142:アデルさんの新塔主指南ですⅡ



■シルビア・アイスエッジ 22歳

■第501期 Fランク【六花の塔】塔主



 私の【六花の塔】創りが始まった。

 とにかく最初は覚えることや考えることが多く、頭を悩ます。


 これでは適当に塔を創ってしまう新塔主も多いだろうし、それでプレオープンに臨むとなればきっと死ぬより辛い目にあうのだろう。そう思わせるには十分なものだった。



 だからこそアデル様の存在が本当にありがたかった。

 普通ならば先日のようなアドバイスを頂くことなどできないだろう。

 王国派でいてくれてありがとうと心の中で実家に感謝した。



 アデル様からのアドバイスは本当にためになるものばかりで、新塔主としての心構えや、塔主目線・侵入者目線のどちらをも意識することの大切さ、今後の目標とそれに向かってどうしていけば良いか、など多岐に渡った。


 こんな情報は金貨数百枚レベルのものだ。

 今まで何年もバベルに挑み、玄人を気取っていた私は本当に『海を知らぬ池の小魚』だったわけだ。

 猛省し、意識を改善させなければならない。恩義に報いるためにも。



 さて、始めにとりかかったのは『TP補充用の眷属』を創ることだ。

 これもアデル様から言われなければ構想の埒外だったことで、しかし説明を受ければ納得できるものであった。


 召喚したのはジャックフロストという精霊種。Cランクで650TPもした。眷属化で計1,300TPだ。


 氷魔法が主な攻撃手段で、寒冷地帯のみに生息する精霊。

 最上階やバベルの中は大丈夫なのだろうかと思いつつ、召喚可能となっていることだし試しに召喚してみた。

 もしダメなら一階層か二階層で使おうと。



 結果は大丈夫そうで、しかしやはり寒冷地帯が好きらしい。眷属化したあとでそう聞いた。

 名前はジャックとそのままだ。私にネーミングセンスなどない。


 ジャックには一日の最後に宝珠オーブに触れ魔力を補充する役目を言いつけた。

 もちろん私もやるが。アデル様ほどとは言わないが魔力量には自信がある。



 それと「重要だ」と言われた生活環境だが、これはもう数日待ってほしい。私は現状最低限の寝床と食事で十分だ。

 ストイックに向き合いたいという気持ちもある。気合いを入れる為だな。

 重要だと仰られるのは理解したのでそのうち創りはすると思う。あくまで最優先ではないというだけだ。



 そして塔主二日目。いよいよ塔構成を考える。


 地形も魔物も『寒冷の塔』に限定はされるが、その中でも色々とやりようはある。選択肢は意外と多い。


 私がまず考えたのは「とりあえず探索しやすい塔にしよう」ということだ。

 一歩間違えれば攻略される危険性がある。しかし結果を残すためには侵入者に多く入ってもらわねば話にならん。


 従ってFランク冒険者でも足を運びやすく、ある程度は進めるという難易度。

 それでいて印象に残るような困難さ。この両立が求められると思うのだ。



 私の塔へと挑戦した侵入者はその話をギルドで言い触らすに決まっている。

 シルビアの塔はこんなだったぞ、と。

 それを聞いた者が「挑戦してみよう」と思わなければダメなのだ。


 大雑把な構成としてはこのような感じだ。


=====

一階層:雪道の森

二階層:氷の洞窟+ボス部屋

三階層:最終決戦場+宝珠オーブ+生活区画

=====


 一階層は屋外の森。地面は雪を積もらせるが普通に歩ける程度だ。膝まで埋まるようなものではない。

 雪の量を増やしたり、吹雪かせたりといったこともできるようだがまだ止めておく。

 あくまで「寒冷の塔で屋外構成だな」と思わせるに留める。


 森の中央部には強めの魔物、左右に弱めの魔物が望ましい。侵入者にルートの選択権を与えるということだ。


 アイスウルフはやりすぎだろうか。しかしスノーラビットでは弱すぎるだろうし……アイスバードを組み合わせて……。

 ふむ、とりあえず魔物配置は後回しにしよう。



 そして二階層は屋内の洞窟だな。こちらは一階層以上に足元が危険。

 Fランク冒険者ならばおそらくジリジリ進むはめになるだろう。


 迷路っぽくもするつもりだがそこまで難しいものではない。500mの階層で難しいことはできない。

 道幅もある程度の広さが欲しい。そのほうが戦いやすいし警戒もしやすい。


 屋内地形ということで罠もいくつか置きたい。

 これこそ今までの経験が活きると思っている。嫌らしい罠などいくらでも見てきたからな。


 二階層の特に後半となれば全力で討伐を狙えるような罠にすべきだ。

 ここで手心を加えるのは嘗めているというもの。侵入者に失礼だ。



 二階層の最後にはボス部屋を構えるつもりでいる。

 ただしフェンリルは私と共に最上階で待ち受けるつもりなので、別の魔物を用意しなければならない。

 ジャックでは不十分だろう。それこそアイスウルフの群れとかでもありかもしれない。



 と、色々考えながら数日かけて塔を創ってみた。

 創っては実際に歩き、適宜修正するというのを繰り返した。

 たった二階層でとんでもない労力だ。これに慣れているアデル様たち先達は本当に尊敬する。



 四日目には街に繰り出し、パーティーメンバーと会って来た。随分と懐かしく感じる。

 私の代わりのメンバーはまだ決まっていないようだったが、しばらくは慌てず地道に活動するらしい。


 私の近況も聞かれたが下手に塔の情報を言えない立場になってしまったのでそれがもどかしい。本当ならば意見の一つでも聞きたいのだがな。


 メンバーからは新塔主のリストを受け取った。これは彼女たち経由で依頼していたものだ。私を含む新塔主の名前や神賜ギフト、塔名が一覧になっている。



