05:プレオープンに向けて私も……
■ラスター・ニーベルゲン 19歳
■第500期 【正義の塔】塔主
「殿下! お荷物全て運び終わりました!」
「ご苦労。明日も頼むぞ」
「ハッ!」
バベルの入口へと向かう部下の兵士たちには目もくれず、俺は転移門の脇に置かれた大荷物を前に息を吐く。
全く……荷物をわざわざ運び入れるなど本来であれば侍従のすべき仕事だ。第三皇子である俺がする事じゃない。
バベルの転移門は律儀というか不親切というか、融通が利かんのだ。
塔に『侵入』できるのは、オープン時であってもバベルカードを所持した『挑戦者』だけ。それも塔ランクと同じか一つ下。
Eランクの塔に侵入できるのはEかFランクの挑戦者のみ。
俺の【正義の塔】はFランクだからFランクだけだ。それより下なんてないからな。
じゃあFランクの使用人を雇えという話なのだが、今はプレオープンもしていないし仮にFランクのバベルカードを所持していても入る事はできない。
オープンしていても二の鐘から五の鐘の間に、他の侵入者に紛れて入るという手しか使えない。
従って、目の前の大荷物は俺自ら、転移門を通って運ぶ必要があるわけだ。ったく。
塔内の転移魔法陣を使って運びながら考える。
俺はニーベルゲン帝国の第三皇子として生まれたわけだが、上に兄が二人いる時点でスペアのスペアみたいなものだ。
将来的に皇帝となる事は、わりと早い段階で諦めていたように思う。
とは言え、皇帝家の一員として上に立ちたい気持ちもあり、かと言って兄二人は優秀で……とそんな風に燻っていたのだ。
しかし俺は第500期の塔主に内定した。
神に選ばれたのだ。兄たちではなく、この俺が。
皇帝となればその名は国の歴史に刻まれるだろう。よほどの暴君か名君ならば世界的に名を馳せるかもしれないが。
塔主というのはそれ以上の名誉を得る可能性がある。
吟遊詩人の唄、演劇の舞台、書籍の物語、そのどれもが塔主をもとにした英雄譚ばかりなのだ。
当然、皇帝陛下からは「よくやった」と褒められたし、兄たちからの嫉妬の眼差しも心地よかった。
俺を名塔主にすべく帝国から手厚い支援が受けられるようになった。まぁ当然の流れだ。
皇帝家から名塔主を輩出する。それは父である現皇帝の評価にもつながるのだから。
しかも俺に与えられた塔は【正義の塔】――
やはり選ばれるべくして選ばれたという事だろう。
兄たちとは器が違ったというわけだ。
さて、そんなわけで三階の奥に自室を創り上げ、生活に必要なものを次々に搬入。
金・魔石・装備なども集め、強化を図っていく。
俺自身の強化、塔の強化、共に必要だからな。金は惜しまず潤沢なTPを得る。
「さあ、俺の塔を創り上げるか。デュオ」
「ガウ」
背後でソファー代わりになっている虎が返事をした。
体高2m、体長4mほどの巨大な銀色の毛並み。顎から伸びる二本の牙が特徴的なその魔物は【シルバーファング】という。
塔のランクが上がるまではこれ一体で侵入者を殲滅できるはずだ。
例えばステータスが伸びていたり、特殊なスキルが使えたりと。
俺が
おそらく【正義の塔】にあやかったものなのだろう。
愚かな侵入者に正義の断罪を、と。
しかもデュオと名付けた事で全てのステータスが一段階上がった。これはもうAランクでもおかしくない強さだ。
考えなしに名付けてしまったが、後になって調べてみると、塔主が眷属に名付けを行うのにも数的制限があるらしい。
そして名付けを行うとTPは消費し、代わりに眷属が強化されると。
このおかげで最初にあった5,000TPは瞬く間に消えたのだが、まぁ金で補充すれば問題ないだろう。
ともかく今後魔物を召喚してもやたらに名付けられないと、そういう事だ。
まぁデュオさえいれば俺の【正義の塔】が名を残すのは間違いない。
とは言え、塔の構成も練らず、魔物も召喚しないとなれば「
全ての侵入者が慄くような立派な塔を創り上げる必要があるのだ。
そういったわけでデュオと共に
国からの支援物資の中にはバベルに関する資料もあった。
その中には塔の構成や魔物・罠の的確な運用についても記述があった。研究資料か何かだろう。
それによれば大多数の新塔主が最初に創る階層の参考例として二つほどあった。
一つが『迷路』。もう一つが『連続した小部屋』だ。
まず平原や森などの屋外設定にする事はほとんどないという。
よほど屋外に関連した名の塔であるならばまだしも、普通に運用しようとすればTPが割高になる。だから最初は基本の石材壁を利用した造りにするそうだ。
また、屋内の場合、罠が設置しやすいし、死角をつくりやすいから魔物の奇襲をかけやすい。
迷路にしても連続小部屋にしても侵入者の探索時間は長くなるから、滞在TPも得やすい。
そういったわけで推奨していると資料には書かれていた。
なるほど、それが王道という事か。
しかし俺の独自性というものが欲しい。
他では見ない、俺だからこそ創れた、そんな塔にしたい気持ちもある。
「難しいところだ。なぁ、デュオ」
「ガウ」
■シャルロット 15歳
■第500期 【女帝の塔】塔主
「お尻を上げて、胸を張ります。顎を引いて下さい。肩の力を抜いて」
「うぎぎ……背中つりそうです……」
