73:いよいよ決戦間近です!
■フッツィル・ゲウ・ラ・キュリオス 50歳 ハイエルフ
■第500期 Dランク【輝翼の塔】塔主
くくくっ、普通の『遮る壁』があんなに綺麗に発動するわけなかろう。
実際は透明状態の
塔主が任意で罠を発動させるなどはできぬが、魔物ならば問題ない。普通ならせぬじゃろうがな。
まぁあの大部隊にこちらの魔物が近づけば即座に殲滅されるだろうから、役目となればシィル以外におらんのじゃが。
セイレーンあたりに察知されるかもしれんとスイッチをなるべく離したがある意味賭けじゃった。
運良く見つからず無事に発動できたと。胸をなで下ろした。
味方連中にも内緒の策じゃったからのう。シャルの手前、奥の手を持っているように装っていたわけじゃ。
成功して何より。
これにより敵部隊の約半数が消えた。これが一つの戦果。
もう一つの戦果は向こうの塔主がより警戒するようになったこと。
シャルの視界を覗き見していた【風】のヴォルドックはおそらくわしを見くびっていた。
一方でわしはこの
軍師など柄にもないのじゃがのう……わしは本来おまけでよい。目立たないようにひっそり生きたいのじゃが今回ばかりは仕方ないと。
シャル、アデル、ドロシーがいて、ノノアの塔の状況を知っていればわしを軽視するのが当然。
しかし今回の『遮る壁』で覆された。侮っていた相手に大きな痛手をくらったわけじゃ。
穴があればそこを勝利への道筋とし、過信に繋げるのが人の性。
その道筋が消えた……いや、消えかかっているような状態じゃろう。
だからこそ警戒する。だからこそ焦燥する。
そうなった敵はどう動くか――立ち止まるか、急くかの二択じゃろう。今回の相手に限っては後者に違いない。
警戒するからこそさっさと斃したい。
不安だからこそさっさと潰して楽になりたい。
勝利への渇望が大きくなる。それがさらなる油断を生むとも気付かずに。
向こうにはまだSランクのセイレーンと、Aランクのヴァンパイア、ミスリルヘラクレスが残っておる。
万全の状態で来られたらこちらも危うい。
だからこそ警戒させ、急かせ、判断ミスを多くさせるほかないのじゃ。
残るは六階層。ここが最後の砦。
こちらの残り戦力はわしの眷属である
エァリスは固有魔物じゃな。TP叩いて準備した甲斐がある。
ここに本来であればゼンガー爺を入れるつもりじゃった。あわよくばジータも。
相手方にセイレーンがいると分かっておったからのう。
しかしシャルが内緒で眷属を増やしていた。嬉しい誤算じゃった。
そのおかげでゼンガー爺もジータも攻め手に回すことができた。
これでエメリー一人に負担をかけることもなかろう。
相手にディンバー王がいるから警戒するに越したことはない。
とは言えゼンガー爺は攻めに回るのを最初は渋っておった。防衛側になりたいと。
それはそうじゃろう。
シャルが今朝連れて来た『隠し玉』が――
「わ、儂は残りますぞ!
尻を蹴飛ばしてやったわ。
同盟の眷属にサインをねだる
変態すぎて恥ずかしいわい。
シャルは相当なTPを使ったらしい。負けられないからと。
ちなみに名前はターニア様だそうじゃ。
ともかくこうしてSランクの固有魔物、
これによりシャルの配下の妖精系魔物だけではなく、同盟全体の妖精・精霊系の魔物がターニア様の統率下に置かれる。簡易的な強化じゃな。
本当にクイーンというのは恐ろしい。まぁSランクだからこそなのかもしれぬが。
何はともあれセイレーンの対抗手段としてSランクが加わったのは非常に大きい。
ヴォルドックには知られているじゃろうが、だからこそ余計に警戒するじゃろう。
おそらく
しかし『遮る壁』でそれは半減した。
余計に警戒する。過分に急く。わしは皆の力をもってそこを突かねばならぬ。
『遮る壁』から先、六階層への階段までは障害となるようなものもない。元々配置してあった魔物が襲うくらいじゃ。
皆の眷属の部隊は壁の手前に全て配置しておったからのう。
四・五階層での戦果は十分。さっさと六階層に上げる。
……できればゼンガー爺たちが攻略するより先にこちらを攻めている敵部隊を殲滅したかったが……この分では逆転しそうじゃな。
殲滅する前に攻略してしまうと報酬でセイレーンなどが召喚できなくなってしまう。
欲を出し過ぎては足元をすくわれるが、敵方の眷属を全て斃すのは始めから計算のうちじゃ。
こちらの六階層は『樹氷雪原』。行軍には向かず、時折吹雪の天候になる地形じゃ。
一階層分じゃから高さは限られているが攻撃の手がないわけではない。
雪道を進むだけでも足は遅くなるじゃろう。セイレーンも全ての雪を風でどかすというわけにはいくまい。