「シルビアも注目されてるみたいだけど、やっぱり【浄炎の塔】が一番の注目株ね」


「【荒天の魔女】ダリアか。まさか同期にそんなのがいるとはな」


「フェンリルとシルビアが組めば斃せるんじゃない?」


「向こうが一人で私が宝珠オーブから離れられる状況ならな」


「ははっ! そりゃそうか。塔主様は大変だ!」



 ともかく受け取った塔主のリストをありがたく頂き、帰ってからは勉強に勤しんだ。

 歴史の書籍なども出来る限り持ちこんでいる。それと見比べてどんな同期がいるのかとチェックしていた。


 ……ジョセフォード・ランブレスタ子爵が【羽虫の塔】とはな……貴族派だとはいえ同情を禁じ得ない。



 六日目には再びアデル様と『会談の間』で会議を行わせてもらった。

 明後日からプレオープンということで最終確認のような感じだ。私の塔を審査して頂く。


 構成、魔物配置、罠配置など余すところなくお伝えした。アデル様を前に包み隠すような真似はしない。



「ふむ……ジータはどう思います?」


「うーん、新塔主の塔では上手い部類に間違いねえ。やりたい事も分かるし狙い所もいいんじゃねえかな」


「ありがとうございます」


「ただちょっと危なっかしいな、とは思うな。もう少し難しめでも良さそうに思うが」



 ジータ殿から見て、侵入者に攻め込まれる可能性があると。

 私もそれは感じていた。Fランクを甘やかしすぎかな、とは。

 困難すぎても客足が引くと思い、なるべく奥まで侵入できるよう気は配ったのだが。



「最悪、攻め込まれたら嬢ちゃんとフェンリルで対処するつもりだろ? だがその戦場は宝珠オーブのすぐそばだ。せめて決戦場と宝珠オーブの間に壁でも創って扉で行き来するようにしたらどうだ? しかも出来れば二重扉で」


「なるほど。参考になります」



 塔の最上階は広々とした玉座の間という印象だったので広大なスペースのままだったのだ。

 召喚を行うにも宝珠オーブの前にスペースはいるし、壁で閉ざすという発想はなかった。

 そうした塔もあるのだな。



「シルビアさん、今TPはどれほど余っていますの?」


「今は670です」


「ギリギリですわね」



 これもアデル様に言われて初日から魔力の補充に励んだ結果だ。

 あれがあったからここまでの塔を創れて尚、670TPが余っている。

 しかしギリギリと仰る意味もよく分かる。魔物の自動リスポーンの件だろう。



「となれば例えばここのアイスバードやここのアイスウルフは絶対に斃させないくらいのつもりでなければいけませんわ。討伐できれば黒字でしょうがそれを期待しすぎても失敗のもとですし」


「はい」


「ここのスノーラビットを一体こちらに移動して囮とし、時間差でウルフをけしかけるとかでもいいですわね。兎程度はいくらでも狩らせていいのですから」


「なるほど……」



 魔物を狩らせてそれを罠とする。その為の配置を考えろということか……それは完全に塔主としての考え方だ。


 冒険者の私ではなかなか難しい。

 自分が探索している時、魔物が連続して襲って来てもそれを「配置による罠だな」とは思わないからな。



「それと無駄な魔物配置が少々気になりますわね」


「無駄、と言いますとどこでしょう」


「例えば二階層のこちら。おそらく通路の突き当りに迷い込んだら仕留めるように配置しているのでしょうけれど、ここの道に入るのは百人中十人いるかどうかでしょう。強襲の為の魔物ならばもっと弱くても問題ないかと」


「迷い込んだ者を確実に仕留めようと思ったのですが」


「突き当りに逃げるようにけしかけるならばありですわ。しかしこの配置では順路に逃がすようになってますでしょ? Fランクの侵入者なんて強襲されたら脱兎のごとく逃げますわよ?」



 そうか。強襲されてその場で戦うということを選択しないのか。

 急に魔物に襲い掛かられたら逃げるという前提が必要なのだな。

 これは完全に失念していた。そういえば私も若い頃はそうだったかもしれない。



「あとは二階層で少し坂道とかあっても面白いですわよね。それこそ突き当りに向かって少し下がるような。そうすればより逃げにくくなるでしょうし」


「氷の坂道ですか。それは確かに難易度が増しますね」


「坂道程度でしたらTPも使いませんしね」



 本当にありがたいアドバイスがゴロゴロ出て来る。

 メモをしながら聞いているがもうすぐ紙いっぱいになりそうだ。



「あと俺から言わせてもらえりゃ、Fランクの連中なんてろくな斥候抱えてねえからよ。<気配察知>も<罠察知>もないものと思っていいぜ。そのくせ引き際を知らねえからかなり無茶な探索をしてくるはずだ」


「プレオープンは特にそうですわね。誰より先にと突貫してきますから。初日の勢いが一番激しいですわよ?」


「心しておきます」


「逆に言えば初日の討伐数がどれだけ伸びるか。それとどの程度情報を持ち帰らせるか。それで二日目以降の客足が変わりますわね」



 斃すことと、生きて帰すこと。なんとも両立し難い問題だ。

 しかし言わんとしていることは分かる。



「では最上階に上って来るとすればやはり初日でしょうか」


「わたくしは二日目か三日目と見ていますわね。初日の情報を得てから挑戦してきた慎重な偽Fランクが来るのではと」


「偽Fランク……傭兵や騎士などですか」


「まぁそれでも最高でCランク程度を想定しておけば問題ないですわ。シルビアさんならば楽勝でしょう」



 Cランクパーティーが相手となれば私も手傷を負うかもしれないのだが……まぁフェンリルもいるし大丈夫、だよな?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る