168:クラウディアさんも色々大変なようです!
■クラウディア・コートレイズ 126歳 エルフ
■第475期 Aランク【緑の塔】塔主
突然フッツィル様からお手紙が来た時には驚いた。
ハイエルフという存在を隠したいが為、エルフとの接触は控えると仰っていたのだから。
そもそも新年祭でお見掛けした時からこちらは大変だった。
もちろん【女帝】同盟については知っていたし、その中の【輝翼の塔】についてもある程度は知っていた。
フッツィルという子供の塔主、
しかし同盟の四番手というイメージが強い。
【女帝】【赤】【忍耐】が強烈すぎるというのもあるし【世沸者】は逆の意味で目立っている。
だからこそ軽視していた部分もあったかもしれない。
新年祭、バベルの一階に私が着くと、共に居た
どうしたことかと聞けば「ハイエルフがいる」と。
当然「はあ?」という反応になった。
ハイエルフとは精霊と最も近しいエルフである。ほぼ伝説のような存在だ。
精霊信仰が盛んなエルフの里においては族長や司祭長よりも完全に上位で、現人神といっても過言ではない。
もしそんな方がいれば誕生の際には里中で大騒ぎとなり、聖殿で祀られていただろう。
まさかそんなハイエルフがバベルにいるわけないと思っていたのだが、どうやらそれが【輝翼】のフッツィルらしいと……。
普通の人や中位の精霊ならばエルフとハイエルフの区別も分からないと思うが――もちろん私も分からないが――高位精霊であるヴィヴィにはそれがよく分かる。
そうして意を決して私はご挨拶に向かったのだ。
本当にハイエルフであればバベルに住まうエルフの一人としてご挨拶しないわけにはいかない。
ましてや私はバベルにおけるエルフのトップの位置にいるのだから。
「跪かんでいい。わしは目立ちたくはない」
「っ……! も、申し訳ありません。是非とも拝顔の機会をと……」
「わしも挨拶はしたいと思っておった。しかし小声で頼む」
近付く前に先んじて忠告された。しかしその様子で確信した。この方は本当にハイエルフだと。
フッツィル様はハイエルフであることを隠すため、エルフとの接触をしたくないと仰られた。
残念に思う一方で当然だとも思った。
おそらく世界にお一人であろうハイエルフという存在。それをご自身で
どのような魔の手が伸びるかも分からないのだ。
だからこそハイエルフどころか、エルフであることも隠していらっしゃると。これは私が迂闊であった。
ならば私は近づくのも視線を送るのもやめよう。
無暗に連絡をとるのもやめておこう。いないものとして扱うべき。そう思っていたのだ。
それが突然、フッツィル様からお手紙が来た時には驚いた。
さらにその内容にもっと驚いた。
バベルにおけるもっとも新人のエルフである【春風】のエレオノーラがフッツィル様と接触したというのだ。
しかも本人はフッツィル様がハイエルフどころかエルフとも気付いておらず、「人種差別しないスーパールーキー」としか見ていないと。
その上で塔運営のアドバイスが欲しいと懇願してきたという。
エレオノーラはバベルに四人――フッツィル様を含めれば五人だが――しかいないエルフであるし、私としても気に掛けてはいた。
しかしエルフ同士の距離が近すぎると目立つ上、それを狙おうとする輩もいるのだ。
私はこれまで何度もそういったことを目にしてきている。
これで仮に同盟でも結ぼうものならば【春風の塔】を危険に晒すはめになる。私の【緑の塔】が有名なのだから余計にだ。
だからこそ接触もしないし、連絡も近況報告くらいに留めていたのだ。
【春風の塔】が初年度からずっと危ない状況というのも知っている。
私なりにアドバイスを送っていたつもりだが依然として危険な状況は変わらず、どうにか生き延びているといった日々が続いていた。
そこでエレオノーラは新人塔主にアドバイスを求めたと。
私に相談しろとも思ったが、自分でどうにかしようと足掻く精神はバベルの塔主にとって必要不可欠なものだ。それは素晴らしいと思う。
ただなぜその相手がフッツィル様なのだと。よりによって。
フッツィル様のお手紙にはこう書かれていた。
『エレオノーラに手紙でアドバイスをしても無駄だから直接会って大改装させる。だからお前も手伝え』と。もちろん要約だが。
どうやらそれまで何度か助言をしたものの改善は見られなかったらしい。
そこでフッツィル様が手ずから改革に乗り出したと。
