06:プレオープン開幕しました!



■デッセル 18歳

■Fランク挑戦者 傭兵団【南の大狼】所属



 バベルの新塔主となった100人の塔。そのプレオープンの開催日となった。

 朝からバベルの前の広場には見るからに若い冒険者が溢れている。

 おそらく世界中から集まっているんだろうな。夢と希望に満ち溢れていて結構な事だ。


 新塔主の塔は全てが【Fランク】。挑戦できるのは必然的にバベルカードのランクが【Fランク】の者に限られる。

 EランクのヤツはEかDの塔にしか行けないからな。転移門ではじかれる。



 バベルのランクって言うのは大抵冒険者ランクと同列だ。

 Cランク冒険者はバベルでも【Cランク】と登録される。冒険者ランクが高くて、バベルランクが低いというのはまず・・ありえない。


 で、Fランク冒険者ってのは、やっと街の外に出て討伐依頼を受けられるようになった新人ばかり。

 パーティーで挑んでもゴブリン三体がやっとって所だろう。



 そんなヤツらが大挙してバベルに挑もうってんだ。馬鹿だねー。集団自殺と変わらねえだろ。

 いくらプレオープンだって挑戦者は死ぬんだぜ? 塔主は死なないらしいけどさ。

 ま、それでも挑みたいくらいにバベルには夢と希望があるって事だけどな。


 一週間前に塔主になったばかりの新塔主は、よほどの戦力かよほどの知識がない限り、ろくな塔を創れない。

 だからこそFランクでもチャンスはある。

 そして運良く塔主を斃せればバベルジュエルを手に入れられる。それこそが夢だ。


 売れば新人冒険者には過ぎた金が手に入る。

 プレオープンとは言え塔主を斃したとなれば故郷に帰って英雄扱いだろう。

 だからこそこれだけの人数が集まっているわけだ。



 俺はパーティーメンバーの四人と共に、そんな中に混じっているのだが少し目的が異なる。

 俺たちは意図的にFランクのままでいる若手の傭兵部隊だ。

 今年も依頼人の要望でこうしてバベルに足を運んでいる。



 目的は大きく二つ。

 第一目的はバベルジュエルの収集だ。


 バベルジュエルは高ランク魔石の代替えとしても利用できるし、その価値はかなり高い。

 しかしもう一つの用途として『挑戦者が所持していた場合、塔内で死んでも復活する』というバベル限定の特殊な使い方がある。


 なんでも死んだ場合、身ぐるみ剥がされ、身体一つの状態でバベル側の転移門に現れるそうだ。

 装備から何から奪われるがそれでも死ぬよりマシ。

 高ランクの塔へ挑む挑戦者は保険の為にバベルジュエルを欲しているのだ。



 第二目的は情報収集。


 今後躍進しそうな塔、高ランク挑戦者の前に立ちはだかってきそうな塔を調べる。

 もちろんプレオープンだから本格的な塔構成はしていないだろうが、どんな魔物を徴用しているとか、どんな神賜ギフトを持っているだとか、そういう情報は探れる。


 つまり、俺たちの依頼人は金持ちの高ランク挑戦者というわけだ。

 こうして依頼をする高ランカーは結構いる。俺たち以外にも同じような『偽Fランク』が何組もいるはずだ。


 高ランカーだけでなく、国や貴族が依頼する場合もあるって聞くし、高ランク塔主が新人を調べるために依頼するって話も聞く。

 だからこの時期は俺たちのような年若い傭兵団や騎士見習いみたいな連中の稼ぎ時ってわけだ。



「さて、どこから攻めるか」

「プレオープン期間の二週間でどれだけ回れるか、だな。さすがに全ては無理だし」

「他の連中の動きを見て、空いてそうな塔がいいだろ」

「多く入ってる所に紛れて様子を見るって手もあるぜ」



 依頼人からは『最低限、この塔は探ってくれ』というのをいくつかピックアップされている。

 その他にも回れるだけ回って、バベルジュエルなり情報なりを手に入れろと。


 今期は500期という区切りもあったせいか100人もの新塔主が出た。

 その中で注目されているのは――



①【赤の塔】


 十色彩カラーズの一塔。塔主は『メルセドウの神童』アデル・ロージット。

 さらに神定英雄サンクリオで英雄ジータを引き当てたとんでもない新塔主だ。



②【正義の塔】


 二十神秘アルカナの一塔。塔主はニーベルゲン帝国第三皇子のラスター・ニーベルゲン。

 神造従魔アニマでシルバーファングを引き当てたらしい。ここも要注意。



③【女帝の塔】


 二十神秘アルカナの一塔。塔主はシャルロットとかいう少女。

 神定英雄サンクリオで四本腕のメイドが現れたとか。不確定要素が多い。



④【忍耐の塔】


 七美徳ヴァーチュの一塔。塔主はドロシーとかいうドワーフの女。

 神授宝具アーティファクトで大盾を手に入れたらしい。上記三つに比べれば危険度は低いか。



⑤【輝翼の塔】


 初出の塔。塔主はフッツィルというヤツらしいがローブとフードのせいで風貌も分からない。

 神定英雄サンクリオで魔法使い風の老人を引き当てたらしいがそれも誰だか分からない。

 ある意味一番不確定要素が多い。調べがいがある。



