76:どうやら簡単に勝たせてくれないみたいです!



■エメリー ??歳 多肢族リームズ

■【女帝の塔】塔主シャルロットの神定英雄サンクリオ



「なんだ、ディンバー王よ。俺じゃあ不満だってのか?」


「ふっ、当初は余もジータと戦いたいと思っておったのだがな。これほどのつわものを前に戦わぬなどできまい」


「そりゃまぁなんともご酔眼なこって」



 なるべくジータ様を目立たせるよう戦っていたつもりなのですがね。

 ある程度強くなると相手の強さが分かるものですが、スキルや魔法、装備性能は分かりませんので油断はできないもの。

 それでもわたくしに注意を払うということは、即ちディンバー王も類に漏れず神定英雄サンクリオに相応しい強者ということなのでしょう。


 とは言え、今は塔主戦争バトルの大一番。

 こちらにはこちらの戦い方がありますし、向こうの要望に応えるわけにはいきません。

 ジータ様もそれを承知で一歩前に出ました。



「んじゃ姉ちゃんと戦う前に俺と戦ってもらおうか。どうせこっちの三人共斃すつもりなんだろ? 別に俺が先でも構わねえよな」


「余をそこらの戦闘狂と同じにするでないわ。まあよかろう。その不遜な口から塞ぐとするか」



 ジータ様とディンバー王の間の空間が歪むように見えます。

 負けず劣らず高い戦意をお互いに叩きつけているような。戦う前から主導権の奪い合いですね。

 狼やガードナイトあたりは巻き込まれるだけで死ぬかもしれません。そうなればこちらとしては好都合です。



 敵の目論見としては我々三人に対し、残った戦力を一気にぶつけようというのでしょう。

 ディンバー王が一人で戦えるのは一人のみ。だからこそわたくしに当て、ジータ様とゼンガー様はフェンリルを始めとした魔物の群れを襲わせる……というつもりだったはずです。


 それに合わせるのは危険。

 わたくしが確実にディンバー王を瞬殺できるのならば問題ないのですが侮るわけにもいきません。


 加えて魔物の群れの相手をジータ様とゼンガー様にお任せすることになりますがジータ様はどちらかと言えば単体向きですし、ゼンガー様の神聖魔法ではそこまでの殲滅能力がありません。



 事前に向こうの戦力は掴んでいましたので作戦は練っておりました。

 ジータ様がディンバー王を押さえ、他はわたくしとゼンガー様とで殲滅。

 最終的にはディンバー王に対し、数的優位な状態で確実に勝つというものです。


 ジータ様とディンバー王が戦うことは成りました。

 こうなればもう出し惜しみなし。

 わたくしは【魔竜斧槍】を四本出し、それを広げてゼンガー様の前へ――



「エメリー殿、【風】が出張る理由は分かりませんが装備しているのは神授宝具アーティファクトだそうですぞ。【甲殻】の鎧と【暁闇】の短剣らしいです」


「なるほど、分かりました」



 小声でそう言われました。

 フッツィル様でも得られる情報が限られている現状。しかしそれだけでもありがたいものです。


 なるほどあの特徴的な造形の装備は同盟者の神授宝具アーティファクトですか。

 神授宝具アーティファクトには何かしら特別な能力があると聞きます。ドロシー様の【返怨の大盾】と同じく。

 そうなると迂闊に攻められませんね。


 本来出てくるはずのない塔主が神授宝具アーティファクトを装備して前に出てきた。

 つまりは戦う為であり、相応の能力を有しているはずです。


 ヴォルドック自身はそこいらの賊と同等の強さだと思います。

 それを我々と同じ戦場に立たせられるほどの能力があの神授宝具アーティファクトに……?



