212:まずはこちらから仕掛けます!
■ケィヒル・ダウンノーク 50歳
■第483期 Aランク【魔術師の塔】塔主
この二日間は十数年の塔主人生の中で最も心の休まらなかった時のように思う。
そうして迎えた今日、いよいよ決戦の時となった。
すでにコパン、ノービア、ザリィドには策を伝えてある。
これをもって敵を討ち破る――それも、あまり時間を掛けずにだ。
普通に考えれば今回の
長期戦は戦力を有するほうが有利であり望むところではあったのでそうした条文にしたのだが、今となっては枷になってしまった。
一昨日、昨日と<青き水鏡>で探ってもゼノーティア公のご様子は変わらないという。
アデル・ロージットの言を信じるならば今日、明日にでも国軍が立ち入るかもしれないのだ。下手すれば
すでに商業ギルドへと速達は出しているが、メルセドウの動きを迅速に掴まねばこの
手を
だからこそ一刻も早く
アデル・ロージット討伐の報をメルセドウに届ける為にも。
神の号令により
私はウィッチクイーン(A)を指揮官とする先遣隊百体少々を【赤の塔】へと送り込み、まずは様子を見る。
これで【女帝】が攻め込んで来るようならばSランクなどをまとめてメイドに当て、早々に潰さなければならない。
メイドさえ斃してしまえばあとは恐れるものはない。一気呵成に攻めるのみだ。
そう思っていたのだが……転移門からどの軍勢も入っては来ない。
まさか全く攻撃せずに防衛だけを考えているのか?
と思案していたところで画面のノービアが声を上げた。
『こちらに来ました! メ、メイドが攻撃陣を引き連れて侵入してきました!』
【女帝】は【宝石の塔】を選んだか……!
「ノービアよ、作戦通りだ。まずは全力で足止めと防衛に専念しろ。攻撃陣は先遣のみを適当に進ませればそれでよい」
『ハッ! 承知しています!』
「【女帝】の陣容は?」
『メイドの他に例のヴァンパイアのクイーンと、ウィッチクイーン、それに――』
クイーン二体と他はB~Aランク。数は五十ほど。
これはあまりに少なすぎる。【女帝】の戦力はすでに調べてあるのだ。他にクイーンが四体いるのも知っているし、Aランクの魔物が何体いるのかも知っている。
おそらく私の軍勢が侵入してくる可能性を考慮して守りを固めているのだろう。
その上で【宝石の塔】を攻略できるよう、メイドと最低限の攻撃陣を乗り込ませた。
しかしその思惑は外れた。【女帝の塔】に乗り込んだのは【宝石】の先遣だ。
ただその侵入者は先遣と呼ぶにも貧弱。ならばそれを早々に殲滅しメイドに合流させる……と動くだろう。
合流させるにも多少の時間が掛かるだろうし、それまでメイドは本格的な攻略が出来ないとなれば、益々こちらに有利となる。
ノービアに時間稼ぎをさせる、その第一段階は成功したと言えるだろう。
私としては【赤の塔】をさっさと潰しノービアの援軍に回りたいところだが……未だ私の塔に入って来る軍勢はいない。
『私のところには全く入ってきません』
『こちらもですぜ。守りを固めると言っても極端すぎる。これじゃまるで
どうやら【青の塔】にも【霧雨の塔】にも侵入者はいないらしい。
一番気にすべき【女帝】の所在は分かった。残るのは【赤】【忍耐】【輝翼】。
しかしこれではどの塔がどこを攻めるのか、全く分からない。
普通に考えればこちらは全力で攻めるべきだ。向こうが攻めて来ないのをいいことに、こちらが一方的に攻める。
だが今回の
それが【女帝】の【宝石】攻略待ちなのか、それともこちらが攻め込んだタイミングを狙っているのか……といったところだろう。
前者ならば攻撃陣にほぼ全ての戦力をつぎこんでさっさと攻略するべきだ。
【女帝】が【宝石】を先に斃してしまうと数的優位を作られる上、メイドを自由にさせてしまう。
後者ならばそこまで戦力を割くわけにはいかない。防衛にも余力を残すべきだ。
英雄ジータもそうだが【輝翼】の
私の塔ならばどの軍勢が来ても対処はできるが【青】と【霧雨】はどうか……。
やたら攻撃陣を厚くしたところで虚を突かれるように攻められれば、それを薄くなった防衛陣で守りきれるのかという不安がある。
どこの塔がどういった攻撃陣で侵入してくるかを見極めてからでなければ、確実に勝つというのは難しいかもしれぬ。
「メイドが来ないと確定した我々の塔は予定通りに攻撃を厚くする。攻略を優先するのだ。
しかし一応警戒は怠るな。いつどのような戦力が攻め込んで来ても対処できるよう自塔を整えておけ」
『はい、分かりました』『了解です』
こう指示を出しておくしかない。
攻略速度は最速とは言えなくなるが、それでも【忍耐】【輝翼】には大きな圧力がかかるはず。
となれば奇襲のように攻撃陣を送り込んでもそれは無謀な特攻にすぎない。残す防衛陣で対処できるはずだ。
