416:帝都の防衛を試してみます!



■マキシア・ヘルロック 50歳

■第477期 Aランク【空城の塔】塔主



 我々の攻撃陣は【女帝の塔】の攻略を始めた。

 総指揮はサルマット(★A)となっているが地上部隊にもフェンロン(★A)とザムエラ(★S)がいる。どちらも優れた指揮官だ。

 この三体が連携を取り合えば、軍としてまとまるのは容易いだろう。


 そういった意味では【女帝】同盟のほうがキツイはずだ。

 あれだけの固有魔物を抱えているということはかなり細かい部隊分けがされているはず。

 だとすれば部隊単位でバラバラに動くことになるし、攻撃陣全体のまとまりはなくなるだろう。


 いかに鰓の女性魔物が優れた指揮官であっても個性と力の強すぎる集団を統率するのは不可能に違いない。

 やはり「魔物総数千体」というのはこちらに有利に働いているということだ。



 改めて【女帝の塔】の様子を眺めていたが、すぐに事前情報と異なることが分かった。

 一階層の塔構成を調べていた時にも不思議に思っていたのだが、どうやら【女帝の塔】の一階層は「侵入者用ルート」と「大軍用ルート」で切り替えが出来るようなのだ。


 <空虚なる城>で見た時は「侵入者用ルート」が開放され、「大軍用ルート」が閉鎖された状態だった。

 あの時は「なぜこんな無駄なスペースを」と思っていたが、どうやらそれは塔主戦争バトルを見越して設計された塔構成だったらしい。


 もうそれだけで【女帝】がいかに異才かというのが分かる。


 私は二十年以上の塔主人生の中でこのような塔構成など見た事がない。どれだけ塔主戦争バトルに傾倒しているのかという話だ。普通の塔主では絶対に創らない塔構成なのは間違いない。



「サルマット、その先の大通りは塔主戦争バトル専用の通路だ。おそらく何か仕掛けてくるだろう。気を付けておけ」


『ハッ!』



 大軍用ルートを用意しておいて、塔主戦争バトルの機会に何も仕掛けてこないわけがない。

 私はそうサルマットに指示を出した。



『マキシア様、空から見る限り、水路になっているようですが』


「うむ、しかし水深は膝下くらいしかない。おそらく地上部隊の行軍速度を落とし、その隙に攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。警戒は怠るな」


『ハッ、承知しました』


「ちなみに一階層の後半にも同様の水路がある。こちらはさらに水深が浅い。何かしらの意図があるとは思うが警戒はしておいて損はないだろう」



 <空虚なる城>で大軍用ルートの全容も分かっている。その水路の深さもな。

 塔構成が全て分かるというのは地形も罠も把握済みということ。

 まぁ罠は塔主戦争バトル用に弄っているかもしれんが、昨日今日で修正出来るところなど限られている。

 となれば気を付けるべきはやはり魔物だ。おそらくこの「大軍用ルート」にも魔物の奇襲を絡めてくるに違いない。



 ……そう思っていたのだ。


 私はてっきり、帝都の街並みの上から鳥やハーピィが襲って来るものと思っていた。

 だからサルマットに上空からの警戒をさせていた。



 それは地上部隊が全て水路に入った時に起こった。

 空から見ても魔物の影など一つもない。奇襲の気配など何もない状態だったにも関わらず――突然、雷魔法が地上部隊を襲った。



『家だと!?』


 そう叫ぶサルマットの声は私たちの代弁でもあった。

 水路の左右、壁となっている家々の中から雷魔法を撃たれたのだ。

 おそらくサンダーバード(D)だろうが鳥に空を飛ばさせず、家の中から魔法を撃たせるなど奇策がすぎる。


 どうやら家の壁や窓に、それ専用の隙間があるらしい。塔構成を調べていてもそんな細かいところまでは見えん。

 それも一か所とかではないのだ。水路の左右、至るところから魔法を撃たれている。

 複数のサンダーバードを家の中に配置しているということだろう。このような奇襲は予想外にもほどがある。



 すぐさまサルマットはサンダーバードの討伐を試みたが、帝都の家々は入り組んでいてどこに出入り口があるのか分からない。

 時間をかけて探し回るよりも水路を抜けることを優先させるべきと判断し、サルマットは地上部隊を急いで進軍させた。


 雷魔法は魔物から水路全体に広がり、地上部隊の多くがダメージを受けた。水が感電を促しているのだから防ぎようがない。

 浮遊している空貴精シルフス(A)やゴースト部隊はまだマシだったが、虎部隊とスレイプニル部隊はダメージを負いながらも何とか水路を脱出したような恰好だ。


 ダメージ自体は微々たるもの。それは高ランクの魔物なのだから当然だ。

 しかしたかがサンダーバード如きにダメージを負うこと自体が問題なのだ。屈辱的でもある。



 私は気を取り直してサルマットに進軍するよう言いつけた。

 この分では後半の水路でも同じように雷魔法の斉射をくらってもおかしくはない。

 何ならサルマットやヴァルキリー部隊を使って地上部隊を空輸すべきか……いやさすがに無防備になりすぎるし、時間もかなり掛かってしまうだろう。


 そんな事を考えていた矢先、まだ後半の水路にも辿り着いていない状態で二度目の奇襲が始まった。



『ハーピィ!? くっ……これは……油かッ!』


 大軍用ルートからかなり外れた侵入者用ルートから何体ものハーピィが顔を出し、何かを遠投してきたのだ。

 それは放物線を描き、大軍としてまとまっている私たちの攻撃陣にまで届く。

 直接当たったのは僅かだが、近くに落とされたもの、はじき落されたものが周囲に広がる。


 その瓶の正体は油であった。割って初めて気付いたのだ。

 あっという間に周囲の地面は油が広がり、通りの石畳を覆う。


 行動阻害だ。これがゴブリンなどの二足歩行の魔物であれば大惨事だろう。

 幸いにも虎部隊は四足でスレイプニルは六足。滑りづらくはあるので行軍にも支障はない。



 しかしその油瓶投擲は切っ掛けにすぎなかった、とすぐ後に知ることになる。


 後半の水路……いや、水路と思っていたものは違ったのだ。張られていたのは水ではない、大量の油だった。

 深さは靴底が浸る程度ではあるが油に満たされた通路など見た事がない。水路以上に厄介なのは明らかだった。



 さらにハーピィの油瓶投擲は続いていた。

 ヴァルキリー部隊がほとんど打ち落としていたが、それでも油にまみれる魔物が出てくる。

 その状態で″油の水路″を通らなければならないのだ。さすがに虎やスレイプニルでも踏ん張りが効かず、体勢を崩す者もいた。


 サルマットはハーピィを殲滅しようとも思ったが、それは攻撃陣から大きく離れることを意味する。

 さすがにそれは出来ないと、守りながらただ進むしかなかった。



 それだけではない。今度は通路の左右から火魔法が放たれたのだ。

 雷魔法の時と全く同じ要領だ。家々の中に何かしらの魔物がいて、隙間から次々に撃ってくる。

 別に攻撃陣を狙うわけではない。水路の油に点けばそれで終わり。すぐに通路は火の海と化す。



『風だ! 風で炎をこじ開けろ! 油を吹き飛ばせ! 地上部隊の道を確保するのだ!』



 サルマットはグリフォンや空貴精シルフス(A)に魔法を使わせ、無理矢理に水路を脱出させた。

 それはあの状況における最適解だったと思う。優秀な指揮だった。


 しかし雷以上にダメージをもらったのは間違いない。特にスレイプニルは何体か瀕死にもなった。

