355:【世沸者の塔】vs【狂乱の塔】です!



■ゼーレ 30歳

■第489期 Bランク【狂乱の塔】塔主



 くそっ! 限定スキルをとってから散々だ! こんなもん取るんじゃなかったぜ!

 俺はこの数月ですっかり薄くなった頭を掻き毟る。


 俺の取得した<覚醒狂気>の効果は二つ。


 一つは塔内に<狂気罠>を設置できる。スイッチを踏むと狂気状態になるという代物だ。

 治すには高位治癒魔法が必要であり、相当な神聖魔法使いでなければそんなものは使えない。

 治せなければ力尽きるまで暴れるだけだ。



 もう一つは俺が直接触れることでそいつを狂気状態にできる。

 が、こっちの場合は一人限定だし症状が出るまで多少時間がかかる。

 街で何回か確認したが、そいつらは人が変わったように暴れてたな。


 塔主を狂気状態にできれば即ち勝ちだ。

 俺から塔主戦争バトル申請をすればまず受けるだろうし、塔主戦争バトルの最中もろくに指示などできまい。

 狂気に塗れて戦い続ける選択肢しかとれなくなっちまう。



 だからこそ大物を狙うべく、俺は新年祭で息を殺していた。

 となれば狙うはやはり【世界】のレイチェル――とはならない。レイチェルを狂気状態にしたところで【世界の塔】の魔物は対処できない。


 適度にランクが近くて斃す価値のある塔と言えば――【女帝】しかない。


 そう思って俺は近づいたのだが……結果は散々だった。

 メイドとジータに止められ、シャルロットには触れることも出来ず、ノワールに咎められた。

 あの殺気は尋常じゃなかった。俺は未だに夢でうなされているほどだ。



『会談の間』へと俺を引きずっていったノワールはこう言った。「俺にその限定スキルをかけてみろ」と。

 何を言っているのか分からなかったが、精神状態のおかしかったその時の俺は、言われるままノワールに<覚醒狂気>を使ったんだ。



「……対象一人を狂気状態にする、か。ハズレだな」



 それだけ言ってノワールは去っていった。なぜ効果が分かったのか、なぜ分かったのに余裕の表情だったのか。

 パレードが終わってから発動したのか、しなかったのか。

 そしてなぜノワールは今も尚静かなままなのか、治癒をしたのか……全く理解できない。


 しかし俺の<覚醒狂気>があれ以降、発動しなくなったのは事実だ。

 トラップのほうは問題ないが、俺が触れても何も起こらなくなっちまった。

 おそらくノワールの仕業だろうが恐ろしくて手紙で聞くこともできない。



 ただでさえ使いづらい限定スキルがさらに使いづらくなった、だけの話ではない。

 大失敗に終わった新年祭の影響で、俺の塔への客足はグンと減った。悪評がついたということだろう。


 後期にBランクへと上がり、塔創りも安定できず、TP稼ぎの一貫として行おうとした<覚醒狂気>の付与にも失敗。

 ますますTPは稼ぎ辛くなり、どうにも首が回らなくなっている。

 自然増加分のTPだけで食いつないでいるだけでこのままじゃジリ貧だ。


 どこかでチャンスを――と思っていたところに一報が入る。



「じょ、【女帝】から申請……だと……」



 その瞬間、冷や汗がドッと流れ出した。首筋に残るミスリルの刃が幻視で見える。まるで今も殺気に当てられているかのように。

 そうしてしばらく固まった後、俺は大きく息を吐きながら玉座にもたれ掛かった。


 一旦落ち着いてよく考えてみる。

 これはあの時の復讐、だな。「よくもやってくれたな、絶対に許さん」そう言っているかのようだ。

 四月も経過したのは俺を泳がせるためか。それともBランクの塔を創り上げていたか。


 いずれにせよ受けるわけにはいかない。例えTPを欲していてもだ。

 <覚醒狂気>で塔主の精神をぶっ壊した状態であれば間違いなく勝てただろう。しかし普通に戦えば十中八九負ける。


 俺は震える指でその申請を却下した。



 はぁ、と大きく息を吐き、あまり考えすぎないようにと務めていた。

 しかしその少しあとにも凶報は鳴り続けた。



――【赤の塔】から塔主戦争バトル申請が届きました。


――【忍耐の塔】から塔主戦争バトル申請が届きました。


――【輝翼の塔】から塔主戦争バトル申請が届きました。


――【世沸者の塔】から攻塔戦アディケイトによる塔主戦争バトル申請が届きました。



「な……なんだよこれはぁ!!!」



 【女帝】だけじゃない。同盟全てが俺を殺しに来ている。


 どうする……どうすればいい……! 俺は混乱する頭を必死に動かした。


 却下したい。すぐにでも却下したい。

 でも却下して終わりか? そんなわけがない。毎日申請が来たっておかしくはない。永遠に狙われ続けることになる。


 じゃあ斃すのか? 俺一人で六塔同盟を? そんなこと出来るわけがない。

 いやせめて弱い塔から一塔ずつ斃せば……そうして【狂乱の塔】を成長させていけば、最終的には【女帝】も……。


