45:それでも私は手をとります!



■アデル・ロージット 17歳

■第500期 Dランク【赤の塔】塔主



「ノノアさん、もしよろしかったら――」


「お待ちなさい、シャルロットさん」



 さすがに看過できない。そう思ってわたくしはシャルロットさんを止めました。


 シャルロットさんの続けたい言葉は分かります。「同盟に入りませんか?」でしょう。

 ノノアさんの境遇をお聞きし、それに同情してしまった。


 自分が何か手助けできないか――そう考えた先にあるのは『同盟を結ぶ』しかありません。



 同盟を結んでもノノアさんの安全が保障されるわけではありません。

 むしろ注目されている【女帝の塔】との同盟は【世沸者よわきものの塔】をも注目させることになります。


 【弱き者の塔】だからと侵入者からも嫌厭されてきたが故に侵入者の数も少なく、なんとか生き残れている現状。

 それが同盟を結ぶことで侵入者の増加――ひいてはノノアさんの危険性が増すことに繋がる。



 同盟だからといって保護できるわけもないですし、TPを援助することもできない。魔物や眷属を貸し出すこともできない。


 できる手助けと言えば、同盟戦ストルグで共に戦うことや、相談相手になるくらいのもの。


 それが本当に『助ける』ことになるのか。わたくしは疑問です。



「シャルロットさん。わたくしが口を挟むことではないかもしれませんが、よくお考えになったほうがいいですわ。貴女のやろうとしていることはバベルにおける『正道』ではありません。邪推もされるでしょうし、ノノアさんの現状が好転するとは限らないのです」


「…………」



 塔主は争い合うもの。同盟は利用し合うもの。

 それがバベルの塔主としての『正道』な考え方です。


 同盟を結ぶことでお互いにメリットがある。その大前提をもって塔主は同盟を結ぶのです。


 しかしシャルロットさんたちとノノアさんが同盟を結んだところで、メリットが発生するのはノノアさん側だけでしょう。

 シャルロットさんたちがノノアさんを引き入れる旨味・・がなさすぎる。



 同期とはいえ力の差は歴然。

 新塔主で最も注目されている【女帝の塔】側と最底辺といってもよいでしょう【世沸者よわきものの塔】には大きな差があります。


 格上の塔が格下の塔と同盟を結ぶケースはありますが、それも同じ国の同じ志をもった者同士という場合がほとんどです。


 それでも格下の塔は小間使いのようにして格上の塔の為に働く。そうして庇護下に入る。

 お互いにメリットがあるからこそ成り立っている同盟なのです。



 シャルロットさんたちがノノアさんから得られるものがない。

 それでは同盟を結ぶ意味がない。


 これで同盟を結ぶとなれば塔主も侵入者もその理由について探るでしょう。何かしら意味があるはずだと。


 【女帝の塔】は同盟戦ストルグで【世沸者よわきものの塔】を肉壁のように使い潰すつもりなのでは?

 実は【世沸者よわきものの塔】には隠された旨味・・があるのでは?

 【世沸者よわきものの塔】の塔主は【女帝】の弱みを握ったのではないか?


 そんな憶測が飛び交うはずです。



 そして「【女帝の塔】に一泡吹かせたいけど強いから、同盟の中でも一番弱い【世沸者よわきものの塔】を標的にしよう」という輩が出て来てもおかしくはありません。



 シャルロットさんは口を結んで歯を食いしばっているようです。

 ノノアさんも落ち込んだ表情は変わらず。

 ドロシーさん、フッツィルさんは何も言わず――しかし少し微笑んでいるようにも見えますね。エメリーさんは微動だにしません。


 おそらくシャルロットさんもノノアさんも分かってはいるのでしょう。


 ノノアさんはそれでも知識や意見、心の支えが欲しくて同盟相手を模索していた。

 シャルロットさんはドロシーさんやフッツィルさんと同じような関係性をノノアさんとも持ちたいと、共に支え合える関係性になり、助け合っていきたい。そうお考えなのだと思います。


