31:エメリーさんの武器ってとんでもないです!



 エメリーさんのいらした世界にはバベルのような『塔』はなく、代わりに『迷宮』というものがあったそうです。

 地下に潜るほどに強い魔物が出て、中には希少なアイテムの入った宝箱もあるとか。


『魔剣』というのはその迷宮の宝箱でしか手に入らない、非常に強力な武器の総称・・だそうで、『剣』という形にとらわれず、斧や槍といったものでも全て『魔剣』と呼ぶそうです。



 魔剣の性能としては、とにかく頑丈で攻撃力が異常に高い。


 それだけでもすごいのですが、魔剣によって『特殊効果』のようなものがあるそうです。



 例えば『炎を纏う大剣』であったり『周囲を凍らせる斧』であったり『刃を転移させて斬りつける短剣』などもあったそうです。


 そんな魔剣を模して『魔法を放てる剣』を造ろうと、その世界の鍛冶師や錬金術師が研鑽した結果生まれたのが『魔法剣』。

 これはミスリル武器に魔石と特殊な技術を組み込んで造られた『人造の魔剣』と呼べるものだそうです。

 魔剣には劣るものの『魔法剣』こそが人が造れる最高の武器。そういう認識があったそうです。



 しかしエメリーさんの『ご主人様』と侍女仲間の方々の手により、『竜素材を使った魔法剣』というものが造られました。それが『魔竜剣』と呼ばれるもので、エメリーさんがよく使っている『魔竜斧槍』もこれに当たります。

 魔剣には劣るものの、ミスリル武器よりも強いのは当たり前。なにせ竜ですからね。


 そんなものを造り出したことで、その世界には混乱が生じるほどだったと言います。

 聞く話、聞く話、全てが規格外で困ります。多少慣れてきた感はありますが。



 つまり、今までエメリーさんが使っていた四本の『魔竜斧槍』。これもこちらの世界ではありえない技術の産物ではあるのですが、決して『エメリーさんの最強武器』ではないということ。


 今、手に持っている【魔剣グラシャラボラス】こそが、エメリーさんのメイン武器なのです。



「その『劣る』と言われる『魔法剣』でさえ、わしらから見たら神授宝具アーティファクトと同等なんじゃぞ? どれだけ向こうの世界は発展しておるんじゃ……」


「うわぁ……頭痛いわぁ……えっとつまり? あの『魔剣なんちゃらかんちゃら』はメッチャ強いだけじゃなくて、なんか特殊な能力があるっちゅーんか?」


「はい。【魔剣グラシャラボラス】の効果は――【腐食】だそうです」


「「腐食?」」



 魔剣に纏う闇の魔力。刃に触れずとも、その魔力に触れただけで、人も物も全てが腐食するというのです。


 人ならばゾンビのように腐る。金属ならミスリルだろうが崩れて消える。服なども同じです。まるで灰になるようにボロボロと崩れるそうです。


 私も遠目で一回見ただけです。危険だからと私から離れた場所で見せてくれたので。

 エメリーさんでも躊躇するくらい、使うのが危険な代物。間違って魔力を注いでしまったら事故になりかねません。


 だからこそエメリーさんの主武器なのだそうです。


 優秀な侍女仲間の方々でも「とても戦闘中に振り回すことはできない」ということで、器用ステータスが異常に高いエメリーさんでないと扱えない武器なのだとか。



「えっ、めっちゃ振り回してるやん! 大丈夫なんかアレ!」


「ううむ……目で追うのもつらいが、あの速さで攻撃しつつ魔力をコントロールしておるということか? 少しでも自分に触れれば終わりということじゃろ? それをよくもまぁ……」



 武器を替えた事で、エメリーさんの戦い方は少し変わりました。

 今までの回避主体の動きから、『盾受けとカウンター』を狙うような動きに。

 それもまた私にはよく分からない速さなのですが、そんな中で危険な魔剣を使っているという事実。見ているこちらが怖くなります。


 イスバザデンによる超迫力の剣戟。

 アスラエッジによる素早い援護奇襲。

 フレアドレイクによる炎のブレス。


 どれも一撃で人を死に至らしめる攻撃です。

 それを避け、防御し、攻撃を加える。しかも扱いづらい魔剣で。

 それだけ難しいことをしているのでしょう。エメリーさんは。



「ウチの【返怨の大盾】も使ってくれてるけども……」


「よく貸したのう、自分の神授宝具アーティファクトを」


「だってウチだけ攻撃組に何も参加せんとか嫌やん! だからせめてこれだけでもって持たせたんや! でも……ウチより扱いが各段に巧いんやけど……なんか複雑やわ……」


「そ、それはまぁエメリーさんですし」



 ドロシーさんの思いをあの戦場に持っていってくれているということですから。

 一緒に応援しましょうよ。ね?





