44:狐の女性がかわいそうです!



■アデル・ロージット 17歳

■第500期 Dランク【赤の塔】塔主



 【世沸者よわきものの塔】の塔主、ノノアさんはうずくまり、声を出さずに泣き続けていました。


 シャルロットさんは駆け寄り「大丈夫ですか」と声をかけましたが、ただ泣くばかり。

 どうしたものかと悩んだあげく、エメリーさんを【会談の間】に行かせました。予約をとってすぐに入れるか、という確認ですわね。


 どうやら部屋は使えるらしく、シャルロットさんはノノアさんに肩を貸し、ドロシーさんとご一緒に無理矢理運ぶようにして【会談の間】へと入ったのです。


 もちろんわたくしもフッツィルさんもいます。

 ここでわたくしだけ帰るということはできません。



 テーブルを囲んで座り、職員の方が淹れて下さったお茶に口をつけます。

 すると少しは落ち着いたようで、ノノアさんは小さな声で喋りはじめました。

 大きな狐耳は相変わらずヘニョンとしたままですが。



「す、すみませんでした……あの、ありがとうございます……」


「いえたまたま通りがかっただけですから」


「も、もしかして貴女方はその、同期のトップの方々では……」



 ノノアさんはわたくしたちのことをご存じのようでした。まぁ当然ですが。


 改めて自己紹介をします。受け答えはノノアさんの隣で親身になって話すシャルロットさんから。


 【女帝の塔】【忍耐の塔】【輝翼の塔】、第500期二位~四位の錚々たる同盟。


 そしてわたくしも。【赤の塔】のアデルですと。



「ひぃっ! そ、そんなすごい方々にご迷惑を……! すみませんすみませんすみません」


「大丈夫です! 大丈夫ですから!」



 慌ててシャルロットさんがフォローします。

 ものすごい恐縮っぷりです。同期同士でそこまで卑屈になることないでしょうに。

 話が進まなそうなので、わたくしからお聞きすることにしました。



「貴女は【世沸者よわきものの塔】のノノアさんですわね」


「は、はいっ。わ、私みたいな底辺のこと、知ってるんです、ね」


「もちろんですわ。同期の塔主はチェックしておりますもの」


「わしも知っておるぞ。百人も新塔主がいて獣人は三人しかおらんからのう。否が応にも目立つじゃろ」


「ウチは顔は覚えてたけど塔の名前とノノアっちゅー名前は知らんかったな。【世沸者よわきもの】とかすごい塔やな」


「私は全く存じませんでした……すみません」



 シャルロットさん……他の塔主が眼中にないのかもしれませんけど少しは情報収集すべきですわよ?

