140:アデルさんの新塔主指南です!



■シルビア・アイスエッジ 22歳

■第501期 Fランク【六花の塔】塔主



「お待たせしてしまいましたわね。シルビアさん、どうぞお掛けになって」



 そう言ってアデル様とジータ殿が来室された。私は若干の緊張感を持ちながらこの『会談の間』でお待ちしていたのだ。

 バベル職員の女性がお茶を出してくれたので、それを頂きながらのお話となる。



「まずはおめでとうございます、と申し上げてよろしいですか?」


「ありがとうございます。フェンリルは正直ありがたいですし【六花の塔】に関しましてもアデル様が仰ったように事前に勉強しておいて正解でした」


「それは何よりですわ」



 アデル様に言われるまでは過去の塔の歴史など、それこそ著名な塔の英雄譚めいたものしか目を通していなかった。


 過去の塔について勉強すべきというアデル様の言葉がなければ、今ごろ悩み嘆いていたかもしれない。

 少なくとも「【六花の塔】とは何ぞや」という状態だったに違いない。アデル様には本当に感謝だ。



 【六花の塔】は最近では約十年前まで現存していた塔だ。そこではCランクで七年もったという。

 やはり雪や氷の階層を得意とし、それは屋内・屋外問わない。そして魔物もその地形に合わせたものに準ずると。


 挑戦者としての経験で言わせてもらえばそうした塔は非常に厄介だ。何より足元の悪さがキツイ。

 火魔法さえあれば魔物の対処は楽だが、氷は滑るし、雪道は移動が困難になる。

 雪に隠された罠などは最悪だ。斥候の腕も相応のものが必要になってくる。


 これを自分の塔に置き換えた場合、良い点と悪い点が同時に見えるわけだが……そこはこれからどうやって塔を創るかだな。



 今回私はそういったことをお聞きしたいと思っていたし、アデル様のアドバイスを下さるというお言葉に浅はかながら素直に甘えるつもりでいる。


 まずはどこから――と思っていたら意外なところから話し始められた。



「最初に言っておきますとこのお話は何者かに盗み見、盗み聞きされていると思って下さいませ」


「えっ……」


「シルビア・アイスエッジはすでにアデルの身内だ。そう思った者が手を出して来る危険性があるということです。ですので話しても問題ない内容だけでお願いしますわ」



 どういうことか訳が分からず、詳しくお聞きした。


 曰く、高ランクの塔主は【限定スキル】を得ている場合が多く――あの規格外のTPを必要とするやつか――その中には諜報型のスキルなどもあるらしい。


 限定スキルは塔によって差がありすぎるので、どのようなスキルが存在するのかも分からず、だからこそ「常に見聞きされている」くらいのつもりでいたほうがいいと仰るのだ。


 そんなの防ぎようがないではないかと尋ねれば、アデル様は「好きに見聞きして下さい」というスタンスなのだとか。

 その情報をもって何か仕掛けて来ようとも、高ランクの塔ならば無視するし、戦えそうなら戦うし、と。


 なんとも初日から頭の痛くなる話だ。

 いや、初日だからこそこうしたお話をされたのだと思うが……。



「ですからシルビアさんが内緒にしておきたい、口に出さないほうがいいと思った情報は言わなくて結構ですわ。わたくしも根掘り葉掘りお聞きするつもりはございません」


「なるほど……分かりました。ご配慮感謝いたします」



 あまり深く考えると何も喋れなくなる。

 私はアデル様を信じて普通に喋ろう。もしダメそうなら忠告が入るであろうし。



「それで話を戻しますが、フェンリルは良かったですけれど眷属化は当分先でしょう? それが辛いですわね」


「そうですね。Aランクの魔物にあれほどTPがかかるとは思いませんでした」



 そもそもTPとは何ぞやというのを詳しく知ったのも今日が初だし、何にどれほど掛かるのかなど塔主でなければ知る由もない。

 いや、塔主からの情報が市井に流れる場合もあるだろうが、塔によりTPの多寡が異なるのだから調べようがないのだ。


 最初の手持ちが5,000TPというのも知らないし、フェンリルの名付けで7,000TP掛かるのも知らないということだ。



「眷属化ができないデメリットは大きく二つ。お分かりですか?」


「強くなれないまま、ということでしょうか」


「それを入れると三つですわね。わたくしの言う二つですが、一つは眷属伝達が行えないということ。つまりフェンリルには直接指示をするしか出来ませんし、フェンリルの感情を受け取ることもできません」



 なるほど。私から一方的な命令になってしまうということか。

 そして別階層にいるフェンリルに指示もできないと……。



「もう一つは宝珠オーブに魔力の補充ができないということですわね。ですので今日のうちに魔力の高そうな魔物を一体召喚し眷属化させておくべきですわ」


「今日のうち、ですか」


「ええ。TPの貯蓄は今日から始めるべきです。わたくしはジータの助言をもとに最初から700TPの火精霊サラマンダーを眷属化させました」


「な、700、ですか……」



 眷属化まですると1,400TPだろう? 5,000TPしかない中でそれは暴挙と言われるかもしれない。


 金や魔石をTPに変えたのかもしれないが……いや、私も考えておかねばならないのだな。

 これほどアデル様が重要だと仰っているのだ。間違いないことなのだろう。



「それと今日中にやるべきは生活環境を整えることですわね。衣食住はしっかりと」


「今日は寝床さえあればいいかと思っておりましたが……」


「それはいけませんわね。冒険者としての思考かもしれませんが、少なくともこれから数週間、下手すれば数ヶ月は孤独で心休まらない日々が続きます。生活を整えておきませんと精神が壊れますわよ」



