77:これが相手の奥の手だったようです!
■フッツィル・ゲウ・ラ・キュリオス 50歳 ハイエルフ
■第500期 Dランク【輝翼の塔】塔主
「ゼンガー爺!」「「「「ゼンガーさんっ!」」」」
【輝翼の塔】の最上階に我ら五人の声が響いた。
五人とも敵方の大ボス部屋を画面に映し、五人とも俯瞰の視点で戦況を見ていた。
だというのに誰も気付かなかった。誰もが悲鳴に近い声を挙げた。
最後衛に立つヴォルドックの姿は間違いなく捉えていたはず。
それが次の瞬間にはゼンガー爺の背中を刺していたのじゃ。
高速で動いたということは断じてない。転移にしても
まるで時が止まったかのような気さえした。
理解が追いつかないわしにゼンガー爺から声が届いた。
『……の……呪い……』
「ッ! ゼ、ゼンガー爺ッ! しっかりせいッ!」
その一言が限界だったらしい。すぐに気配は途絶えた。
「シャル! エメリーに伝えよ! ヤツの持つ短剣は【呪い】の効果を付与するものじゃ!」
「っ!? わ、わかりましたっ! エメリーさん――」
くそっ! 背中から刺された傷は致命傷。しかしゼンガー爺ならば即座に回復することも可能だったはず。
じゃが【呪い】状態であればそれもできん。
【呪い】は状態異常としては最悪の部類のもの。身体と魔力の自由を奪い、徐々に生命力を削っていく。
【毒】と【麻痺】を同時にくらって尚且つ魔法が使えないようなものじゃ。
これを治すには<
仮に刺されたのがエメリーやジータであればゼンガー爺が治すこともできた。
あれでも
しかし当のゼンガー爺がくらっては……おのれ【風】め。狙いどおりというわけか……!
ヴォルドックが奥へ逃げ帰るのが見える。
仕事は果たした。ゼンガー爺さえ殺せば最上階に戻ると……くそっ!
回復要員を先に潰すのが定石とはいえ完全にしてやられた……!
わしは怒りと悲しみを心の奥に抑え込み、睨むようにして画面をみつめた。
■ヴォルドック 26歳 狼獣人
■第490期 Bランク【風の塔】塔主
俺が陛下の戦いを邪魔するわけにはいかない。
陛下が戦いたがっていたジータとメイドには端から関わる気がなかった。まあ、いざ眼前でその戦闘力を見せつけられれば関わりたくとも関われないといった方が正しいのだが。
とは言え回復要員をのさばらしておくのは愚の骨頂。
あの
当然その役目は俺だ。確実に殺すなら俺以外に駒はない。
俺の限定スキル<風狼の超覚>は【女帝】につけた『マーキング』のほかに『一時的な五感の超強化・身体能力の向上』という効果がある。
元々はBランクの軽戦士程度の力量しかない俺でも<風狼の超覚>を使えば一時的に陛下と戦えるほどになる。
それをもって数年間、陛下の模擬戦相手を務めてきたのだ。まあそれほどのスキルを使わないと戦えない相手とも言えるが。
さらにタウロとペルメから
これは以前の
ペルメの【闇呪の短剣】は【呪い】の状態異常を付与する短剣だ。
浅い切り傷程度では確率に左右されるが、深く突き刺せば100%【呪い】状態にさせることができる。
タウロの【幻想の鎧】は『数秒だけその場に幻影と気配を留まらせ、同時に自身の姿と気配を消す』という効果。
ようは本物そっくりの分身を作り出し、当の本人は隠れて動けると。
<嗅覚強化>を持っているような獣人や魔物には効果が薄いが今回の相手であれば問題ないだろう。
そして俺は実行に移した。
陛下の相手がメイドからジータに変わったが狙いはジジイなので問題ない。メイドの魔法攻撃には正直かなり驚いたが理解できないものを考えても無駄だとすぐに頭を切り替えた。
俺は分身を作り出し、<風狼の超覚>で部屋全体の戦況を把握しつつ素早く移動。最後尾のジジイの背後まで潜り込んで、その背中から思いっきり短剣を突き刺した。
確かな感触。「よし!」と心の中で呟き即座に引き返す。
すでに【幻想の鎧】の効果は消えている。あとは<風狼の超覚>のみで逃げ帰る。
ジータやメイド相手に同じ手が通用するはずがない。ジジイを殺した時点で俺の仕事は終わりだ。
「ゼンガー様っ!」
背中にメイドの声が聞こえる。自分の背後で起きたことだというのに、やはり即座に気付いたらしい。俺の<風狼の超覚>は背後の動きも完璧に捉えている。
そのまま俺を追いかけてくればフェンリルを当たらせるつもりだったが、どうやらメイドはジジイの傍に寄ったようだ。
傷を見て回復薬でも使うつもりかもしれないが一目で【呪い】状態だとは分かるまい。
どんな高級回復薬だろうと【呪い】の状態異常は治らない。傷は塞がるだろうけどな。死は確定しているのだ。
しかし疑念を覚える。
(…………まさか神聖魔法なんて使えないよな?)
