311:女帝の塔は攻め込まれています!



■サミュエ・シェール 36歳

■第486期 Bランク【影の塔】塔主



 【女帝の塔】との塔主戦争バトルは相変わらず順調です。

 策が嵌っていると言いますか、こちらの持ち味が十分に発揮されていると思います。



 攻撃においてはわたくしの<影カラ覗ク瞳>で得た情報をスカアハ(★S)が活かし指揮をとっております。

 難解と言われる塔構成や厭らしい罠配置にしても、こちらの斥候部隊の前では無意味。

 魔物も現状では脅威になっていないので、わたくしの攻撃陣ならば安心して見ていられます。


 防衛においては敵方の進軍速度の遅さは変わりませんし、やはり暗闇階層と罠・奇襲の組み合わせは素晴らしいと。

 向こうからすれば攻略しにくいことこの上ないでしょう。

 新進気鋭の【女帝】でさえ攻略に手間取っているのですから、わたくしも自分の塔に自信が持てます。



 とは言えバベルの塔主戦争バトルに油断は禁物です。

 【女帝】が限定スキルを所持していないと決めつけるわけにはいきませんし、Aランク同盟を斃した実績もあるのですから。

 勝負が決するまで歯を見せることは許されません。



 【女帝の塔】の五・六階層。ここから魔物の強さが一段階増します。

 スカアハは森を直進するようなことはせず環状の平野部を進軍させるようですが、わたくしもそれは賛成です。

 中央部の泉にはサンダーファング(A)やユニコーン(B)の群れがいるようですからね。

 決して斃せない敵ではありませんが被害が出てもおかしくはありません。


 その点、平野部では進軍速度を維持できますし、そこまで強い魔物と接敵することが少ない。

 魔法の遠距離攻撃が厄介ですけれどね。森の中や上空から撃ってきます。そして決して近づいてこないと。

 おそらく森の中に誘導したいのでしょうね。それに付きあうわけにはいきません。



 七階層の『庭園』も普通に攻略するならば難関でしょう。大部屋の迷路で順路を間違えれば強敵に出くわすのですから。


 しかし大部屋を区切る壁は背の高い生垣。空は開いているわけです。

 こちらの悪魔部隊が上空から視認すれば正解の順路は分かるので、そうなると苦戦しようもありません。

 まぁ普通の侵入者相手の階層ということですわね。塔主戦争バトル向きではありません。



 八階層は二階層でやった『証探し』の強化版です。

 ボス部屋に辿り着くまでに小部屋を巡って三回『鍵探し』をしなければなりません。


 ここから魔物の中にロイヤル系統が出てきます。騎士・魔法使い・神官・斥候と揃った高ランクの魔物。

 八階層ではまだC~Bランク程度ですがボス部屋にはAランクも多少はおります。



 と、ここで気付きました。

 【女帝の塔】にもちゃんとした斥候系魔物がいるのです。クラウンスカウト(B)やロイヤルジェスター(A)といったロイヤル系統が。

 そういった<罠察知>持ちの魔物を攻撃陣に組み込まないのはなぜでしょうか……非常に不可解です。


 クイーンを指揮官に置いている以上、その配下の魔物のほうが使いやすいのは分かります。ロイヤル系統のクイーンなどいないでしょうし。

 しかしだからといってわざわざハイフェアリー(C)に斥候役をさせないでもいいでしょう。

 その結果これだけ進軍速度が遅くなっているのですから。



 【影の塔】の情報を何も持っていないということはありえません。侵入者が九階層まで入っているのですからね。

 だからこそ【影の塔】における斥候役の重要性は分かるはずです。

 防衛戦力としてロイヤル系統が優秀なのは分かるのですが、数体くらい攻撃陣に回してもいいでしょうに……全く理解できません。



「スカアハ、そちらは何か異常などありませんか?」


『今のところ問題ありまセン。防衛はいかがでしょうカ』


「敵攻撃陣は非常に慎重な探索を続けています。今は四階層に入ったところですね」


『不可解ですネ……くれぐれもご用心ヲ。敵の塔に直接作用する限定スキルがあるとは思えまセンが、第二陣が突貫してくるかもしれまセン』


「ええ、承知しています。そちらも気を付けて下さい」



 やはりスカアハも思うところがあるようですが、今のところは様子見を続けるしかないでしょう。


 ともかく考えても無駄と疑問を振り払って画面を見ます。

 九階層の『大書庫』。ここは『庭園』と似た創りですね。連続大部屋の迷路。生垣の代わりが本棚といった感じです。


 魔物は足止め用のゴーレムとあとは飛行戦力ばかり。『森』であったような上空からの遠距離攻撃をもっと特化させた印象です。


 本来ならばここに天使部隊も入るようですが、その天使部隊は【影の塔】にいます。

 というわけでほとんどウィッチ(C)とハイウィッチ(B)のみですね。


 遠目で撃っては逃げるので壊滅させることはできません。まさか悪魔部隊に本隊から離れて追撃しろとも言えませんしね。

 しかし一方的に攻撃されるわけにもいかないので突破を優先させます。



 ここまででCランクの魔物を中心に三〇体ほどを喪いました。

 残りは二百弱。これはかなり残っているほうだと思います。順調すぎるほどに。

 やはり事前情報と策が嵌っているということでしょう。



 続く十・十一階層は砦状の塔構成なのですが、前半が二階建ての連続中部屋。後半が連結階層を利用した大広間となっています。


 が、魔物の数が異常に少ないのですよね。事前に調べた時にも思いましたが。

 おそらくまだ未完成の状態。他の階層に置く魔物を優先させたことでスカスカになっているのではないかと。


 それもそのはずで、Bランクに上がったばかりの塔は一気に五階層も増えますし、魔物も全体的に強くしなければなりません。

 普通、ランクアップした塔は数年かけてBランクの塔を創り上げるものなのです。


 それは多くの戦果を挙げ、大量のTPを得ているであろう【女帝】でも同じこと。

 ただでさえ眷属にあれほどTPをかけていますし、この上には明らかに不釣り合いな海の階層も創っているわけです。


 その結果がこの十・十一階層。これは計画性のなさが窺えます。よくこの状態で塔主戦争バトルなど受けたものですね。


 まぁわたくしからすればありがたいことには変わりありません。

 バーゲスト(C)やオルトロス(A)、グリフォン(B)程度しかいませんので突破は訳ないでしょう。



 そして十二・十三階層が海ですね。中央に神殿、外周部には鳥やガーゴイルがいる踊り場のようなものがあり、そこから飛んで来て空襲をすると。


 空から魔法、海から魔法。その中を橋を渡って通過していくというわけです。

 海に落とされたら堪ったものではありませんから、ここは慎重に防御中心で進むことになります。


 とは言えここも魔物不足なのは否めません。

 中央の神殿はカラですし、海の魔物にしてもスキュラ(C)程度です。進軍を邪魔して微妙なダメージを与えて来るのみ。


 しかし階層の最後、後方から強烈な水魔法が仕掛けられました。

 おそらく海中に潜んでいた大物がいるはずですが海上からは視認できません。


 これにより十体以上の魔物が海に落とされましたが、スカアハが急いで階段を昇るよう指示。

 逃げるようにして階層を突破します。



「スカアハ、あれは何だったのですか?」


『恐ろしく速く泳ぐ魔物が遠くから一気に来ましタ。一体の小さな魔物デス。おそらくサミュエ様が見たという正体不明の眷属なのではないかト』



 なるほどあの魔物がここの管理者なのですか……だからわざわざ海の階層を……。

 配下の魔物がいないのが幸いしましたね。これで海の中から一気呵成に攻められたら被害は甚大なものになっていたでしょう。


 あれほどの魔物でも背後から奇襲を仕掛けるくらいしか方法がなかったと見えます。

 いずれにしてもこの上にいるであろう眷属が一体少なくなったのは重畳。攻略しやすくなりました。



 そして十四階層。ここが実質的な最上階です。

 まず扉で三つの分岐があり、入った先は『迷路』『大部屋』『細い一本道』で分かれています。


 そこを抜けると中央に巨大なダンスホール。ヴァンパイア(A)やロイヤル系統を中心に多くの魔物が群れを成しています。

 さらにそこからまた前半と同じような三分岐があり、抜けた先が大ボス部屋です。


 これが普通の侵入者や情報のない塔主戦争バトル相手であればどの扉に入ろうかと悩むのでしょうが、わたくしはすでに情報を得ていますから自由に選べます。


 一番楽なのは『迷路』ですね。ある程度の広さ、魔物の少なさ、罠もありますが問題はないと。

『一本道』ですと隊列が長くなる上に罠が多すぎますし、『大部屋』にはそこそこ魔物が集まっています。

 わたくしの攻撃陣であれば突破は問題ありませんが、一番被害の少ない道を選ぶとなれば『迷路』になるでしょう。



「スカアハ、右の扉に入って下さい」


『了解しましタ』



 そうしてシャドウアサシン(C)部隊を先頭に『迷路』に続く扉へと入っていきました。

 斥候部隊が入り、影鬼(★A)とデュラハン(C)の部隊が入り……というところで「バタン!」と扉が閉じたのです。



「なっ……! トラップですか!」



 おそらくある程度の部隊が入った段階で閉まるという罠でしょう。これは事前情報でも分かりませんし察知もできない類の罠です。攻撃でもなければスイッチもないのですから。



『サミュエ様、どうやら内側から開くのは不可能なようデス』


「仕方ありません。残りの部隊は『大部屋』に向かわせます。幸いダークフェンリル(S)がおりますしね。一塊にして急いで入れば分断は避けられるかもしれません」


『承知しましタ。ダンスホールに抜けるタイミングは合わせまス』