雪原を進んだ先には大ボス部屋がある。そこが【輝翼の塔】の最終関門。
本来ならばそこにはゼンガー爺とAランクの固有魔物、
代わりにエァリスは鳥部隊を率いて雪原で敵を削ってもらう。そちらの方が飛びやすいじゃろうしな。高さは不十分じゃろうが。
残っている三体の眷属のうち一体くらいは削っておきたいのう。ヴァンパイアかミスリルヘラクレスかじゃな。
さてまずは指示を出しておくか。
「ゼンガー爺、少しペースダウンしてくれ」
『了解ですぞ。そちらは?』
「部隊は半減。今から六階層に入るところじゃ」
『なるほど、承知しました。お二人に伝えておきます』
これで良し。あとはエメリーが調節してくれるじゃろ。
向こうの塔構成、順路、敵の配置はすでに教えてある。
懸念であった残りの眷属じゃが……どうやらまとめて正面から当ててくるようじゃ。
元々の案であればディンバー王を大ボスに置き、中ボスとして他の眷属をぶつけるような布陣であった。
しかしそれをやめたと。小細工なしで全戦力をぶつけようというわけじゃ。
警戒と焦燥がそうさせたのは間違いない。
セイレーンたちは思った通りに攻略できず、ゼンガー爺たちには容易く攻略を許している。
ディンバー王への絶対の信頼が揺らいでいる。このままでは負けもありうると。
そう思い至るには遅すぎじゃったがな。
下手に情報を集めたが故に過信した。その報いじゃ。
とは言えこちらも過信するわけにはいかん。
セイレーンに確実に勝てるという保障もなし。ティンバー王がどのような力を有しているかを知る由もない。
反面教師にせねばな。わしも今一度気を引き締めねば。
■ゼンガー・ダデンコート
■【輝翼の塔】塔主フッツィルの
「――とのことですな」
「こっちにも情報きたぜ。さすがフッツィルの嬢ちゃんだな。格上相手にここまでやりあうとは」
ジータ殿からそう言われて悪い気はしませんな。儂の主は世界にお一人の才をお持ちなのですから。
精霊に一番近しいハイエルフ。それに見合う能力をお持ちなのだとお分かりいただけたのでしょう。
アデル殿も相当のやり手だとは思いますがフッツィル様も負けてはいないということです。
共に得難い主に仕えていると、そういうことでしょう。
「では少し寄り道しつつ行きますか。向こうが凌ぎきってから乗り込むくらいがちょうどいいかもしれません。……【風】の塔主には早く制裁を加えないといけないのですがね」
毅然とした姿勢から時折見せる殺気が恐ろしい。
シャルロット殿が敵方のスキルに掛かったことに対して相当お怒りのようで。どこからかゴゴゴゴと幻聴がします。
道中の指揮はエメリー殿に任せております。
やはりこの御方は別格。それは前回の
儂は集団戦の経験があまりないですからお二人に合わせて戦うしかできません。
ジータ殿はさすが歴戦の英雄。単独戦も集団戦もお手の物でしょう。
エメリー殿は言うまでもありません。元の世界では集団戦が基本だったようですしな。
ともかく儂はお二人にお任せして進むのみです。
【甲殻の塔】の八階層は『鉱石洞窟』。自然の迷路といった感じですな。
すでにフッツィル様の調べにより順路は確定しておりますし、罠もエメリー殿が全て把握できます。魔物の対処は言うまでもありません。
まっすぐ進めばそれだけで九階層に辿り着けるでしょう。
しかしそれをせず、わざと寄り道しながら進む。
儂たちが順路を知っていると敵方に知られることのないように。
時間稼ぎも兼ねて、ということですな。
洞窟の迷路を抜けていった先は八階層のボス部屋。そこには【甲殻】の眷属であるグランドタートルがいるようです。
ドロシー殿の眷属にもいるBランクの魔物ですな。
防御力が非常に高い、【甲殻の塔】らしい魔物と言えます。
そこを超えればあとは九階層のみ。構成は『砦』でしたな。
残り敵方の眷属は、【甲殻】のCランク、ガードナイト。【風】のAランク、フェンリル。
それぞれ配下を従えて部隊を為しているでしょうな。
加えて【風】の
Sランクのセイレーン以上なのは確実でしょうな。だからこそ最後の防衛の為に残したのでしょうし。
残念ながら儂では相手になりませぬ。ジータ殿かエメリー殿に任せることになってしまうでしょう。
「グランドタートルはどうしましょうか。ジータ様いけますか?」
「あれくらいなら誰がやったって同じだろ。俺や姉ちゃんの武器でも普通に斬れるし爺さんの魔法でもいける。まぁやらせてくれるんなら俺がやるぜ」
何とも頼もしいですな。儂が足を引っ張っているようで心苦しいですが。
ともかく儂としても気を引き締めていきませんと。
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