341:セリオさんはお疲れのようです!



■セリオ・ヒッツベル 24歳

■第499期 Cランク【審判の塔】塔主



「ふぅ、なかなか疲れる会談だったな」


「お疲れさまです。しかし私のほうが絶対に疲れています。死ぬかと思いましたよ」



 ルサールカミリアは本当にぐったりしている。珍しいな。

 ただ無理もない。近くに天敵である天使もいたし、ミリア曰く、エメリーがずっと警戒していたそうだからな。

 ミリアからすれば視線を送ることすら許されない雰囲気だったと言う。それは心労が酷そうだ。



 もちろん僕はそのような気配を感じることもなく、最初こそピリピリしたものの、あとは比較的穏やかな会談であったと思う。

 シャルロットが思いの外砕けた感じだったので、それで助かった部分もあった。

 最初の女帝然とした姿のままであったのならまた話は違っただろう。



「まず確認だが、あれはやはりウリエルなのか?」


「間違いないでしょう。【魔術師】あたりが持っていた大天使の可能性もありますが、ウリエルと考えたほうが自然です」



 となれば疑問が二つある。

 一つは、なぜシャルロットは手紙で″自分の眷属を連れて行く″と嘘をついたのか。

 もう一つは、なぜ秘密の戦力であろうウリエルをわざわざ連れ出したのか。


 【忍耐の天使ウリエル】は【忍耐の塔】にとっても【彩糸の組紐ブライトブレイド】にとっても主力に違いない。

 新年祭のパレードでも見せなかったことから、同盟として隠していたものと思われる。


 まぁ【忍耐】であれば召喚していて当然と見るのが普通ではあるが、まだ二年目と考えれば召喚していない可能性もあるし、そういった意味で隠しておきたかったのかもしれない。



 だがシャルロットはわざわざそんなウリエルを借りて、あの会談の場に連れて来た。

 ウリエルが召喚・眷属化されていると知られるリスクを背負ってまで。



「単純に考えれば<悪意感知>か。ミリアが同伴しているのは向こうも承知だからその警戒もあるのかもしれないが」


「それだけならば普通の魔物でよいでしょう。六塔もあって神聖属性の眷属がいないというのも考えにくいですよ。【赤】でしたらカーバンクル(A)とか持っていそうですし」


「わざわざウリエルが出張る必要もないか。大天使故の特性か固有スキルがあるのかもしれないな」


「ならば早く【審判の天使イェグディエル】(★S)を召喚して下さい」



 分かっている。僕だって優先して召喚しなければとは思っている。

 しかしやっと四年目に入ったところだぞ? そう簡単に召喚できて堪るか。どこかの同盟じゃあるまいし。


 それにミリアとの兼ね合いもある。天使はミリアとの相性が最悪なのだ。

 組ませることなど絶対にできないし、配置するにも別階層にするしかない。

 だからこちらも二の足を踏んでいるのだ。


 とは言え【審判の天使イェグディエル】は【審判の塔】の目玉でもあるし召喚しないという選択肢もない。

 そろそろ本格的に考えなくてはいけないな。【アレキサンダー】(★S)のほうを後回しにするか……。



「あとは限定スキルか……これも考えなくてはいけないと」


「【女帝】が持っているのは確定しましたからね。それがどのようなものかは分かりませんが」



 シャルロットの口ぶりでは「エメリーは限定スキルに苦労した」「エメリーが手に負えない限定スキルがあると知っている」「それを防ぐための限定スキルにも詳しい」といった感じだった。


 それを総合すれば「シャルロットはすでに限定スキルを取得しているが故に詳しく、何かしらの防衛手段も持っている」という結論になる。

 その防衛手段が限定スキルなのか何なのかは分からないが。



 限定スキルとは本来十年かけて取得を目指すものだ。たった二年で取得するのもおかしいし、そもそも取得を考えることすらおかしい。


 しかしその有用性は分かる。おそらく塔の力や成長といったものに直結するのだろう。

 シャルロットはそれを知っているからこそあの場で限定スキルと言い出したのだ。新塔主である伯母上にすら意識しておけと。



 そこにはティナという強大戦力を持ってしまったから、というのも含まれるのだろうな。

 おそらく高ランクの塔主からも目を付けられるだろうし、その塔主が限定スキルを仕掛けてくることも考えられる。


 そうなった時のために防衛手段は必要で、一番有効なのが防御型の限定スキルなのだと。



 限定スキルへの対処法――そんなもの、僕は考えたこともなかった。

 しかし今日、改めてその重要さを知った気がした。塔主であるからには必要なのだと。

 僕にとっても、伯母上にとっても。


 時期尚早と足踏みしている暇はない。これも目標の一つと見定めておかねば。



「そして異世界産の消耗品と鍛治か。これはシャルロットに聞かねばな。もう少し先の話になるが」


「よくあんなものをこの世界に持ち込めましたね。神の悪戯では済みませんよ」



 会談が終わったあと、僕らは伯母上たちと少し残って話し合いをした。

 その中でティナにも聞いたのだ。シャルロットが言っていたことの裏付けをとるために。

 まぁ聞いていた以上の衝撃だったわけだが。


 まずティナが腰に付けているマジックバッグ。かなり小さなものだが容量がとんでもないらしく、この時点でこの世界の常識が覆る。最新式のマジックバッグ何個分になるのか分からないほどの容量なのだ。


 その中にティナの日用品やら何やらも入っているらしいのだが、回復薬などに関しては入れすぎと言えるほど入っていた。

 しかもその中には霊薬エリクサーなどもあると言う。そんなものは物語の中でしか聞いた事がない。


 異世界においても貴重品扱いらしいのだが、ティナの侍女仲間の錬金術師がおそらく世界でただ一人自作できるらしく、侍女は皆支給され持ち歩いているのだとか。もうこの時点で僕は考えることを放棄した。