 そしてそういった考えが、バベルにおける異端・・なものだとも――。



 シャルロットさんは顔を上げ、ドロシーさんとフッツィルさんを見ました。



「――ドロシーさん、フゥさん」


「ええよ」


「うむ」



 お二人は笑顔でそれだけ言いました。


 わたくしはそこに、とてつもない信頼関係を見た気がします。

 出会ってそう月日が経っていないはずなのに、長年苦楽を共にした戦友のような。


 わたくしにはそれが衝撃でした。

 今までのわたくしの人生で見たことのない関係性だったのです。



 シャルロットさんは小さく頷き、ノノアさんを見ます。



「ノノアさん。私がお力になれることは少ないかもしれません。でも――それでも何かしら手助けしたいと思っています」


「……っ!」


「ノノアさん――私たちの同盟に入りませんか?」


「っ! ……うぅぅっ」



 ノノアさんは声を出して泣いてしまいました。

 今まで目尻に溜めても何とか踏みとどまっていた涙。それが一気に溢れたのです。

 ノノアさんは顔を両手で隠しながら、深く頭を下げました。



「お、お、お願いしますっ……!」


「はいっ!」



 笑顔になったシャルロットさんがノノアさんを抱きしめます。ノノアさんは「うわぁん」と大泣きに変わりました。

 ドロシーさんとフッツィルさんも笑顔のまま近寄り、共に抱きしめました。


 四人が重なって、一つの塊に。


 わたくしは一歩引いて、それを見ていました。

 どんな顔で、どんな目で彼女たちを見ていたのか。自分でも分かりません。


 しかし胸中を支配していたのは――羨望。


 それは疑いようもない感情です。否定できない想い。


 ひょっとしたらそれが顔に出ていたのでしょうか。



 フッツィルさんがノノアさんの肩を抱きながら、こちらを見ました。

 フードに隠れた美しい目を向け、笑顔のまま手をわたくしに差し出してきます。


『おぬしはどうする?』無言でそう言われました。


 わたくしは――








「わっ、わたくしも入りますわっ!!!」



 ――気が付けばそう口に出していたのです。






■ヴォルドック 26歳 狼獣人

■第491期 Bランク【風の塔】塔主



『神様通信

 【赤の塔】【世沸者の塔】が【女帝の塔】【忍耐の塔】【輝翼の塔】と同盟を結びました!

 以上お知らせでした! 神様より』



「なんだと!?」



 宝珠オーブの通信を見て俺は思わず立ち上がった。

 それほど驚くべき内容だったのだ。


 第500期の新塔主が百人も入ってきて、バベルはかつてない盛り上がりを見せている。

 侵入者の数も例年より多いし、塔主戦争バトルの頻度も多い。

 単に数多くの塔が出来たから、というだけではすまされない何か・・が確かにあった。



 その要因の一つが新塔主の″二強″と言われる存在。

 【赤の塔】と【女帝の塔】だ。Dランクでオープンを迎えた異例の塔。


 【赤の塔】はプレオープン時点で500期トップ。

 それはそうだろう。塔主はどこだかの大貴族で、十色彩カラーズに選ばれただけでなく、英雄ジータまでをも手に入れた。

 前評判どおり、いやそれ以上の強さをすでに持っているといっても過言ではない。


 【女帝の塔】は何かと変な噂が絶えない。

 二十神秘アルカナということに加え、メイドの神定英雄サンクリオを得たという不可解な点が起因しているようだが、実際に【正義の塔】を破り、さらにはBランクの【力の塔】同盟をも破ったことで、今一番注目されている塔のはずだ。



 その【女帝の塔】は早々に、同期三位で七美徳ヴァーチュの【忍耐の塔】、同四位の【輝翼の塔】と同盟を結ぶ。

 それだけでも例年では考えられない動きだった。


 新塔主同士が同盟を結ぶのはよくあることだが、競い合う二位から四位までが一堂に会するなど聞いた事もない。

 しかし実際に【力の塔】同盟を斃したのだ。相応の力があるのは認めざるを得ない。



 ところがそこに【赤の塔】と【世沸者の塔】が加わるという。

 新塔主トップで英雄ジータを擁する【赤の塔】と、正反対の立ち位置にいるはずのあの・・【弱者】が。


 いや【弱者】のことなどこの際どうでもいい。

 【女帝】同盟に【赤】が加わったことの方が明らかに問題だ。



 まだオープンして三ヶ月だぞ!?

 新塔主の一位から四位が同盟を結ぶのか!?

 なぜそんなことが起こり得る!? ありえないだろう! 一番競い合うべき相手じゃないか!


 おそらく俺と同じように思っている塔主がほとんどだろう。

 いや、侵入者側も情報を得て騒いでいるに違いない。

 本当に今期は何か・・がおかしい。


 ……こっちもあれこれ策を練っておかねえとな。



 そう思い、俺は後ろの神定英雄サンクリオを見やった。



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