71:中盤戦に入って焦りが出て来始めました!
■ヴォルドック 26歳 狼獣人
■第490期 Bランク【風の塔】塔主
何かがおかしい。
始めは多少の驚きと、ごく僅かな違和感だった。
それがやがて疑念となり、継続し、徐々に増大している。
顕著なのは防衛側だ。タウロとペルメにもすでに焦りが見えている。
英雄ジータ、エメリーというメイド、ゼンガーというジジイ。
たった三人の侵入者にして三人ともが
攻略速度は侵入者の比ではない。歩くのが速いというわけではなく、魔物への対応が速すぎるのだ。
奇襲が得意なペルメの魔物が仕掛けようが、防御力がウリのタウロの魔物が行く手を遮ろうが、何の障害にもならない。
索敵と攻撃力の前に、あっという間に斃される。ほとんど足を止めずに殲滅し続けるのだ。
前衛がジータ、1.5列目にメイド、後衛にジジイという変則的な三角形の布陣。
ジータは噂に違わぬ剣技を見せているが、身近にディンバー陛下という規格外がいるせいでさほど驚きはない。
ジジイは魔法使いかと思いきや神官だったらしい。
しかし回復よりも神聖魔法と光魔法による攻撃ばかりが目立つ。威力、速度、命中率、魔力量、どれもが英雄に相応しい強さだ。
その二人を指揮しているのがメイドという驚愕の事実。
地図を確認しながら先導しているようだが、同時に斥候役のような索敵能力を見せている。そして指揮官として二人に迎撃させているのだ。
メイド本人が戦うことはほとんどない。さすがにジータやジジイの方が殲滅力はあるのだろう。
とは言えメイドがパーティーの核となっているのは間違いない。
こいつがいるからたった三人で攻め込むという暴挙が″策″となるのだ。【女帝】の躍進も頷ける。
こちらとしてはディンバー陛下と当たらせる前に一人でも二人でも削っておきたい。
しかしその兆しは見えず、ただただ進む攻略を見ていることしかできない。
何かしらの手掛かりを探ろうと【女帝】に仕込んだ<風狼の超覚>でヤツの目耳を盗んでみるが……なかなか有益な情報が得られない。防衛側の魔物への指示、攻撃側のセイレーンへの指示をしているからあまり盗む暇もないのだが。
『フゥさん、エメリーさんへの指示はしなくても大丈夫なんですか?』
『エメリーには知る限りの情報を渡しておる。あとはエメリーに任せればよい。それよりシャルは自分の眷属へ防衛の指示を出しておいてくれ』
『それは分かりましたけど、皆さんの眷属と連携とかしなくていいんですか? 私、自分の眷属の動きくらいしか把握できてないんですが』
『構わん。わしとアデルが個々に指示を出しておる。結果連携になっておるじゃろ?』
『はい、それはそうなんですが……』
こんな調子だ。敵方の指揮官である【輝翼】と【赤】がなかなか【女帝】に情報を出さない。
仮にも命を預け合う
それに従う【女帝】も【女帝】だ。あいつらの関係性が全く理解できない。
確実に分かっているのは【女帝】の眷属とその配置。
【女帝】の防衛側眷属はアラクネクイーン、ラミアクイーン、サキュバスクイーン。Bランクのクイーン三体。
さらに今回の
例えBランクであっても集団を統率するクイーンの危険度は高い。おまけに配下の数も多いのだ。
こちらの戦力が上とは言え決して油断のできない相手。
しかしそっちを警戒していると他の塔の魔物から奇襲を受ける、というのを繰り返している。まるで【女帝】の魔物を囮にしているかのようだ。
一階層では後衛の
ペルメの眷属であるキラーオウルまでやられている。
進軍自体は問題ないはずなのに、いつの間にか戦力が減らされている。
攻略はできても継続ダメージを受け続けているような……沼地に足を突っ込んだような息苦しさを感じる。
攻め手は四・五階層へと足を踏み入れている。
二・三階層と同じくここも二階層分の高さを利用している。
この時点でランクによる階層数制限はなくなった。七階層のところを実質五階層にしているのだから。
一瞬、勝機と見て喜んだが、今となっては素直に喜べないとも思っている。苦戦が続くと。
四・五階層は『渓谷』だ。高い崖に挟まれた谷底を進む。
しかも迷路のように入り組み、経路を確認しようと飛行部隊が空から見ようにも崖が高すぎてそれも出来ない。
そのくせ向こうの鳥は抜け穴でも使っているのか崖の至るところから奇襲をかけてくる。
岩が崩れるような罠もある。上を警戒すれば地面の罠だ。
おまけにここにも【女帝】の眷属、サキュバスクイーンとサキュバスどもが配置されている。
特にダンピールたちは危ういだろう。下手すればAランクのヴァンパイアさえ食われかねない。
サキュバスクイーンはBランクだが<誘惑>のせいで、こと人型相手となるとランクの差を覆す可能性があるのだ。
そもそもクイーンは配下を指揮した時に真価を発揮する魔物。
クイーン単体ではBランクでも集団を形成した場合はAランク相当と言っても過言ではない。
そんな魔物を何体も囲っているのが異常なのだ。塔主になってまだ半年の【女帝】が。
Bランクのクイーンが三体に、Sランクのクイーンが一体。
それだけでもすでにCランクの域にない。末恐ろしい。だからこそここで消しておきたい。
