263:六花の塔の新階層は厄介なようです!



■メロ・イェロ 22歳

■第494期 Cランク【黄砂の塔】塔主



 変化が起きたのは攻撃陣が【六花の塔】の二階層に進んでからだ。

 情報として持っていたのは『氷の洞窟』。一階層から階段を昇れば、氷に覆われた洞窟迷路が出迎えるはずだった。


 しかし画面に広がるのは『森』の景色。

 それも一階層の森とは違い、木々は完全に凍っているし、足首が完全に埋まるくらいに雪が積もっている。さらに小さな雪が強い風と共に舞っているような天候だ。まるで白い靄のようにも見える。



 ランクアップ直後の情報でも『氷の洞窟』だったはずだが……まさかさらに大改装をしていたのか?

 おそらくそうに違いない。事実変わっているのだからそう考えるしかない。


 ……いや、私との塔主戦争バトルのために階層移動した可能性もあるか。


 上層に創ってあった森を二階層に持ってきたと。

 だとすれば本来の二階層より難易度が高くなっているはずだ。

 一階層の続きかのように『森』を並べて、その実は極端に変えている。



「おそらく魔物が強くなっているか罠が凶悪になっているはずよ。気を付けて進みなさい」


『はい、分かりました』



 私はスフィンクスにそう指示を出した。


 様子がおかしいと気付いたのは二階層を探索し始めて少しした頃。

 画面で見る私の攻撃陣は、まるで遭難したかのようになっていた。

 進めども進めども白い景色が映るばかり。一向に森を抜けられないでいる。


 そんなはずはないと直進させていたが改善は見られず、それが『木の配置の妙』だと気付いた時にはかなりの時間が経過していた。


 すでに敵攻撃陣は【黄砂の塔】の四階層手前まで来ていたのだ。それほどの時間、遭難し続けていた。

 慎重な探索を言いつけたこと、森の中をバラけて進ませたくなかったこと、色々と理由はある。

 いずれにしても致命的な時間稼ぎをされていたのは事実で、私は大きく舌打ちした。



 私はゴブリンに散って探索するよう言い渡し、無理矢理ゴールまでのルートを見つけることにした。

 罠で何体か死ぬことがあるかもしれないが幸い配置されている魔物は弱い。Fランクのゴブリンでも何体かで当たれば戦えないこともないだろう。

 一体でも森を抜けられれば声で方向が伝えられるはず。そう思ってとにかく強引に進ませた。


 確かにその策は実った。

 しかし方々に散らせたゴブリンは待ち構えるように配置された敵の魔物に斃された。

 本隊が森を抜ける頃には二十体近くのゴブリンを喪っていた。


 それを悲観している暇などない。敵攻撃陣の進みが速いのだからこちらも速く進む必要がある。

 私はゴブリンキングとスフィンクスに指示を出し、三階層への階段を昇らせる。



 そこは『氷の洞窟』だった。

 話に聞いている元二階層の地形だ。


 なるほど、やはり先の二階層は上層にあったものを階層移動させたということか。

 時間稼ぎに最適な階層を下層に持って来て、一階層ずつ繰り上がっていると。


 おそらく先ほどの二階層が【六花】の隠し玉に違いない。よく考えられた塔構成だと褒めておこう。

 こちらを足止めし、【黄砂の塔】を速くに攻略しようという策略。それは今のところ功を奏していると言ってもいい。


 しかしこちらの防衛は堅く、攻撃陣はゴブリン程度しか減らしていない。

 ここからの巻き返しは十分に可能だ。慌てる必要はない。



 そうして氷の洞窟に足を踏み入れたわけだが、想像以上に地形が厳しい。

 地面からは氷筍、天井からはツララ、歩きづらく戦いづらい、そんな洞窟が迷路状になっていた。


 部隊は当然縦長になるし、飛行系魔物が自由に飛ぶこともできない。

 さらに氷筍に隠れた罠も多い。氷筍そのものやツララに触れることで発動される罠もあるようで、とてもデザートアサシン(B)一体だけで部隊全部をカバーできる量ではない。


 これはもう罠が主体の階層で間違いないだろう。魔物を極力使わず罠で殺すと。


 そう考えていてふと思った――これは【忍耐】の入れ知恵じゃないかと。

 これほど凝った罠の階層というのは【六花】の情報にはないし、どちらかと言えば【忍耐】の特色に近い。

 【忍耐】が【六花の塔】での使えるような罠を教えたのではないか。



 ではひょっとすると先の二階層も【女帝】【赤】【輝翼】が……? 構成的には【輝翼】が一番近いか。

 【彩糸の組紐ブライトブレイド】に加入した【六花】が先達から助言を受け、それを形にしたと……そう考えるのが一番しっくりくる。



 相手は【六花】一人ではない。


 塔も一つ、戦力も一つ分には違いないが、知識や知恵といった面で見れば私は同盟六塔を相手していることになる。



 くそっ……! ふざけた真似を……! 父の仇のくせに……!!



