02:私の神定英雄(サンクリオ)はとんでもない人みたいです
「――申し訳ありません、
「あ、は、はいっ! シャルロットと申しますっ!」
ようやく目を開けたメイドさんは、そう私に話しかけました。
眼鏡の奥の瞳は深い青で、冷静・敬愛・思慮深さ、そういったものを感じました。
ろくに会話も交わせないまま、私とエメリーさんは係員の人に連れられ、ステージを下りてバベルへと向かいます。
背後では最後の百人目となったおじさんが
観客の歓声を背中に、私の目はすでに目の前のバベルに釘付けとなっていました。
巨大な円柱が積み重なったような塔。見上げてもその頂点は見えません。
果たして何階まであるのか窺い知る事など出来ません。
バベルの入口には受付のような場所があり、そこを通って入るようです。
おそらく挑戦者の人たち用の受付なのでしょう。係員の人に連れられた私とエメリーさんは素通りして入ります。
バベルの内部、一階はベンチや机があるだけの円形広場になっています。
ただし壁際、等間隔にアーチ状の出入り口がいくつもあります。そこが『塔への入口』。
普通に考えれば塔の内部から外周に出てしまいそうですが、絵具を垂らした水面のように輝くそこを通れば目的の『塔』へと辿り着ける。つまりは『転移門』なわけです。
幾百もの『塔』へと行き来できる『転移門』の集合体――それが【無窮の塔バベル】なのです。
円形広場から見上げれば延々と続く吹き抜け。
そこから二階、三階、四階と覗く事が出来ますが、その階層にも一階と同じように『塔への入口』が並んでいます。
階段で上層に上る事も出来そうですが、移動用の転移魔法陣もあるようです。
さすがに何十階と階段で上るような事はしないのでしょう。
「こちらが【女帝の塔】になります」
入口から入って一階の右奥といった所。係員さんはそこに案内しました。
どういう仕掛けか分かりませんが、すでにアーチ状の転移門の上部に【女帝の塔】とプレートが飾られています。
まさか事前に知っていて準備していたわけでもないでしょうに……。
「詳しい説明はこちらの冊子をお読みください。また最上部にある
「は、はい」
「何かご不明点やご相談などありましたらバベル駐在の職員にお尋ねください。では、ご活躍をお祈りいたします」
「あ、ありがとうございました」
係員の人はそう言って立ち去りました。手元には『新塔主の方々へ』と書かれた冊子。
目の前には『転移門』。上部に刻まれた【女帝の塔】という文字を再び見て、「ここが私の″家″になるのか……」と心の中で呟きます。
選ばれたからにはどうしようもなく、義務である以上、決意をもって臨むしかない。
とは言え不安や恐怖、寂しさ、なんでこんな事になってしまったのかという憤りもあり、様々な感情が溢れ出しそうになります。
「ご主人様、この水面のようなものが入口なのですか?」
私を察してくれたのか、一歩後ろに控えていたエメリーさんが話しかけてくれました。
そうだ、私には
これで私の
私は慌てて『転移門』の事を説明しましたが、エメリーさんは全く知らない様子でした。
そこまで多くあるわけじゃないですけど遺跡などで発見されて国で管理するのが、よくある『転移門』です。体験した事がなくても聞いた事はあるくらいに常識と呼べる範疇。
それを知らないとはまさか……異世界人なのでしょうか。確かに四本腕の種族など知りません。
だとすれば私以上に不安な事でしょう。いきなり異世界に英雄として顕現されたのですから。
詳しい話はあとで聞くとして、私はエメリーさんと共に『転移門』をくぐり、【女帝の塔】に入りました。
そこは……何もない、ただの円形の空間でした。
白みがかった灰色の石材で天井・床・壁が構成され、直径は500m、天井の高さは5mほどでしょうか。一番奥に階段が見えます。
ともかく最上階を目指そうと、階段を上り、二階へ行くとそこはまた一階と同じ光景。
そして三階まで上るとそれはありました。
台座に乗った
――この
改めて私はエメリーさんに顔を向けます。
「エメリーさんは、その、異世界からいらした方ですか?」
「はい。こことは違う『アイロス』という世界で生涯を終えました。そして気が付けば先ほどの場所に居たというわけです」
やっぱり……それはさぞかし混乱した事でしょう。今も不安ばかりだと思います。
私の
「召喚された際、瞬間的にこの世界の基礎知識のようなものが植え付けられました。ですので基本的な事は分かっているつもりです。こうして会話もできておりますし」
「なるほど、言葉も違ったわけですか」
「ここが『塔』……わたくしの世界で言うところの『迷宮』のようなものである事も把握しております。貴女様が新しくここの主となられた事も。そしてわたくしは貴女様に仕える為に呼ばれたのだと」
