260:誰も喜べない戦いが続きます!



■メロ・イェロ 22歳

■第494期 Cランク【黄砂の塔】塔主



『神様通信

 本日行われた塔主戦争バトルにて【六花の塔】が勝利!

 【黄昏の塔】が消えました! 以上お知らせでした! 神様より』


「え…………」



 その通知が来たのはまだ昼にもなっていない時間帯のこと。

 私は【黄昏の塔】という文字列が信じられずしばらくの間、頭が空っぽになった。理解することを拒否していたのだ。


 本当はそのまま玉座を離れ、バベル一階にある【黄昏の塔】の転移門まで走っていきたかった。


 でもそんなことはできない。

 侵入者が塔に入っているし、営業時間内は転移魔法陣が使えない。

 放心状態のまま数時間動くことを許されなかったのだ。


 その間、何度も手紙を送ろうとした。安否を確かめるために。

 でも送り先のリストに【黄昏の塔】の名前はなかった。


 何度も確かめた。何度も書き直して何度も見直した。でも手紙は送れなかった。



 やっと五の鐘が鳴り、私は急いでバベルの一階に向かった。とにかく走った。


 しかし――そこにあった転移門は消え、アーチ状に枠だけが残されていたのだ。

 【黄昏の塔】と銘打たれたプレートもない。存在そのものが世界から消されていた。



 私はその場で項垂れて泣いた。周りに帰りがけの侵入者たちもいたがそんなものは関係ない。

 何か声を掛けられた気もするが耳には入ってこなかった。



 どれほど経ったかは分からない。どうやって歩いてきたのかも分からない。

 気付けば私は自分の塔の最上階にいた。

 玉座に座り、父との手紙のやりとりを映し、それをぼうっと眺めていた。


 そうして少しずつ頭の中で考え始めた。理解できないものを理解するように、心が動き出したのだ。


 父は真面目に塔運営できていたと思う。プレオープンで攻め込まれたことはあってもオープンしてからは比較的順調に運営していたはずだ。

 私も先達としてアドバイスをし、それが実践できていたのも知っている。


 後期のランキングこそ下位に沈んでいたがそれは防衛策を徹底させていたから仕方ない。まずは侵入者から身を守ることが重要なのだ。


 その結果、半年以上を経て未だに生き残っていることが即ち成功の証なのだ。

 例年、この時期まで生き残れる塔主は半分以下となる。それを私はこの目で見てきているのだから。



 父にはもちろん労った。おめでとう、よくやったねと。

 父も喜んでいた。安堵の表情も浮かべていた。

 苦戦しながらも真面目に塔運営に取り組み、そして生き残るという結果を出したことに喜んでいたのだ。


 前向きな性格は塔主にとって掛け替えのない資質だ。私はそう思っている。

 父にはそれが備わっていた。だからゆっくりとでもいずれは塔主として大成すると信じていた。



 そんな父がなぜ塔主戦争バトルを……?

 父には塔主戦争バトルに頼らない運営というものを助言していたし、仮にやるとしても二年目以降だと話していた。


 新塔主はTP不足に陥りがちだが、だからといって塔主戦争バトルに頼るのは悪手でしかない。

 それはほぼ負けの決まっているギャンブルのようなものだから決して手は出すなと。

 ただ二年目となって次期の新塔主相手に仕掛けるならば考える価値はあると、そう助言していた。



 父はそれを納得していたはずだし、私に何の相談もせずに塔主戦争バトルをするなんて信じられない。

 しかも相手は501期のトップ【六花の塔】だ。

 向こうが申請するとは考えにくいので、必然的に父のほうから申請したと見えるのだが……なぜそんな真似を。



 そもそも父は塔主として選ばれる前まで【彩糸の組紐ブライトブレイド】のファンだったのだ。

 一番応援しているのは私、次は【彩糸の組紐ブライトブレイド】だと言っていた。だからどうか戦わないでくれと、そう言われていた。


 華があり、民からの人気があるのはよく知っている。私だってその戦果に何度驚かされたか分からないし、戦おうなど微塵も思わない。

 だから私も笑ってそういう話を聞いていた。



 その【彩糸の組紐ブライトブレイド】に加入した【六花】と戦おうとしたのはなぜだ……。


 私の与り知らぬところでどういう心境の変化があったのだ……。


 応援していた【彩糸の組紐ブライトブレイド】に加入した同期が許せなかった?

