345:厄介な新塔主がいたものです!



■アレサンドロ・スリッツィア 64歳

■第472期 Sランク【聖の塔】塔主



「何とも上手くいかんものだな、バベルというものは。苦労してSランクになったというのにちっとも心休まらぬ」


「大変ですね、そちらも色々と」


「お前にも苦労をかけるな、シュレクト」



 まさかアダルゼア大司教が新塔主に選ばれるとはな。よりにもよって、と付け加えたくなる。

 しかも【正義の塔】か。何とも皮肉なものよ。

 同じ二十神秘アルカナでも【皇帝】や【教皇】よりマシ、と見ておこう。


 【雷光】のレイモンド司教、【鏡面】のミュラー司祭、【鋭利】のエッジリンク司祭、【払拭】のブロゥワ司祭。


 皆、立派な神官には違いないが、最初から私と同盟を組んだわけではない。

 多少の力を持つまでは独力で生き延びよと、それがバベルにおける修行なのだと言い聞かせた。

 なにせFランクの塔を同盟に引き入れたところで、こちらの不利になるだけだからな。全く旨味がない。


 唯一旨味があったのは【純潔】のパゥア司教だけ。【翡翠の聖女】ミュシファがいるというだけで十分すぎるし、Sランク固有魔物には【純潔の天使ラグエル】もいる。

 これを死なせるわけにはいかんと、すぐさま同盟に引き入れた。ここが唯一の異例だ。



 Fランクの新塔主など狩られて当然。バベルはそんなに甘くはない。

 いくら私が最上位にいるからといってすぐに助けを求めるような者はその時点でバベルの敗北者なのだ。

 そんな者を傍に置いたところで私の補助にもなれぬし、私自身の汚点にもなろう。


 だから低ランク帯を抜けるまでは放置した。死ぬなら死ね。しかしもし力を付けたのならば私が救ってやろうと。


 誰もが皆辛い思いをしながらそこを乗り越え、そうして私の同盟に入ったのだ。

 だからこそ今も尚強い。【雷光】など6位だぞ? 途中からシュレクトの手が入っているとはいえ大したものだ。



 しかし、だ。

 アダルゼア大司教という教皇猊下の直下の人間が塔主に選ばれ、しかも【正義の塔】という二十神秘アルカナの一塔を授かったというならば、早期に同盟に入れざるを得ない。


 何なら塔云々は抜きにしても内定式の前から接触し、プレオープンに向けてシュレクト監修の塔を創らなくてはならない。

 例えそれが私の足を引っ張るだけの存在であってもだ。


 大司教を放置するというのは、神殿的には異教徒認定されてもおかしくないものだ。

 私が枢機卿という立場であってもな。何とも腑に落ちん話だ。



 枢機卿とは教皇猊下を補佐する役割である。立場的には大司教位より上だ。

 しかし神殿組織には教皇>大司教>司教>司祭という明確な上下関係があり、枢機卿というのは言わば別枠扱いなのだ。


 私はバベルでの活躍を以って、司祭から枢機卿に抜擢された神官。従ってアダルゼア大司教に劣ると見られる可能性がある。


 神殿での地位を失うわけにはいかぬのだ。

 だからこそ同盟に引き入れないわけにもいかない。賄賂とゴマすりが上手いだけの肉豚でもな。



