174:霧雨の塔が何か企んでいます!
■デックエルト 18歳
■Eランク冒険者 パーティー【印銀武零】所属
「は? 【春風の塔】が改装したのか?」
俺たちのパーティーがギルドへと帰って来た時、同じEランクの別パーティーのやつがそんなことを言ってきた。さもニュースかのように。
【春風の塔】は数あるEランクの塔の中でもあまり人気のある塔とは言えない。
塔主がエルフってことくらいしか注目点がなく、あとは魔物が狩りやすいから多少の小遣い稼ぎになるかなというくらい。
森を主体とする屋外構成だから罠も少ないし魔物も散発的。
良く言えば攻略に向いている。悪く言えば価値の低い塔だな。
じゃあ攻略しちゃえよと言いたいところだが問題は最上階らしい。魔物は大したことなくても塔主が厄介だと。
正確には塔主が強いのではなく
これはプレオープンの頃から言われていたことらしく、楽に最上階まで攻略したパーティーも最後の最後でその弓にやられたらしい。
それからずっと【春風】は最上階が鬼門とされ、余計に人気がなくなったというわけだ。
で、そんな【春風】が改装したって? そんな驚くようなことじゃあるまい。
「いや全然変わってんだよ。今までのは何なんだってくらいにな。塔主が変わったんじゃねえかって話まで出てる」
「塔主が変わるわけないだろうが」
「そのくらいってことだよ。とにかく攻略のしにくさが半端じゃねえ。【春風】のくせに」
攻略しにくい【春風】ねぇ。そう言われても正直あまり惹かれないんだが。
でも一回は行ってみるべきか。メンバーと相談してみよう。
■ザリィド 34歳
■第486期 Bランク【霧雨の塔】塔主
俺がバベルの塔主となってから十六年目を迎えた。
相変わらずここは命が軽く、周りは敵しかおらず、そして――素晴らしく
侵入者からも塔主連中からも命を狙われ、その中で生き続ける。
長年やってりゃ麻痺してきそうにも思えるが、実際は逆だ。
バベルの上に近づけば近づくほどにその恐ろしさは増えていく。
俺の命を狙っているのは侵入者でもなく塔主連中でもなく――。
抗いようのない中で抗うさまはさぞかし滑稽だろう。
こんなに理不尽でこんなに恐ろしい場所など世界でここしかないだろうと思う。
しかし、それでも俺にとっては素晴らしく
なんせここでは貴族も商人も大人も子供も関係ない。
誰が誰を殺そうが称えられるよう
仮にどこかの王様を殺したのが俺のようなスラム出身の元浮浪児だったとしてもな。
「はあ? 今月分が足らねえだと? そりゃ同盟破棄でいいってことか?」
『す、すみません! もう少しでTPが溜まりますのでそれまで待って頂ければ……』
「こっちは商売で稼ぐなりTPで稼ぐなりしやすいように金で支払えって言ってんだぞ? 塔主だったら如何様にもできるだろうが。ちったあ頭使えや」
『す、すみません……』
低ランクの塔主を同盟で囲い、金で名前を貸す。これはランクが上がったから出来る手だ。
TPが足りずに侵入者の存在に怯える塔主なんざいくらでもいる。
少し考えりゃ高ランク塔主の同盟なんて無意味だって分かるだろうにな。それでも縋りてえって馬鹿がいるもんだ。
【煙水の塔】のファルタム・ズーロもその一人。
プレオープンで何回も殺されたのを未だに引きずっているらしい。
バベリオの街にあるジャーマン商会を利用しろと言ったらその通りに動いて金を作っていたようだが、商会が潰されてからは資金繰りに困っていると。
だったら塔構成を勉強して見直してTPを稼ぐようにするのが普通の思考だと思うがこいつ――同盟の連中全てそうだが――はそんなことも考えられねえ。
まぁいずれ侵入者に殺されるのがオチだな。
その前にどこかとバトらせてそこの情報を得るのに使いたいもんだが。
縋るだけしかできないヤツは死ぬ。頭を使わないヤツは死ぬ。
それはバベルもスラムも同じなんだよ。
スラムじゃ大抵のやつがすぐに死ぬ。
飢えて死ぬか、理不尽な暴行を受けるか、捕まって奴隷行きか、魔物に殺されるか。まぁ色々だ。十歳まで生き残れるヤツのほうが少ない。
そんな中で俺は生き抜いて、ありきたりな闇組織に所属し、そしてなぜか塔主に選ばれた。
生きるってのは
塔主として生きるためには、まず塔主としての知識が必要になる。
伝手も金もねえ俺はそこで苦労した。
最初の頃は身分を隠してバベリオの街で情報収集に明け暮れる毎日だった。
一年も経つ頃には他の塔の知識が必要になってくる。
どんな塔主か、どんな塔構成か、斃すかそれとも近づくか。
どう利用すれば俺の役に立つかってな。
「どうしても金が払えねえってんならそこいらのエルフでもいいぜ」
『エ、エルフですか……エルフ塔主の塔を落とせと……?』
「出来るんならそれでもいいが、俺の言ってんのはバベリオにいるそこいらのエルフだ。探しゃあどっかにいるかもしれねえだろ」
『は、はぁ』
「エルフを捕まえりゃ俺が三十万スーアで買おう。それで足しにしてもいいし、普通に金で払ってもいい。もし一週間でどちらも用意できなければ同盟破棄だ。いいな?」
『は、はいっ、ありがとうございます!』
俺が今進めている計画にはエルフを使うのが一番効率的だ。
しかし街で見かけるエルフなんざ早々いねえし、いたって冒険者として名を馳せているヤツばかりだ。そいつらを拉致るのは無理がある。
俺の塔に来てくれりゃあやりようがあるんだけどな。今のところ皆無だ。
だがバベリオは国に縛られない自治都市だから、潜り込んでいる可能性もある。全く戦えないエルフが。
塔主だったらいるんだがな。【緑】は別としても【聖樹】【紺碧】【春風】と。
こいつらは単純に捕らえるってことができねえから手順としては面倒くさくなる。ファルタムごときじゃ無理だ。
俺の方からは
上手い事いけば弱っちい塔主からエルフの里の情報を探れるんだが……。
ファルタムが本気で使えなくなったら【春風】あたりとバトらせるか。
それで負けさせた上で情報を得る。で、同盟のやつらを順々に仕掛けさせるか俺が直接できるんならそれでもいい。
エルフを捕らえるのは今の優先事項だ。
しかし闇組織の一員だったというクソみてえな経験が塔主となって活きるとは思わなかったな。
バベリオにも闇組織の一つくらいはあると思っていたが、そこから得られた情報は俺にとって価値のあるものだった。
まさか
名のある塔主が闇組織と繋がっているだなんて世間的には大ニュースだ。
だが俺は公表するつもりもないし、脅すつもりもない。それで得られるものなんて微々たるもんだ。
利用するなら最大限に利用する。その為に頭を使う。
エルフの存在は俺にとって下剋上の一手になりうるはずだ。
となればやはり塔主のエルフと並行してバベリオの街も探るべきだな。
街の情報を集めるだけじゃ弱い。もっと広い、各地の情報が欲しい。
闇組織を使ってもいいんだが……
あいつは俺と同じ穴の狢。利害は一致する。
情報を漏らすのは痛手だが、それを持ってヤツが動くとすれば……俺も一枚噛ませてもらえば実利がデカいな。
少なくともそれで俺が不利を被ることはない。
よし、軽いところから聞き込んでみるか。
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