 いやそれもない。むしろ笑顔で話題にして盛り上がっていたはずだ。



 なぜ? なぜ? なぜ?



 疑問ばかりが浮かび、その答えは一向に出ない。

 答えを知る者はもうこの世にいないのだから。



 ただ一つ分かっているのは――【六花】が父を殺したということだ。


 理由がどうあれ、経緯がどうあれ、その結果だけは間違いない。


 ならば……ならば私は……私がすべきことは……。



 その時、自分の顔がどのようになっていたのかは分からない。頭の中は暗い感情だけが支配していた。


 宝珠オーブに乗せた手は自然と動く。

 私は塔主戦争バトル申請をしていた。送った先はもちろん――【六花の塔】だった。





■シルビア・アイスエッジ 22歳

■第501期 Dランク【六花の塔】塔主



「……やはり来たか」



 どうやら深夜に送られてきたらしい通知を私が確認したのは朝のことだ。

 塔主戦争バトル申請、差出人は【黄砂の塔】のメロ・イェロ。

 私が昨日斃した【黄昏の塔】塔主、マイナイナ・イェロの実娘だ。



 元よりこうなるだろうとは思っていた。それを承知で【黄昏】の申請を受理したのだ。


 もし【黄昏】が精神的に病んだことで申請してきたのであれば、501期のトップとして私が介錯してやろうと。

 もし何者かが何かしらの目的を持って【黄昏】を操っているならば、早くに解放してやろうと。


 それが例え【黄砂】の恨みを買うとしても、だ。



 昨日の一戦、明らかにマイナイナの様子はおかしかった。

 塔主戦争バトルが始まるや否や、とにかく数多くの魔物を送り込んで来た。

 その数は二百以上にもなる。Fランクの塔では考えられないような大軍を攻撃陣としてきたのだ。


 防衛のことなど考えていないのは一目瞭然。

 指揮官も部隊も何もない。ただ物量で押し込むといったその様子はとても塔主戦争バトルと言えるものではなく、まるでスタンピードを思わせるものであった。

 神造従魔アニマのウェアバット(C)もいたのだが指揮がとれる状態にはとても見えなかった。



 私は速やかに勝負をつけることを決め、フェンリルシルバ(A)と六階層に配置していた氷貴精レーシー(A)二体を二階層『迷いの樹氷林』に送り込み迎撃に当たらせた。


 一階層に広がった敵攻撃陣は一つにかたまることもなく二階層へと順々に上がり、そこでまた散らばる。

 敵の魔物はF~Eランクがほとんどで、ごくわずかにDランクがいる程度。あとはウェアバット(C)だけだ。



 これで負けるはずがない。

 同盟の皆様が考え、私が創り上げた【六花の塔】が、こんな適当な攻撃で荒らされて堪るものか。

 そうした思いはシルバたちにも伝わったようで、散会した敵の殲滅は時間の問題だった。


 あらかた群れを斃しきると生き残る攻撃陣の掃討をジャックフロストジャックたちに任せ、シルバと氷貴精レーシーには【黄昏の塔】の攻略を言い渡した。


 【黄昏の塔】にはほとんど魔物は残っていなかった。当然のことだが。

 おそらく大ボスとしていたウェアバットまで攻撃陣に回したのだから残っているはずがない。

 Fランクの塔は全三階層。それをシルバたちは障害物もなしに駆け抜けた。



 その最上階、マイナイナの様子は異常そのもので……。


 怒鳴り、叫び、頭を掻き毟り、足をバタつかせ、それでも玉座からは動こうとせず。

 味方などほとんど残っていない画面に「殺せ! 殺せ!」と指示とも言えない指示を出していた。



 私は遠距離から魔法で始末するように指示を出した。

 近くに寄るのが怖かったのだ。何をしでかして来るか想像も出来なかった。


 氷貴精レーシーの魔法は宝珠オーブを的確に砕いた。


 それで終わりだ。

 なんの達成感もなく、なんの高揚感もなく、ただ私は目をつむって心の中で祈るだけだった。



 そしてその翌日、案の定【黄砂の塔】から申請がきたわけだ。

 【黄昏の塔】を斃してそれで終わりではない。その後も含めて一連の戦いが私に課せられた務めのつもりでいる。


 受理しよう。

 その前に同盟通信をつなげて相談はしなければならないがな。



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