「……いっそのこと神罰の生贄にでもなってもらうか」


「ハハッ、どこかの亜人に協力でもしてもらいますか」


「そのほうがまだ価値がある。できれば【反逆】同盟の残り二塔か、【女帝】同盟の亜人か、その辺りが良いな」


「じゃあ僕は将来的に斃させる塔を監修するのですか。やれやれ、難易度の高い依頼ですね、それは」



 まぁあわよくばの話だがな。しばらくは同盟に入れて好きにやらせるしかあるまい。

 見たくもない顔が同盟画面に並ぶと思うと腹立たしいのだがな。






■ザマースィ・ザマッスィリア 40歳

■第502期 Fランク【白光の塔】塔主



 全く、バベルの塔主というのは何かと不便ざます。

 メイドもいなければ執事もいない。誰も塔に入れることができないとは何事ざますか。

 これでは家具を運び入れることもできないざますし、食事も湯浴みもできないざます。


 仕方なしにTPを使って色々と整えているざますが、最低限の侘しい生活を送るしかできないとは……情けないざますね。

 塔主とは英雄譚に書かれるような華々しいものだと思っておりましたのに、これでは貴族の血が穢れてしまうざます。



「……奥様、それでもう5,000TPも使われたと?」


「仕方ないざましょ? わたくしのお部屋を用意し、天蓋付きのベッドやクローゼット、ドレスも充実させなければならないざますし、お食事だって料理長のものより劣るもので我慢してこれざますのよ? たった5,000TPだけで塔を創るだなんて無理に決まっているざます」


「……承知しました。では追加で資金を回しますのでTPに変換をお願いします」


「重いざます。帰り際にでも受け取るざます」



 バベリオの街にはわたくし付きの執事、セバッチャンを留めているざます。

 ここでのわたくしの補佐と家との繋ぎのためざますね。これでセバッチャンを塔に入れられたら楽ざますがそうはいかないと。

 本当に不便ざますね。バベルというのは。



 それからセバッチャンを伴ってバベリオの街を少し歩いたざます。

 塔が城であるならばバベリオの街は城下街と言っても過言ではないざます。つまりわたくしの庭になると。


 この目で色々と視察し、同時に街の者にはわたくしの存在をアピールしておかねばならないざます。

 エルタート貴族の華、【白光】のザマースィ・ザマッスィリアがここにいるざますと。



「ん? あれは何ざます?」



 何やら人だかりが出来ている店を見つけたざます。外から見るに店内はとても豪華な装飾。

 貴族御用達のお店? いえ、客は平民ばかりざますね。



「奥様、ここはかの【女帝】の店のようです。私も先ほど耳にしました」


「【女帝】ざますって? 例の?」


「はい。何でも非常に高価な美容品を売り出しているとかで――」


「美容品ざますって!?」



 そう聞いては黙っていられないざます。「どくざます! わたくしは【白光】のザマースィ・ザマッスィリアざますよ!」と客や警備員に怒鳴りつけ、奥にいる店主の元まで向かったざます。



