331:世沸者の塔が仕掛けました!



■フォルア・ゴルドン 50歳

■第491期 Cランク【魔導書の塔】塔主



=====


 【世沸者の塔】から塔主戦争バトル申請がありました。

 形式:攻塔戦アディケイト 攻撃:世沸者の塔 防衛:魔導書の塔


    受理   却下


 ――手紙添付なし――


=====



「これをどう見るか。オルフェウス」


「ピンチでもありチャンスでもありますか。まぁ前者寄りですが」



 突然に来た通知に頭を悩ませた私は、隣に立つオルフェウスに思わず問いかけた。

 オルフェウスは【魔導書の塔】のSランク固有魔物。六本腕の亜人系魔物だ。

 非常に知能が高く、私の良き相談相手となっている。Aランクよりも先にSランク固有魔物を召喚して正解だ。


 オルフェウスが言いたいことも分かる。

 【世沸者の塔】はかの有名な【彩糸の組紐ブライトブレイド】の五番手。二年目のDランク70位である。

 私が十一年目のCランク69位。わずか一つ上ではあるが、だからこそパレードの際すぐ後ろで大声援を受けていたことが鮮明に思い出される。



 【世沸者の塔】は『謎解きの塔』として有名だ。武力を用いない知力の塔。

 かつては『弱き者の塔』と揶揄されていたようだが、今となってはそのような評価をする者もいない。


 その一番の特徴と言えば、武力が通用しない塔であるが故に、Sランクの侵入者であろうとも攻略は不可能と言われるほどの防衛力。塔の独自性を大いに活かした堅牢な塔であるのは間違いない。



 その【世沸者】が私に塔主戦争バトル申請をしてきた。

 理由の一つとしてはやはりランキングで一つ上というのが挙げられる。まさに目の上のたんこぶだからな。

 かの同盟は反貴族主義・反人間至上主義を謳っているが、私はそれに該当しない。だからランキングくらいしか思いつかない。



 ではなぜ攻塔戦アディケイトの、しかも【世沸者】が攻撃側なのかと。


 それはつまり攻撃陣として使える魔物もいるということだ。噂ではスライムとフェアリードラゴンしかいないようなことを言われているが、何かしらいるのは間違いない。


 考えられるのはかの同盟が斃した塔の魔物。【魔術師】【傲慢】【青】【風】などなど高ランクの塔から得た召喚権利で、戦力を作っているに違いない。



 その中で攻撃陣を組むとして考えられるのは……【魔術師】【死屍】のアンデッド、魔法使い系魔物。【傲慢】の悪魔系魔物。【風】の鳥系と獣系魔物が有力か。攻撃陣のみを考えた場合は、だが。


 おそらく【世沸者】はリッチ(A)を用意しているのではないか。

 私の塔の魔物は魔法使い系が多い。リッチには神聖魔法しか効かないから優位に立てると、そう思ったから申請してきたのではないだろうか。


 だとすれば私の塔は有利になる。

 こちらにもリッチもいるからな。リッチにはリッチをぶつければ良い。

 仮に他の魔物が主体だったにしても魔法使い系魔物で対処は可能だ。



 そう考えれば一番人気の【彩糸の組紐ブライトブレイド】の一角を落とすチャンスとも言える。

 だが不気味なのは間違いない。かの同盟が今までにいくつ常識を打ち破って来たか。それを考慮すれば単純に有利と捉えるのもどうかと思うのだ。



 非常に悩んだ。却下するのは容易い。しかしチャンスでもある。

 仮に【赤】か【女帝】が諜報型限定スキルを持っていたとしてもオルフェウスの能力や私の神授宝具アーティファクト【未完の魔導録】の効果までは分からないのだから。


 【世沸者】は自分が有利だと思ったからこそ申請をしてきたはず。そこを罠にはめることも出来るのでは……。



「……受理するか」


「分かりました。お任せを」





 私はそれからもオルフェウスとの相談を重ねた。

 万が一にも失敗は許されない。

 考えうる全てのことを踏まえ塔構成や魔物の配置の見直しを行った。


 これならば相手が仮に【世沸者】でなく【忍耐】や【輝翼】であろうとも勝てる。

 そう確信できたのは塔主戦争バトル当日の朝だった。



『はーい二人とも準備はいいかなー』


「はい」『は、はいっ』


『じゃあ始めるよー! 制限時間は六の鐘まで(約12時間)! 攻塔戦アディケイト! 攻撃側【世沸者の塔】! 守備側【魔導書の塔】だ! 塔主戦争バトルスタートっ!』



 半日守りきれば勝ち。敵攻撃部隊を殲滅しても勝ちだ。

 しかし殲滅を狙うというのはほぼ不可能。敵も時間との勝負のつもりで最初から猛攻を仕掛けてくるだろう。


 最初に主力の全てを投入し、一気に攻略を狙う。これが攻塔戦アディケイトにおける攻撃側のセオリーだ。


 従って防衛側はその第一陣をいかに防ぐかが重要となる。時間を掛けさせて上層で一気に潰すか、それとも最初から潰しにかかるか、削るにしてもいかに削るか。最悪は半日防衛しきるつもりで守ると。



 第一陣さえどうにかできれば第二陣以降は考えずとも良い。

 主力ばかりの第一陣を殲滅できれば第二陣は雑魚の群れとなる。おそらく最後まであがくつもりでどんな魔物でも投入はしてくるだろうがな。そういった意味で殲滅・・は不可能なのだが。


