408:【空城】同盟が動き始めました!



■マキシア・ヘルロック 50歳

■第477期 Aランク【空城の塔】塔主



「――というわけで今は本国でも騒がしくなっている。まだ表立ってはいないがな」


『なんと……メルセドウでそんな動きが……』


『まさか戦争するつもりですか、メルセドウと』


「どういった形になるかは分からんがな。いずれにせよ大公陛下はいつ仕掛けてもおかしくはない。心構えはしておくべきだ」



 我がラッツェリア公国の西の隣国、メルセドウ王国では昨年より貴族粛清の流れが続いている。

 国王と王国派による貴族派の粛清。

 さらに今度は中立派までをも粛清しようとしているらしい。


 メルセドウ国王はそのような愚策を打つような人物ではないと思っていたのだがな……今回ばかりは理解が出来ん。

 多くの貴族が粛清の対象となり、大幅な人員入れ替えが行われるのは必至。

 内政は滞り、国は非常に不安定な状態となるだろう。国全体を巻き込んだ停滞・衰退が目に見えている。



 しかし中立派貴族もただ粛清されるのを待つだけではない。王国派に対する反撃を考えている。


 一つは【節制】同盟による【赤の塔】討伐だろう。間違いなく動くはずだ。

 中立派は「王国派の【赤】を討った」という事実を何より欲している。

 バベルの塔主戦争バトルを中立派と王国派の代理戦争とするのが一番影響力があるのだから。


 もう一つ、反撃の一手と見ているのがメルセドウ中立派とラッツェリア公国が手を組むこと。

 今はまだ具体的な話は出ていない。

 ただ中立派筆頭のスーロン侯爵がラッツェリアに話を持ちかけたようだ。それは間違いない。



 元々ラッツェリアはメルセドウに対してあまり良い感情を持っていない。

 それはメルセドウが「東の魔法大国」と呼ばれるまで大きくなった歴史的背景に起因しているのだが、特に大公陛下や一部貴族はメルセドウを目の敵にしている部分がある。


 私も伯爵位を賜っているラッツェリア貴族の一人ではあるが、実際そこまで嫌っているというわけでもない。

 それは元々ヘルロック家が子爵家であり、【空城の塔】がBランクになったのを切っ掛けに陞爵しただけの元下級貴族にすぎないという理由もあるのだが、そもそも我がヘルロック家は″穏健派″なのだ。



