388:セリオさんは相変わらず胃痛のようです!



■セリオ・ヒッツベル 24歳

■第499期 Cランク【審判の塔】塔主



「いや驚きましたよ。あの手紙が来てからすぐですからね。まさかとは思っていましたが」


「どうやら【審判の塔】や【忍耐の塔】だけではなく天使を持っていそうな塔ならば手当たり次第に申請していたようです」


「そうなのですか……ドロシー殿には感謝しなければいけないですね。私も嫌気が差していましたので」



 今は『会談の間』で伯母上やシャルロットと共にお茶の最中だ。

 こうした会合にもさすがに慣れてきた。


 ティナとエメリーを話させるというのが主目的なのだが、僕としても情報が色々と手に入ってありがたい。

 まぁ毎回新たに入る情報が驚かされるものばかりなので疲れるは疲れるのだが。



 話は【針葉樹の塔】に関することだ。

 僕が【針葉樹】からの申請を却下した数日後、シャルロットから手紙が来た。

『【針葉樹の塔】から塔主戦争バトルの申請は受けていますか』と。


 まさか諜報型限定スキルで覗き見でもされているのかと疑ったわけだが、冷静に考えればその可能性は限りなく低い。

 僕は普通に『約一年前から数度に渡り申請されています。つい先日も』という感じで返した。


 この時点でまさかとは思っていたのだ。

 これを聞いてくるということは向こうにも……というか天使を持っているであろう【忍耐】に申請が行ったのではないかと。



 案の定、その数日後には神様通信が入った。【忍耐の塔】が【針葉樹の塔】に勝ったと。

 それを受けての今日、というわけだ。



 【針葉樹】のシュルクエールはたしかに同国民ではあるのだが、僕としては一方的に嫌っていたので斃されて清々したといったところだ。心労の種が一つ減ったと。

 そういう意味では【忍耐】のドロシーに感謝している。うちの国の変態がご迷惑をお掛けしたと頭を下げてもいい。



「しかしよくBランクの【針葉樹】を……と言うのも今さらですか。最近は【彩糸の組紐ブライトブレイド】の方々がよくBランクの塔を斃されているのでどうにも感覚が麻痺してきました」


「正直あまり戦いたい相手ではないのですがね……やはりBランクというのは危険ですし」



 どうもシャルロットはBランク以上を別次元という風に捉えているらしい。それは以前から感じていた。

 そこには高難易度の塔構成やSランク固有魔物、そして限定スキルなどが絡んでいるせいだと僕は思っている。


 ただでさえ不透明な相手とは戦いたくないものだが、そこにさらなる不確定要素が入るならば、それはもう賭けと同じだろう。

 本来ならば易々と塔主戦争バトルなど出来るものではないのだ。……【彩糸の組紐ブライトブレイド】以外はな。



「実際ドロシーさんも苦労なさっていましたし、私が【白雷】を斃した時もかなり苦しめられましたから」


「ああ、それもお聞きしたかったのですよ。よくあの【雷鳴卿】を斃せたものだと。やはりエメリーさんが?」


「いえ……エメリーさん、私が話しても大丈夫ですか?」


「もちろんです。問題ありません」


「では……エメリーにももちろん戦ってもらったのですが【雷鳴卿】は別の眷属に任せたのです。エメリーには他に戦わないといけない敵がいましたので」


「なんと……!」



 【白雷の塔】は【雷鳴卿】ジェンダ・エルトーザで有名だった塔だ。【白雷】の最高戦力だったに違いない。

 しかし【女帝】の最高戦力であろうエメリーは他の敵と戦い、別の眷属が【雷鳴卿】を斃したと……。


 つまり【女帝】はそれほどの眷属を抱えているということになるし、【白雷】にも【雷鳴卿】以上に厄介な戦力がいたということに他ならない。


 Bランクとはそれほどの塔ばかりなのか……また頭が痛くなるな。

 ちなみにどんな眷属なのです? 相手の魔物は? と聞けたのならどれほど楽か。



 ……とそんな僕の悩みを軽々打ち砕く心強い味方が身内にいた。



「えー、いいなー、エメリーお姉ちゃん。また強い敵と戦ったの?」


「それほど強くはありませんでしたが数が多かったのと飛んでいましたのでね。地上戦は他の者に任せただけですよ」


「エメリーさん、Sランクは十分強いですからね。エンシェントヴァルキリー五体とか【雷鳴卿】より強いに決まってるじゃないですか」



 お茶を噴き出しそうになった。

 エメリーはエンシェントヴァルキリー五体を一人で相手にしたのか? しかも飛んでいる相手を?


 なるほど、だから【雷鳴卿】を他の者に……いやいやいや、おかしいだろどう考えても。エメリーは飛べるとでも言うのか。



「私とその【雷鳴卿】って人ならどっちが強い?」


「ティナが三秒で勝ちますよ。ただ雷魔法を使う魔法剣士でしたからね。後学の意味で戦ってみても良かったかもしれません」


「へぇ~、でも強いって言われてる人でも三秒で勝っちゃうのかぁ……なんかいい感じに戦える相手がいればいいんだけど」


「油断していると足元を掬われますよ? わたくしとてこの世界に来てから三度は殺されかけているのですからね」


「ええっ!? エメリーお姉ちゃんが!?」



 いやもうティナが三秒で【雷鳴卿】を斃せるとかそんなことはどうでもいい。

 エメリーが殺されかけたという状況が理解できない。


 【雷鳴卿】を三秒で殺すティナより強いのだろう? エンシェントヴァルキリー五体を飛んで斃せるのだろう?

 それがどうやって殺されるというのだ。それほどの魔物などいたのか?