 なるほど、そういうものか。

 少量のTPしかない現状なので食事は適当に携帯食か屋台のものを買い、ただ寝るだけのものをと考えていた。



「わたくしがおすすめするのは大きめのお風呂ですわね。リラックスできますし心と身体の健康にいいですから」


「お風呂、ですか……」


「ああ、貴族的思考というわけではありませんわよ? シャルロットさんなんか何人も同時に入れる大風呂をお持ちですから」


「なんと、そうなのですか」


「あくまでおすすめですわよ? しかしわたくしは生活環境を整えるのに最初に500TP使っても問題ないとさえ思っております」



 それはさすがにTPが……。無駄遣いのような気もしないでもない……。

 しかし【女帝】が大風呂を、というのは納得できる反面意外でもある。なにせ元は街娘だったという噂だから。


 それが新塔主となっていきなり風呂など創るか?


 ……まさかプレオープンで何も創らなかったのはそうした生活環境にTPを使ったためなのか? いやまさか……。



「とまぁ生活環境を整え、TP補充の目途がたち、そこからが塔創りのお話ですわね」



 ああ、やっと私の聞きたいことが出てきた。本題に入るまでがアデル様にとっての本題なのかもしれないが。



「シルビアさんは【六花の塔】をどのようにお考えで?」


「寒冷の塔となるのは間違いないです。屋内・屋外もおそらく両立。地形と罠、そして魔物とどれかに絞らず全てを使った塔構成になるのではと思っております」


「ええ。では【六花の塔】の問題点はどこだと思われます?」



 塔主の立場で言えば、やはり魔物が限られるということだろう。

 リストで確認したが総じて地形に合った魔物、すなわち火属性に弱い魔物ばかりなのだ。

 侵入者への火魔法対策というのが一番の課題になるだろう。


 ――ということをお話した。



「それもそうなのですが、わたくしが思う一番の問題点は少し違いまして」


「と言いますと」


「侵入者が入りたがらない塔だな、と思いましたわ」



 衝撃を受けた――。

 それはアデル様が私より侵入者目線でものを見られているからだ。

 何年バベルに挑んできたのだ私は。全くもって恥ずかしい。


 アデル様の仰るとおり『寒冷の塔』は人気がない。特に年若い冒険者など尚更だ。

 寒いというだけでも大変なのに、足元は悪く、屋外は吹雪いていたりもするし視界も悪い、つまりは戦いにくい。


 戦いにくければ怪我をしやすいし、頑張って魔物を斃しても微々たる戦果しか稼げない。

 そんな塔に挑むくらいなら平地ばかりの戦いやすい塔に行ったほうがマシ。そう思うのが普通の思考だ。



「わたくしの考える『人気のある塔』というのは二つありまして、一つは『適度に困難で戦果が見込める塔』。もう一つは『非常に困難でも名声が得られる塔』です」


「分かります」


「【世界の塔】などが後者の代表格ですわよね。我々【彩糸の組紐ブライトブレイド】も後者寄りなのですが【女帝の塔】や【輝翼の塔】は下層が前者、上層が後者といった感じですわ」



 【世界の塔】は分かりやすい。困難すぎて誰も攻略など端から諦めている。

 しかし挑むこと自体が名声であり、階層の一つでも上ったならば英雄扱いとなるものなのだ。


 だからこそ挑む。だからこそ人気がある。



「【六花の塔】が困難な塔となるのはすでに決まっているようなものですし、目指す所は同じく後者しかありません」


「名声が狙える塔、ですか」


「ええ、ですので『Aランク冒険者シルビア』という武器をどのように使うかが重要になるでしょう」



 地形でも、罠でも、魔物でも、フェンリルでもなく――私を武器に。

 私を斃せば名声を得られる。それを餌に侵入者を呼び込めと。


 新塔主の私からすれば極めて無謀な要求。

 逆にそうでもしなければ届かないということか……Aランクの塔という夢には。



「プレオープンの成績でその人気が決まるといってもいいでしょう。シルビアさんには言うまでもないと思いますが」


「はい、よく分かります」


「まぁだからといって無茶な塔構成をされても困ります。簡単に死ぬだけですから。そこはよく吟味なさったほうがいいですわ」


「ええ……まさかあの【女帝の塔】のプレオープンのような真似を私に……?」


「あれほどの無茶はありませんわよ。参考にしてはいけない第一位ですわ」



 笑いながらアデル様はそう言う。さすがにそれはそうだよな。

 塔構成を何も創らず私一人で侵入者に立ち向かうなど、軽く想像しても死しか見えん。



「……でも面白いかもしれませんわね。大ボス部屋にフェンリルとシルビアさんが待ち構えていたら九割九分勝ちますし、眷属伝達の心配もありませんし、話題性もありますし、討伐率も上がる……いいことづくめですわね」



 すみません、勘弁して下さい、申し訳ありません。

 いくらアデル様の助言と言えどもそれだけは……。



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