 まったく今回の敵は色々と厄介ですね。

 前回の【力の塔】はひたすら強い魔物を集めるようなタイプでした。しかし【風】はスキルにTPを使い、同盟の神授宝具アーティファクトをも利用する。

 同じBランクでもここまで戦い方が違うものかと思わされます。


 わたくしとしては前者のほうが戦いやすいのですがね。そうも言っていられません。

 今は目の前の戦いに集中しましょう。



「とりあえず数を減らします。ゼンガー様はわたくしの打ち漏らしをお願いします」


「承知ですぞ」



 ジータ様とディンバー王を迂回するように迫って来るのは狼とガードナイトの群れ。

 連携もなにもありません。魔物が本能のまま襲い掛かるような強襲です。


 わたくしは【魔竜斧槍】四本を目の前で重ね、左右に広げると同時に唱えます。



「<<<<炎の嵐フレイムストーム氷の嵐アイスストーム暴風の嵐ウィンドストーム岩の嵐ロックストーム>>>>」



 <並列思考><魔力操作><早口>のスキルを利用した四属性の疑似同時発動。

 一つずつは取るに足らない範囲攻撃魔法ですがそれらが一気に散らばれば警戒も増しますし、重なれば威力が増します。


 それでも隙間を縫って襲い掛かる狼などもいますので、そちらは斧槍で斬るのみ。

 ゼンガー様も初めて見る攻撃だったでしょうに戸惑いは一瞬だったようで、合わせて神聖魔法を使って下さいます。さすがですね。


 さて、フェンリル、ディンバー王、ヴォルドック、このあたりから目を離すわけにはいきません。

 注意を払いつつ、さっさと殲滅しましょうか。




■ジータ・デロイト

■【赤の塔】塔主アデルの神定英雄サンクリオ



「おらあっ!!!」


「ははっ! さすがはジータ! 世に聞く英雄よ!」



 俺とディンバー王がぶつかるのと同時におそらく姉ちゃんエメリーの攻撃であろう広範囲魔法攻撃が部屋中に広がる。

 この期に及んでどれだけ隠し玉持ってんだと内心驚くが、目の前の強者がビビらせてくれる暇も与えてくれない。


 気迫がぶつかり合うような決死の戦いが始まった。


 ディンバー王の両手にはめた爪付きの篭手。俺の特大剣と同じくアダマンタイト製の武具だ。

 ぶつかり合うたびにガキンガキンと重い音を鳴らし火花を散らす。


 武具の差はない。しかし打ち合ってすぐに「こりゃマズイ」と思わされた。

 両手で殴るような攻撃は小回りが利き連撃と回避につなげやすい。


 獣人特有の敏捷性で動きが素早い。

 俺の剣戟を篭手で受け止めるだけの膂力をも持っている。

 総じてディンバー王の能力が普通の獣人よりもはるかに高いのだ。弱く見積もっていたつもりもないのだが。



 並みの強者――高ランクパーティーであっても敵わないだろうとは思う。

 とは言えだ。俺は並みじゃねえし敵わねえってことはねえ。

 しかし勝てるとも言えず、どっちかと言えばジリ貧って感じだ。だからこそ「こりゃマズイ」となるんだが。



 相性の問題だな。同じ竜を相手にどっちが早く斃せるかとなれば俺だろう。

 ところがディンバー王の膂力を持って、尚且つこれだけ速く連撃されると厳しいものがある。


 ホント、エメリーの姉ちゃんと模擬戦しといて良かったぜ。

 いくら速いっつっても姉ちゃんほどじゃねえし、膂力があるっつっても姉ちゃんどころか俺と同等だ。

 技術なら俺が確実に勝つ。まぁ俺のはるか上にテクニックの化け物がいるんだが。

 ともかく技術を持ってディンバー王の連撃を凌ぎ、合間を見て仕掛けるしかねえ。



「ははっ! 思いの外やるな英雄ジータ! 少々見くびっておったわ!」


「そりゃ困った話だな! 見くびってくれたまんまのほうが嬉しかったんだが!」


「ふっ、英雄らしからぬ卑屈さよ! そのような気概では得るものも得られぬぞ!」



 なんとも強欲な王らしいご意見だ。

 俺は一騎士だからな。大層な夢は分不相応。現実主義者リアリストで結構だ。


 例え俺がディンバー王に勝てずとも――結果が勝利ならそれでいいんだよ!




■ゼンガー・ダデンコート

■【輝翼の塔】塔主フッツィルの神定英雄サンクリオ



 いやはやたまげましたな。エメリー殿には。

 あの四本のハルバードが魔法を放てる武器だというのは聞いておりましたが、まさか四属性の範囲魔法をほぼ同時に放てるとは思っておりませんでした。


 この世界の住人たる儂からすれば神授宝具アーティファクトを四つ同時に使っているようなもの。

 そんな武器を持っていることにも、それを使いこなせるエメリー殿にも驚愕です。

 この上魔剣という主武器があるのですから、最早溜息しかでませんな。



 儂は最後尾から部屋全体を見回し、攻撃機会を窺いつつ、ジータ殿とエメリー殿の回復援護に努めます。

 エメリー殿の攻撃で怯まなかったのはディンバー王とジータ殿のみ。さすがのお二人ですな。

 他は等しく動きが固くなりました。それは生物として当然の本能です。



「<聖なる槍ホーリーランス>! <聖なる槍ホーリーランス>!」



 そこを逃さず儂は仕掛けました。まずはガードナイトから。

 エメリー殿の魔法は確かに打撃を与えましたが、それで斃せたのはごく一部。


 ガードナイトの群れはもとより防御・魔法防御に優れておりますし、その後方のエアロウルフの群れは素早く、そして風属性に強い。

 従って部隊としての形は未だに保たれているのです。

 ガードナイトには四属性より神聖属性のほうが有効でしょう。なので儂はガードナイトを中心に攻めます。



 エメリー殿も敵の前線に向かって突貫していきました。儂の目では残像が見えそうなほどの速度。

 四本のハルバードを振れば防御力など関係ないとばかりにガードナイトがちぎれ飛んでいきます。飛び出してきたエアロウルフも同様。

 同時に魔法を放つことで後ろに固まるエアロウルフのケアも怠りません。

 局地的かつ多角的な殲滅――間近で見ればなんとも恐ろしい光景です。



 視野を広げて見れば、最後方に狼部隊の指揮官であるフェンリル。そして【風】の塔主ヴォルドックが見えます。

 ヴォルドックは少々引け腰ですな。まあこの最前線の空気に当てられれば無理からぬこと。

 本来、塔主は戦場に出ないものですからな。


 とは言え一番不気味なのもそのヴォルドック。


 出てきたからには理由がある。戦える術を持っているに違いありません。

 決して目を離さず、部屋全体を見ながら援護しなくては。

 注意を払いながらも儂は<聖なる槍ホーリーランス>を打ち続けます。




 ――そう。


 ――目は離していなかったのです。




「ッ!? ……ッガハッ!」



 突如胸に走った激痛。


 視線を下げれば――胸から短剣の刃が飛び出ていました。


 錯乱状態の中、必死に頭を働かせます。

 そしてすぐに判明しました。



(最後尾にいたはずのヴォルドックが……いつのまにか儂の背後に……!? まさか転移か……!)



 背中から突き刺したのは【暁闇】の神授宝具アーティファクトである短剣。

 その効果は分かりません。いや、効果など考えている場合ではありません。

 急ぎ回復しなければこの傷は確実に致命傷――しかし。



(ま、魔法が使えない……! いや、魔力が操作できないばかりか身体を動かすことも……! それに胸の傷から広がり身体中を蝕まれるような感覚……! こ、これはまさか……!)



 ――【呪い】かっ!



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