209:アデルさんのせいで向こうは大変みたいです!



■ケィヒル・ダウンノーク 50歳

■第483期 Aランク【魔術師の塔】塔主



『ケ、ケィヒル様! どうするのですかこれは一体!』



 神との立ち会いが終わり、画面には我らのみが残ったわけだが、さっそくとばかりにノービアが騒ぎ始めた。


 終わり際に投げたアデル・ロージットの言葉。

 それは我々にとって最も破壊力のあるものだったと言っていいだろう。



「まずは確認が最優先だ。コパンよ、探れるだけ探るのだ」


『分かりました……が、ゼノーティア公でよろしいのですか? 陛下やロージット公という線もありますが』


「……最初に確認すべきはゼノーティア公だ」


『承知しました』



 アデル・ロージットがゼノーティア公の御趣味を知っているということは、ロージット公もすでに知っているはずだ。

 本当に陛下に話を通し国軍が動くのかは定かではないが、そこだけは確実。


 であるならば最優先で確認しなければならないのはゼノーティア公のご様子だ。

 最悪を想定するならばすでに国軍が査察に入り、事が公になっている可能性もある。


 それは『すでに我々は破滅している』も同じ。確認しないわけにはいかん。



 ただロージット公が知っているならば遅かれ早かれ暴かれることになるだろう。

 その時のために我がダウンノーク家の動きも伝えなくてはならないし、それはメルンゲム商会やウェルキン子爵家も同じだ。

 メルセドウから遠いバベルにいるからこそ迅速に通達しなければならない。


 とは言え<青き水鏡>は一方的に覗き見るだけだ。

 こちらからの連絡となれば商業ギルドを使った速達となるが……アデル・ロージットの言を信じればあと数日程度の猶予しかない。


 これでは間に合わんだろうが……それでもやるしかないのだがな。



 せめてもう少し早いタイミングで知れていれば塔主戦争バトルを中止し、全力でメルセドウの動きに注視すべきなのだが、神が決定したあとではどうにも出来ん。


 くそっ! アデル・ロージットめが小癪な真似を……!

 今はメルセドウと平行してヤツらを斃す算段をしなければならん。その時間すら惜しいというのに……!



『失礼。ようはエルフに固執する必要がなくなった、ということでよろしいですかね? 【輝翼】を優先して潰す理由はないと』



 ザリィドが声を上げた。

 こやつはメルセドウと関わりのない人間だからな。

 現状、我々の誰より塔主戦争バトルのことに頭を使えるようだ。



「……そうだな。事前に考えていた優先順位は崩れる」


『であるならば【赤】を最優先にするってことですかね、やっぱり』



 事前の協議――コパンと話し合い残りの二人に伝えたことだが――では、【輝翼】を優先的に斃す必要があったため、私の【魔術師の塔】が【輝翼の塔】に攻めるつもりでいた。


 エルフの情報を吐かせるためには私が自らの戦力で攻めるべきだからな。

 そこを最初に斃し、数的優位を作ったのちに他三塔を順々に斃すと、そういうつもりでいたのだ。


 しかしゼノーティア公の御趣味が割れた今、エルフを捕らえたところで無価値に等しい。


 ならば【赤】アデル・ロージットを優先して斃すべきだろう。

 それも私の手で、だ。



 遅かれ早かれ貴族派全体が窮地に陥るのであれば、こちらに出来る対処は限られている。

 メルセドウの家と貴族派を動かすというの一つだが、それが間に合うかは不明。


 となれば塔主として先んじる手段は『王国派であるアデル・ロージットに誅罰を下す』というのが一番いい。


 これならば仮に貴族派が窮地であっても王国派に対する反撃の手になるし、痛手はあっても軽傷で済むだろう。

 その後の巻き返し――中立派である【節制】同盟の討伐を目論んだ足掛かりとしても申し分ない。


 今回の同盟戦ストルグを『アデル・ロージットを討伐する機会』と捉えるならばこれを逃すわけにはいかないのだ。



「最初に【赤】の乗り込むのは私に変更だ。その後順々に潰し、最終的に【女帝】を潰す」


『【女帝】が【魔術師の塔】に乗り込んで来た場合はどうしますか』


「その場合は守り切らずにまずメイドを全力で潰す。しかるのちに【赤の塔】に全力で仕掛ける」



 修正案を採用すると決めた時から『【女帝】がどの塔に攻めて来るのか』というのは一番の議題になっていた。

 最も警戒すべきは【女帝】のメイドであり、その対処なくして確実な勝利はないだろうと思っていたからだ。


 逆に考えれば、『メイドさえ対処できれば確実に勝てる』ということ。


 つまり、【女帝】が最初に侵入する塔は徹底して守りを固め、足止めに専念する。

 そうした上で別の塔を攻略し、【女帝】が攻めている塔に援軍として入り、メイドを挟撃するというものだ。


 これは『メイドは攻撃で使うに違いない』という判断からだが、仮に防衛で使ってくれるならば好都合。

 【女帝の塔】に攻める塔には攻略を遅々とさせ、他の攻略待ちで一気に【女帝の塔】を攻略すればいい。

 【女帝の塔】の構成も戦力もすでに丸裸だ。数を揃えて攻めれば何も恐れることはない。



 ただ【輝翼】より【赤】が優先となった今、少し話は変わる。

 攻める相手が【輝翼】ならば【魔術師の塔】の守りを固めつつ【輝翼】に攻撃陣を割くということも可能だが、【赤の塔】に攻めるならば相応の攻撃陣を用意すべきだ。主にジータ対策だな。