「睨みつけてはダメです。自然な表情を意識して下さい」
私は一体なにをやっているのでしょうか……。
新塔主としてやらなければいけない事が色々あると思うのですが……。
話は初日の自己紹介にさかのぼります。
そこでエメリーさんの事も色々と聞きましたし、私の事も話しました。
私はエルタート王国のカイルスという小さな街で生まれました。
両親は日用雑貨を扱う商店を経営していまして、私はその一人娘です。
私が言うのも何ですが、両親に商才はなかったと思います。近所づきあいくらいしかない小さなお店でしたし。
繁盛するお店、その商人というのは「金のためならなんだってやる」というような、悪人に近い思考の人が多い。
貴族も商人も、結局は金銭欲のかたまりのような人ばかり……というのが私の偏見です。もちろん良い人もいるのでしょうが。
その点、私の両親は人が良すぎました。蓄えもないのに知人にお金を貸したり、信用して仕入れたものが粗悪品だったり。
他人に優しすぎるのは商人として欠点だったと思います。
でも、そんな両親が好きでした。
しかし一年前、流行り病で両親が共に他界しました。善人は早死にすると、それは正しかったのだと思います。
最期に私はこう言われました。
「シャル……お前はお前の思うとおりに生きてくれ……まっすぐに……前を見て生きるんだ……」
「あなたを置いて先に逝くだなんて、ごめんなさいね……どうか立派な大人に……誇りある女性になりますように……」
その日からしばらく泣いたり塞ぎこんだりといった日々が続きました。
でも私は私なりに頑張って生きなきゃいけない。そう思って勉強をし始めました。
王都にある学校は普通であれば裕福な人や貴族の方が通うところです。
しかし奨学金制度というものがあり、勉強ができれば私でも入学できるかもしれない。
そして卒業となれば国に仕える事になる。文官となれるかもしれない。
それが私の思う『立派な女性』の姿だったのです。両親に誇れる独り立ちした姿だと。
ところが試験が間近に迫ったある日、家を訪れたのは神官服のようなものを着た男性でした。
「シャルロットさんですね。貴女はバベルの第500期新塔主に内定しました。つきましては〇〇日までに無窮都市バベリオに来て頂きますよう――」
呆けてしまいました。が、呆けている場合じゃないとすぐに慌てました。
バベルの塔主に選ばれる。それは拒否できるものではなく、むしろ祝福されるべき事です。
なろうと思ってなれるものではなく、それが街から生まれたとなればすでに英雄視されるほど。
しかし私はそれが理解できませんでした。
冒険者はバベルへと挑み、魔物を斃し、塔主を斃し、富と名声を得る。
塔主は襲い掛かる冒険者を殲滅すべく斃しつくす。
塔の中は毎日が戦争。命の奪い合い。
命が軽すぎる――私はそう思っていました。
もちろん普通に暮らしていても魔物被害や盗賊被害はありますし、街中で喧嘩から殺し合いに発展する事もあります。
身近にあれば忌避すべき事なのに、なぜバベルの中に限っては許されるのか。なぜ英雄譚や聖戦のように位置付けられているのか。私には分かりませんでした。
だからこそ塔主など辞退したかったのですが……無理なものは無理。神のご意思だそうですから。
学校にも行けず、試験勉強も無駄。
塔主となる義務には逆らえず、人を殺す覚悟を持たなくてはいけない。
殺す為にバベルの事を勉強しなければいけない。入学の為のそれとは違い、不安と恐怖と諦めの混じった勉強になりました。
そうして最低限の荷物を持ち、実家を手放し、ご近所に挨拶周りをし、指定された日に合わせるように国を出たのです。
あらゆる国の不干渉地帯。
独立自治都市である【無窮都市バベリオ】を目指して。
「なるほど。お嬢様のご両親はご立派です。わたくしも一度ご挨拶させて頂きたかったです」
エメリーさんはそう言ってくれます。それがとても嬉しく感じました。
少し俯いたエメリーさんは「分かりました」と顔を上げ、私を見ます。
「わたくしはご両親のご意思を継ぎ、お嬢様を立派な淑女にいたしましょう」
「えっ」
いや、あの、両親は私を淑女に育てるつもりはなかったと思うのですが……。
「お母上の仰っていた『立派で誇りある女性』とは即ち淑女という事でしょう。そしてお父上の仰っていた『まっすぐ前を見て』というのは即ち淑女としての姿勢そのものです」
「あ、あの、それはちょっと、違うんじゃ……」
「もしかするとご両親はお嬢様が【女帝】となる事を見越していらしたのかもしれません。少女が淑女となり、やがて女帝となる……お嬢様にその資質があると」
「え、いや、そんなわけ……」
「ご安心下さいお嬢様。わたくしは侍女長として数々の侍女教育を行ってまいりました。また近くに王侯貴族もおりましたので、そういった作法もお教えできると思います。お任せ下さい、お嬢様が立派な淑女に、そして立派な【女帝】になれるよう、わたくしも精一杯仕えさせて頂きます」
真剣な目でそう言われては「あ、はい」としか言えません。
その日から私の『淑女教育』が始まったのです。
……塔の管理をしないといけないんじゃないですか?
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