 まぁそれは後日アドバイスいたしましょう。



 ちなみにわたくしはノノアさんに暴言を吐いていた男性三人の素性も分かっています。


 狼の獣人がBランク【風の塔】のヴォルドック。名高き六元素エレメンツの一塔ですわね。

 牛の獣人がCランク【甲殻の塔】のタウロ。猫の獣人がCランク【暁闇の塔】のペルメ。


 セブリガン獣王国の三人同盟です。

 実質はヴォルドックととりまきの二人、というところでしょうが。



 そして話はノノアさんがどうしてそんな三人に突き飛ばされ、暴言を吐かれる事態となっていたのかと。

 予想はつきますけどね。口には出さないでおきましょう。





■ノノア 15歳 狐獣人

■第500期 Fランク【世沸者よわきものの塔】塔主



 私はセブリガン獣王国のとある街の商家に生まれました。

 自分で言うのもなんですがとても内向的で、いつも家の中で本を読んだり、一人で遊んだりしていました。

 人見知りというのもありますが、なんとなく他人と話すのが怖かったのです。


 そんな私が塔主に選ばれるだなんて……相応しくない、始めはそう思いました。


 でも両親は喜んでくれて、街の人からも期待されて、あれよあれよとバベリオまで来たのです。

 そこまでは良かった。そこから一気に私は奈落に堕ちるのです。



 内定式――私に与えられた神賜ギフト神造従魔アニマでした。

 それも、抱えるほどの水玉のような……つまりはスライムです。


 せっかくの神造従魔アニマが最弱のスライム。

 ここで周囲の反応は「はあ?」といったものに変わりました。



 続いてフランシス都市長が続けた言葉。



「彼の者はこれより【世沸者よわきものの塔】の主となる」



 これで一気に周囲が騒めきました。



「【弱き者・・・】だって!? 初めて聞いたぞそんなの!」

「あー、だから神造従魔アニマがスライムだったのか!」

「そりゃ弱いだろうけど……いやさすがにこれは……」



 それから私は【弱き者・・・】の塔主として認知されてしまったようです。

 もちろん転移門の上には【世沸者よわきものの塔】と銘打ってあります。

 でも、そんなものは関係ないみたいです。



「あの塔は【弱き者・・・の塔】で間違いない。だって入ったところでスライムしか出ないんだから。挑むなんざ恥知らずだけだ。弱者が挑む【弱者の塔】だよ」



 風の噂でそんな声も聞こえます。

 両親の期待、街の人の期待、国の期待――そんなものはその日を境に全くなくなりました。

 むしろ「そんな塔の塔主になるだなんて恥だ」と絶縁状態です。


 私は――完全に独りぼっちになったのです。





■シャルロット 15歳

■第500期 Dランク【女帝の塔】塔主



「いやまぁそれは災難っちゅーか……そしたらプレオープンからずっと、ほとんど侵入者がおらんっちゅーことか? そんなわけないやろ?」


「はい……プレオープンは本当に……地獄のようでした……」



 ノノアさんは震える身体を抱きしめるように少しずつ語ります。


 いくら【弱者の塔】と揶揄されても侵入されないわけがない。名声よりも富が大事と考える侵入者も少なからずいるわけですから。

 弱い塔となれば攻略する。バベルジュエルを奪いにくる。それは当然です。


 プレオープンでもそうした輩が襲って来たと言います。


 塔の管理などろくに出来ない。頼る人もいない。そんな状態でノノアさんは本当に簡素な塔しか創れずにプレオープンを迎えました。



 当たり前のように攻略されたそうです。


 自分が攻撃されるのが怖かったから、三階層への階段を上ってすぐにところに宝珠オーブを設置し、どうぞ好きに割って下さいと首を差し出すような真似をしていたと。自分は奥に隠れて……。



 プレオープンで塔主が死ぬことはない。

 それでも死ぬほどの痛みを感じる。でも死なない。死ねない。


 それは直接攻撃を受けた場合に限らず、宝珠オーブを破壊されても同じだとノノアさんは言います。



「み、皆さんは経験がないでしょうが、宝珠オーブを砕かれると……心がバラバラに砕けるんです……」


「心が……?」


「身体の中から壊されて、粉々になって、灰になって……確実な死を感じるんです。でもまた生き返るんですけど、動悸とか息切れとか冷や汗とか……ろくに動けなくなるんです。そうしているうちにまた侵入者がやって来て……」


「「「「…………」」」」



 ノノアさんはプレオープンの二週間で十五回、攻略されたそうです。

 つまり『十五回も死んだ』と。


 始めは「もう死んでもいい」というつもりだったようです。こんな塔で頑張れるわけもない。期待もされていない。馬鹿にされるだけだと。


 しかし何回も死んだ末に「もう死にたくない」と思うようになったそうです。

 生への執着――何が何でも生きないとまた辛い思いをする。あんな経験はもうしたくない。そんな変化があったと。



 日常的な死のプレオープンをやっと終え、ノノアさんは我武者羅に塔の見直しを図りました。

 その成果があるからこそ、オープンから三ヶ月経った今でもこうして生き延びているのでしょう。


 とは言え、Fランクの【世沸者よわきものの塔】で出来ることは限られている。

 戦力もなく、知識もなく、自分だけではどうにもならない。

 侵入者は少ないが、その数少ない侵入者にいつ攻略されてもおかしくない。


 毎日が恐怖。生きるか死ぬかの日々。あのプレオープンの地獄を思い出さない日はないと言います。



「せめて知識だけでも分けてもらおうと、私と同じ獣王国出身の塔主に同盟申請したんです。私なんかが烏滸がましいとは思ったんですが、もうなりふり構っていられませんし……」


「それが先ほどの?」


「はい。あの人は獣人塔主の中でも上位の方だったので、どうにか、と思ったのですが……」



 結局は【弱者の塔】と突き放されただけ。

 それはむしろ獣人だから余計にそういった行動に出たとも言えます。

 獣人は「力こそが全て」といった気風があるそうで、『強き者』に惹かれる傾向にあると。


『弱き者』であるノノアさんは獣人として許されざる存在。虐げられて当然。


 ノノアさんもそう思われるのは分かっていて、それでも獣人の先達を頼ったわけです。


 なぜなら塔主の九割以上を占める『人間』は獣人を差別対象にする(場合がある)。

 ドワーフやエルフは獣人以上に数が少ない。500期の新塔主百名の中で、ドロシーさんもフゥさんも唯一のはずです。


 だからノノアさんは獣人に頼らざるを得なかった。『同じ故郷』『同じ種族』しか頼るものがなかった。


 でも結果は――



「……やっぱり私はダメみたいです。塔主に選ばれたのが間違いですよ。ろくに外にも出ずに両親にも迷惑かけてましたし。きっと『早く死ね』っていう意味で塔主に選ばれたんだt――」


「違います!」



 私はノノアさんの手を握って、そう叫びました。



「私はノノアさんのように幾度も死を経験しているわけじゃありません。その辛さは分かりません。でも――その辛さを経験しているノノアさんは私より『強い』はずです」


「そんなこと……」


「私より強いノノアさんが私より先に死ぬわけないじゃないですか! 第一【弱き者の塔】じゃなくて【世沸者の塔】ですよ!? 世界を沸かせろってそういう意味でしょう!?」


「え、そ、そうなんですか……?」


「そうですよ絶対! 沸かせる前に死んじゃダメじゃないですか! ノノアさんは生き残るに決まってます!」


「シャルロットさん……」



 私はグイグイと顔を近づけて力説しました。

 神様がノノアさんに何を望んだのかは分かりません。

 でも『早く死ね』だなんて、そんなわけないです。そんな解釈は神様に不敬だと思います。


 無理矢理でもこじつけでも、ノノアさんには生きる方向で考えて欲しい。

 死が間近にある塔主であっても、それに抗うべきです。


 バベルは死の螺旋。


 侵入者は塔主の命を奪い、塔主は侵入者の命を奪う。時に塔主同士でも命を奪う。

 自分が生きるために他人を殺す。

 そんな『異常』が当たり前の日々。その中心に私たちは立っているのです。


 私はノノアさんも共に立っていて欲しい。

 塔主として。せっかく出会えた同期の仲間として。


 だから私は口にするのです。



「ノノアさん、もしよろしかったら――」











「お待ちなさい、シャルロットさん」



 ――遮る声はアデルさんのものでした。



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