私のほうの防衛は最低限でいい。【赤の塔】の攻略に全力を注ぐ。
アデル・ロージットは攻撃に転じる余裕もなくただメイドを待つしか出来なくなるはずだ。
そうして固めた防衛陣でも食い破れるように、相応の攻撃陣を送り込まねばなるまい。
となればメイドが攻め込んで来た時用に布陣していた防衛から攻撃の第二陣を組んで送り出さねば――
そう考えていた時、悲痛な叫びとも言える声がノービアの画面から聞こえた。
『ケ、ケィヒル様!』
「どうした!」
『メ、メイドたちの攻略速度が尋常ではありません! 私の塔の様子をご覧ください!』
画面共有で【宝石の塔】の様子が映し出される。
ザリィドがいるというのに自塔を映すというのは本来ならばありえないことだ。将来的な敵に内情をバラすも同じだからな。
しかしそれどころではないというのだろう。
【宝石の塔】の内部、一階層の『鉱山迷路』を進む【女帝】の軍勢。それはノービアの言うように『尋常ではない』と一目で分かるものだった。
ノービアもザリィドも驚きを隠さない。もちろん私もだ。
『はあっ!? なんだありゃ! 塔の中を走ってやがる! こんなの
『ベンズナフ、どう見る』
『先頭を走るメイドの斥候能力が桁違いと言うほかない。全ての罠を瞬時に見極め、即座に指示を出している』
『ベンズナフ以上の斥候能力なのか?』
『察知も回避も俺ならば可能だ。しかしそれを指揮しながらとなると……考えられん速度だな』
そうだ。先頭を走るメイドは自ら<罠察知>をし、それを後続に伝え回避させた上、指揮をとって魔物を迎撃しているのだ。
メイド自身は四本腕にそれぞれ持つ黒いハルバードを振っているが、味方の魔物も使って上手く攻撃をしている。
いや、上手すぎるというべきか。
おそらく<気配察知>か何かで敵を見分け、それに対してどの魔物を当てるかを決めて指示を出している。
それを走りながら、罠を察知・回避しながらやっている……これは
『そ、それだけではありません! 迷路に迷わないのです! 全て順路のみを走っているのです!』
「なに!? 塔構成は変えたのだろうな!」
『は、はい! 昨夜すでに変えてあります! 仮に侵入者の攻略情報を持っていても順路しか選ばないなどありえないのです!』
塔構成――迷路の構造や罠の配置などは事前に変えさせている。
それは日々侵入者に対する備えと同じだが、
ではなぜメイドは迷わない。<気配察知>で魔物の配置を見極めて進軍しているだけか……?
「……ベンズナフはどう見る」
『考えられるのは異世界特有のスキルか能力か……。そもそもメイドは単純に戦闘力が理外と言えるほど抜きん出ている。その上に指揮能力と斥候能力も超一流となれば、異世界特有の何かを持っているとしか考えられん』
そうか……こちらの世界の常識に当てはめていてはいけないということか。
確かにベンズナフの言うとおりだ。
指揮能力と斥候能力、どちらか一つだけでもこちらの世界における
さらに近接戦闘で最高峰の
となれば……。
「ノービアよ、こちらはなるべく早く援軍に赴けるよう攻略を早める。それまでは全力で守るのだ」
『し、しかし……』
「迷路や罠に頼ることをせず魔物を継続して当たらせろ。体力を削るのだ。その上で九階層まで引き上げ、高ランクの魔物をまとめてぶつけよ。メイドが危険と言っても相手は一人だ。集団戦に持ち込めば勝てない相手ではない」
『は、はい! 分かりました!』
「案ずるな。そうこうしているうちに私が【赤の塔】を攻略する。そこまで持ちこたえるのだ」
……と伝えておけばよかろう。
この分ではおそらく私が【赤の塔】を攻略するより何倍も早く【宝石の塔】は攻略されるだろう。
今から【魔術師の塔】の全戦力を差し向けても追いつかないし、【青】や【霧雨】は私以上に時間がかかるはず。
数的優位を作られ【女帝】とメイドが自由になるのは確実だ。
自由になった後の備えを今から考えておく必要がある。
【宝石】を攻略した【女帝】はどう動くか――一番攻められているであろう【赤】の援軍に入るに決まっている。
【赤の塔】の防衛に回るか、【赤】が攻め込む予定の塔に乗り込むはず。
もし【赤】が私の塔に攻め入るつもりならば【魔術師の塔】に侵入してくるということに……。
やはりやたら【赤の塔】に攻撃陣を送り込むわけにはいかんな。
【赤の塔】には殲滅し尽くすほどの大軍勢を送るのではなく、攻略可能な最低限に留め、メイドが来た時のために固めておくべきだ。
これならば【赤】に圧力をかけつつ、メイドに対処できる。
【赤の塔】を最速で攻略というのは出来なくなるが……まぁノービアにはメイドの力量を見極めるための人身御供になってもらおうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます