72:フゥさんの策が発動するようです!



■アデル・ロージット 17歳

■第500期 Cランク【赤の塔】塔主



 とりあえずここまでは順調。

 攻め手のジータとエメリーさん、ゼンガーさんは心配するまでもないですがこちらの指示に従い、攻略を進めすぎないようにやってくれています。


 その気になれば最速での攻撃も可能でしょうが、それでは得られるものも得られません。

 こちらに攻めて来ている固有魔物を全滅させてからでないと召喚権利が奪えませんからね。



 エメリーさんがいる時点ですでに勝ちはほぼ確定しているのです。プラスアルファをどれだけ稼げるか、ということに重きを置くべき。


 その為にベットするのは魔物や眷属なので、負ければ当然痛い。

 それでもやる価値はある。なにも召喚権利だけが目的ではなく、我々の経験の為にも。


 今ここで相手の本気……もっと言えば、Bランク上位の六元素エレメンツである【風の塔】の本気を見る必要があるのです。神定英雄サンクリオであるディンバー王の実力も含めて。



 だからといって【風の塔】を戦場にするのは無理ですがね。

 そこまで向こうに有利な条件で塔主戦争バトルを申請すれば逆に怪しまれるでしょう。



 さらに言えばどこかの塔主の限定スキルの存在が怖い。


 今回シャルロットさんがやられたように、誰も感知できない、非攻撃型のスキルがあるかもしれません。

 我々と向こうの同盟の誰かがそういったスキルをかけられているかもしれない。情報を抜かれているかもしれない。


 同盟戦ストルグの条文で『塔主戦争バトル参加者以外は画面を見ることが出来ない』となっていますが、それを抜けられるスキルがあるかもしれないのです。可能性を挙げればきりがないのですが。


