にたい」と言ったところで死ねないわけですから「じゃあもう生きるしかない」となるわけです。


 それがノノアさんですわね。

 生への執着が増し、【風】同盟に泣きつき、最終的にはシャルロットさんが助ける恰好となりました。

 まぁそれはこれ以上ないほどの幸運だったわけですが、そんなノノアさんだからこそ新塔主の気持ちを誰より分かっているのだと思います。



『え、えっと、もうちょっと塔主戦争バトルを仕掛けようかなと思ってるんですけど、フゥさんどこかおすすめありませんかね? い、いえ、TP狙いとヨギィの戦闘で試したいことが――』



 変わってしまいましたわね、ノノアさんも……すっかり塔主らしくなられて。

 わたくしは良い変化だと思いますわよ。貪欲に塔の成長を狙うのは塔主として極めて正しい行為ですから。



 シルビアさんも同じようにTPを欲しがっておりまして――おやつ代程度のものではございませんわよ?――固有魔物を召喚したいと今は意気込んでおられます。そうなると狙いはやはりCランク程度ですかね。


 しかし新塔主の【正義】【竜牙】あたりも消しておきたいと同盟会議でも話しておりましたし、そことの兼ね合いもありますわね。


 フッツィルさんが【春風】のエレオノーラさんに頼む一方で、保険的にシルビアさんも申請しておこうかという話です。

 仮に【聖】同盟に情報が洩れるとしても【六花の塔】であれば早々痛手にはなりませんし。むしろ狙うなら今という感じです。



 他の皆さんも同じようにTPは欲しいと思っています。

 フッツィルさんとドロシーさんは限定スキルを狙っているそうですし、わたくしとシャルロットさんはBランクの塔を完成させるのに必要ですから。


 どこもかしこもTP不足。それは塔主としてずっと付き纏う問題なのでしょう。


 あぁ、どこかにTPは落ちていないものでしょうか。

 適当な塔主であるとか……ミッドガルドの貴族絡みで復讐とか考えていたりしませんかね?


 わたくしが斃した【黄神石の塔】のオーレリアはブルグリード伯爵夫人ですから、伯爵はわたくしに敵意を向けているはずなのです。

 【竜鱗】のジュリエットの件でドロシーさんが仕掛けられたように何かしらの手を打って下さればいいのですが。


 それこそ【竜牙】のヴィラはヴェルガダーツ侯爵家の人間ですし、ブルグリード伯爵から何かしら話を受けているかもしれませんけど――ミッドガルドの貴族事情は詳しくないのですが――いくら五竜王ドラゴニアでもEランクの新塔主ですからね。


 わたくしを斃すのに【竜牙】に依頼するとも思えませんし、仮に依頼があっても【竜牙】が受けないでしょうしね。



 あとはAランクの【一閃の塔】も確かミッドガルド出身でしたわね。

 ただここまでいくとわたくしが申請を却下いたします。ちょっと強すぎですから。

 ちょうどいい感じのミッドガルド出身塔主がいればいいのですがね、どうでしょう。



 同様にシャルロットさんもバラージ王国の貴族関係者から狙われるかもしれません。

 【影の塔】のサミュエはシェール公爵のご令嬢ですからね。しかも公爵は宰相でもありますし。


 バラージ王国における宰相がどれほどの実権を持っているのかは分かりませんが、下手すれば(上手くいけば)ニーベルゲン騎士団の時のように軍事侵攻してくる可能性もあります。


 ……いや、ないですね。バラージ王国は大陸西部の砂漠地帯ですから。距離が遠すぎます。

 騎士団が砂漠を渡ってバベリオに来るはずがありません。


 となると冒険者を雇うか、塔主に依頼すると言ってもバラージ出身の有力塔主となりますから――



「おい、主よ。なんか妙なのが入ってきたぞ」


「ん? おや、これは……」



 ひょっとすると、ひょっとしますかね。

 もしそうなら502期も幸先が良いと言えますが……さてどうでしょう。



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