217:あっちもこっちも動き始めました!



■コパン・メルンゲム 52歳

■第488期 Bランク【青の塔】塔主



 同盟戦ストルグの条文は我々に有利なはずだった。


 元々戦力には大きな差がある。いくら向こうがランク詐欺とも言えるほどの戦力を持っていようが、【六花】が加入しようが、こちらに【霧雨】が入ったことを踏まえれば覆しようのない大きな差になったと言えるだろう。


 四塔の戦力を結集し一塔ずつ潰していくというのは修正案により不可能となったが、一塔単位で見てもこちらが勝っているのは間違いない。


 <青き水鏡>で塔の構成も分かっているし、戦力も把握しているのだ。

 これに多少の修正を入れたところでその差は覆らない……そう思っていた。



 もしこちらの想定通りに『一対一の四か所同時交塔戦クロッサー』となっていたらすでに勝利の目は見えていたはずだ。


 メイドを抑えつつ、他の塔を攻略する。

 いくらメイドが規格外の力を持っていても【赤】【忍耐】【輝翼】の攻略は進んでいただろう。



 しかし向こうの打ってきた手は『メイドのみに攻略をさせて他三塔は完全に引き籠る』というもの。


 ここまで極端な戦略をとったのはメイドの力を知っていたというのもあるが、もう一つ『どこに攻めるのか読ませない』というのも含まれていたはずだ。だから先遣さえも攻めさせなかった。徹底的に防御に回った。



 メイドの力がこちらにとって想定以上だったというのもある。

 【宝石の塔】を蹂躙する様は我々に恐怖を与え、攻略するよりも守りを固めることを優先させた。


 メイドという抑止力は我々にとって大きな枷となったのだ。そしてそれは今現在も継続している。



 このままではまずい。どうにかしなくては……!

 と、その時、画面からザリィドの声が響く。



『【輝翼】だ! 【女帝】の援軍が【輝翼】に入った! こっちにも爺の神定英雄サンクリオとフェンリル、それに鳥部隊が入って来たぞ!』



 【女帝】は【輝翼】に属した。そして【輝翼】が【霧雨の塔】を攻めると確定した。

 つまり私の【青の塔】に攻めて来るのは【赤】か【忍耐】の二択となる。



「コパン、俺が【忍耐】を攻めるぞ。手を拱いているわけにはいかん」


「ベンズナフ……そうだな。確かにいつまでもメイドを気にして守っているわけにはいかん。よし、第三陣はお前に任せる。他に戦力は……」


「いらん。足が遅くなるだけだ。さっさと片付けて来る」



 ベンズナフが玉座の間から急ぎ出ていった。

 確かにベンズナフが急いで合流しようとすれば他の魔物は足枷にしかならんか。



「ケィヒル様! こちらはベンズナフが【忍耐の塔】の攻略に向かいました! 【輝翼】が【霧雨】を攻めるとなった今、我々も攻めるべきです! ケィヒル様もどうぞ【赤の塔】を!」


『……うむ、そうだな。よし! ザリィドよ、こちらは【赤の塔】の攻略を進める! メイドの対処は大丈夫だな!』


『こっちを【宝石の塔】と一緒にしてもらっちゃ困りますぜ! 足止めくらいは問題ないです! さっさと援軍を頼みますよ!』



 ノービアを見殺しにしたと分かっているからこその意気込みだな。

 ザリィドも闇の住人だ。そこら辺の機微は分かっているだろう。


 とは言え【霧雨の塔】が【宝石の塔】と比較にならない戦力を保有しているのは確か。


 そこに来るのは疲労が残っているであろう【女帝】戦力――あのメイドに疲労という概念があるのか分からないが――と、【霧雨】に攻められつつも神定英雄サンクリオとフェンリルを捻出した【輝翼】部隊。


 規格外のメイドともう一人の神定英雄サンクリオがいる時点で安全ではないだろうが、【宝石の塔】ほどすんなり攻略できるはずがない。

 攻略するにしても時間がかかるはずだ。


 その間に【赤の塔】と【忍耐の塔】のどちらかだけでも攻略しなければ……さらに数的優位を作られたら、今度はこちらが攻めを放棄し守りを固めることになる。そうでもしなければ勝てないということだ。