 大部隊の分断を狙った罠。つまり塔主戦争バトルを意識した階層ということですね。

 これで『一本道』のほうに斥候なしで行こうものなら被害は甚大。

『大部屋』にしても高ランクの魔物がいなければ壊滅させられるかもしれません。


 それを抜けて魔物が群がるダンスホールを抜け、さらに三分岐したあとで大ボス……なるほどこれは今までの階層とは違って極端に厳しい。

 まさに最後の関門と呼べるものでしょう。【女帝】が防衛に自信があるのも納得です。



 ダークフェンリル(S)の狼部隊は悪魔部隊と共に中央の扉に入りました。まとめて駆けるように。

 結果、ギリギリ全ての魔物が入ったところで扉が閉じました。どうやら入ってからの時間で自動的に閉じるようですね。


 大部屋にいたのはやはりロイヤル部隊。

 騎士が前線を張り、後衛は魔法と回復、斥候は遊撃と、非常に組織立った部隊。それが計二〇体ほど。


 一方こちらは百体ほどいますので勝ちは揺るがないのですが、さすがに何体かは喪いました。

 スカアハたちの方は問題ありません。迷路といってもそこまで難解なものではないので、無事に突破できました。



 そして二部隊がタイミングを合わせてダンスホールに突入。

 そこには【女帝】戦力が集結して待ち伏せていました。

 ロイヤル部隊、吸血鬼部隊、ハイウィッチ(B)にハイフェアリー(C)、サジタリアナイト(A)とテラーナイト(B)の部隊なども見受けられます。高ランクばかり合計で百体以上の軍勢。


 上空を飛ぶハイウィッチの最後尾にウィッチクイーン(A)の姿も確認しました。これが指揮官ですね。

 大ボス部屋はおそらくカラです。このダンスホールで決着をつけるつもりでしょう。

 そして残る眷属は【女帝】と共にいるであろうメイドのみ。


 ならば打つ手は――



『サミュエ様、乱戦に乗じて最上階に向かいマス』


「そうですね。早めに決着とすればこちらの被害も抑えられます。くれぐれも気を付けてお願いします」


『かしこまりましタ』



 ダンスホールの乱戦は影鬼(★A)に指揮を任せましょう。

 ここが乱戦であればあるほど、接戦であればあるほど、スカアハの暗殺がしやすくなります。


 ダンスホールから先の扉は開いたまま。<影潜り>で移動しつつ分岐路に入るのも問題ありません。

 ただ分岐路の先、大ボス部屋に抜ける扉は開ける必要がありますが、【女帝】も乱戦の様子を注視するでしょう。なにせここで負けたら終わりですから。


 そうしてスカアハが玉座の間に辿り着けば、【女帝】を斃すか宝珠オーブを割る。それで終わりです。


 影鬼とダークフェンリルにはそれまで粘ってもらわなければなりません。

 敵は精強、守備が硬く、魔法が苛烈な魔物ばかりですが、そこを忍て当たらなければ。


 ここが正念場です。わたくしも眷属伝達の声が大きくなります。その一方でスカアハの様子も見なければなりません。



 スカアハは<影潜り>を使ったまま、味方の影、敵の影を経由し分岐路に突入しました。

 選んだ道は『細い一本道』。スカアハ一人であれば危険もなく最短で行ける道です。屋内の通路ですから当然影もあります。

 <影潜り>を続行したまま通路の先、大ボス部屋へと続く扉へ。


 ここで初めてスカアハは姿を現しました。扉を開けるために仕方なく。


 音を立てないよう少しだけ扉を開けると……大ボス部屋は人気ひとけもなく随分と暗い。

 これ幸いとスカアハはまた<影潜り>をしました――が、わたくしは少し疑問を抱いていました。



(以前に見たときはこんなに暗くなかったのに……)



 そう思いつつもスカアハが<影潜り>の状態で最上階への階段に近づくのを黙って見ていたのです。



 変化が起こったのは、スカアハが部屋の中央付近にまで辿り着いた頃。

 まずスカアハが入って来た扉が「バタン!」と閉じました。おそらくここも時間で自動的に閉まる仕組みなのでしょう。


 そして直後に部屋が明るく照らされました。大ボス部屋の天井と床にも、これでもかと並んだ照明。


 それはまぶしすぎるほどに部屋中を照らし、同時にスカアハが潜っていた″影″も消えたのです。


 当然、<影潜り>の効果も消え、スカアハはその姿を現しました。

 混乱していたのはわたくしもスカアハも同じです。一体なにが起こっているのだと。


 そこに、カツカツと階段を下りて来る足音が聞こえました。



 誰か――そんなことは誰にだって分かります。ただ信じられないことが起こり信じたくないことが起きていると。未だわたくしは混乱していたのです。その者がここにいると認めたくなかったのです。



 四本の腕には四本の黒いハルバード。

 綺麗なメイド服には似つかわしくない――まるで死神のような姿がそこにはありました。



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