122:また妙な噂が立ち始めてきました!
■ガーネット 20歳
■Cランク冒険者 パーティー【紅陽千火】所属
「おい新聞見たか?」
「ああん? お前新聞なんか読んでんのかよ。どこの商人だお前は。俺たちゃ冒険者だぜ?」
「いやいつもなら見ねえけどよ、今回は【
「マジか! それならそうと――」
そんな声がギルドの中から聞こえて来る。
未だに例の五連戦の余韻を引きずっているようだ。まぁ衝撃的だったからな。
Cランクの私たちからすればよく目にしていた塔がいくつも消えたことになる。
【強欲】【昏き水】【打突】【風見鶏】どれも一度は挑戦した塔だ。【千計】はちょっと分からないが。
特に【強欲の塔】の手強さといったら二年前からずっと言われていたほどで――今でこそ【女帝】や【赤】がその役目を担ってはいるが――難易度の高い新進気鋭の塔として注目を浴び続けていたのだ。
そんな塔が一気に消えた。
これだけ注目され賭けの対象にまでなっていた事件だ。挑戦していなくても興味のない者は少ない。
その戦いの様子が垣間見える今回の新聞は、いつもは新聞など読まない冒険者にあっても価値のあるものと言える。もちろん私たちも買っている。
そうでなくても塔主の生の声を聞く機会などないのだから、今回のようなインタビュー記事は非常に面白い。
【忍耐】のドロシーが「【打突】の巨人が厄介でー」など言えば「わかるわー」「だよなー」「塔主から見てもそうなのかー」という反応になってしまう。
やはり私たちが体験したことと同じように思っていたのかと。実際に斃した塔主たちも。
ただまぁさすがに戦いの詳細は言えないのかと、そこは残念だったのだが仕方あるまい。
興味深い点はいろいろある。
ジータがあの【昏き水】で泳ぎながら戦っただとか、五連戦が偶発的に起こっただけとか、レイチェルと挨拶していたのは本当だったとか。
どれもそれ一つでギルドが一日中話題にできそうな内容だ。
中でも『差別や偏見と闘う姿勢』というものに衝撃を受けた者は多いだろう。
声高にして言えるものではないし、実践できるものでもない。しかもそれを「メルセドウ王国公爵家長子」のアデル・ロージットが言っているのだ。
物議をかもすことを畏れず、弱い者の立場に立って。並みの貴族にできることではない。
正直私は感動を覚えた。
塔主となれば貴族ではなくなる――それはそうだとも思うが、それを自分から言える者がどれほどいるものか。
実際は皆分かっているに違いない。
塔主になって領地経営などできないし、そもそも国外に在住となるし、国や民に寄与するといったらせいぜい塔での活躍を伝えるくらいのものだと。
平民の冒険者に攻略され殺されても誰も文句は言えない。塔主とはそういう存在なのだ。
しかし思っていてもそうは言えないだろう。それほど貴族という響きは甘美だ。
しかも【女帝】の様子を見るに、実際にバベルの中でもそうした貴族――選民思想を持つ者がバベルの中にもいるのだろう。
だから声高にして怒っているのだ、戦っているのだと。
思えば【女帝】の斃した【正義】と【力】同盟はニーベルゲン帝国の王族と関係者。
【赤】の斃した【駿馬】と今回【女帝】の斃した【強欲】はラッツェリア公国の貴族と大商人。
【風】同盟も【世沸者】のノノアを虐めていたとなれば、ずっとそうした戦いをし続けてきていると言えるのかもしれない。
じゃあ【女帝】の言う「同じ出身国の貴族」というのは誰だ、という話になる。ギルドでももちろん『【女帝】の出身国探し』が始まった。
そして流れてきた噂は「どうやらエルタート王国らしい」というもの。
仮にそれが本当だとするならば、該当するのは……。
「えっ、まさか【傲慢】とやる気か? Aランクだぞ、向こうは」
「
「【傲慢】とやる為の予行練習だったんじゃねえか? 【強欲】は」
「練習台にしていい強さじゃねえぞ。
「【傲慢】の同盟ってどこよ。……【死屍】【雨林】【砂塵】【猫髭】。うわぁこれ全部消えんのかよ」
「これ全部同じとこの貴族だろ? だったら
「俺ら今のうちから【猫髭】撤退すべきじゃねえか? 早めに他の塔に慣れておいたほうがよくね?」
「お前らおちつけ。Aランクの【傲慢】が負けるわけねえだろ」
