349:新塔主が動き始めました!
■コレット・パロ 38歳
■第480期 Aランク【黄の塔】塔主
「話し合いの場を設けたい、か……何とも荷が重い話だ」
「どうなさるのですか、コレット様」
「行かないとするのは簡単なのだが……一度お会いしてみようか。これも何かの縁だ」
「珍しいですね」
「ははっ、会ってみたいと思わせる御仁だってことさ」
塔主総会のすぐ後に手紙が来た。差出人は【橙の塔】塔主、エドワルド・フォン・バレーミア。
私の故郷、バレーミア王国の前国王だ。
バレーミアのとある街にあるパロ商会が私の実家だ。十五歳で塔主となったので商人としての実績はほぼない。
それでも家で培った商売の考え方が塔主となっても活きたと思っているし、塔主となってからも商売に手を付ける切っ掛けにもなっている。これも血かと自分で苦笑いをしているのだが。
パロ商会は別に大店というわけではない。平民相手の商売が主だし、貴族との付き合いなど地元の領主様に商品を卸したことがあるくらいのもののはずだ。
父は王都に行ったこともあると思うが、そこで貴族と絡んだという話も聞いていない。
だからエドワルド陛下が私に手紙を送って来ること自体がおかしいのだ。
いくら陛下が新人塔主で、私がAランク塔主であろうとも。
どこぞの平民に気軽に声をかけられる存在ではないし、私としても気軽にそれを受けて良い立場ではない。
しかし話に聞く陛下のお人柄と、想像できる話の内容、そして私の好奇心を秤にかけて話を受けることにした。
翌日、『会談の間』に行くと、私以外にも二人の塔主がいた。他にも声をかけたのかどうかは分からないが受ける塔主が二人もいたことに驚いた。
「おや、まさか貴方までお越しとは……これは意外でしたね」
「まいったねぇ、あたしは敬語とか苦手なんだが」
一人は【聖殿の塔】塔主、パイア・パスリーア。昨日Bランクに上がったばかりの男だ。
後期ランキングでは76位だったものの、八年目でBランクというのはかなりの早さだ。
王城務めの文官だったと言うから、この男が呼ばれるのは理解できる。
もう一人は【炎魔の塔】塔主、フレイア・ホーミット。十八年目34位のBランク。
元冒険者の魔法使いだったな。多くのBランクがランクアップした今となってはBランク最上位と言えるだろう。実績も十分だ。
とは言え、陛下が呼び出すにしては私以上に疑問符が出る女なのは間違いない。
互いにその存在はよく知っていても、こうして会うのは初めての三人。とりあえず挨拶を交わすくらいしか出来ないでいると、ずかずかと陛下が部屋に入ってきた。
「呼び出した上に待たせてしまってすまんな……ああ、跪かなくてよい。わしはもう退位したのだからな。王でもなんでもないわ」
咄嗟に膝を付いたパイアに陛下はそう言う。ガハハと笑う様は聞いていたとおり豪快崩落。細かいことなど気にしないというような素振りだ。
【魔王】という呼称がある。
エドワルド陛下を示すものだが、魔法国の王なのだから魔王、と言われる一方、魔法使いらしくない力でねじ伏せるような執政でそう呼ばれるようになったそうだ。
バレーミアは魔法に偏った国風なので、研究肌の者やナヨッとした貴族が多いのだ。
しかしエドワルド陛下はそれと全く違う。だからこそ国を治められていたとも言えるだろう。名君であるのは間違いない。
「適当に座ってくれ」と王族らしくない仕草でドカッと椅子に座り、前置きなどなしに話し始めた。
「集まってもらったのは他でもない。わしと同盟を組んで欲しいということだ」
やはりか。その理由は察しがついていた。
プレオープン成績でいきなりDランクというのは異例も異例なのだ。そうあるものではない。
一昨年【赤】と【女帝】がDになったから印象は薄れるが、あの二塔にしても
しかしエドワルド陛下に
結果、見事にDランクからスタートということなのだが、そうなるとまた困った話になる。
Fランクの全三階層からDランクは全七階層となり、一週間で四階層分も創らなくてはならない。無の状態からだ。
三階層までにしてもDランク侵入者に合わせた塔に創りかえる必要もあるし、そうなるとTPが足りない。
【赤】は金とジータの知識で補ったのだろう。
【女帝】は神の
しかし陛下は金しかないのだ。他に頼るところがない。だから私たちに声をかけたのだと思っている。
平民だろうが関係ない。塔主としての先達には違いない。
だからこそ頼る。利用する。そこに恥などない。
これこそまさに【魔王】エドワルド陛下と思わせる潔さだ。
「陛下、あたし……いや、私は――」
「口調など気にせんでよい。わしはただの新人塔主、そのつもりで気楽に頼む」
「あー、じゃあ陛下。あたしはただの平民だし弱っちい冒険者だったんだ。お貴族様どころか王族なんかと一緒にいていい人間じゃないと思うんだけどね」