 だからこそ最速の攻略を見せたくない。ギリギリを装って確実に勝てる手でなければならない。

 それは【風の塔】側を焦らせることにもつながります。

 本気を見たい反面、油断も誘いたいですし、要所で判断を鈍らせたいのです。欲はかくべきでしょう。



 ともかくそうした意図を持っての攻略。

 【甲殻の塔】八階層は迷路型の『鉱石洞窟』ですわね。

 配置している眷属は【甲殻】のグランドタートルのみ。ジータたちの敵ではないでしょう。



 一方で防衛側ですが、こちらは最初の勝負所。

 四・五階層は高い崖に挟まれた渓谷。入り組んだ迷路のような谷底の探索です。

 相手方は一塊になって進軍を続けているのが画面に映し出されています。


 向こうの戦力はまだまだ健在ですし、何よりこちらが四・五階層に配置している眷属よりもランクが上。


 特にSランクのセイレーン、Aランクのヴァンパイアとミスリルヘラクレスが本当に厄介です。

 普通に戦えば負けるだけ。

 ですからここはフッツィルさんにお任せするしか――



「今じゃ!」



 ――ゴゴゴゴゴ……



 階層の中ほどでそれは起こりました。

 地面からせり上がった巨大な壁は相手の陣を前後に分断したのです。

 本来ならば順路を塞ぎ、遠回りさせるためのトラップ。それを部隊の中央で発動させました。


「よしっ!」とフッツィルさんも会心の様子。まさしく『秘策』だったのでしょう。わたくしも感心します。


 塔主がトラップを任意で発動させることはできません。

 発動させるのはあくまで侵入者の役目。塔主は侵入者が塔内にいる状態で罠も魔物も塔構成もいじれないのですから。


 フッツィルさんは大部隊で進軍してくるのを予測し、トラップを要所に配置し、目論見通りに敵に発動条件を満たさせ、部隊の分断を為したのでしょう。


 これは本当にすごいこと。

 シャルロットさんにかけられたスキルを見抜いたことから始まって、今回はずっとフッツィルさんに頼り切りですわね。



「うおー! なんやこれ! こんなん隠しとったんかい!」


「て、敵が分かれちゃいましたよ!? こんなことできるんですか!?」


「フゥさんすごいです! さすがですよ!」


「喜ぶのは早いぞ! まだ分断したのみじゃ! シャル、ドロシー、アデル、準備はよいな! 後衛に一斉に仕掛けろ!」



 フッツィルさんの事前の指示によりわたくしたちの眷属が配置されたのは分断された部隊の後方です。

 通り過ぎても仕掛けるのは待てと言われていましたが、まさかこれが狙いだったとは……悔しいけれど脱帽ですわね。


 しかしこの機を逃すわけにもいきません。一気に叩かなくては。


 後方に取り残されたのは、【風】の眷属である風精霊シルフ部隊とストームイーグル部隊ですわね。それとダンピール部隊が少々といったところ。

 セイレーン、ヴァンパイア、ミスリルヘラクレスの部隊が前方に行ったのはフッツィルさんが意図したものではないでしょうが、それでも好機には違いありません。



「グッチー! 道を塞ぐんや! 逃がしたらあかんで!」


「パトラさん! よろしくお願いします! お気を付けて!」


「シィル! グッチーの回復に専念せい! アグニはチロチロとトカゲンと共に攻撃するんじゃ!」


「チロチロ! 貴方が要ですわよ! 全てを焼き払いなさい! トカゲンはその援護を!」


「み、皆さん、頑張って下さいっ!」



 矢継ぎ早に指示が出ます。最早、壁の先にいる敵部隊のことなど無視。分断された後衛部隊の殲滅に注力します。


 まずはグランドタートルグッチーの巨体で敵部隊が遠回りの順路に向かうのを阻止。おそらく攻撃が集中するでしょうから回復役のクリアパピオンシィルも同伴です。


 攻撃はわたくしのバーンレックスチロチロが中心。火精霊トカゲン火精霊アグニも加え、谷底を炎の海へと変えます。


 同じくサキュバスクイーンパトラのサキュバス部隊も闇魔法で攻撃。<誘惑>でダンピールを操れれば最高といった具合ですわね。



 ここで一気に片付ければあとは六階層での勝負。

 敵は三~四〇体まで絞られます。

 全力でいきますわよ。シャルロットさんに不埒な真似をした報いを受けて頂きますわ。




■ヴォルドック 26歳 狼獣人

■第490期 Bランク【風の塔】塔主



「なんだとっ!?」



 思わず画面に向かって声を荒げた。

 【輝翼の塔】の四・五階層を進んでいた部隊が、突然せり上がった壁のせいで分断されたのだ。

 渓谷を埋めるほどの高さの壁。後衛部隊がまるまる取り残されたかたちとなった。


 【女帝】を<風狼の超覚>で覗き見して、サキュバスクイーンの部隊などが展開されているのは分かっていた。


 渓谷が迷路状になっている為、詳しい場所を特定することはできなかったが、その付近まで進んでいるのは知っていたし、セイレーンに警戒するよう指示を出していた。

 いつどこから襲い掛かって来ても迎撃できるよう、部隊をまとめていたのだ。


 しかし接敵するのは嫌がらせのように急襲してくる鳥ばかり。

 【甲殻の塔】が攻め込まれている今、仕掛けてこないならば足を早めようと、そう思っていたのだ。


 それが……。



「な、なんだよあの罠は……あんなに綺麗に決まるもんか……?」



 ペルメの呟きは俺も、そしてタウロも同じ考えだろう。

 順路を塞ぎ、迂回させるような罠は迷路などの屋内地形によく見られるものだ。珍しいものではない。

 しかしここは屋外地形の『渓谷』で、おまけに二階層分の高さがある。

 こんな場所に『遮る壁』を設置するなど、普通ならばしない。


 加えて言えば、『遮る壁』は『前方の順路を通れなくさせる』罠なのだ。

 スイッチを踏めば数メートル前に壁が現れる、というのが正しい使い方。

 部隊の中央に発動させ、分断する為に使うなどありえない。


 どんなスイッチかは知らないが、こちらは大部隊で進んでいるんだぞ? 誰が起動させるかなど予測できるはずもない。



 それなのにこうして部隊が見事に分断された。

 つまり【輝翼】は見越していたのだ。


 こちらが部隊で固まって進軍すること。その規模。

 進軍速度。もしかすると部隊編成さえも。


 罠は任意で発動させることができない。事前に設置してあとはそれに掛かることを祈るしかない。

 ましてや今回の同盟戦ストルグでは条文により、神との合議のあとに罠の再配置などできないのだ。


 すなわち、【輝翼】は塔主戦争バトルが決まる前から仕掛けていたということだ。


 同盟戦ストルグが決まれば【輝翼の塔】が選ばれると分かっていた。

 どういう展開の勝負になるのかも読んでいた。

 だからこそ成功させたのだ。

 これほどシビアなタイミングで発動する大掛かりな罠を。


 完全に伏兵だ。


 相手の五人の中で一番目立たない塔主、一番簡単そうな塔だと思っていた。


 【赤】と【女帝】は群を抜いて目立つし、実際、新塔主にあるまじき戦力を持っている。

 【忍耐】は罠が多彩で凶悪な構成。侵入者の討伐率も高い。

 【弱者】は弱いのは間違いないが塔構成が異質すぎて攻略は不可能。

 そこまでの情報があれば誰だって【輝翼】を選ぶだろう。その考えを利用されたのだ。



 考えてみれば初出の塔にしてプレオープン四位。

 おまけにとんでもない神聖魔法使いの神定英雄サンクリオを手に入れている。

 そして塔主はとんでもないキレ者・・・だったと。


 なるほど今回の塔主戦争バトルでも軍師となっているのがよく分かる――いや、ようやく理由が分かった。


 取り残された後衛部隊。そこには俺の眷属である風精霊シルフとストームイーグルがいる。

 目の前には高すぎる壁。

 そして背後にはバーンレックス部隊、サキュバスクイーン部隊が囲むように現れた。


「クソッ!!」思わず悪態を吐く。


 ストームイーグルはBランクだがさすがに多勢に無勢。結果は火を見るより明らかだ。

 どうしようもない。俺はセイレーンに急いで部隊を再編制させ、先を急ぐよう促した。



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