「お前こそ【女帝】の戦績見直してからもの言えや。Dの時にBの【力】を喰ってんだぞ?」
Bランクの【死屍】、Cランクの【雨林】【砂塵】というのは私たちも挑んだことのある塔だ。【猫髭】はちょっと知らんが。
本当にこれらがなくなるのだろうか。
……と思ってしまうのは【
どこか消えようが関係ない。私たちは明日も【赤の塔】に行こう。
■シャルロット 16歳
■第500期 Cランク【女帝の塔】塔主
『な、なんか私すごくハキハキ喋ってる感じなんですけど……』
『俺、泳げねえんだけど』
記事が出来上がってからのノノアさんとジータさんの反応です。
今回のインタビューは五回に分けて小出しするらしいです。セコイですね、バベル新聞。
まぁそれだけ売上になるということなのでしょう。どうも他人目線で見てしまいますが。
色々と突っ込まれて聞かれた部分もあるのですが、上手い具合に隠せたのではないでしょうか。
結局は戦ったお相手を持ち上げて終わる、みたいになりました。貶すわけにもいきません。
こんなものを信じる人がいるのかって感じですが、まぁそこは記者の方が今後も上手い事書いてくれるでしょう。
ノノアさんは
アデルさんは
『あれでジータを警戒してくれれば万々歳じゃありませんの』
『囮にすんのは戦術的にいいんだけどよ、俺は泳げねえんだっての』
実際【昏き水の塔】のリアクアさんはジータさんを警戒してたでしょうからね。【風の塔】のヴォルドックさんたちもそうだと思いますが。
やはり英雄ジータのネームバリューは大きい。だからこそ利用したいというアデルさんの気持ちも分かります。
あとはやはり【傲慢の塔】に対するネガティブキャンペーンですね。
これは取材を受ける条件としてアデルさんが頼んだことです。最初にこういう話に持っていかせてくれと。
つまり始めのほうはほとんど台本通りなのです。まぁ私が怒っているのは本当ですが。
『ああいう風に言えば世論はわたくしたちに靡きます。今は靡かせるにもちょうどいい時期ですしね』
『人気絶頂期に取材を受ける意味があるっちゅーことか』
『鉄は熱いうちにって仰ってましたもんね……』
『そして相対的に差別主義者が反感を大きく買うと。その筆頭が【傲慢】のシャクレイじゃな』
あれだけしか言ってないのにシャクレイさんに結びつきますかね。
私からすれば極力伏せたつもりなのですが。
『シャルロットさんがエルタート王国出身という噂は流れているらしいですわよ』
「えっ、そうなんですか?」
『まぁシャクレイがシャルロットさんをエルタート王国民だと知っていたのですからどこからか漏れているのでしょうね。あぁ、わたくしは広めていないですわよ』
「分かってますよ。魔法契約書に書いてますし」
私たちがお互いの情報を漏らすことはありません。ですのでどこか別の線から広まったのでしょうね。
まぁ広まったところで特に問題はないのですが。
ただあの人たちと同じ国出身というのが恥ずかしいだけです。
ともかくこれで少しでも向こうの侵入数が減ってくれればいいなぁと。
侵入数=TPですからね。向こうに余計な力を持ってほしくないと、そういう作戦です。
『反貴族主義を表明したわたくしは逆にバベリオの民から称賛の的ですわ。これで人気を取り戻しますわよ! 侵入者数増加ですわっ!』
なんかもう申し訳ないです。私のとこにかなり流れちゃいまして。
一時期ほどの偏りはないんですけどね。ある程度は元に戻ったかなぁと。
とは言え以前に比べれば増えている状態は継続中です。これを維持、またはより伸ばしていきたいですね。
『これで【傲慢】側が過剰に反応するなんてことはないんか?』
『ありえませんわね。貴族が
『うーむ、含蓄があるのう』
『これで虐められる人が減ればいいんですが……』
期待薄ですよねえ。まぁ世論を味方につけたことで一応は納得するしかありません。
獣人の力信奉主義や人間の人種差別は根深い、というか世界に馴染みきった考えのような気がします。
その中から一人でも多く救われる人がいればいいのですが。
そう私は期待するだけです。
「ああ、それはそうと、今度こういうのを作ろうと思っているのですが」
『……なんですの、それ』
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