こいつはハルバードを振り回す前衛職なのかと思いきや、道中では斥候役をこなし、先ほどは広範囲の攻撃魔法をはなったのだ。そもそもメイドが戦っている時点でおかしいのだが。
異世界人の
この上さらに神聖魔法を使えるなんてことは――
嫌な予感がした俺は走りながらも振り返って確認した。自分の目で。
メイドは倒れ込んだジジイに近づくと、腰のポーチから薬瓶をとりだし、即座にジジイの身体に振りかけた。
その姿を見て俺は確信する。やはりメイドは神聖魔法を使えないと。
しかし安堵したのも束の間――
(な、なんだあの虹色の回復薬は……! ジジイの身体が光って……うそだろっ!?)
その光は紛れもなく回復による光だ。
死ぬ寸前でなおかつ【呪い】状態のジジイが
どんな高級薬で傷を塞ごうとも【呪い】が回復するなどありえない。そんな薬など存在しない。なのに……!
「くそっ!」と悪態をつくくらいしかできず、俺は混乱したまま最上階への階段へと走る。
しかし<風狼の超覚>が教えてくる。
メイドがとんでもない速度で追いかけてきていると――。
■ジータ・デロイト
■【赤の塔】塔主アデルの
一瞬何が起こったのか分からなかった。それほど目の前の敵――ティンバー王に集中していた。
いや、集中せざるを得ない相手というのが正解だろう。
余計なことは考えられず、少しでも隙を見せれば終わり。そういう相手なのだ。
【白雷獣】の異名に相応しく、機敏な動きから鋭い剣戟を絶え間なく繰り出して来る。
いかにも動きにくそうな筋肉質な肉体、防御力のあるプレートメイル、それらを纏っているのに速く、そして重いのだ。
俺の特大剣でこれに競り勝つのはかなり厳しい。
ならば時間を稼ぎつつ守りに徹して――と考えていた時だった。
「ゼンガー様っ!」
しかしこれに反応し背後を確認するような騎士はいない。戦いに死は付き物だ。いちいち動揺してなどいられない。
俺はディンバー王にだけ集中する。
ディンバー王もそう思っていたはずだ。目の前の俺を早く斃さなければならないと。だから俺にだけ集中しようと。
一時はそう感じた。この場は部隊戦であっても俺たちは一対一で戦うのだと。
だがすぐにその思いは崩れた。
「ちいっ!」
舌打ち一つ。ディンバー王はかなり強引に俺を押しやった。
無理矢理にでも距離をとろうと俺の剣を払いのけたのだ。
まるで「一時休戦だ」とでも言うように。
そのままディンバー王は走り出す。俺に背を向けて。まるで失恋した気分だ。
その行く先を見れば――
「キャイィィィン!!!」
最上階へと続く階段の近く。倒れ苦しんでいるのは【風】の眷属、Aランクのフェンリルだ。
そしてハルバードを振るう侍女の姿。
手に持つハルバードは黒いが……いつもの四本セットのやつじゃねえ。
何やら不気味な闇の魔力を纏う、見るからに恐ろしい武器だ。目にしただけで震えがくる。<危険察知>がガンガン鳴ってやがる。
「ジータ様、掃討を!」
「お、おう!」
思わず返事しちまったが
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