43:なんか大変な現場に出くわしました!



■シャルロット 15歳

■第500期 Dランク【女帝の塔】塔主



「お願いしますっ! 助けて下さいっ!」


「うるせえ! 邪魔なんだよお前は!」ドンッ


「きゃあっ!」



 侵入者が去った夜のバベル。

 その一階はとても静かで、隅の方で何やら言い合っている声が入口の私たちまでよく聞こえました。


 立っているのは獣人の男性三人。狼、牛、猫の獣人でしょうか。

 そして狼の人に突き飛ばされ、地面に座る女性……こちらは狐の獣人さんだと思います。


 皆さん塔主の方たちなのでしょうか。とても険悪な雰囲気です。



弱者・・風情が俺たちにすがろうだなんて、ふざけんのも大概にしろや!」


「獣人の面汚しが。ここがバベルでなかったら俺たちの手で引導を渡してやるところだ。神に感謝するんだな」


「へへっ、弱者は弱者らしく、同じFランクのお友達でも探してろよ! 俺たちはBとCだぞ? 同盟になんぞ入れるわけねえだろうが!」


弱者・・は頭まで弱いってことだろ」


「違いねえ! はっはっは!」



 男性の方は怒りと嘲笑。女性はうずくまったまま、顔を上げることもできない様子です。

 私たちは自然と無言になりました。

 だからこそ、彼らの声がこちらの耳にもよく入るのです。



「てめえがBランクにでもなったら考えてやってもいいけどな! まあ弱者・・からすりゃ夢のまた夢だな!」


「さっさと攻略されればいいものを。侵入者どもはなぜこんな弱者・・を生かしているのか」


「ははっ! そりゃ侵入者だって塔を選ぶ権利くらいあるだろ! こんなヤツの塔なんざ攻略する価値もねえってことじゃねえか!?」


「そりゃそうだな! はははははっ!」



 男性三人が笑いながら立ち去るのを、私たちは離れて見るだけでした。

 女性は相変わらずうつむいたまま。


 どういった事情かは分かりません。塔主同士のことならば、口を挟むべきではないとも思います。

 塔主は敵同士。それが基本でありバベルの真理。


 私たち四人の関係性は少し変わっていて、それがバベルにおけるマイノリティだという自覚はあります。


 だからこそここは深入りすべきではない。

 そんなことは新塔主である私にだって分かる。見過ごすべきだと。



 それでも……それでも私は――。



「……すみません、皆さん。私行きます」



 私は女性の元に走りました。すぐ後ろにエメリーさんの足音が聞こえます。

 さらには一瞬遅れて御三方の足音も。


「行くやろなーと思っとったわ」そんなドロシーさんの茶化したような声が聞こえました。





■チーノス 15歳

■Fランク冒険者 パーティー【一光一影】所属



 俺たち【一光一影】は地元の友人同士で組んだ冒険者パーティーだ。

 五人全員同い年。十五になってやっと念願だった冒険者になった。



 子供の頃からずっと言っていた。

 十五になったら冒険者になる。そしてすぐに【無窮都市バベリオ】に行こうと。


 バベルに乗り込み『塔』に挑戦する。

 そんな男子なら誰でも持っているような夢を俺たちも当然のように持っていた。



 そうして訪れたバベリオの冒険者ギルドは地元とは比較にならないほど大きく、冒険者の数も多い。

 もうここだけで世界中の冒険者が全員集まっているんじゃないかと思うほどだ。


 ……いや、もちろん世界中から集まっては来ているのだろうが。



 拠点変更登録をし、どうせだからと酒場スペースで食事をとる。

 そうすると自然、周りの先輩冒険者の話し声が聞こえてくる。



「おい、聞いたか? 【一心一天】が【黄の塔】攻めるってよ」


「うわ、マジかよ。今度は十色彩カラーズか。Aランク様はスケールが違えな」


「俺らみてえなDランクには夢のまた夢だな」


「そうそう。俺ら【女帝の塔】だって苦戦してるくらいだし。分不相応だよ」


「馬鹿言え。ありゃ実質CかBランクだろうが」



 ここにいる冒険者全員が『塔』に挑戦している。

 そして俺たちもやっと挑戦できる。

 そんな実感が沸いてきて次第に俺たちのテンションも高くなっていった。


 俺たちは登録したばかりのFランクだから挑戦できるのはFかEランクの塔だけ。


 地道に行くべきという声もあるが、どうせならチャレンジしたい気持ちが強い。

 夢はSランクの冒険者になってSランクの塔を制覇することだ。

 その一歩目だからこそ大きく踏み出したいと。


 しかしそんな俺たちに水を差すように、背後から声が掛けられた。

 ジョッキを片手にした先輩冒険者だ。



「おめえら来たばっかか? Fランクだろ? やめとけやめとけ。無茶なんてするもんじゃねえぞ」



 俺にはお節介な酔っ払いの言葉に聞こえた。

 新人だからって馬鹿にしやがって。



「うるせえ! 俺らがどこに挑戦したって別に関係ねえだろ!」


「関係はねえけどよ。そう言って死んだFランクがここ数ヶ月でどれだけいると思ってんだ。500期のプレオープンの時なんざ、ま~死にまくってたぞ」


「俺たちをそんなヤツらと一緒にするな! 絶対死なねえよ!」


「あーそうかい。ま、せめて『塔』の勉強なり、下調べなり、してから挑むこったな」



 ムカツク。何を聞いても腹が立つ。

 こっちはガキの頃からずっと塔に挑むつもりで訓練してきてるんだぞ?

 魔物だって斃したこともある。ゴブリンだって五人でボコってやったさ。

 それをこいつ……先輩づらしやがって。



「ああそうそう、Fランクにオススメの『塔』があるぞ。そこはスライムしか出ないからな。初めて挑戦するんならちょうどいいんじゃねえか?」


「スライムだと!? そんなの冒険者じゃなくたって斃せるような雑魚じゃねえか! さっきから嘗めやがって!」


「塔の感触を掴むってーなら十分だろ。それに人気ねーしな、あそこは」



 そりゃスライムしか出ない『塔』だなんて人気があるわけもない。

 そんな塔があること自体驚きだ。


 でもそんな塔でも攻略すればバベルジュエルが手に入るんだろ?

 それに『塔を攻略した』って名声はFランクの俺らからすれば垂涎ものだ。それがどんな塔であれ。



「ちなみにその塔の名前は?」


「――【弱き者・・・の塔】だ」


「っ!? やっぱり馬鹿にしてんじゃねえか!!!」



 誰がそんな塔、挑戦するかってんだ!

「俺、【弱き者】を制覇したぜ!」とでも言ってみろ。名声どころか笑い話にしかならねえ。



『おい、あいつら【弱き者の塔】攻略したらしいぜ』

『さすがだな! 【弱き者】のチーノス! 【弱き者】の【一光一影】!』



 そんな風に言われるに決まってる! ダメだダメだそんなの!

 絶対行かねえからな! 【弱き者の塔】なんか!





■アデル・ロージット 17歳

■第500期 Dランク【赤の塔】塔主



 わたくしにとって初めての『お友達』と言ってもいいでしょう、シャルロットさん。

 今まで一人で先頭に立っていたわたくしが、横に並び、対等に話せるお相手です。


 シャルロットさんと宝珠オーブでお手紙のやりとりをしたり、【訓練の間】で模擬戦の傍らお話をするたびに、わたくしは驚きと称賛、そして自然と心が軽くなるような心地よさを感じておりました。