 一体何百年、戦争が起きていないと思っているのだ。それだけ各国が安定している証拠だろう。

 一体何の得があるというのだ。金と人命を消費し、領土を得る意味が今のこの世にあるというのか。

 私には理解できない部分である。



 だが、「今ならメルセドウを斃せますよ」「今ならメルセドウの領地を奪えますよ」と言われて乗り気になる者がいるのも分かる。

 それが国のトップたる大公陛下や、それに近しい貴族であるということも。



『私の元にも父から手紙が届きました。【赤の塔】を斃すようにと』


「だろうな。クロック伯には優先して話が行くはずだ。メルセドウのスーロン侯が一番引き入れたいところだろう」



 ラッツェリアとメルセドウの国境を挟むのは、クロック伯爵領とロージット公爵領なのだ。

 だからスーロン侯からすれば一番口説き落としたいところであるはず。


 大公陛下を動かしラッツェリア公国自体を動かせれば一番良い。中立派がラッツェリアを味方にすれば王国派とも対抗できる。

 貴族派粛清のせいで今はまだ安定していないメルセドウを一気に叩ける。

 そして国王と王国派がいなくなったメルセドウは中立派とラッツェリアによって統治されるのだ。


 しかし仮に大公陛下が動かせなくともクロック伯さえ味方に出来ればスーロン侯にとって心強い援軍となる。だから最初に声をかけたはずだ。

 クロック伯の私兵が国境やロージット公爵領に圧を掛けるだけで、中立派粛清の動きは止まるだろう。


 王国派筆頭のロージット公が自領から動けないのであれば、粛清に携わることなど出来ない。頭を失った王国派など烏合の衆だ。

 メルセドウ国王も右腕たるロージット公がいなければ派手に国を乱すような真似は出来ない。


 だからスーロン侯はロージット公爵領を狙う。

 その為の一手がクロック伯と手を組むこと、だったはずだ。

 それでもしクロック伯から大公陛下に話がいけば良し。大公陛下が動かなくても協力する貴族が釣れれば良しだ。



 スーロン侯の策はある意味、実った。大公陛下は乗り気になったのだ。

 私のところに来た手紙からも、大公陛下とその近くの貴族連中が戦争に向けて慌ただしくしている様子が窺えた。

 戦争を利用して手柄や金を欲しがる貴族が多いということだ。大体想像がつく。



 しかしスーロン侯が読みを外している部分もある。

 それは大公陛下がそれほど急いでいないということだ。


 スーロン侯からすれば中立派粛清が行われる前に戦争になって欲しい。

 だがラッツェリアからすれば粛清が終わったあとに攻め込んでも別にいいのだ。

 国が混乱し、経済が衰退しているところを狙ったっていいのだから。それでメルセドウを丸々手に入れられる。


 ただその際にも国境となるロージット公爵領には攻め込む必要があるし、前線基地となるのはクロック伯爵領で間違いない。

 クロック伯は相当意気込んでいるのだろう。伯の頭の中ではすでに戦争が始まっているはずだ。



 大公陛下は戦争前の一手として私に手紙を寄越した。

 内容は「【赤の塔】を斃せ」というものだ。


 仮に戦争が起こり、メルセドウ国王と王国派を斃したところで、バベルには【赤の塔】が残り続ける。

 三年目Bランクの【赤】のアデルはすでに英雄化していると言っても過言ではない。歴史に名を残すのは間違いないだろう。

 そのアデルを残すというのはラッツェリアの将来における不安要素でしかない。



 ――亡国となったメルセドウにはまだ英雄であり神童と呼ばれるロージットの孤児がいる――



 メルセドウの民はアデルを希望の光と見るだろう。

 それではラッツェリアがメルセドウを乗っ取ったところで民心の掌握など出来ない。

 だから今のうち、【赤】がこれ以上力をつけないうちに、私が斃しておけと言うのだ。



『ど、どうなさるのですか、マキシア様』


『【赤の塔】一塔を狙うのかもしくは……例の同盟ごと……』



 画面の中で不安気な顔を浮かべるのは【潮風の塔】塔主ノイアと【夢幻の塔】塔主ゼメット。

 二人とも貴族ではないが、それぞれパイレス子爵家とアバランス子爵家の家人だ。家同士の縁もあって同盟に引き込んだ。


 そして【重厚の塔】塔主ラグアン・クロック。クロック伯の長子である。

 ラグアンの元にはクロック伯から直々に通達があったらしい。【赤】を斃せと。


 自らの子に対してなんとも無茶な注文をするものだ。

 【重厚の塔】はまだ二年目でDランクになったばかり。例の同盟の六番手である【六花の塔】にさえ大きく劣っているのだ。


 だというのによくも【赤】を斃せなどと……バベルのことなど何も分かっていないのだな。これではラグアンが不憫というものだ。



「はっきり言ってあまり戦いたい相手ではない。しかし戦うならばこれ以上奴らが成長する前にどうにかしなければとも思う。何せ奴らの成長速度と言ったらそれだけで歴史に載るほどのものだからな」


『はい……』


「私は大公陛下の命を無下には出来ん。同盟でなく個人で【赤】と戦うことも考えている。しかしラグアンは……」


『出来れば私もマキシア様と共に戦いたいです。足手まといだとは思いますがマキシア様に全てを任せてただ見ているだけというのは父も許さないでしょうし』



 大変だな、クロック伯の息子というのは。

 ただでさえ血の気が多い脳筋が手柄の機会を与えられれば我が子をも道具として使うか。

 ラグアンは理性的で優秀なのにな……なんとも残念な父親を持ったものだ。



「ノイアとゼメットはどうする。子爵家には関係のある話だが其方らは貴族というわけではない。無理して私たちに付き合う必要もないのだが」


『……マキシア様、それは同盟戦ストルグを申し込むけれどこちらは【空城】と【重厚】の二塔しか出さないということですか?』


「それでも仕方ないとは思っている」



 大公陛下から手紙が来たのは私だけ。クロック伯から手紙が来たのはラグアンだけだ。

 パイレス子爵家とアバランス子爵家が今回の件にどれほど関わっているかは分からん。

 もしかしたら戦争反対かもしれないし、その家人であり平民であるノイアとゼメットをそれに付き合わせるのはどうかと思う。



『【赤の塔】一塔ならまだしも彼の同盟六塔を相手に二塔だけで勝てるものですか?』


「正直厳しいな。交塔戦クロッサーならば【赤】を斃すことも可能だが同盟戦ストルグとなると七割方負けると見ている」



 交塔戦クロッサーで私が【赤】を討ち、ラグアンが【六花】を狙うというのも一応は面目が立つ。【六花】のシルビアもメルセドウ貴族だからな。


 しかしそれで私が【赤】に勝っても【重厚】は確実に負けるだろう。

 そうなればクロック伯がその後どういった行動に出るのか……おそらく馬鹿な真似に出るのだろうな。


 もしくは【節制】同盟と結託するという択もあるのだが、これは非常に難しい。

 目的は【赤】の討伐ということで同じなのだが、前提として敵国の貴族なのだ。一時的に協力し合っても将来的にどうなるかは分からん。

 共闘するにしても秘匿しあい、利用しあいといった形になるだろうし、その状態では連携も何もないだろう。


 同盟戦ストルグを仕掛ける前提で一時的に【節制】同盟+【空城】【重厚】という六塔同盟を結ぼうにも、バベルのルールで同盟から離脱した塔の再加入・再結成はすぐにできない。

 【空城】同盟を抜けて【節制】同盟に入るということは無理なのだ。

 その状態で共同戦線を張るというのはやはり難しい。まぁ私は最初から奴らを頼るつもりもないのだが。



 つまりこちらの戦力だけで同盟戦ストルグをするしかないのだ。

 私はそう結論付けている。



『……ではこちらが四塔だったらどうでしょう』


「それならば条文次第で八割方勝つ。今ならばまだこちらが有利なのは変わらん」


『ならば私もご一緒します』


『私もです。今までマキシア様に助けて頂いた御恩を捨てることなどできません』


「……そうか、感謝する」



 私は別に二人の主でもないのだがな、ノイアもゼメットもまるで私を主のように慕ってくれている。

 子爵家には申し訳ない気持ちもあるのだが何とも嬉しいものだ。


 ラッツェリアから遠く離れたバベリオの地では誰かに頼って生きるしかない。

 私にとってそれは彼らであるのだが、彼らにとってもそれが私と言ってくれているようだ。



 ともあれノイアとゼメットが共に戦ってくれるというのなら勝算はグンと上がる。

 向こうの同盟はBBCCDDという立派なものだが、こちらはABCDの四塔だ。

 戦力的にも上回るし、私の限定スキルとノイアの限定スキルを併用することも出来る。


 向こう……特に【女帝】が厄介というのは分かっているが、今ならば確実に私の【空城】が格上。

 半年後にはどうなっているか分からないがな。奴らはそれほど早く成長する。

 だから叩くならば今しかない。


 陛下の恩義に報いるためにも、そして我がヘルロック家のためにも、皆の命を背負わせてもらおう。



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