229:絶望的状況ですが諦めるわけにはいきません!



■アデル・ロージット 18歳

■第500期 Cランク【赤の塔】塔主



 【魔術師】ケィヒル・ダウンノーク伯の限定スキルは最低二つ判明しました。

 一つは自軍の魔法の威力を高めるもの。

 もう一つはおそらく自分の周囲の敵に魔法とスキルを使用不能にさせるもの。


 味方へのバフと敵へのデバフ……デバフというには強烈すぎるものですが一応は納得しました。



 どうりであれだけ劣勢になっても【赤の塔】への攻撃を優先させずに防御を固めたわけです。

 自塔の上層であれば確実に勝てる。その自信があったということでしょう。


 そしてその自信は正しい。


 魔法特化の【魔術師の塔】でその魔法の威力を高めつつ敵の魔法を使えなくさせるというのは限定スキル二つ分に相応しい凶悪さ。


 守りだけを考えればどの塔が相手でも勝てるでしょうね。

 それは【緑の塔】にも塔主戦争バトルを申請するわけです。



 神聖魔法以外では斃すのが困難なリッチ(A)やエルダーリッチ(S)などを自軍戦力として優遇しているのも限定スキルに絡めた戦略に違いありません。


 固有魔物のスケルトンの王がどうなのかは分かりませんが、魔法を封じられた状態では鉄壁の防衛陣となります。

 そこに仕掛けようにもスケルトン部隊の数が多く、上空や後衛から魔法が飛んでくると。



 エメリーさんという絶対強者に対しても有効と判断したからこそ使ったのでしょうが、高位アンデッドの闇魔法をエメリーさんに集中させることでその戦術を成功させています。


 おそらく様々なデバフ、状態異常に加えて重力系の闇魔法もかけられているはずです。

 普通ならば全く動けなくなるはずですが、その身体で突貫し、回避・攻撃をしているのですから、やはりそこはエメリーさんですわね。恐ろしくも思う反面、身内で良かったとも思えます。



 とは言えその状態のエメリーさんでは打開できる状況にない。


 魔剣の腐食はアンデッドに効かず、魔竜斧槍の魔法も使えない。

 その攻撃力と膂力をもってスケルトン部隊やネクロマンサーなどは斃せてもリッチとなると話は別。

 リッチに辿り着くまでにも数の多さを前に出されて思うように前進できないと。



 となると二番手のジータに期待したいところではあります。

 高位アンデッドから無視されているので闇魔法を掛けられているわけではありませんから自由の身ですし。


 実際フェンリルシルバや他の魔物のサポートもあり、一番深く進めてはいるのですが……その前に自陣がほぼ壊滅しそうですわね。


 この調子でリッチ(A)、エルダーリッチ(S)、スケルトンの王と辿り着けるものなのか。

 辿り着いたところで斃せるものなのか。


 どう考えても厳しい……最悪撤退し、ドロシーさんたちの攻撃陣と再編成したほうがいいのか……いえ、ゼンガーさんやウリエルがいたところで事態が好転するとは思えませんわ。



 そうして苦悩している間にも戦況はどんどんと悪くなっていきます。



『ヴィクトリアさん! ラージャさん! パトラさんまで……!』



 続けざまにシャルロットさんのクイーン三体が斃されました。スケルトン部隊に囲まれ押しつぶされるように……。

 ナイトメアクイーンが奮起してその場は凌いでいますが……シャルロットさんの心中はさぞかし動揺していることでしょう。



 一方で空の戦いもクルックーやセイレーン、ターニア様が敏捷頼りの特攻を繰り返し、ウィッチ部隊を壊滅まで追い込みましたが、わたくしのルサールカルールゥが斃されました。


 ウィッチクイーンの高威力・広範囲の火魔法に巻き込まれた格好です。

 足の遅いルールゥは後ろでのフォローを徹底させていましたが……撃たれた場所が悪かったですわね。



 制空権は制してもまともに戦えそうな飛行系の残戦力はSランク固有魔物の三体くらいのもの。

 これを地上部隊のフォローに回したとしても出来ることは空から特攻を仕掛ける程度ですからとても戦況を覆すような一手には成り得ません。


 どうしたものかと、わたくしは画面を広く見ていました。どこかに何か、反撃の糸口はないものかと……。



 そしてわたくしの目は敵陣最後尾にいる人物に止まったのです。


 塔主たるケィヒル・ダウンノーク伯、その姿が。



『メイドを抑えろッ! 徹底的に足止めだッ! 他は近づけさせなければそれで構わんッ!』



 画面の端でも分かる叫び声。それはエメリーさんへの警戒に終始していましたが、そこでわたくしは思ったのです。



 なぜダウンノーク伯がまだ・・いるのか、と。



 彼の役目は限定スキルを使うことだけのはずです。

 相応に魔法の腕前があるのは知っていますが、手に持つ神授宝具アーティファクトの杖で魔法を放つこともない。

 やっていることは指示出しのみです。


 ならば最上階に戻るべきでしょう? 塔主の仕事は宝珠オーブで戦況を確認し、眷属伝達で指示することなのですから。

 わざわざ危険な戦場に残ってまで指揮をとっているのはおかしいのです。



 その理由は何かと考えた時、出てくる答えは一つです。


『限定スキルを継続させるためには居続ける必要がある』。これしかありえません。



 おそらく魔法を使えなくさせた例の限定スキルのほうでしょう。

 あれはダウンノーク伯の身体を中心に幕のような領域を展開させ、階層全体を覆いました。


 わたくしはあれを『スキルを発動させれば一定時間継続するもの』と決めつけておりましたが、もしかすると『魔力を消費し続けるか発動場所に居続けることで継続するスキル』なのかもしれない。