 デザートアサシンの<罠察知>では行き届かず、部隊は幾度かの被害にあった。

 どこにスイッチがあったのかも分からないが中衛のゴブリンナイトやゴブリンメイジにも被害が出たし、後衛のヘルコンドルたちも罠にはめられた。


 十体以上の被害を出し、それでも進むと階層の後半には滝があった。

 洞窟内に滝など不自然極まりない。私はより警戒するよう指示を出した。

 水しぶきを浴びながらもゆっくりと前進させたが……意外にも何の罠もなかった。滝つぼから魔物が奇襲してくるようなこともなかったのだ。



 では何のために滝など配置したのか。観光スポットじゃあるまいし、無駄にTPを使って滝を置くわけがない。

 その疑問は続く四階層で氷解することとなる。



 階段を昇った先の四階層は『雪原』だった。

 ただの雪原ではない。障害物のない平野、足首が埋まるほどの雪、そして――強烈な横殴りの吹雪だ。

 視界が遮られるほどの降雪量ではない。しかし滝の水しぶきで濡れた身体には酷すぎる環境。


 おそらく侵入者であれば探索不可能と魔法陣から撤退するだろう。

 人間以上の耐性を持つ魔物であっても厳しいのは間違いない。実際にその様子は眷属伝達で伝わって来る。


 しかし塔主戦争バトルで撤退などできないし、進む以外の選択肢などないのだ。

 私はとにかく速く突破するように指示を出した。

 その雪原がただの平野だと思い込んで……。



 雪原に入って来てからは魔物が次々に襲い掛かって来た。

 空からアイスバード(D)やスパルナ(C)が魔法を放ち、地上ではホワイトゴート(E)の群れを率いたアイスゴート(C)が駆けてくる。

 雪原を戦場にするのならば任せておけと言わんばかりの機動力だ。私の攻撃陣とは天地の差があった。


 そうした魔物を対処しつつ進みたいところだったが、どうやら雪の下の地面は氷となっているようで、滑るし踏ん張れないし寒さが増すしという状態。


 魔物のランク差があろうが関係ないと、こちらにとっては苦戦する戦いが続く。


 しかもその階層は台地を階段のように上がっていく形状になっているらしく、一段上の台地に行くには坂を登る必要があったのだ。

 階段状の台地の継ぎ目が登坂となっているような構造。これは普通に進むだけでも厳しい。


 それに引き換え山羊は苦もせず走り回り、上の台地から魔法まで撃ち始める。

 制空権も握られ、こちらは耐えながら何とか進むといったことしか出来なかった。



 ここで多くの魔物が落ちた。サンドウルフ、ゴブリンナイト、ゴブリンメイジ、ゴブリンリーダー、ヘルコンドル、ステュムバリデス……四十以上もの魔物を喪ったのだ。


 残りは高ランクが多いとは言え、数は半分まで減っている。

 その残り部隊も予想以上に体力や魔力が消耗しているし、万全とはほど遠い。

 スフィンクスの神聖魔法も使いすぎて途中からは控えさせたほどだ。



「くそっ……! くそっ……! くそっ……!」



 今にして思えば一階層は油断を誘う為に難易度を下げていたのかもしれない。

 二階層で時間を稼ぎ、三階層で罠にはめ、四階層で魔物を嗾ける。それも『寒冷』独特の地形を巧みに使ってだ。


 手法も塔構成もバラバラなのに一連の流れを見ると、まんまと策にはまっている……そんな恐ろしさが苛立ちとなって表れていた。



 続く五階層。今度はどんな階層が待ち受けているのかと戦々恐々しながら画面を見つけた。


 そうして視界に入って来たのは……『氷河』か?

 氷の大地はひび割れ、10㎡程度のブロックが所狭しと並んでいる。

 そしてそのブロックが動いているのだ。海流のせいなのか左右に氷が流されている。


 連結階層ではないから氷の下の海から魔物が襲ってくるようなことはないはずだ。

 しかし地面そのものが動き、そして滑りやすいというのは今までの階層以上に困難かもしれない。



 そもそも一つのブロックに全ての攻撃陣が乗ることもできないから、必然的に部隊がバラけるのだ。


 最初、なるべく固まらせようとゴブリン部隊をまとめて一つのブロックに乗せようとしたが、その重さで氷が傾き、何体ものゴブリンナイトと貴重なデザートアサシンが海に沈んだ。つまりは地面そのものが罠ということだ。


 私は一つのブロックに十体くらいを目安とし、小隊を組ませて進ませることにした。そうしなければ進めない階層なのだとようやく分かった。



 大部隊を分割させるための階層。

 その目的は即ち――各個撃破だろう。

 つまりは小隊を斃すための戦力が控えているはずだ。先に三つ見える洞窟の先に……。


 スフィンクスたち飛行部隊でどこまでフォローできるか、だな。

 私は歯噛みしながら画面を見続けた。




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