「店主、ここは【女帝】の店と聞きましたが本当ざますか?」


「え、えっと、シャルロット様には後援を頂いておりますがあくまで――」


「ならば結構ざます。即刻この店はわたくしが貰い受けるざます」


「……え?」


「あの【女帝】は我がエルタート王国の平民ざます。従ってエルタート貴族であるわたくしのものと同じざましょ?」


「…………は?」


「平民風情が美容品など勿体ないざます。宝の持ち腐れにもほどがあるざます。良い美容品であればわたくしが使うべきものざます」


「いや、あのですね……あっ、ギルド長! 助けて下さい!」



 どうやら小走りで店内に入って来たのは商業ギルド長らしいざます。つまりはバベリオの商業界のトップざますね。

 話が早いざます。ギルド長に直接言えば楽に貰い受けることができるざます。

 平民の店主などもうどうでもいいざます。ギルド長ともなれば塔主であり貴族でもあるわたくしの威光を――






■エメリー ??歳 多肢族リームズ

■【女帝の塔】塔主シャルロットの神定英雄サンクリオ



「シャルロット様~、お店のほうに例の【白光】の塔主さんが~」


「はあ!? エ、エメリーさん!」


「かしこまりました。すぐに」



 わたくしは即座に走り出しました。転移魔法陣を使って一階層へ。

 あまり営業中に外へは出たくないのですがね、そうも言っていられません。

 侵入者の方々とすれ違うこともあるでしょうが気にしたら負けですね。



 【白光】の塔主についてはターニアに見張らせておきました。エルタート貴族というだけで迷惑ですからね。

 必ずやお嬢様にとって不利益となる存在に違いない。そう思いましたが……まさかこれほど早く動くとは思いませんでした。正直呆れます。


 せめてプレオープンが始まっていれば【白光】も自由に歩けなかったでしょう。

 内定式から三日しか経っていないのに新塔主がぶらつくのがおかしいのです。大人しく塔でも創っていればいいものを。

 そう内心で愚痴りながらわたくしは最速で走りました。


 【女帝の塔】の転移門を抜け、バベルを出て、バベル通りをひた走れば中央に見えて来るのがランゲロック商店……ですが、随分と人だかりができていますね。



「皆様失礼します。通らせて頂きます」


「ああっ! 【女帝】の! おい、みんな道を開けろ! 【女帝】のメイドが来たぞ!」



 メイドではありません、侍女です。と言っている暇もありませんね。

 入口の人混みを抜けると奥にはお目当ての人がいました。


 【白光】のザマースィとその後ろには俯いている執事。わざわざバベリオに執事を住まわせているのですか。大概ですね。

 相対しているのはランゲロックさんと、ビズレイズさんまで。ギルドから駆け付けるほどの事態だったということですか。


 声を聞くに、どうやらザマースィがこの店を寄越せだとか、美容品を全て寄越せとか、そういった内容のようです。

 これはもう愚鈍とか痴れ者とかそういうレベルではありません。執事さんも可哀想ですが庇えませんよ。



 しかしどうしたものですかね。わたくしが口で説明したところで聞くような耳をお持ちではないでしょうし、一撃入れて気絶させたところで″攻撃″と捉えられるかもしれません。


 そんなことを考えながら近づきまして――。



「ああっ、エメリー様!」


「ん? なんざますの、あなt……」



 とりあえず至近距離から殺気を当てて気絶させました。これくらいならば攻撃とは言えないでしょう。


 わたくしは倒れ込もうとするザマースィの襟元を掴みます。

 執事さんが咄嗟に「奥様っ!」と駆け寄りますがそちらも気絶して頂きましょう。可哀想ですから殺気だけで。



「大丈夫でしたか、ランゲロックさん。ビズレイズさんもわざわざありがとうございます」


「えっ、いや、あの、ありがとうございました、こちらこそ……」


「エ、エメリー様、その、それは……」


「気絶させただけですから問題ありません。わたくしはこちらの塔主を連れて行きますので、申し訳ありませんがビズレイズさんはこちらの執事さんをよろしくお願いいたします」


「あ、は、はい」


「では塔がまだ営業中ですので本日はこれで失礼致します」



 わたくしは軽くお辞儀をしてその場をあとにしました。もちろんザマースィは引きずったままです。

 入口には相変わらず人だかりが出来ていましたが、わたくしが近づくと道が出来ました。ありがたいですね。


 と、その中に冒険者の若者の姿を発見しましたので、伝えておきます。



「失礼ですが、貴方がたのランクはいくつでしょうか」


「えっ、お、俺たち!? えっと、その、F、だけど……」


「それはちょうど良かった。周りのFランク冒険者の方々にもお伝え下さい。プレオープンは【白光の塔】がおすすめです。おそらく簡単に儲けられると思いますので」


「えっ、あ、はい……」


「では失礼いたします」



 お嬢様が大事になさっているランゲロック商店で迷惑行為を働いたのならば重罪です。

 わたくしが直接罰を下せないのであれば別の手段を使うしかありませんからね。この程度のアドバイスならば問題ないでしょう。



 それからわたくしはザマースィを引きずったままバベル通りを歩き、バベル前広場を抜けてバベルへと戻りました。

 なにやらずっと野次馬が付いていますが特に気になりません。


 バベル一階の案内ボードを見れば……なるほどあそこが【白光の塔】ですか。


 わたくしは【白光の塔】の転移門めがけザマースィを放り投げておきました。これは攻撃ではないですよね? 五体満足で家まで送ってあげたのですからこれは優しさです。


 そうしてあとは【女帝の塔】へと戻るだけ。途中で出会う侵入者は殺さないで差し上げましょう。イレギュラーな外出でしたから。



 全く、本当に酷いですね、あの国の貴族は。

 同じ国の出だからとお嬢様が嘆くではないですか。お可哀想に。


 滅ぼしてよいのであれば滅ぼすのですがね。許可を下さいませんでしょうか、お嬢様。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る