 最初に侵入して来る【世沸者】の軍勢。それが敵戦力の全てと言ってもいいだろう。

 そう思い、私はオルフェウスと共に画面で転移門の様子を見ていた――のだが……。



「……は? い、一体だけ? いや、スライムもか?」



 転移門から入って来たのは一人の少女だった。

 いや、【世沸者】の神授ギフト神造従魔アニマのスライムのはずだから神定英雄サンクリオのわけがない。つまりあの少女は魔物だと言うことだ。


 そして少女が頭に乗せているのは天使の輪をつけた真っ白いスライム。これもまた知らないスライムだった。



 二体――たった二体だけ。

 武器も持たず、構えもせず、ただ散歩するように【魔導書の塔】へと侵入してきたのだ。


 パッと見で人にしか見えない魔物もいる。ヴァンパイア(A)やルサールカ(A)、亜人系にもいるだろう。

 私はルサールカかとも思ったのだが、私の知るルサールカは女性の姿であって少女の姿ではない。


 ならばあの魔物はなんだ? 固有魔物か? あのスライムは? スライムばかりの【世沸者の塔】だからこそ召喚可能な高ランクスライムなのか?



「フォルア様、【未完の魔導書】を」


「お、おう、そうだな」



 私は混乱する頭で神授宝具アーティファクトの頁をめくった。

 私の持つ【未完の魔導書】は『塔に入った者の魔力情報を記録する』という効果だ。

 侵入者にしても魔物にしても、その者の持つ魔力の強さ、属性、弱点属性が分かるという代物だ。


 これにより敵の強さも大体分かるし、私が召喚できない魔物でも塔主戦争バトルで一度でも侵入すればその情報が手に入る。そうして自動で情報が蓄積されていくのだ。



 未完の魔導書は新しい頁に、少女とスライムの情報を記しだす。つまり、今までに出会っていない魔物で間違いない。


 その詳細を見れば――



=====

・ヨグ=ソトース 魔力:A+ 属性:なし 弱点属性:なし

・エンジェルスライム 魔力:A+ 属性:神聖 弱点属性:闇

=====



「な、なんだこれは……!」



 間違いなく二体とも固有魔物。スライムにしてもただの高ランクスライムであれば私の召喚リストにも名前くらいは載る。例え召喚不可能な表示であっても名前くらいは分かるはずなのだ。


 しかしエンジェルスライムなど見た事もない。ヨグ=ソトースという名前もだ。そんなものは固有魔物しかありえない。



 二体ともに【世沸者の塔】の固有魔物だった場合、SランクとAランクということになる……だろう。

 私の知る限り『六元素エレメンツ二十神秘アルカナなどまとめて呼称される名塔はSランク二体』、『それ以外の塔はSランクとAランクの一体ずつ』となっているはず。


 中にはそれに沿わない特殊な塔があるかもしれないが……【世沸者の塔】が特殊な塔であるという保障もない。二体ともAランクと考えるのは浅慮だし、かと言って二体ともSランクと考えるのも不自然すぎる。



『魔力:A+』というのは相当な高さだ。

 私のSランク固有魔物【六道魔導オルフェウス】が『魔力:S』だが、これはオルフェウスが魔法に特化した魔物だからこその値。

 普通のSランク固有魔物にしても『魔力:A+』は高い部類だし、Aランク固有魔物であれば魔法に特化していると言っても良い。


 しかもヨグ=ソトースという魔物の『弱点:なし』というのは何だ。

『属性:なし』という魔物は他にもいる。分かりやすいところで言えばゴブリンだ。

 だがゴブリンにしても『弱点:火>水風土闇聖』という表記になる。『属性魔法には弱いが中でも火に弱い』ということだ。

 魔法防御が優れているリッチでも『聖』という弱点は残る。『弱点:なし』というのは私も見たことがない。



 それが意味するところは――″魔法無効″ということだろう。

 嫌な汗が流れるのを感じる。


 この魔物を持っていたからこそ【世沸者】は私に仕掛けた。

 だから攻塔戦アディケイトの攻撃側でも勝てると踏んだ。

 だからたった二体で――



 ――というところで転移門にまた反応があった。少女とスライムはすでに50mほど先にいる。


 第二陣と言うには早すぎる。本隊と言うには遅すぎる。そんなタイミングで敵の軍勢が侵入してきたのだ。



 未完の魔導書は次々に更新されていく。

 まずは色とりどりのスライムの群れ。


 アサシンスライム(D)、シャドウスライム(B)、メタルスライム(B)、ファイアスライム(C)、ウォータースライム(C)、ウィンドスライム(C)、ロックスライム(C)、ホーリースライム(B)、ウィングスライム(B)……。私の知らないスライムばかり。約百体。


 そしてすでに記載されているリッチ(A)とスケルトンナイト(C)、さらにはデスリーパー(A)とレジェンダリスケルトン(B)が新しく記載された。

 このアンデッド部隊が約五十体。



「な、なんなのだこれは……! こちらが本隊か!?」



 私が予想していた【世沸者の塔】の攻撃陣――それにしても数が多いしデスリーパーなどが余計だが――がまさにこの本隊だったのだ。このような陣容だろうと。


 それに先行する二体の固有魔物のおかげで全く理解不能になる。

 白いスライムはまだいいとしてもあの少女――ヨグ=ソトースとかいう魔物が不透明すぎる。



「フォルア様、一先ずあの二体に集中しましょう。本隊のほうはどうとでもできます」


「……そうだな。少し落ち着くか」



 あの固有魔物さえどうにかできればリッチだろうがデスリーパーだろうが問題はない。

 半日持たせれば勝ちなのだ。徹底して防衛することを心掛ければいかに魔法無効の固有魔物とは言え、私の塔を攻略することなど不可能に違いない。

 私は改めて画面を注視し始めたのだ。




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