124:せっかくいい感じのお店を見つけたのに!
■シャルロット 16歳
■第500期 Cランク【女帝の塔】塔主
「いやまさか【女帝】様がお見えになるだなんて思ってなかったもんで……すみません、取り乱しました」
「こちらこそいきなりすみません。たまたま通りかかって良さそうなお店だったので」
落ち着きを取り戻した店主さん――ランゲロックさんと仰る方で、奥さんのソフィアさんと切り盛りしているらしいです。
少し両親を思い出しますね。こうしたお店をご夫婦でやっている所を見ると。
「えぇぇ、いやそりゃありがたいですが、もっとこう、大きなお店のほうが……」
「私の実家はこちらよりもう少し小さい商店だったのですよ。日用品店で。ですから大商会とかよりこちらのほうがずっと入りやすいのですよ」
「へぇそうなんですか! それは意外でした。もっと格式高いお店とかに行っているもんかと」
「塔主となる前はただの街娘ですから」
ちょっと見させて下さいと、お店の商品をじっくり見ます。
やはり小さなお店と言いながらも魅せ方が上手いと言うか、暖かみや柔らかさといった雰囲気作りがお店のコンセプトになっているように思います。ふむふむ勉強になる……と、どうも実家の時のような気分で見てしまいますね。
「手工芸品が多いのですかね。買い付けは契約ですか? それとも商業ギルドを通して」
「いえほとんどが自家製ですね。うちは妻が木工細工師で私もいろいろ作ったりしてるんですよ」
「へえ! それはすごい。えっ、この薬剤とかもですか? カトラリーも?」
「それは洗剤とか髪油とかですね。石鹸とかもうちで作っています。カトラリーは妻が」
これはうちの実家とは全然レベルが違いますね。比べてしまって申し訳ない。尚、ソフィアさんは後ろのほうで照れています。
なるほど職人さんでもありお店の経営もしていると。両方ちゃんとやってるのはすごいですよ。
そして髪油や石鹸と聞いたエメリーさんの目がギラーンとなりました。
ランゲロックさんに断りを入れ瓶のふたを開けつつ品質チェック。
材料などをお聞きして頷いたりと何やらただならぬ雰囲気です。
「お嬢様、こちらで少々発注をお願いしてもいいでしょうか」
「もちろんいいですけど、何か気になったのですか?」
「ええ。洗剤はともかく髪油と石鹸などは品質に難がありましたので、わたくしの知識でどうにかできればと思っておりました」
つまり異世界製の美容グッズが欲しかったと。今まではTPで出した一般的なものでしたからね。まぁそれにしたって私が使ったこともないような高級品に感じましたが。
やはりエメリーさんもこの世界に召喚されて苦労なさっていたということですね。
であれば是非もありません。好きなようにやっちゃって下さい。
「ご主人、こういったものを作れますか? 石鹸はこういう製法で材料は――柑橘系の果物の皮などを――油は植物性でしかも――あとできれば乳液と言って――」
「ええと? ちょ、ちょっと待って下さい。ソフィア一緒に手伝ってくれ。メモるから」
そこからエメリーさんの指導めいた注文が入りました。よほど拘りがあるようです。
と言うか薬剤を作る知識があることに驚きですけど。
私は私で小物入れや木製雑貨を見つつ、気に入ったのを購入しようと決めておきます。
一通りの発注を終えました。出来上がったら後日にバベルまで持って来てくれるらしいです。そこでエメリーさんのチェックが入るのでしょう。
とりあえず今日は私の購入したあれこれの代金と、試作用美容グッズの前金をまとめてお渡ししました。
「うわぁ、いやこんなにありがとうございます。ご注文まで頂いて」
「突然来て色々とすみません。試作次第でまとめて注文すると思いますので」
「助かります。お恥ずかしながら正直最近は資金繰りに困っていたので」
そうなのですか。そうは見えないほどに商品は充実していましたが。
やはり小さなお店はどこも苦労するものなのですね。うちも酷かったですよと言いたいところです。
「おかげであの金貸しに借りずに済みました。まったくバックに塔主がいるからって良い気になって――」
「えっ、塔主が金貸しをやっているのですか?」
「ああと、少し違うのですが――」
どうやらバベリオ西部の大店で『ジャーマン商会』という所があるそうです。本店は大通り沿いにあるとか。
ここ一、二年で急成長した商会で、地上げや金貸しなどヤクザめいたこともやっているのだとか。闇組織を抱えているという噂も。
で、どうやらその背後にどこかの塔主がいるらしいとのことです。
「どこの塔主かは分かりません。ただ仮にFランクであっても塔主は塔主ですから。私どもみたいな小さな商店からすればとても逆らえるものじゃありませんよ」
「そうなのですか……」