 それと装備品だ。侍女服は確かにアダマンタイト並みの防御力で正しいらしい。どこをどう見ても綺麗な絹布にしか見えない。

 聞けば元の素材はタイラントクイーンとかいう異世界の蜘蛛の魔物のものらしい。

 タイラントスパイダー(A)ならばいるのだがな。それと同等かは分からない。


 あとは武器だ。少し耳に入った【魔剣】というものがティナの主武器らしいのだが、エメリーには「危険だから強敵以外には使うな」と念を押されたそうだ。僕も触れることすら許されなかった。


 魔剣というのは異世界における『迷宮』でしか入手できない武器らしく、その全てが国宝級となるそうだ。

 だが『ご主人様』は十本以上を所有しており、その中の二本がエメリーとティナに与えられたという。


 性能としてはまずとにかく頑丈で攻撃力が高い。アダマンタイトを斬れるそうだ。訳が分からん。

 そして魔剣によって特殊効果があるらしいのだが、ティナの【魔剣アドラメレク】に関して言えば雷を纏って素早く攻撃できるという。


 元が『敏捷:S+』だとは聞いたがそれ以上に速くなると。……僕にはその姿が見えないだろうな。


 エメリーの魔剣はまた別の特殊効果らしいのだが苦笑いされただけでよく分からん。どうやらティナでも口ごもるほどの恐ろしい効果らしい。


 ティナは双剣士らしいのだが、右手の武器は魔剣だとして左手の武器は普通なのかと聞けば……とんでもなかった。


 そちらは【風壁の魔竜細剣】というそうで、ようは異世界の竜素材で出来たレイピアに<風の壁ウィンドウォール>を放てるよう加工されたもの、だと言う。副武器で神授宝具アーティファクト並みとは何事か。


 その魔竜剣と呼ばれるものがマジックバッグには何本かあり、他にも模擬戦用のミスリルソードなどもあるという。ミスリルを模擬戦などに使うなと言いたい。


 魔剣は使用禁止を言い渡されたので、しばらくは右手にも別の魔竜剣を持つそうだ。<風の槍ウィンドランス>が放てるものを。魔法使いの存在意義が問われる。



 おそらくシャルロットが「ドワーフの鍛冶屋を紹介する」と言ったのは魔剣ではなく魔竜剣の手入れの話だと思われる。


 魔剣のほうはそもそも手入れする必要もないし、材料も分からないから補修のしようもない。

 魔竜剣ならばまだ手入れが可能ではないかと。異世界の竜素材ではあるが。

 まぁそこら辺は行く時にでも聞けばいいだろう。何ならドワーフ鍛冶師のほうが詳しいだろうしな。



 それと衛生面に関してか。

 これもティナに確認したが、どうやら『ご主人様』が極度の潔癖症らしくそのせいで侍女全員が衛生に関する教育を施されているようなのだ。


 ティナも八歳からそうした教育を受けていたので、毎日風呂に入るのも、外から帰ってきたら手洗いうがいするのも、こまめに<洗浄>するのも、掃除をするのも習慣づいているらしい。そこまでいくともう病気だな。


 だからエメリーが美容品を創らせた店があると言うと喜んでいた。助かったと。

 伯母上が買うには高級すぎるから僕が買うしかあるまい。ミリアも興味を示していたしな。ついでに買うとしよう。



「しかしあの店にそのような思惑があったとはな。どうりでおかしいと思ったのだ。シャルロットが商売をする理由などないのだし」


「昨日の内定式の時にも飛んで見ましたけど大人気でしたよ。あれほど高価なのによく売れるものです」


「【女帝】、というか【彩糸の組紐ブライトブレイド】人気にあやかってのことだろうな。装飾も立派なのだろう?」


「六塔の旗と塔章が集合していますからね。あれを見るだけでも圧巻ですよ。セリオ様もご自分の店を出して飾ってみては」


「冗談じゃない。店を経営している暇などないし理由もない」



 はっ、もしかしてヤツらの塔章はそのドワーフ鍛冶師の手によるものなのか?

 いやそうに違いない。エメリーが懇意にしている鍛冶師に作らせたと言っていた新聞を見た。

 どうりで商業ギルドで聞いても分からないはずだ。僕は仕方なしで適当な鍛冶師に作らせたのだが……早計だったか。



「あとは訓練相手か……仮に僕がイェグディエルを眷属化させたとて不足なのだろうな」


「一撃で終わりでしょうね。竜が相手でもどこまでもつか怪しいものですよ」


「はぁ……ではエメリーはどうやって訓練しているというのだ? 二年前もそうだが今だって訓練相手がいないではないか。それとも【英雄】ジータならばあの化け物と対等に戦えると?」



 仮にジータが相手だとしても【赤】が同盟に加入したのは後期塔主総会の間近だったはず。約半年間はエメリーの訓練相手などいなかったのだ。


 ならばどうやって訓練した? 記憶と肉体がアジャストしていない状態で半年戦っていたのか?



「……おそらくですが、だから『無の塔』にしたのでは?」


「エメリーに戦う機会を与えるために? 全ての侵入者をけしかけることがウォーミングアップだとでも? ……いや、あのステータスならばありえるのか。万が一にも斃されないと確信していたと」


「最上階の玉座付近に壁さえ立てておけば一応は安全が確保されます。まぁあの死神が抜かれるとも考えづらいですが」


「なるほど、それはそうかもしれん」



 だが伯母上に同じことはさせんがな。

 いくらティナがエメリーと同じように戦えるとしてもだ。塔は安全であるに越したことはない。


 ……塔構成を創った上でティナに戦わせるというのならアリかもしれんな。考えておこう。




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