 無神経かと思いつつ、僕はつい口に出してしまった。その疑問を。



「シャルロット殿、それは……」


「えー……もう時効ですから大丈夫ですかね。最初にエメリーが殺されかけたのは【強欲の悪魔マモン】ですね」


「ああ! Sランク固有魔物の固有スキルですか。以前に仰っていた」


「そうです。マモンのスキルは『敵のステータスか武器を三種、自分と交換できる』というもので、エメリーの主武器と筋力・敏捷が盗まれてしまったのですよ」


「はあ!? そ、そんなことが!?」



 七大罪ヴァイスの大悪魔には不思議な能力があるとは聞くが……まさかそんな馬鹿げた能力だったとは。

 主武器というのは例の魔剣だろう。ティナも持っているものだ。

 それが奪われた上、筋力と敏捷のステータスも盗まれた……マモンのものと交換されたということか?


 相手が強ければ強いほどマモンは強くなるだろうし、エメリーにとってはとんでもないデバフに違いない。

 身体はろくに動けないだろうし武器もない。その状態で戦えるわけがないだろう。

 今生きているのが不思議なほどだ。



「二回目は【傲慢】同盟と戦った時ですね」


「今度は【傲慢の悪魔ルシファー】の固有スキルですか……」


「いえ、塔主のシャクレイさんの限定スキルですね。『視界に入った者を強制的に平伏させる』というもので、あれが今まで見た限定スキルで一番厄介だったと思います」


「そ、そんな馬鹿げた限定スキルがあるのですか……」



 シャルロットは淡々と喋っているがとんでもない内容だぞ。

 視界に入った者ということは射程も効果範囲もとんでもない広さだ。人数制限があるのかは知らないが、視界にさえ入れれば敵は何も出来なくなるということだろう? そんなの反則じゃないか。


 エメリーが死に目に会ったというからにはその限定スキルに掛かったということなのだろうが……なぜ勝てた? なぜ生きているんだ? ますます訳が分からなくなる。



「三回目は【魔術師】同盟戦で、これも限定スキルに加えて魔物の大群で殺されそうになったというところです」


「ケィヒル・ダウンノークが同じような限定スキルを?」


「いえ、ケィヒルさんの場合は『敵の魔法使用不可』と『自軍の魔法強化』の二つの限定スキルを併用していました」


「は? 二つを併用……ですか……」


「はい。それでこちらの攻撃陣は壊滅寸前まで追い込まれまして、さらに敵軍がSランク固有魔物とかエルダーリッチ(S)とかリッチ(A)とかネクロマンサー(B)とかそれらが召喚した眷属とか、全部で三百近くいましたし……」



 もう言葉が出ない。当時Aランク9位【魔術師の塔】、当然弱いはずがないとは思っていたが……なんだその陣容は。地獄どころの話ではない。


 しかもリッチやエルダーリッチは神聖魔法以外はほぼ無効だろう?

 エメリーに勝てるはずもないし、ましてや限定スキルで魔法使用不可となればどう足掻いても無理ではないか。


 これこそまさにどうやって勝ったのだ。

 【忍耐】のウリエルもいたのだろうが神聖魔法の使えない天使など戦力になったとも思えん。


 その状況を覆す手があるのだろうが……僕には何も思いつかない。ダメだ。死しか見えん。



「その、どれもこれも、よく勝てましたね……私には理解の及ばない戦いに聞こえます」


「最終的には運が良かったとか味方が強かったとか色々あるのですが、限定スキル持ちを相手にすると大抵理解の及ばない戦いになるのですよ。だからBランクとはあまり戦いたくないというわけでして、ハハハ……」



 笑いごとではない。若干はぐらかされたが少なくともシャルロットが意図しない形での決着だったに違いない。

 それを救ったのがエメリーではないということは、他の眷属か、はたまた同盟のアデルなどか……。


 僕もいずれは限定スキル持ちの塔と戦う時が来るのだろうか。

 それを思えば、今日の話は非常に有意義なものに違いない。



「お嬢様が仰ったとおりです。わたくしとて警戒していても危険なのですから、ティナも油断してはいけませんよ」


「うぅ、はぁい」


「ましてや貴女はまた身体のアジャストが済んでいないのですから。そんなことではいつか痛い目を見るに違いありません」


「それは私も出来るだけ頑張ってるんだけど……やっぱりエメリーお姉ちゃんと模擬戦でもしないと当分治んないんじゃないかと……」



 ティナがチラチラと見てくる。伯母上と僕を行ったり来たり。


 分かっている。ティナに訓練相手が必要なことは。そしてそれがエメリーであれば一番良いと。

 しかし同盟を結んでいる相手でもないのに『訓練の間』で手札を見せ合うような行為は許されるのか?

 普通であればありえない。そんなことは僕も承知だ。


 とは言え、【風雷の塔】としても【審判】同盟としてもティナが最高戦力であるのは間違いない。

 そのティナが不完全な状態というのはハンデを背負っているのも同じだ。

 そう考えればすぐにでも訓練させるべきだとも思うのだが……。



「私はいいと思うわ~。セリオちゃん、どうかしら。ティナちゃんのお願いを聞いてあげてくれない?」


「……分かりました。が、シャルロット殿にお聞きするのが先です。シャルロット殿、ティナさんとエメリーさんを『訓練の間』で戦わせるのは可能でしょうか。もちろん無理強いはしないのですが」


「こちらとしては構いません。エメリーの訓練にもなりますのでありがたいお話です」



 おお、意外とすんなり了承したな。てっきり渋るものだと思っていたが。

 そういうことなら今度早いうちにセッティングして『訓練の間』を使えるように――



「ああ、多分アデルさんとジータさんが参加したがると思うのですが、それは大丈夫でしょうか」



 あっ……そうか……それを忘れていた……いや、今更ダメですとか言えんだろう……。



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