 もっとお話したい。

 もっと仲良くなりたい。

 そんな風に思うのもまた初めての経験です。



 【女帝】らしい服装をと口実をつけてお買い物にお誘いしたのですが、前日はろくに眠れませんでしたわね。

 しかし予想以上に楽しく、有意義な『休塔日』であったと思います。


 ドロシーさんとフッツィルさんが同行したのも最初こそ邪魔に思いましたが、すぐに考えを改めました。


 シャルロットさんからすればわたくしは同期のライバル。

 同盟を結ぶ彼女たち――フッツィルさんもおそらく女性だと思います――が色々と懸念を抱くのも当然。

 わたくしたちのお買い物に同行するのも止む無しと。



 お二人がわたくしの想像以上の塔主であると確認できたのも、こうして実際にお話したからこそです。


 元より【力の塔】の同盟――BCCDDランクの五塔主――に競り勝つには、シャルロットさんのお力だけでは無理だとは思っておりました。


 いくらエメリーさんが規格外の強さであっても、塔主戦争バトルは攻めと守り、二つの要素があるのですからエメリーさんお一人では無理があります。

 どちらも【力の塔】同盟を上回るものがなければ勝つことは叶わない。


 当然【女帝の塔】の戦力だけでは不十分。【忍耐の塔】と【輝翼の塔】の協力なくして勝ちはないでしょう。

 つまり、彼女たち自身、そして塔の戦力としても戦える強さがあったということです。


 まぁ500期の百名の中でも三位と四位ですからね。相応の強さはもっていてしかるべきなのですが、それでも実際にお会いしてその片鱗が掴めたというところです。



 ドロシーさんは社交性が高く、頭の回転が速い。

 柔軟と言いますか、既存の塔主にないお考えをいくつも持っているように思います。

 罠関係についてはシャルロットさんも教えてもらっているほどだそうですし、おそらくその特徴を活かした塔をお創りになっているのでしょう。


 フッツィルさんは子供のような体格と正反対の喋り方に驚かされました。

 まるで何十歳も年上かのような落ち着いた精神と思考。一歩引いても、先頭に立っても頼りになるような心強さを感じます。

 これもまた発見であり、同時に納得できた部分でもあります。



 このお二人を引き入れたシャルロットさん。やはり只者ではありません。

 少なくとも普通の街娘ではない。塔主として異端なその考え方も人を惹きつける要因なのかもしれません。


 そんな三人が集う同盟はなんとも和気藹々としていて……こんな『同盟』があるのかと、これもまた驚きだったのです。



 塔主同士は競い合い、殺し合うもの。

 同盟とは利用しあい、共に力を得ようと考えるもの。

 そういった『バベルの常識』が覆された感覚でした。



 何はともあれ、お二人のことも知れ、目的だった鍛冶屋もお洋服を選ぶのも無事に達成できた。

 最高の休塔日になった。いつかまた誘って一緒にお出掛けしよう。


 そう思いながらバベルへと帰った時、わたくしたちはその事件・・に出くわしたのです。


 せっかく気分よく帰宅したのに……と少しムッとしました。表情には出しませんが。


 狐獣人の女性を突き飛ばす男性。男性は三人ともが獣人です。

 獣人の塔主同士のもめごと。種族どうこうを抜きにしても関わるべきではありません。わたくしたちも彼らも『塔主』なのですから。


 しかしシャルロットさんは「すみません」と背中越しに言い、塞ぎこむ彼女に駆け寄りました。

 エメリーさん、ドロシーさん、フッツィルさんに続いてわたくしもとりあえず後を追います。


 内心ではシャルロットさんらしいと思いつつ、首を突っ込んじゃだめですよと注意しなければとも思いつつ。



 私は遠目に見た段階で分かっていたのです。

 彼らの素性――誰がどんな塔の塔主なのか。

 全ての塔主の情報はとっくに覚えておりますので。



 もちろん彼女・・のことも。

 第500期の新塔主、ノノアさんと仰る狐獣人。





 Fランクのその塔は――【世沸者よわきものの塔】でしたわね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る