410:あっちもこっちも対応に追われています!



■シャルロット 17歳

■第500期 Bランク【女帝の塔】塔主



「うわぁ……先にそっちが来ちゃいましたか」


『分かっておりましたけどね。ただシャルロットさん宛てではなくわたくし宛てというのが意思表示のようで嫌味ったらしいですわね』



 アデルさんのところに【節制】同盟から塔主戦争バトル申請が届いたようです。

 メルセドウで中立派貴族の粛清が行われるという噂を受けて、急いで話し合い、条文を決め、そして申請してきたのでしょう。

 アデルさんからメルセドウの件について聞いてからわずか数日ですから、それだけ焦っているのだと思います。



 同盟戦ストルグの申請というのは相手の同盟の代表塔に送るというのが一般的だと思います。

 そして代表塔というのは大体が「同盟の中で最もランキングが上位の塔」と見られます。

 私たちの場合であれば25位の【女帝の塔】ですから、普通は【女帝】同盟と呼ばれるわけですね。


 しかし【節制】同盟はアデルさん宛てに申請を行ってきた。つまり「代表塔は【赤の塔】だろ?」と言ってきているわけです。

 私は全く何とも思いません。【女帝】も【赤】もBランクですし、極端な戦力差はエメリーさんがいるいないくらいでしょうから。


 ただアデルさんからすれば中立派貴族から明確に「お前を狙う」と言われているようなものですからね。気分の良いものではないでしょう。



 中立派貴族というのは本来、王国派に寄ったり、貴族派に寄ったりと揺蕩うように生きてきたと聞きます。つまり潜在的な敵ではあるものの目の敵にするような間柄ではないと。

 新年祭でアデルさんと普通に挨拶しているくらいですからね。内心はどうだか分かりませんけど。


 ところが今回ばかりは明確な敵意を向けてきている。

 ある意味「中立派らしくない」ように見えますが、それだけ焦っているのかもしれません。



『順番的には正しいけどな。ウチらが戦いたい順番は逆やねん』


『戦うならば【空城】同盟が先にして欲しいのう。まだどちらとも戦うとは言っておらぬが』



 【節制】同盟の申請を受けることは出来ません。なにせ【節制の塔】が強すぎますので。

 もし戦うとすれば、同盟戦ストルグの条文でこちらがかなり有利なものとなるか、もしくはメルセドウの中立派粛清が終わり、【節制】同盟の塔主が心身ともにボロボロになった頃合いを見計らうべきでしょう。

 そのくらいでやっと「戦えそうかな」というレベルです。


 AABBの四塔同盟でそのうち二塔がランクアップ直後という利点はあるのですが肝心の【節制の塔】が万全ですからね。

 それだったらABCD四塔の【空城】同盟のほうが随分と楽なはずです。



『アデル様、条文はどのようなものなのですか?』


『読み上げますわよ、ええと――』



=====


塔主戦争バトル形式は同盟戦ストルグ

 【節制】【戦車】【蒼刃】【魔霧】の同盟vs【赤】【女帝】【忍耐】【輝翼】【世沸者】【六花】の同盟。


・代表塔を【節制の塔】と【赤の塔】としての交塔戦クロッサーとする。

 同盟塔主は魔物を代表塔に集め、代表塔の最上階から指揮するものとする。


・【節制の塔】は六~二十階層を使用する。

 入口の一階層には六階層への転移魔法陣を設置しなければならない。


・魔物の総数は千体以内に抑えなければならない。


塔主戦争バトル参加者以外は見ることが出来ない。(神以外)