「ええ。だから金など借りずにホッとしたということです。貸そうかみたいに嫌味言われていましたからね」
塔主が英雄視されているのは分かりますが、いつ斃されるのかも分からない存在ですしね。
バックにいるからとそこまで気にするものなのでしょうか。と言うか大店側もよくそこまでイキれるものです。
まぁとにかくそうした不安から解消できたのなら何よりです。
――と、その時、お店の扉が勢いよく開きました。
「よお、ランゲロック! まぁだこんな店やってんのかぁ? さっさと売っちまえば……って、ええっ!? じょ、【女帝】!?」
チンピラみたいなのがぞろぞろ入って来たと思ったらこれです。
小さなお店に入って来て欲しくないのですがね。
ランゲロックさんが私たちの前に出ました。
「帰れ! お前らからは金も借りないし店を売るつもりもない! そうジャーマンに伝えておけ!」
「はぁ!? そうかてめえ、【女帝】を味方にしやがったかぁ? どんな手ぇ使ったか知らねえが痛い目見ても知らねえぞ!」
「こちらはただのお客さんだ! 変な言いがかりがやめろ!」
「るっせえよ! とりあえずジャーマン様には言っとくぜ! じゃあな!」
チンピラどもは捨て台詞を吐いて去っていきました。
ランゲロックさんは憤慨。ソフィアさんは震えています。可哀想に。
「……すみません女帝様。お見苦しいところを」
「いえ、こちらは問題ないです。しかし大丈夫ですか、あれ」
「こちらは何か来ても追い返すだけです、が……【女帝】様にご迷惑が掛かってしまうかもしれないと思うと……」
私の方は何ともないので大丈夫ですが、お店のほうが心配です。
【女帝】と繋がりやがって、と乗り込まれたら大変でしょうし、それこそ変な言いがかりをつけられて強行手段に出られたら困ります。大店の力の前に小さなお店は無力なのです。
「ともかくこちらのことは心配しないで試作のほうをお願いします」
「よ、よろしいのでしょうか……お話をお断りしたほうがご迷惑にならないのでは……」
「大丈夫ですよ。ね、エメリーさん」
「はい。賊の対処は慣れておりますので」
賊って……いやまぁあれは賊ですか。正しく賊ですね。
それからランゲロックさんを宥めつつ、私たちはお店を後にしました。
「エメリーさん、周囲は大丈夫ですか?」
「先ほどの連中はおりませんね」
「どうしましょうか。私としてはあのお店を守りたいのですが」
「はい。せっかく見つけた職人のお店ですからね。放置して嫌がらせでもされたら困ります」
衛兵さんに言って対処をお願いしますかね。
普通ならこんな犯罪にもなっていない些事に衛兵さんは動かないと思いますが塔主である私が言えば動いてくれるかもしれません。
もしくは直接ジャーマン商会に行くか。
あの店に手ぇ出すなよと言えば大丈夫かもしれません。ただそれで守れるのはあの店だけ。根本的な解決にはなりませんよね。
どうしたものかとエメリーさんに尋ねます。
「殲滅してよいのであればそれが一番手っ取り早いのですが……」
物騒極まりないですね。エメリーさんらしいと言えばらしいのですが。
しかしそれをしてしまうとこちらが犯罪者になってしまいます。向こうに犯罪の証拠でもあれば別ですけど。
そして犯罪者となればフランシス都市長から神様に上申されて【女帝の塔】が罰を受けるはめに……。
「一先ずはその商会と背後にいる塔主を調べておいて、あとは衛兵さんにも一応声をかけておきますか」
「かしこまりました。仕掛ける際はお任せください」
「ターニアさん聞こえますか? ジャーマン商会という所とそこに関係している塔主について調べたいのですが、フゥさんにも連絡しつつ調べてもらえますか? ついでに先ほどのランゲロック商店も一応見張っておいてもらえると助かります」
『わかりましたわぁ~』
便利ですねー。ファムと眷属伝達。
では私たちはこのまま大通りに出て、衛兵さんとジャーマン商会を探してみましょう。
「……なるほどこれがジャーマン商会ですか」
大通りに出てから道行く人に聞けばすぐに分かりました。三階建ての大きな建屋。
入口から覗く限り、貴族用というよりは大衆向けの巨大日用品店といった感じです。
あんな粗暴な輩を雇っているわりに評判がいいのか客入りも良さそうです。
エメリーさんが例の透明外套で忍び込むという方法もありますが……やめておきましょう。
「さきほどのチンピラが遠目で見ていますね」
「ですか。じゃあ今日はこのまま帰ります。あとは衛兵さんに伝えておきましょう」
「かしこまりました」
見張られているなら余計なことはやめますか。
あー、家具とお洋服を見たかったのですが……ランゲロックさんの所で机発注できませんかね?
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