しかし基礎知識といってもごく一部の一般常識レベルとの事です。
例えば、民の暮らしや物価、塔主の仕事にしても詳しくは分からないと。
それは私も同じです。
塔主に内定してから慌てて知識を詰め込みましたが、それも一般に流布されている知識のみ。
詳しくは手元にある冊子と、
「それでご主人様、まずは何から手をつければ良いのでしょうか」
「えっと、私たちがやらなければいけない事は多いと思います。何にせよ分からない事ばかりなので下調べをして計画を立てて、それに住めるようにもしないといけませんし……と色々ありますが、まずはお互いの自己紹介からしませんか?」
私はそう切り出しました。苦笑いにしかならなかったけれど。
突然塔主に選ばれた私。突然異世界に呼び出されたエメリーさん。
申し訳ない気持ちはあるけれど、もはや一蓮托生として考えていくしかありません。
私としても頼りたい気持ちがあります。エメリーさんを支えたい気持ちも。
だからこそお互いを知る必要があると思ったのです。
「かしこまりました」そう礼をするエメリーさんは、メイドさんなど見た事もない私でさえとても気品ある所作に見えました。
きっと王族や高位貴族のメイドさんだったに違いない。……この時はそう思っていました。
私はまず「ご主人様」と呼ばれるのを変えてもらいました。
確かに塔主ではありますが偉くもないですし、気恥ずかしい感じがします。
「ではお嬢様とお呼びしましょう。シャルロットお嬢様と」
そこが妥協点だったのかは微妙ですが、エメリーさんに押し切られるように「お嬢様」呼びになりました。
街でも近所のおじさんたちに「お嬢ちゃん」と呼ばれていたので、それに近いかな、とも思います。
「わたくしはアイロスという世界で侍女であると共に、組合員――こちらで言う所の冒険者をやっておりました」
「えっ、じゃあメイドさんであるのに戦えると?」
「お嬢様、わたくしは侍女であってメイドではありません」
「え、あ、はい」
私にはメイドと侍女の違いが分かりませんが、おそらく異世界では明確な違いがあるのでしょう。
一瞬目が鋭くなったのでエメリーさんをメイドと言うのは禁句です。怖かったです。
気を取り直して聞けば、どうやらエメリーさんが仕えていた『ご主人様』が組合員(冒険者)だったらしく、その方の侍女は皆、同じように組合員(冒険者)となっていたようです。
それも百人以上の侍女集団だったらしく、その中でもエメリーさんは侍女長というトップの位置にいらしたとか。
……その『ご主人様』は王族か何かなのでしょうか。いや、王族が冒険者というのもおかしいですかね。異世界ならばアリなのかもしれません。
「ともかく戦う事に関しては問題ないかと存じます」
「あっ、私、塔主になったので
塔主は
塔の内装を変えたり、色々と調べたり、魔物を召喚したり、その魔物のステータスを閲覧できたりもするらしいです。
私自身のステータスや
私はエメリーさんの許可を得て、
手を置いただけで操作が理解できるような全能感。これが塔主の力という事でしょうか。
目の前に透明の板のようなものが現れると、そこにはいくつもの文字が並んでいます。
その中にステータスを見る項目があったので、エメリーさんの名前を選びました。
「なっ……なんですかこれはああああ!!!」
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名前:エメリー
職業:シャルロットの
LV:99
筋力:S
魔力:B+
体力:S+
敏捷:S
器用:S+
スキル:生活魔法、礼儀作法、教育、料理、速読、裁縫、絵画、釣り、彫刻、採取、解体、並列思考、演算、投擲、忍び足、暗視、気配遮断、気配察知、危険察知、罠察知、魔力操作、早口、体術、剣術、盾術、槍術、斧槍術、短剣術、大剣術、弓術、鎖術etc……
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……そこにはありえないステータスが表示されていました。
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※分かりやすさ重視の為、長さ、重さの単位は日本と同じにしています。
また24時間×365日も同様です。1週間は7日、ひと月は30~31日。
但し24時間仕様の時計がないので、朝6時から3時間ごとに鐘が鳴ります。
6時=一の鐘、9時=二の鐘といった具合。六の鐘(21時)で鳴らすのは終わりです。
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