 ノービアを見殺しにしたケィヒルは、ザリィドや私を見殺すことも躊躇わないだろう。

 ヤツは良くも悪くも貴族・・なのだ。

 だからこそ私も焚きつけたのだが……はたして【赤の塔】を攻略してくれるものか。


 私は私で【忍耐の塔】を攻略するしかない。私自身でこの身を守る為に。





■ケィヒル・ダウンノーク 50歳

■第483期 Aランク【魔術師の塔】塔主



 【女帝】は【輝翼】に属し、【輝翼の塔】の防衛と【霧雨の塔】の攻略に向かった。

 つまり、【魔術師の塔】には私の攻めている【赤】かコパンの攻めている【忍耐】しか入らないということだ。

 少なくともメイドが【霧雨の塔】を攻略するまでは――。



 それを受けてコパンは【忍耐の塔】にベンズナフを差し向けたらしい。

 今までのように『メイドへの防衛を考えながら攻撃陣を捻出した』ということではなく『さっさと【忍耐の塔】を落とす』という動きだ。

 コパンが言い出したのかベンズナフが言い出したのかは分からんが、機を見るに敏と言えるだろう。



 ならば私も本格的な【赤の塔】攻略に……と行くべきか。これはちゃんと考えなくてはならない。

 こちらは【青の塔】とは違うのだからな。同じ考えのまま動くというのは危険だ。


 【青の塔】にはベンズナフという神定英雄サンクリオがいる。暗殺を得意とする魔法使い。稀有な存在だ。

 メイドの防衛として今まで残していたことから、コパンも「ベンズナフならばどうにかすればメイドも殺せるのでは」と考えていたに違いない。

 切り札、隠し札としてベンズナフは優秀すぎる。それを手持ちに残しておくのは極めて正しい。



 一方こちらにはそのような神定英雄サンクリオなどいない。

 しかし【青】の倍以上の魔物戦力と限定スキルがある。

 それを十全に使えばあの化け物メイドであっても確実に斃せる。そう言い切れる。


 ただ限定スキルは【魔術師の塔】でしか使えんし、【赤の塔】への第三陣を厚くしすぎるとやはり防衛に不安が残る。


 【霧雨の塔】がどこまで粘れるのかは分からんがザリィドを信用するほど私は馬鹿ではない。

 メイドへの備えは第一。だが同時に数的有利をこれ以上作られない為にも【赤の塔】の攻略が必要だ。



 悩んだ私はマンティコア(A)を指揮官にペガサス(C)とハイウィッチ(B)、ウィッチ(C)の飛行部隊を投入した。

 防衛の鍵となる魔物ではないし、先行している攻撃陣に追いつくためには相応の速度が必要だと判断したからだ。

 眷属ではないので伝達はできないがマンティコアならばある程度部隊として動かすことも出来るはず。


 これをもって第三陣とし【赤の塔】に送り込んだ――のだが……。



「なんだこれは……先ほどまでは降っていなかったではないか……!」



 【赤の塔】一階層『紅葉樹の森』には″赤い雨″が降っていた。土砂降りというほどの雨量だ。

 森の木々に遮られ、雨を凌げるところもあるがそれでも激しい雨には違いない。


 最初に攻撃陣が入った時にも第二陣を送り込んだ時にも雨など降ってはいなかった。


 仮にこの階層が『気象操作』できる地形だとして、塔主戦争バトル中に宝珠オーブを操作し設定することはできない。


 つまりアデル・ロージットは事前に設定していたということだ。この時間になったら雨を降らせるように、と。



 なぜそのような真似をしたのか……『探索阻害』しかない。

 それも先行する部隊は素通しして後続を容易に追いつかせない為の『阻害』だ。


 これではマンティコアたち第三陣も簡単に追いつけるとは……と考えながら、前を行くエルダーリッチ部隊に目をやると――



「こちらは霧か!」



 四階層の『砂丘』には霧が立ち込めていた。それも『真っ赤な濃霧』だ。

 視界は最悪。足元は赤い砂丘だから前に進むのも困難に違いない。

 一階層以上の『行動阻害』だ。