 メイドの攻撃を防ぎつつジータを斃せる攻撃陣を作るというのは安全とは言えない。

 かと言って徹底的に守りを固め、メイドを上層まで引き上げると、今度は【赤】を自由にすることとなる。


 だからこそメイドを迅速に斃し、しかる後に【赤の塔】を全力で攻撃すると。速度のある殲滅が必要になるだろう。


 出来れば【女帝】が【魔術師の塔】に来ないか、【青】【霧雨】がどこかの塔を早めに攻略できる状況が望ましい。

 どちらも厳しいとなればやはり私の戦力でどうにかするしかないだろう。



「攻めどころは私とザリィドが交換でいいだろう。私が【赤】、ザリィドが【輝翼】、コパンが【忍耐】、ノービアが【女帝】だ」


『わ、私はやはり防衛中心でよろしいのでしょうか』


「さすがに【宝石】の戦力で【女帝の塔】を攻略するのは無謀だ。援軍を待つ意味でも攻略は少数で遅くとするべきだろう。

 とは言え何も攻めないと【女帝】の攻撃陣を厚くするだけだ。適度に進めるくらいでちょうどいい」


『わ、分かりました』



 ノービアの【宝石の塔】は今回の八塔の中でも最弱だからな。

 下手に【輝翼】や【忍耐】を攻めるよりじっくりと【女帝の塔】に攻め続けるほうがいい。


 コパンの【青の塔】が【忍耐】を攻めるというのも確実に有利だ。

 質も量も勝っているし、唯一警戒すべきはウリエルの天使部隊くらいのもの。

 それがもし防衛で使われたとしても【青】にはそれを破る手段がいくつもある。


 ザリィドの【霧雨の塔】は当初【赤の塔】をじっくり攻めさせ援軍待ちにするつもりだったが、【輝翼】が相手であればある程度攻略も見込めるだろう。

 相手の陣容と相性を見るに、質で対抗する形になるだろうが……まぁ問題あるまい。

 最悪、時間稼ぎだけしてくれれば壊滅されても攻略されても構わん。



 それに対して向こうはどう攻めて来るか、が問題だな。

 ここはよく考え、対応を考えておかねばならん。

 メイドが一番の問題ではあるがそれ以外に対して無策というわけにもいかないのだから。


 普通に考えればランキング通りの強さを、順番にそのまま当てる。

 つまり【女帝】が【魔術師】、【赤】が【青】、【忍耐】が【霧雨】、【輝翼】が【宝石】。

 【世沸者】と【六花】は考える必要もないだろう。大した戦力がないことはすでに分かっている。


 ただ、こう攻めるとなれば向こうにとって優位なのは【宝石】に対する【輝翼】しかない。

 その【輝翼】も【霧雨】に攻められることを考えると、簡単に【宝石】を攻略とはいくまい。


 だからこそ単純にランキング通りの攻め方はしないはずだ。

 メイドを使い、攻略しやすい塔を選び、数的優位を作り出したのちに別の塔に攻め入ろうと考えるはず。



 一番怖いのが【宝石】を攻められること。これでは【女帝】と【宝石】の交塔戦クロッサーとなんら変わらん。互いに攻め合う形になってしまう。


 従ってその場合は攻撃を放棄し徹底的に防衛策をとらせる。

 メイドを可能な限り足止めし、他の塔の援軍待ちに徹するわけだな。ノービアにはその旨を伝えてある。


 まぁ最悪【宝石】が落とされても問題はないのだが、メイドを早々に自由にするわけにはいかん。時間稼ぎはしてもらわんとな。



「詳しい戦略や準備については明日いっぱいを使ってやる必要がある。決して負けられないからな」


『『『はい』』』


「しかしまずはメルセドウの確認が優先だ。出来る限り調べ、手を打つ。これを後回しにはできん」



 ゼノーティア公のご様子、国軍の動き、それらを<青き水鏡>で探らせる。

 家や貴族派の今後の身の振り方も考え、今のうちに伝えておかなくてはいけない。


 例え貴族派が地に落ちようが、アデル・ロージットを討てば再起の目はある。その為の備えは今からしなければならない。


 やることをやって、それから同盟戦ストルグの準備だ。

 明日一日ではたしてどれほどやれるものか……いや、やらねばならぬのだ。


 絶対に勝つ。アデル・ロージットを討つ。

 それ以外に私の道は残っていないのだから。




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