 こんな所だな。

 十色彩カラーズだの二十神秘アルカナだの総称されているケースはどれも調べる価値がある。塔の実績があるからな。

 それと神定英雄サンクリオも当然警戒対象だ。英雄が弱いわけがない。……メイドはどうだか分からないが。


 しかしまあ、いくら100人も新塔主になったからって、これだけ十色彩カラーズだの二十神秘アルカナだのが出て来て、尚且つ神定英雄サンクリオが三人とか異常だろ。


 さすが記念すべき500期と言えばいいのか分からないが、俺たちの仕事量が増したのは間違いない。

 その分儲かると考えればいいのかもしれないが。



――カラァン――カラァン――カラァン――



「おっ、二の鐘だな。さっそく乗り込むぞ」

「「「「おう!」」」」



 なだれ込む挑戦者の波はバベルに入るや否や四方に分かれる。

 一番混んでいるのは中央の案内板だ。配置を見てどの塔に乗り込むのか決めているらしい。

 俺たちは事前に情報を得ているからどこにどの塔があるのかくらいは分かっているけどな。


 出来ることならいかにも弱そうな塔を攻略して、弾みをつけてから指定の塔に行きたい。

 しかし指定の塔をさっさと終わらせておきたい気持ちもある。

 弱そうな塔だからって油断は出来ねえし、余力があるうちに回れるもんなら回りたいからな。



「うわぁ、【赤の塔】大人気だな。自殺志願者の多い事、多い事」

「ネームバリューが違うからな。夢を追いかける若者は輝かしい未来に向かって散っていくのさ」

「ん? 【女帝の塔】は行けそうじゃねえか?」

「ああ、隣が【忍耐の塔】だからな。二十神秘アルカナより七美徳ヴァーチュって事なんだろ」

「よし、じゃあ先に【女帝の塔】に行ってみるか」

「「「「おう!」」」」



 二十神秘アルカナであるのに人気がないというわけがない。たまたま最初に群がっていないというだけだ。

 ならば先んじて探るチャンスと俺たちは【女帝の塔】の転移門をくぐった。



 想像していたのは【女帝】に相応しい城のような構造。もしくはそれを模した迷路。


 プレオープンだからちゃんとした形にはなっていないだろうが、取っ掛かりでも掴めればいい。それだけで情報となる。



 そう意気込んで入ってみたはいいが……。



「……は?」



 そこは何もない空間だった。

 階層の構造もない、床も天井も外壁も、何もいじっていない、円形のだだっ広い階層。



「まさかまだ何も手を付けてないのか……?」

「プレオープンってのを分かっていないとか……?」

「いやそれにしたって何かしら手を付けるだろう」



 万が一、油断させておいて罠が隠れていた、とかだったら困るので警戒はしておく。

 が、結局何事もないまま、二階層へと続く階段にまで来てしまった。

 そうして階段を上れば……。



「また何もねえ……魔物一匹すら居ねえってどういう事だよ」

「TPを他で使った? もしくは宝珠オーブを操作できない状態にあるとか……」

「考えてても仕方ねえ。三階に行くぞ」



 このままじゃ何一つ情報は持ち帰れねえ。

 でも三階まで行けばシャルロットとかいう塔主がいるはずだし、そいつの能力の一端が見られるかもしれねえ。

 神定英雄サンクリオのメイドもだ。出来る限り情報は得ておきたい。


 そうして二階層の対面にある三階層への階段を目指す。


 もう少しで階段に辿り着く――という所で、カツカツと階段を下りてくる人影を見て一斉に止まった。



「あ、あいつが神定英雄サンクリオの……!」

「本当に腕が四本あるぜ……魔物じゃねえよな?」



 俺たちは若いながらも訓練された傭兵だ。何も言わなくても戦闘体勢に入る。

 緊張し、警戒する俺たちを余所に、メイドは階段を下りきると俺たちに向かって丁寧な礼をした。



「ようこそおいで下さいました。わたくしシャルロットお嬢様の侍女をしておりますエメリーと申します。どうぞお見知りおきを」



 臍あたりで重ねられた二組の両手。その手には剣も杖もない。無手だ。

 背中や腰に佩いてもいない。腰の後ろにポーチのようなものを着けているが……武器ではないだろう。

 これで戦うとすれば投げナイフか体術か?



「この先は最上階になりますのでお通しする事ができません。お引き取りをお願いしたいのですが」


「俺たちは塔主を斃そうと来てるんだぜ? 素通ししちゃくれないか?」


「それは出来ません。しかしお嬢様を害そうというご意思をお持ちでしたら好都合です」


「好都合?」



 メイドは四本の手をポーチに突っ込むと、そこからロングソードを取り出した。

 四本それぞれに持つ青白い直剣。まさか……ミスリルか!?

 いや、それ以前にあのポーチはマジックバッグ!? あんな小型で剣が何本も入るだと!?


 色々と困惑する俺たちにメイドは告げる。



「賊を排除するのも侍女の仕事ですので」



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