301:大事件が起こってしまいました!



■シルビア・アイスエッジ 23歳

■第501期 Dランク【六花の塔】塔主



 時間にすればごく僅かだが私にとっては濃密すぎる時間が終わった。

 もうじきバベル職員からの呼び出しがあり、パレードが始まるだろうと。

 ランキング1位のレイチェル殿は最初に魔導車に乗り込まなくてはいけないのだ。



「そろそろ向かっておきましょうか」


「私たちもお近くに行きます」



 そうしてバベルの入口へと向かうわずか数十メートルのところで、その事件は起きた。






 すでに塔主と眷属で満ちたバベルの一階。それも入口付近はパレードや街の様子も眺められるとあってやや混んでいる。


 それでもレイチェル殿に近づくような輩はいないのだが、後ろを付いていく我々は見物人たちとの距離が近くなっていた。


 私は全く気付いていなかった。まだレイチェル殿との挨拶が衝撃的すぎて気を緩めていたのは間違いない。


 まず聞こえたのはその声だ。



「おっと、それ以上近づくんじゃねえぞ」


「少しでも動けば斬ります」



 視線を横に振れば、そこには特大剣を抜いたジータ殿の姿があった。

 それだけではない。

 一人の男がシャルロット殿に向かって手を伸ばし、ジータ殿はそれを遮るように特大剣を伸ばしていた。

 さらにその男の背後にはエメリー殿が立ち、首筋にミスリルソードを当てている。


 一体いつ移動し、いつ剣を抜いたのか。私には全く分からない。


 おそらく群衆に紛れてその男がシャルロット殿に接触しようとした。


 なぜか――考えるまでもない。接触型の限定スキルだろう。


 その悪意にフェニックスクルックーが反応し、ジータ殿に眷属伝達で伝えた……ということだと思うがあまりに反応が速すぎる。

 エメリー殿に至っては<悪意感知>など持っていないし、それで未然に防ぐばかりか、犯人の背後をとっていることが異常極まりない。理解不能だ。



 そうしてからやっと私はその男の顔を見たのだが――



「【狂乱】のゼーレですか……随分と面白そうな限定スキルをお持ちになったのですね」



 アデル様がやや大きめの声で言った。まるで周囲に聞かせるように。


 【狂乱の塔】は後期の塔主総会でBランクになったばかりの十三年目。塔主のゼーレは元冒険者だったはずだ。

 それが限定スキルを所持していて、悪意を持ってシャルロット殿を襲ったのだと周りの塔主たちに知らしめたのだ。



 ゼーレは絶望的な表情を浮かべていた。

 汗は滝のように流れ、歯はガチガチと音を立てている。

 前からジータ殿、背後からエメリー殿が殺気を放っているのだ。ただの冒険者に耐えられるものではない。


 動けば殺される。だからへたれ込むこともできない。


 もうどうしようもないのだが、それはジータ殿やエメリー殿も同じだ。

 このままの状態でいるわけにもいかないし、バベル職員に突き出したところで野放しになるのと変わらない。

 周囲の塔主もゼーレから距離をとって行く末を見守っていた。



 さてどうしたものかと考えていたところで、エメリー殿の背後から黒い人影が現れた。



「預かるぞ」



 エメリー殿の表情を見るに、その男の存在には気付いていなかったのだと思う。かなり近づいて声をかけられてやっと気づいた、そんな風に見えた。


 【黒】のノワール――漆黒の男がそこにはいた。


 彼はただそれだけ言ってゼーレの襟元を掴むと、引きずるように近くにあった『会談の間』へと入っていく。


 私はといえばただそれを見送ることしかできなかった。

 しかしシャルロット殿やアデル様は逸早く正気に戻っていたらしい。



「レ、レイチェル様、あれはその、よろしいのですか……?」


「ノワール様に引き渡してしまって……」



 ノワールに気を付けろとシャルロット殿に言ったのはレイチェル殿だ。

 だからこそノワールには警戒していたし、仮想敵でもあった。


 それがゼーレを連れて行くというのは敵同士が手を組んでいるようにも見える。

 まるでノワールの指示でゼーレが動き、それに失敗したから回収しに来たような……。


 しかしレイチェル殿はそれを否定した。



「まぁ任せて問題ありませんよ。ああいうのはノワールの仕事ですから」


「は、はぁ……」


「それよりパレードの準備をしませんと。もうすぐ始まりますよ。ほら、エメリーさんもジータさんも剣をお仕舞いになって」



 な、なんと豪胆な……これが【世界】のレイチェルか……。

 新年祭で限定スキルをつかった襲撃が起きるなど大事件に違いないのだがな……まるで些事のように聞こえる。

 レイチェル殿の五〇年の中には同じようなことが起きていたのかもしれないな……。



「【世界の塔】のレイチェル・サンデボン様!」


「ほらもう呼ばれました。さあ行きますよ」


「「「は、はい」」」



 レイチェル殿との邂逅、【狂乱】の襲撃。わずかな時間で起こった衝撃の連続は私の心を大いに乱した。

 そして今度は華やかなパレードだ。情緒がおかしくなる。

 何とか冷静にと自分に言い聞かせ、魔導車に乗り込むレイチェル殿を皆で見送った。



「ではこれよりパレードを始めます!」



 職員が拡声の魔道具で呼びかけると大通りからは歓声が上がる。