 だからこそダウンノーク伯は戦場に残り続けているのだと。



 これが、わたくしが見つけた唯一の隙――反撃の糸口でした。

 ですからわたくしは眷属伝達したのです。





■ケィヒル・ダウンノーク 50歳

■第483期 Aランク【魔術師の塔】塔主



 【宝石の塔】【霧雨の塔】と落とされ、おそらく【青の塔】も落ちるに違いない。

 ほんの三日前までに想像していた完勝への道筋は悉く消え失せた。


 ゼノーティア公が本当に拿捕されるのかは分からないが、その情報をアデル・ロージットが漏らしたところから全てが狂ったのだ。


 策を講じた四塔同士の同盟戦ストルグは逆に利用され、策をもって攻め込まれた。

 対策は後手に回り、メイドの勢いを止めることができなかった。



 しかし私には【魔術師の塔】と限定スキルがある。


 <集束魔術>により十八・十九階層の魔物は全て『消費魔力2倍・威力2.5倍』にしてある。

 ただでさえ魔法重視の魔物構成でこのスキルを使えば、相手は守ることも困難となるのだ。相対属性のウォール系魔法でも魔力値が高くなければ防ぎきれない。



 さらに<魔術結界>で敵軍の魔法とスキルを無効化する。

 これは『自分の周囲500m』しか適用せず『常に自分の周囲から領域が展開される』という代物だ。


 階層またぎも出来ない為、発動させてから最上階に逃げるということもできないのが難点だが、範囲の狭さについては解消している。


 私の神授宝具アーティファクト、【拡充の杖】の『魔法・スキルのサイズを変える』という効果を使うのだ。

 これにより<魔術結界>を十九階層全域に渡って張り巡らせることができる。



 【魔術師の塔】の十九階層『死の宮殿』は我が塔の最終防衛線だ。

 <魔術結界>と【拡充の杖】、そして<集束魔術>とそれを活かす為の魔物の軍勢。

 これが全て揃っているからこそ私に負け・・はないのだ。今までも、これからもな。


 これならばあのメイドが常識外れの化け物であっても防げるし斃せるという確信はあった。


 だが同時に「あのメイドならば破られるかもしれん」という不安もあった。今までの戦いを見せられれば尚更だ。



 その予感はある意味で当たり、ある意味で外れた。


 策は見事に成功し、敵陣に多大な被害を与え、メイドを自由にはさせていない。

 とは言え完全に抑えつけているというわけでもなく、鈍くなったその身体である程度は戦えてしまっているのだ。


 リッチやエルダーリッチからの闇魔法を大量に浴びて、それで動けるというのが異常なのだ。

 魔法防御である程度防いでいるのか、それとも膂力で無理矢理動いているのかは分からん。


 何にせよそれは私にとって理外なことで、ハルバードを振り回すその姿は画面で見る以上の恐怖を私に与えていたのだ。



「メイドを抑えろッ! 徹底的に足止めだッ! 他は近づけさせなければそれで構わんッ!」



 最も迫っているのはジータの部隊だがまだ距離はあるし間にはリッチたちがいる。あとはスケルトン部隊が波状攻撃を仕掛けるだけで事足りる。


 飛行部隊は力及ばず負けたようだが、残っている敵戦力は魔法が使えんし、出来ることは突っ込んでの近接攻撃しかない。

 それではリッチすらも斃せない。実際に迫って来てからでも十分に対処可能だ。



 だからこそ私は高位アンデッドの全てにそう指示を出していた。

 一番近くにいる私の最大戦力、【魔骸王ディストア】にもだ。

 とにかく注視すべきはメイドだ、メイドだけは目を離すなと。



 ――別に他を疎かにしていたつもりはないのだ。


 ――しかし、だからこそ見逃してしまったのかもしれない。


 ――視界にチラリと映った″小さな火の粉″を。








「!? ふがっ――!?」



 どこをどうやって潜り抜けてきたのか、その『小さな火の粉』はいつの間にか私の間近に迫っていた。


 魔物の群れを抜け、私の足元に。そしてそれは――私の口に飛び込んだのだ。


 熱さを感じたわけではない。ただ単純に驚き、そして恐怖した。


 何が起きたのか。何が飛び込んできたのか。何が私の腹の中にいるのか、と。



 その答えを知った時、私は腹を割かれる激痛に声とも言えないような絶叫を上げていた。


 痛み、苦しみ、驚き、恐怖、それらが同時に襲い掛かり……瞬く間に私の命を奪っていったのだ。



 最期に見たのは私の腹から飛び出した『炎の鳥』の姿。



 羽ばたくと同時に巨大化したその魔物は――あの――アデル・ロージットの――――。




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