 単に『後続を追いつかせない為の行動阻害』ではなく『探索そのものを塔全体で阻害』しているということだ。



 なぜ最初からこの手を使わなかったのか。

 ある程度探索を進ませる必要があったからに違いない。こちらを引き込もうという意図があったはずだ。


 つまり自由に探索させても攻略させない自信があり、同時に【魔術師の塔】から戦力を割く為だったのでは……?


 探索が進み【赤の塔】の攻略が見えて来る。しかし攻略までは届かない。そうこうしているうちにメイドが他の塔を攻略する。そして私は攻撃陣を厚くしようと後続を差し向ける……。


 そうしたシナリオを見越して序盤に『気象操作』を使わないようにしていた、と……!



 くそっ! アデル・ロージットめ小癪な真似を!


 ならば私はヤツの策に乗るわけにはいかん。

 これ以上攻撃陣を送り込むのは止めだ。防衛を固め、我が【魔術師の塔】で殲滅しくれるわ!





■アデル・ロージット 18歳

■第500期 Cランク【赤の塔】塔主



 ちょっとタイミングが早かったですわね。敵の侵攻が遅かったとも言えますが。


 【赤の塔】の屋外階層は一、三、四、六、七、八の六階層です。

 狙いとしては敵が五階層を探索している間に気象変化が起こる、という風にしたかったのですがね。

 そうすれば六階層から『赤い濃霧』で驚くでしょうし、後続には情報のない一、三、四階層になりますから。


 しかしエメリーさんの攻略速度が異常に速かったおかげで、敵がまだ四階層にいる間に気象変化となりました。

 まぁ誤差ですからいいですわ。余計に苦しんでもらうとしましょう。



「この霧はすごいですね……これは敵視点だとほとんど見えていないのですよね?」


「ええ。どういう仕組みか画面では全体がよく見えていますがね。おそらくダウンノーク伯の視点でも敵と同じように見えていないのではないでしょうか」


「これが限定スキルというものですか……」



 限定スキルによって仕様は違うと思いますが<赤き雨の地>に関してはかなり当たりの部類だったと思います。


 微々たる継続ダメージを与えTPを稼ぐ、というのが本来の用途なのですが――実際に今もダメージは入っているでしょうが――視界を遮り探索を困難にするという効果のほうが大きいとわたくしは思っています。



 色々と検証しましたが、土砂降りの雨や濃霧にした場合、侵入者はほとんど前が見えなくなるようで、それでまともに探索しようと思ったら<気配察知>などの斥候スキルが必須となるのです。


 一方で『味方には効果がない』と詳細説明にあったとおり、こちらの魔物やジータからは『透明の雨』『透明の霧』としか見えないのです。


 やはり限定スキルは反則的だと、その時に実感しましたわね。



 とは言え敵が何の斥候系スキルも持っていないということもないでしょうし、風魔法などで霧を散らすこともできます。

 空貴精シルフス(A)が敵部隊におりますからそうした手を打ってくるでしょう。


 探索できないということはない。しかし順調とは言えなくなる。その程度に落ち着くのではないでしょうか。



「後続で入って来たマンティコアはどうしますか」


「放っておきますわ。先行部隊に比べたら雑魚同然ですもの。気に掛けるだけ無駄です」


「一応Aランクですがね、マンティコアは……」


「それよりも先行部隊が霧に手こずっているうちに削っておかなければなりません。そちらの方が今は重要です」



 先行部隊の陣容はマンティコアが雑魚に見えるほどに精強です。

 これを出来るだけ削りませんと本当に攻略されかねません。

 濃霧状態の探索に慣れてからでは遅いのです。


 勝負は五階層『紅蓮洞窟』を抜けた先の六~八階層。ここで色々と仕掛けませんと。

 シルビアさんにも働いてもらわないといけませんわね。




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