 魔導車に立つレイチェル殿の姿は毅然としており、背後のセラ殿の存在も相まって″バベルの頂点″であることを誇示しているようにも見えた。

 観客として見ていた去年までの見え方とはまるで違う。その″強さ″を見せつけられているように感じた。


 ゆっくりと動き出す魔導車。

 その後ろではすでに【聖】のアレサンドロが準備をしている。

 そして三番目は【黒】のノワールだ。


 いったいいつ戻って来たのか。【狂乱】のゼーレはどうなったのか。全く分からないが、ノワールは何事もなかったかのように魔導車に乗り込んだ。



「まさかパレード不参加になるなんてありませんよね?」


「″生きている塔主は全員強制参加″ですからね。ノワール様が殺していなければ参加するでしょう」


「むっ、『会談の間』から出て来よったぞ。見るからに憔悴しておるが……」


「な、何をされたんですかね……あれでパレードなんて出来るんですかね……」


「うわぁ……あいつウチの二つ前なんやけど……あんま近くで見たくないわぁ……」



 後期のランキングでは【狂乱】が52位、【忍耐】が54位だった。

 ドロシー殿の二つ前の魔導車がゼーレとなるわけだ。

 シャルロット殿に仕掛けた所を見るに【彩糸の組紐ブライトブレイド】なら誰でもと目を付けられている可能性がある。

 ドロシー殿が嫌に思うのも無理はない。まぁスフィンクススフィー殿の<悪意感知>でどうにかするしかあるまい。


 魔導車の列は続く。Aランク塔主からBランク塔主へ。

 そして25番目という早さでもうシャルロット殿の出番となった。



「では行ってきます」


「ええ、楽しんで……ってエメリーさん、何出してますの」


「軍旗やん! そんなんいつの間に用意してん!」


「アハハ……なんかいつのまにかクイーンの皆さんがアラクネクイーンに頼んでいたみたいで……せっかく作ってもらったのに持たないわけにもいきませんし……」


「エメリーに旗持ちさせるのか……なんとも派手じゃのう……」


「まぁた目立とうとして! いやらしいですわ! シャルロットさんはいつもそうやって――」



 長いポールに大きな旗。そこには例の塔章が描かれている。

 どうやらそれをエメリー殿に持たせてパレードするらしい。


 これはまた民衆の話題になりそうだな……というかまさか来年は私たちも持つ感じになるのだろうか。アデル様が「わたくしもやりますわ!」とか言いそうな勢いで困る。



 兎にも角にも言い争っている時間などないのでシャルロット殿たちは魔導車に乗り込んだ。すでに完全女帝モードだ。

 26番目のドナテアは苦笑いで続く。一緒にいる【異界の魔女】プリエルノーラはかなりの笑顔だ。【女帝】のすぐ後ろとは可哀想にな。

 そして若干ふてくされながら30番目にアデル様が続いた。


 ここから先は欠番が出てくる。59位だった【轟雷の塔】のようにすでに消えた塔もあるからな。


 52位のゼーレは枯れ果てたようにトボトボと魔導車に乗り込んだ。民衆の反応が気になる。

 それから54位のドロシー殿、59位のフッツィル殿、70位のノノア殿と続く。

 二年目にして五塔全てがこの速さでパレードに登場するとはな……つくづく規格外の同盟だと思わされる。


 しかし私もその同盟の端くれ。ここで下手な真似などできない。

 再度気を引き締めて、私はフェンリルシルバジャックフロストジャックと共に魔導車に乗り込んだ。



 大通りに出ると途端に歓声が大きくなった。

 【彩糸の組紐ブライトブレイド】の新人が110位という早さで登場したのだ。

 気持ちは分かる。去年までの私だったら同じように「もう出てきたぞ」と声を上げていただろう。


 しかし今の私は【六花の塔】の塔主だ。【彩糸の組紐ブライトブレイド】の一員だ。


 もう冒険者ではない。騒ぐだけの観客ではない。塔主として恥ずかしくない様を見せなければならないのだ。

 背筋を伸ばし、視線は前へ。それこそシャルロット殿が【女帝】であるように。私も参考にさせて頂こう。



「おっ! シルビアだ! シルビアが来たぞ!」「キャー! シルビア様ー!」「新塔主ダントツのトップ! さすがだな!」



 様々な声が耳に入る。気恥ずかしさよりも高揚感が勝る。なるほど塔主は英雄、自惚れるのも止む無しか。

 しかし私は自分を律さなければならない。毅然とした態度を崩すわけにはいかないのだ。



 魔導車は大通りを少し進み高級住宅地に差し掛かる。五階建ての集合住宅がひしめくその中の一つに″懐かしの我が家″を見つけた。

 目は自然とその最上階へと向けられる。



「おーい! シルビアー!」「見えるかー!」「とっても綺麗よー! シルビアー!」



 大声を上げて手を振るリアンヌ、キリカ、ミスティア、ジョアンナの姿があった。

 思わず表情が崩れる。何万の民衆よりも嬉しい声援だ。本当にありがたい。


 私はある程度まで近くに行くと、臍のあたりで組んでいた手を放し、笑顔で左拳を掲げた。


 手首に巻くのは六色の組紐。それを見せた。



 どうだ【氷槍群刃】の皆よ。


 私は立派に塔主をやれているか? 【彩糸の組紐ブライトブレイド】の一員として恥ずかしくないか?


 存分に見ていってくれ。楽しんでくれ。


 これがお前たちの仲間――シルビア・アイスエッジのお披露目だ。




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