・神との立ち会いから二日後、朝二の鐘から開始とし勝敗が決するまで継続する。


=====



 こんな感じです。

 私はこの条文を聞いて「すごく普通だな」と思いました。

 ありきたりすぎて逆に違和感があるような……何とも変な感覚です。

 【赤の塔】を代表塔にしているところくらいですかね。一味違うのは。



『至って普通と言いますか、これだと条文を訂正するのが前提のような感じですわね。小賢しい手がお好きなシンフォニア伯らしいですわ』


『わ、私にはよく分からないのですけど、何かこれ思惑があるのですか?』


『おそらくですけれど、こちらの強みと弱みを探ろうとしているのだと思いますわ。詳しく言いますと――』



 まず大前提として、メルセドウにおける中立派粛清の噂をアデルさんもすでに知っているだろうという考えが見えます。

 だからアデルさんを名指しで敵意を向けてきた。

 中立派と王国派の戦いだぞと印象付けているわけですね。


 【節制】のアズーリオさんからすれば、アデルさんに「中立派は焦っている」「意地でも塔主戦争バトルを成立させようと譲歩してくるに違いない」と思われたいと。

 それでこんなにも早く、わざわざ・・・・定型文のような条文を送って来たわけです。



 こちらとすれば早くに受ける必要などないですし却下の一択です。

 ただアデルさんは王国派として中立派と遅かれ早かれ戦わないわけにはいかない。

 つまり却下はするけど無下にはしないはずだと――それはそうでしょうね。アデルさんだって出来れば斃したいはずです。


 そうなると今度は「定型文のような条文を修正する作業」が入ります。

 それはこちらが修正案を提示するか、向こうが第二稿を用意するかという所ですが、後者ならば定型文をベースにしたものになるでしょう。


 条文を決めるためのやり取りというのは「これはやめてくれ」というものの押し付け合いです。

 私が【轟雷】同盟戦でやったような形ですね。駆け引きもありますが基本的には「こちらを有利にしよう」と持っていきたいですから、敵の有利は消したいですし、こちらの有利は増やしたいわけです。


 そこから見えてくるのは「敵の強みと弱み」。

 敵はこちらの何を嫌がっているのか、何を指針として戦おうとしているのか、そういった情報が条文のやり取りの中で探れるわけです。


 アズーリオさんの狙いもそこだろうと。

 焦っているのは本当でしょうが、限られた時間の中でどうにかこちらを探ろうとしている。

 だから定型文のような条文にした。今後修正しやすいように。

 だからこんなに早く申請してきた。条文のやり取りが長引いても問題ないように。



 ……ということだそうです。

 私はノノアさんと一緒に「へぇ~」と聞いているだけです。情報戦とか探り合いとか管轄外なので……。



『逆にこの条文で受けましょうと言った時のシンフォニア伯のお顔も見たいですけれどね。おそらくそれが一番効くでしょうし』


『たわけ。意表は突けても勝負に負けては意味ないじゃろう』


『分かっておりますわ。まぁ何もせずに却下としておきましょう』


『修正案の提示もしないということですね』


『そこまでサービスするつもりはありませんわよ。シンフォニア伯には精々焦って頂きますわ』



 戦力は向こうが上でも、主導権はこちらが握っているのだから、と……アデルさんらしくて良いですねぇ。


 でもアデルさんの説明を聞いて私が思ったのは「アズーリオさんが焦っているのか余裕があるのか分からない」ということです。

 実際はもちろん焦っていると思います。時間に追われているのは間違いないでしょう。


 しかしそれならもっと条文を煮詰めて、ほとんど決定稿のような状態で送ってくると思うのです。

 なにも修正前提で何回もやり取りが必要な条文にする必要はない。

 わざわざそんな条文にしてくる時点で、私には余裕がありそうに思えるのですよ。


 もしかしたらそう思わせるのも作戦なのかもしれませんがね。

 アデルさん曰く、メルセドウ貴族の中でも頭を使わせたらトップクラスだそうですから。アズーリオさんは。

 心理戦とか思考の読みあいとか、そういうのが得意なことで有名なのだそうです。


 だからもう私なんてお手上げです。変に出しゃばったら私がアズーリオさんの手の上で踊らされるだけですから控えておきたいと思います。

 アデルさん、ドロシーさん、フゥさんあたりに全てお任せですね。





■アズーリオ・シンフォニア 42歳

■第487期 Aランク【節制の塔】塔主



 とりあえず申請は却下か。

 手紙も条文も添付なし。まぁ当然と言えば当然だな。



「デルトーニ、そちらの様子はどうだ」


『想像以上に同盟内の会議が活発ですな。良く言えば仲が良い、悪く言えば情報管理が杜撰かと』


「こちらにとっては有り難い話だ。どんどん仲良くなってもらいたいものだ」



 今はやっと【六花の塔】の最上階に″戦車″を潜り込ませたところだ。

 これからシルビア・アイスエッジ経由でどれだけ情報を得られるかが勝負になる。


 デルトーニは【戦車の塔】がAランクに上がったばかりということもあってあまり無茶はさせたくないのだが、今は辛抱してもらうしかあるまい。

 ここを誤ると全てが終わりなのだ。私も出来る限りの手を尽くそう。



 しかし……私の<節制の豊盃>では何度試しても″悪い未来″しか見えぬ。

 普段ならば塔主戦争バトルの申請すらしたくないところだ。それ自体が″悪い未来″と出ていたのだからな。


 とは言え何も動かなくても″悪い未来″というのであればやるしかない。

 やった上で″良い未来″となる時を待つ。そのためにいかなる手も使う。

 やるだけやってダメならば……それでもやるしか道は残されていないのだろう。今はそういう時なのだ。



 バベルの神の悪戯に踊らされている感はある。

 しかしそれでも神に祈るしかない。

 どうか私の<節制の豊盃>に″良い未来″を映し出してくれと――。



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