「平民だの貴族だの王族だのは関係ない。わしはバレーミアに所縁があって声を掛けられる先達として呼んだまでだ。もし嫌なら断ってよいし、それを咎めたりなどはせん。それは誓おう」
フレイアは随分と居心地が悪そうだな。気持ちはよく分かるが。
「陛下、それは即ち【橙の塔】のサポートをしろということですね?」
「それもそうなのだが、わしも塔主となったからには目標めいたものもある。それを共に為そうという誘いだな」
「目標と申しますと」
「わしはもう五十九にもなる。王を退位してあとは死ぬだけとなった所で神に選ばれたのだ。最後は塔主として生きよとな」
啓示と受け取ったわけか。人生の最後で塔主に選ばれるというのは私からすれば神罰のように聞こえるが。
というか陛下は五十九歳なのか……見るからに壮健で逞しいのだがな。早々死ぬとは思えん。
「ここからSランクを目指そうとかバベルの頂点を目指そうなどとはとても言えぬ。頑張るにしてもBランクあたりで寿命を迎えるからな。ハッハッハ」
「とてもそんな風には見えませんけどねぇ……」
「全くです。陛下もお戯れを」
どうやらフライヤとパイアも私と同感らしい。
「わしとて死ぬ時は死ぬわ。だからせめて爪痕くらいは残したいと思っておるのだ」
「爪痕ですか」
「うむ、生涯で一度くらいメルセドウより上に立っておこうと思っておる」
「ああ、なるほど……」
大陸の西にバレーミア、東にメルセドウ。二大魔法国家と言われているが世間的な評判で言えばメルセドウに軍配が上がる。
それは領地の広さだったり、国の歴史だったり、魔法開発の実績だったりと。
二大魔法国家と括られるからこそ比べられる部分もあるだろう。私は別に劣っているとも思わないが。
陛下としても別に気にしてはいないだろう。領土や歴史など覆せるものではないし、戦争を仕掛けるつもりもないはずだ。
しかし塔主に選ばれた今、人生の最後の目標を立てるならば、やはりメルセドウが分かりやすい。
【橙の塔】がメルセドウの上に立つ。そうなればまた国の歴史に刻まれる名が増えるだろう。すでに散々刻まれているとは思うが。
「となれば【節制】同盟と【赤】ですか」
「【魔術師】同盟が潰れててくれて助かったね。そこは【赤】に感謝か」
「うむ、どちらを優先すべきかは悩みどころだが、いずれはそれらを斃したいと思うのだ。その為に同盟を組まんかというわけだな」
単純な同盟であれば我々は新塔主である【橙の塔】をサポートするだけ。足手まといのお
そうであれば断ったほうがいい。何せ旨味がないのだから。
別に断ったところで実家の商会が痛手をくうわけでもないしな。王都に店を構えていればまた別かもしれないが。
しかし対メルセドウとなれば話が変わる。
正直国どうこうは全く気にしないが、【節制】同盟はランキング的に邪魔だし、【赤】というか【
一塔斃すだけでも世間的には大ニュースになる。その後の相乗効果は計り知れない。
とは言え、どちらも困難な相手には違いない。
私の【黄の塔】が単独でどうにかしようと思っても【節制】には負けるし、【女帝】も戦いたくはない相手だ。
仮に【赤】を狙おうにも却下されて終わりだろう。
そこをどうにか勝てる
つまりは、私にも同盟を結ぶ″利″が出て来るというわけだ。
「そりゃ面白そうだね。あたしはコレットが乗るなら乗るよ」
フライヤはそう言った。
「私はお手紙で誘われた時点で同盟を結ぶつもりでしたので。是非もないです」
パイアはそうだろうな。文官という立場もある。陛下が命じれば応じると。
まぁエドワルド陛下だからこその忠誠というのもあるかもしれない。陛下のオーラは凄まじいからな。
「コレットはどうだ?」
「そうですね……今すぐに仕掛けるというのでしたらお断りします。数年先を見据えるのであれば喜んでお申し出を受けましょう」
「ハハハッ! わしもそこまで愚かではない! 案ずるな、元よりそのつもりだ。何しろわしの【橙の塔】が力を付けんことには鉾を向けることさえ出来ぬからな」
「ではまずその鉾を磨くところから始めましょう。お力添えをいたします」
「うむ、よろしく頼む」
エドワルド陛下はそう言うと、豪快に頭を下げた。平民である私たちに向けて。
退位したからと言って簡単にできることではない。
平民だとか王族だとかは関係ない。ただ先達に教えを乞うために頭を下げるのだと、そういう意思表示に見えた。
当然パイアは慌てていたがそれは置いておこう。
さて、そうなれば急がなくてはな。同盟の手続きと、互いの塔のことを知っておかねばならないし、【橙の塔】をオープンまでに形にしなければならない。
やることはいっぱいだ。しかし……面白いことになってきたのは事実だな。
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