 空貴精シルフス(A)に回復はさせたが全快とはいかない。魔力も相当使っただろう。



 これでまだ一階層か――そんなことを私は考えていた。

 塔構成は全て掴んでいても、魔物の数を減らしていても、これだけの手を打ってくる。

 この分ではあとどれほど驚かされることか……。


 出来れば第二陣は送り込みたくない。防衛をこれ以上手薄にするのは危険だ。

 ならばサルマットに頑張ってもらうしかないだろう。


 もぬけの殻となった一階層ボスエリアを抜ける攻撃陣を眺めつつ、私の表情は段々と険しくなっていった。





■シャルロット 17歳

■第500期 Bランク【女帝の塔】塔主



「想像以上の戦果ですわね。これは同盟全ての塔で採用してもよい戦術で間違いないですわ」


「サンダーバード数体、ハーピィ数体、ハイフェアリー数体、計三十に満たない低ランクの戦力でこれだけダメージを稼げるのですからね。御見それしました」


「地形ありきじゃから塔構成から見直さねば同じようには創れぬがのう。これはわしも参考になる」


「わ、私の塔が一番やりやすいのかもしれませんね……小部屋が沢山ありますし」



 【世沸者の塔】の場合ですとハーピィが遠投したような真似は出来ませんけどね。油まみれの小部屋に火を放つのは簡単そうです。オイルスライムもいますし。


 私の『帝都』の場合ですと、通路の左右が家々になっていまして空からは見えない連続小部屋のようになっています。

 だから魔法の撃ち手が隠れやすいですし、逃げやすいと。


 <気配察知>や<魔力感知>でいるのは分かるでしょうが対処も出来ないですからね。雷や火は通路にさえ当たればいいわけですから、そうなると防ぐことも出来ません。


 あとは『帝都』の空が開いているのでハーピィに油瓶を投げさせることも出来ると。

 まぁこれは訓練が必要ですので、真似をするならば事前に練習を積んで下さいと言っておきます。



 いずれにせよあれだけの大部隊、高ランクの魔物の集団を相手にして予想以上のダメージを与えられたのは収穫です。


 フゥさんやアデルさんにも油瓶のお試しはしてもらいましたから魔物の大群相手に効果的なのは分かっていました。

 しかし私が本当にやりたかったのはこういう形なのですよ。

 水路での雷で多少のダメージを与えつつ布石とし、ハーピィに遠投をさせ油まみれにしてから油路に突っ込ませて火を放つと。


 虎やスレイプニルは可哀想なことになっていましたね。よくあれで生き延びたものです。

 そこは敵指揮官を褒めるべきなのですが、仮に風魔法を使われなかったら何体かは斃していたでしょう。

 低コストで高戦果。それが上手く出来ていたと我ながら思います。



 とりあえず一階層でやりたかったことは出来ました。

 ボスは置いたところで蹂躙されるだけですから一時的に消しています。これで敵攻撃陣は素通りですね。


 集団はまとまったまま二階層『エントランス』に進みました。


 ここには一体も魔物を配置していません。

 小部屋を巡り大ボス部屋へと入るための『証』を見つけるという階層なのですが、ここで見るべきは罠です。

 魔物の数は制限されていても罠は置き放題ですからね。それで戦果を出せればというところ。


 と言っても二階層に関しては従来通り侵入者用の罠のみです。

 小部屋に入る前に罠があり、入ってからも罠があると。証をとろうとしたら天井からスライムが降ってくるとかもありましたが、そのスライムを消しているのでむしろ攻略されやすくなっていますね。


 問題は敵攻撃陣に対してここの罠がどれほど効果的か。

 高ランクの魔物は多いですが斥候特化の魔物はいませんし、それでどこまで対応出来るのかを見たいと思っています。



 ……が、そうは問屋が卸さないようでして。



「これは罠まで全部知られてるな。マキシアの限定スキルは罠まで分かるちゅうことか」


「塔構成が知られているのは分かっておったがてっきり地形程度かと思っておったわ。罠まで全て把握されておるのは誤算だったのう」


「なるほど、それで斥候が少ないのですか。【空城】ほどの塔であればちゃんとした斥候系魔物を抱えていてもおかしくはないですからね」


「で、でも直前に弄った罠はどうするんですかね……四階層のやつとか……」


「それこそ見ておきたいところですわね。全てを回避するのは不可能でしょうし」



 この分では三階層まではすんなり攻略されてしまいそうです。

 まぁそれはそれで構わないのですがね。敵攻撃陣の攻略が早いほうがこちらとしては助かりますし。


 私たちの攻撃陣にはハルフゥさんやスキュラ部隊がいることで行軍速度はかなり落ちています。

 敵のほうが早く、私たちのほうが遅い、というのが理想ではあるのですが……。


 【女帝の塔】のほうは三~四階層と入り組んだ階層が続きますし、【潮風の塔】は平原や草原、砂浜といった階層が続きます。


 どう見ても【潮風の塔】のほうが楽そうですよね……。

 ハルフゥさんに言って少し遅くしてもらったほうがいいのでしょうか……。



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