■エメリー ??歳 多肢族リームズ

■【女帝の塔】塔主シャルロットの神定英雄サンクリオ



 三体の魔物との戦闘は続き、少々時間が経ちました。

 一通りは見ることができましたし、試すこともできました。


 久しぶりに実戦で握る【魔剣グラシャラボラス】も問題ないようで一安心。

 まずは試しにと『闇の魔力』を纏わせないで斬りつけてみましたが、やはり魔竜剣より多少斬れるかな、というくらいです。



 フレアドレイクは問題ありません。鱗は硬いですが傷つけられます。炎を避けつつですが。


 イスバザデンは大木を相手にしているようですが、まぁ動きは遅いですし――巨人としては相当速いのでしょうけど――多少なりとも斬れるからいいでしょう。


 わたくしにとって一番戦いづらいのはSランクのイスバザデンよりもAランクのアスラエッジですね。相性が悪い。

 六本腕の剣戟は俊敏にして苛烈。わたくしも六本腕だったら良かったのですが……無い物ねだりしても仕方ありません。


 おまけにリビングアーマーのように鎧の中身がない・・ようなのです。

 普通に攻撃しても六本の刀が邪魔ですし、『腐食』させようにも武器や鎧の一部が腐食するだけ。

 肉体がなければ腐食で痛がるような事もないので、魔剣の攻撃が効果的とはなりません。



 となりますと……ここはドロシー様からお借りした盾に期待しましょう。



 まずは、イスバザデンが振り下ろす特大剣を【返怨の大盾】で受けます。


 ――ドガンッ!!!


 くっ……かなりの重量。これは普通でしたら押しつぶされますね。さすがはSランク。

 しかしわたくしのステータスならば受けられますし、大盾もさすが神授宝具アーティファクトと言うべきか壊れる心配もなさそうです。


 受けたついでにカウンターでイスバザデンの腕を斬りつけます。もちろん闇の魔力込みで。



「ガアアアアアアアッッッ!!!」



 かすり傷一つで悶えたようです。やはり『人型』であれば腐食は有効。

 じわじわと広がる腐食は痛みと共に体内から腐らせていきます。もう右手で剣は振れないでしょう。


 とは言えそこはSランク。すぐさま左手に剣を持ち替え、薙ぎ払うように攻撃してきました。

 さすがにこれは受けられません。吹き飛ばされます。

 わたくしは回避すると同時に急接近。



 ――シュン――ズバッ! ズバッ!



 左手と左足を浅く斬りつけます。これで良し。イスバザデンはろくに動けないでしょう。


 おっと、そうこうしているとアスラエッジが迫りつつ剣戟を仕掛けてきます。

 わたくしはそれを盾受けし距離をとります。



 ――ゴオオオオ!!!



 距離をとったと思えばフレアドレイクの炎。厄介ですね。しかしこれも盾受けで問題なし。

 やはりこちらから処理すべきですね。


 わたくしは炎を防ぎつつフレアドレイクに突貫。

 無防備な顎めがけてアッパーカットのようにグラシャラボラスを叩き込みます。



「ギャアアウウウウ!!!」



 最強の亜竜であっても腐食の痛みは感じるものです。顎から腐食すれば頭まではすぐでしょう。あとは放っておいてもよし。勝手に死にます。



 さて、と再びアスラエッジに向き合います。

 右手の二腕で【魔剣グラシャラボラス】を。左手の二腕で【返怨の大盾】を構え。


 待ちの姿勢でいれば向こうは突貫してくる。これは今までの流れと同じ。

 敏捷・攻撃・防御が全て高水準。とは言え近接物理以外に戦う術を持たないのですから。


 六本の刀を同時に振り、わたくし目掛けて襲い掛かるそれを――ガンッ!――まずは盾受け。


 それと同時に魔力を籠めれば――



 ――ドオオオオオン!!!



 アスラエッジは全身鎧が砕け、遠くに散っていきました。


 ……いやはやこれは驚きましたね。


 【返怨の大盾】……さすが神授宝具アーティファクトと言いますか。



 神授宝具アーティファクトには様々な効果が宿るそうですが、ドロシー様の【返怨の大盾】は『受けた攻撃を蓄積し、一気に放出する』という効果があります。


 【忍耐】し続けて鬱憤を晴らす、というイメージです。


 わたくしはイスバザデン、アスラエッジ、フレアドレイクの攻撃を全て盾で受けました。

 それを一気にアスラエッジに叩きつけたのです。

 特にイスバザデンの攻撃は痛かったでしょう。アスラエッジにとって危険だったからこそ共闘ではなく援護に回っていたのでしょうしね。



 さてと、とにかくこれで終わりですかね。

 フレアドレイクもほとんど死んでいますし、イスバザデンも右足一本でフラフラ立っているだけです。



『エメリーさん、こっちは全部やっつけました! 防衛成功です!』


「承知しました。こちらももうすぐ終わります」


『最後まで気を抜かないで下さい! ご武運を!』


「かしこまりました」



 向こうは終わりましたか。ちょうどいいですね。

 ではイスバザデンを斬りつけ、腐食で殺し、魔石などを拾いつつ十五階に上りましょう。


 これで残るは五人の塔主だけですか。


 ……いえ、お嬢様が仰ったように最後まで気を抜く事はしません。隠し玉がないとも限りませんからね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る