本当に申し訳ありません私の後輩が……私の監督不行き届きでした……。
実際にエレオノーラと会う前、『会談の間』で私はフッツィル様とお会いし、事前会議を行った。
もちろん謝罪もしたし、その上で「もっと楽に喋ってくれ」とも言われた。性分なものですみません……。
「【春風の塔】についてはエレオノーラが来てから説明するとして、もう一つ懸念がある」
「と申しますと」
「ちょっかいを掛けてきておる【忍ぶ者の塔】じゃな」
「【忍ぶ者】……たしかE、いやDランクでしたか」
どうやら【春風の塔】はずっと【忍ぶ者の塔】から
そんな相談を受けてもいない私は自分を不甲斐なくも思うのだが。
そしてフッツィル様の調べでは【忍ぶ者】の塔主、デュフ・ゴザールがエルフ好きの変態だと言うのだ。
エルフを好む人間というのはたまにいるのだ。人種差別とは真逆だが、余計に恐ろしい存在。
私も街を歩けば時々ナンパされることもあるし、いきなり求婚されたこともある。
つまりデュフ・ゴザールもあのような者と同じということだ。怖気が走る。
「本当はわしやクラウディアが
相手はDランク。Aランクの私と戦うとも思えないし、フッツィル様の【輝翼の塔】にしてもすでに【忍ぶ者】を上回った。
新進気鋭、大人気の【輝翼】、しかもCランクとなれば申請を受けるとは思えない。
他の二人のエルフもCランクとBランク。これもまた無理だろう。
「じゃから潰すとなればエレオノーラしかおらん」
「【春風の塔】が直接【忍ぶ者の塔】を叩くと……できますか?」
「そこを目標とし、できるようにするのがわしらの役目じゃな。エレオノーラに任せたままでは【忍ぶ者】をのさばらせたまま【春風】が侵入者に攻略されて終わりじゃろう」
なるほど。何と言うか、私には「お手数おかけします」と頭を下げることしかできない。
「わしはわしの為にエルフと接触するつもりはない。しかしだからといって無下にするつもりもない。まぁできる限りはやるつもりじゃよ」
「寛大なお心、感謝いたします」
塔主としては二年目、ランクはまだCであり、御年もおそらくお若いだろう。
だというのにこの器の大きさ。
やはりこの御方はエルフの上に立つべき存在なのだと再認した。
「お主もそうじゃが【聖樹】と【紺碧】は大丈夫じゃろうな」
【聖樹の塔】は十五年目になるBランク。塔主はアリシア・エデンルート。
【紺碧の塔】は十二年目のCランク。塔主はミケル・ウッドストンという。
全員が同じエルフの里出身である。
エルフというだけで目立つのだから、街を歩けば言い寄られたり、人種差別めいたことをされることも多いだろう。それは私も同じだ。
バベリオにおける塔主という存在が英雄視されるのはそうなのだが、それでもエルフを軽視する者はいる。
ミケルは男だから若干はマシかもしれんが。
「気になっているのは【魔術師】同盟と【霧雨】でしょうか」
「は? またとんでもない名前が出てきたのう」
Aランク【魔術師の塔】は三塔同盟を結んでいる。
Bランクの【青の塔】、Cランクの【宝石の塔】という三塔ながら強力な同盟だ。
そこからは近年、何度か
頻繁というわけでもなく手紙で何か言ってきたりもしてはいないが、エルフを潰そうという明確な意思が感じられるのだ。
とは言え私に申請してくるのは【魔術師】だけであり、いくら私の【緑の塔】の方がランキングは上であっても厳しい相手には違いない。申請はことごとく却下してきたのだ。
アリシアとミケル、エレオノーラに関しても同じだ。
格上はもとより、同ランクからの申請であっても却下している。
勝算のない勝負を受けるような者がこのバベルで生き残れるわけなどない。
【魔術師】【青】【宝石】の三塔同盟。
それに加えてBランクの【霧雨の塔】も同じような動きが見える。
これもまた力のある厄介な塔だ。
今のところ【忍ぶ者】のような直接的な言い寄りだったり攻撃めいたことはないのだが、我々エルフにとっての敵であることには間違いないだろう。少なくとも私はそう思っている。
「完全にノーマークじゃったのう……わしが探れるところも【宝石】くらいしかないではないか……」
「探る?」
「いいや、こっちの話じゃ。しかし困ったのう。これはわしやエルフだけの問題ではないぞ」
「それは……どういう意味ですか」
「【魔術師】の同盟は――メルセドウの関係者じゃ」
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