 ん? 【世沸者】だけ攻塔戦アディケイト? しかも向こうが攻撃だと? これはつまり――





■フッツィル・ゲウ・ラ・キュリオス 52歳 ハイエルフ

■第500期 Cランク【輝翼の塔】塔主



「やはり【世沸者】が選ばれたか」


「残念でしたのう」



 まぁ分かっておったがのう。

 ゼーレからすれば誰とも戦いたくはないじゃろうし、かと言って【彩糸の組紐ブライトブレイド】から狙われるというのは恐怖以外の何物でもないじゃろ。

 そりゃあれだけ近くでジータとエメリーの殺気を当てられたら誰でもそうなる。トラウマじゃろうし。


 選ばざるを得ないと判断すれば申請してきている中から一番弱そうなところ……つまり【世沸者】しかない。Dランクじゃしな。

 鉄壁のはずの『知力の塔』がなぜか攻塔戦アディケイトの攻撃側で申請しとるしのう。

 なにか裏があると考えなければ順当に選ぶはずじゃ。


 まぁ普通は考えるはずじゃけどな。でなければわざわざ攻塔戦アディケイトの攻撃側を選ぶ理由がない。

 そうは考えられんほどの精神状態であったというか、そうなるように差し向けたというか、そういった感じじゃな。



 塔主戦争バトルはすぐに行われた。

 Dランクの【世沸者】が攻撃側、Bランクの【狂乱】が防衛側。

 誰が聞いたって【狂乱】が有利と思うじゃろう。ゼーレもそう思っていたに違いない。


 しかしわしらは全員思っておった。ノノアの楽勝じゃなと。



 【狂乱の塔】は確かに弱っているし限定スキルはほぼバレている。

 とは言えBランクは伊達ではない。以前にノノアが斃した【魔導書】と比べればはるかに強い。


 ウェアウルフ系、トロール系、オーガ系と主力はタフで攻撃力の高い魔物が揃っており、ハミングバード(C)などの状態異常を多用する魔物もいる。

 空には他にもスクリームガルーダ(S)、ガルーダ(A)といった厄介な怪鳥もいる。

 さらには固有魔物も召喚済み。【狂戦士シンフィヨトリ】(★A)という指揮官と【狂竜ラグナヴォイド】(★S)という地竜がいるわけじゃ。


 強いて言えば魔法攻撃手段が限られておるが、飛行戦力も回復役もいるし、攻撃力は言うまでもない。

 わしとて戦うには策を講じる必要がある。でなければ確実に勝てるとは言えぬ相手。Bランクであることは疑いようもない。



 しかし相手が悪い。

 【世沸者】……というよりヨグ=ソトースヨギィ(★S)を相手にするには不足も不足。


 耐久力の高い巨人系や飛行系は苦手としている部分もある。

 とは言え斃しにくいと言っても斃せぬわけではないし、敵の攻撃が効かぬのだから安全には違いないのじゃ。



 今回ノノアはヨギィだけを突出させることをせず、あくまで部隊の前衛として扱った。

 斥候にミニヨギィも使ってはいたがあくまでシャドウスライム(B)アサシンスライム(D)サーチスライム(C)が斥候役を担う。

 リッチディーゴ(A)のアンデッド部隊で苦戦すると判断される敵にだけヨギィを当てるという形で攻略をしていった。


 もちろん後半はほとんどヨギィが前線を張る形ではあったが、そのほうが安定するからのう。

 そうした戦い方、部隊での戦い方が分かったという点ではノノアにとって非常に有意義な塔主戦争バトルであったと思う。



 防衛が強いと世間的に認知されているからこそ、攻塔戦アディケイトが刺さる。

 これは【世沸者の塔】にとって今後も有効に使えるはずじゃ。

 そう考えればわしらの同盟で最も塔主戦争バトルの機会を得られるのはノノアなのかもしれんな。


 皆は当然羨ましがっておったのう。塔主戦争バトルをしてTPを稼ぎたいというのは同じじゃし。

 申請しても受理されない、塔主戦争バトルをしたくても出来ない、そんな状況が続いておるわけじゃ。



 いや、続いておった・・・と言うべきか。

 それからわしらは立て続けに塔主戦争バトルをする機会を得ることになる。



 今まであれだけ申請し、あれほど却下され続けたのに何事かと不思議にも思った。


 波乱を予感させる新塔主たち、前期に塔主戦争バトルが多くなるという例年の流れ、ランクアップした塔が多かった影響、その他色々なことが絡み合った結果だとは思う。


 申請してきた塔主にはそれぞれの思惑があったのじゃろう。

 人気の塔を落としたいと思ったのか、好戦的なわしらならば受けると思ったのか、それとも……。

 ファムでは人の心までは覗けぬからな。わしにもよくは分からん。



 その先駆けとなったのが【狂乱】と【世沸者】の塔主戦争バトルだったわけじゃが、その五日後に早くも二戦目が決定した。それは青天の霹靂でもあった。



=====


 【隠者の塔】から塔主戦争バトル申請がありました。

 形式:交塔戦クロッサー


   受理   却下


 ――手紙添付なし――


=====



「……は? 【隠者の塔】じゃと?」




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