消したいからこそ、Sランクがいると分かっていたからこそセイレーンを送り込んだのだ。俺の固有魔物にしてSランク眷属を。
しかし……。そちらに注意を払えば他の塔の魔物に背後をとられる。
戦力が削られる。それでも警戒しないわけにはいかない――ずっとその繰り返しだ。
そうこう言っている間にジータたちは八階層『鉱石洞窟』にまでやってきた。全く止まる気配がない。
こんなことならばセイレーンを防衛に使うべきだった。
守りを固め、確実にジータたち三人を斃し、防ぎきってから攻勢に転じるべきだった。
ディンバー陛下とセイレーン、それに加え俺の眷属はもう一体、Aランクのフェンリルがいる。
俺の手札で最強の三枚。これを全てジータたちに当てれば――
「無理だな」
玉座から声がした。俺とタウロ、ペルメが同時に陛下を見る。
「セイレーンを呼び戻したところで個々に当たらせるつもりだろう? セイレーンもフェンリルも。それでは削ることも出来ぬわ」
【甲殻の塔】の九階層は『砦』だが、連続小部屋のような構成になっている。
だから大ボスをディンバー陛下、その前の部屋にセイレーン、さらにその前にフェンリルという凶悪な連続ボス戦を考えていた。それが考えうる最高の防衛陣だ。
しかし陛下はそれが愚策だと言う。勝てないと。
「それほど、ですか」
「余でさえ一対三であれば負けよう。そのような相手にフェンリルとセイレーンを単騎で当てるなど愚策も愚策だ。首を差し出すのも同じよ」
ディンバー陛下の力をよく知っているからこそ、その言葉が信じられなかった。
例え相手が英雄ジータでも、それに二人の
「貴様らは未だに、あの三人の中でジータが一番強いと思っているようだが、それは大きな過ちだ」
「!? ……メイド、ですか?」
「あの四本腕は余が今まで見てきた誰よりも強い。ジータなど足元にも及ばぬ強さだ。底知れぬほどの力を隠したまま片手間に戦っているに過ぎん」
それを聞いた俺たち三人は言葉を失った。
ジータですらディンバー陛下と同格だと思っていたし、実際に攻略を見ている限り英雄に相応しい力だと感じている。同じ人としては規格外の存在だと。
そのジータが足元にも及ばない……?
それはつまりディンバー陛下さえも――
「クククッ……なんと愉快なものよ。かつての敵国にも獣王国内にも、
そう言う陛下の表情は今まで見たこともないほど歪んだ笑顔だった。
人は本当に嬉しい時、こんな顔になるのかと、不気味に思うほどだ。
「ヴォルドックよ、小細工する必要はない。あのメイドを余に当てろ」
「……はい」
「案ずるな。全力だ。余が全力で戦ってやる」
恐ろしい闘気が最上階に充満する。
冷や汗が流れ、震えが止まらない。こんなに恐ろしい陛下は見たことがない。
そうだ。いかにメイドが強かろうが陛下は獣人界最強の英雄王だ。
これで負けるはずがない。
俺は自分にそう言い聞かせ、再び画面を見た。
■シャルロット 15歳
■第500期 Cランク【女帝の塔】塔主
「パトラさん、もうすぐです。お気を付けて」
『やっとですわね。もう待ちくたびれましたわ』
敵の攻め手は【輝翼の塔】の四・五階層を進んでいます。
その先に待ち構えるのは私たちの眷属が受け持つそれぞれの部隊。
作戦の詳細は伺っていませんが、おそらくフゥさんとアデルさんはこの四・五階層と六階層で勝負をしようと最初から目論んでいたのではないでしょうか。
今までの階層は最小限に削るのみ。面と向かって戦わず、後方からの奇襲で敵方の足を速めているようにも見られました。
早く上の階層へ行け、そう言っているように見えたのです。
アデルさんの眷属――ブラッ
しかしまだ【風】の眷属であるセイレーン、ストームイーグル、
部隊の総数で言えば八〇体ほどでしょうか。
未だ二〇体ほどしか削れていません。
だからこそここから先が本当の戦いであると感じているのです。
対して我々が四・五階層に配置しているのは私の眷属である
相手側にSランクとAランクが二体いるので本格的な殲滅まではしないでしょう。こちらの最高戦力はAランクの
しかし今までにないほどの戦いになるのは確実。その為の策をフゥさんは持っているのでしょう。
緊張もありますし焦りも出てきます。顔には出しませんが。
エメリーさんたちの攻略速度より向こうの攻略速度が若干速いというのもまた焦る要因です。
それはこちらの防衛が追い立てるような背後からの奇襲ばかりなのに対して、エメリーさんたちはゆっくりと歩いて進んでいるのだから当然。おそらくそれもフゥさんやアデルさんの指示でしょう。ジータさんやゼンガーさんへの。
もちろんエメリーさんたちはフゥさんからの情報を得ているはずなので、最短ルートを進むのみ。魔物も罠も苦にせず進んでいます。
しかしエメリーさん一人ならばともかくジータさんやゼンガーさんがいて足早に進むことなどしないでしょう。
だからこそゆっくりと歩いて進んでいるのだと思います。
私にはエメリーさんや皆さんを信じることしかできません。
それが不甲斐なくもありますが……今はぐっと堪え、パトラさんに指示を出し続けましょう。
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