243:同盟通信はいつも賑やかです!



■フッツィル・ゲウ・ラ・キュリオス 51歳 ハイエルフ

■第500期 Cランク【輝翼の塔】塔主



 顔合わせとなる第一回の互助会会合は上手くいったといって良いじゃろう。

 主題はアリシアとミケルに対しての説明じゃったが、二人とも頭が良く理解が早い。

 さすが長年単独で塔を運営している塔主たちじゃな。エレオノーラとは比較にならん。



 一先ずはわしの説明やらこれまでの経緯、今後の予定や目論見などを伝えたが今回はそこまで。

 次回以降は普通に集まり、情報提供や報告、相談などが主な活動となるじゃろう。


 おそらく五人で大きく動くようなことはない。

 あくまで「エルフ塔主の皆で集まってお喋りしましょう」とその程度の軽い会合じゃ。


 なんせエルフというだけで他との関わりを断ち、一人隠れてこそこそ生きておったらしいしのう。

 そういった孤独で閉鎖的な環境を少しでも改善できればバベルでの生活も少しはマシになるじゃろう。


 わしも一応はハイエルフじゃからな。

 エルフの皆にそうした場を与えることも大切な務めじゃと思う。



 しかし相談や助言といってもクラウディアの【緑の塔】やアリシアの【聖樹の塔】はファムで覗けんし、向こうから詳しく話してもらわんと助言のしようもないんじゃよな。

 ただでさえAランクやBランクの塔主相手にわしが何か言うというのもどうかと思うし。


 ミケルの【紺碧の塔】ならばいくつか助言はできるがのう。

 頭が良いのは塔構成などを見れば分かるのじゃが、孤独に運営していたこともあって知識的に甘い部分もある。


 その点わしはファムで色々覗けるし、何より身近に天才どもがおるからのう。二年目の新米じゃが識見はあるほうじゃと思う。



 ミケルは十二年目のCランク。成長が遅いとは言わぬが決して早くはない。

 ゆっくりと着実にやってきたのは確かな手腕なのじゃが、褒めていてばかりでは互助会の意味もないからのう。

 おそらく現状でもすでにわしの塔のほうが上回っているじゃろうし。


 【春風の塔】と合わせて【紺碧の塔】も強くするのがわしの最初の仕事かもしれぬな。

 【聖樹の塔】についてはクラウディアにとりあえず任せよう。



 そんなことを考えていたら同盟の通信が入った。



『おい、フッツィルの嬢ちゃん、てめえハメやがったな』



 アデル越しにジータがそう言ってくる。顔はにやけておるな。



「楽しめたようで何よりじゃよ。あそこは飯が美味くてもわしは行けぬからのう。どうじゃった?」


『ああ、飯も酒も上等だったぜ。客の質は最悪だがな』


『フッツィルさん、わたくしも聞きましたけれどどこまで知っていらっしゃったの?』



 アデルも呆れ顔で聞いてくる。


 あの店は【色欲】のドナテアが出資しているらしく夜の街で遊ぶ塔主に紹介されることが多いそうじゃ。

 どこかの店で遊んでいた塔主や神定英雄サンクリオが「塔の関係者なら行きやすい店がありますよ」と勧められるわけじゃな。


 そうした紹介システムを構築したのがドナテアなのじゃろうが、本当に商才があると言うか抜け目がないと言うか、見事と言うほかない。



 金持ちの塔主に相応しい食事と酒、接客を用意し、幅をきかせても周りの客が邪魔に思わないという店を創った。

 仮に横暴な塔主がいても普通の店ならばどうしようもないが、あの店ならば客の中に高ランク塔主がおるし、店主側にドナテアがおる。

 周囲の店も、客側も、共に安全が買えるということで需要を生んでいるわけじゃな。



 ドナテアにしてみれば一番の目的は情報収集なのじゃろうが、そうした場をわざわざ自分で用意するという発想が素晴らしい。

 その為に他の店に根回ししたのも含めてな。


 表立ってドナテアが経営しているのは『ドナテア娼館』一店舗だけじゃが、実質的にいくつの店が傘下となっているのか……それはわしにも分からんな。



「あそこには毎日日替わりで二十名近い塔の関係者が訪れておる。ジータが会った三名……ドナテアを入れれば四名じゃが、その数は比較的多いほうじゃし、それが揃いも揃って高ランクの塔というのはわしにとっても予想外じゃったよ」


『なんだよ、いつもはあんなじゃねえのか。それは少し安心したぜ』


『後から聞いて驚きましたわよ。なんですの、あの高ランクの巣窟は。BやらAやら、そこらの店に居ていい人たちじゃありませんわよ』



 Aランク【火の塔】の神定英雄サンクリオ、ジグルド・バルッジオ。

 Bランク【猛獣の塔】の塔主、ダグラ・ベントラー。

 Aランク【暴食の塔】の塔主、ピロリア・ピロピロティ。

 そしてBランク【色欲の塔】の塔主、ドナテアか。


 並べてみるととんでもないのう。Cランク【赤の塔】の英雄ジータが小物に見えるわい。

 言ったとおりにここまで高ランクの塔関係者が集まったのはたまたまにすぎん。いつもはCランクやDランクの塔主もおるしのう。

 まぁあの店に行ける低ランク塔主なんぞ大商人とか貴族とかそういった金持ちに限られるじゃろうが。



 しかし何だかんだ言ってジータが楽しんでおったのも知っておる。

 おそらくあの店には時折通うことになるじゃろうし、その時に情報収集でもしてくれればわしらにも利がある。

 飲み食い自体は満足しておったようじゃし単なる人身御供というわけではない。言うてウィンウィンじゃろ。



「まぁ噂話の一つでも手に入れば御の字じゃよ。ジータが下手に喧嘩なぞ買わなければな」


『買わねえよ。俺はたらふく飲んでも分別はつくからな』


『わたくしは怖いのですけどね。うっかり何か漏らしそうですし、限定スキルもありますし』


「そこはクルックーに任せるしかない。わしでも見れんからのう」



 そうじゃな。【風】のヴォルドックが持っていたような接触して発動するタイプの諜報型限定スキルが怖い。

 しかしAランク塔主が普通に食事していたりするからのう。その中で警戒するのも馬鹿らしく思えてくる。


 警戒する必要がないと思っておるのか、すでに対策しているのか、それは分からんがな。

 ジータには警戒させておいてとりあえずは間違いないじゃろ。


 あとはクルックーの<悪意感知>で見張り、万が一のことがあれば虹竜ウィダウェドブリングの<虹竜の咆哮>でスキルを無効化してもらう。そうした対策は必要じゃ。



「まぁ他の店と違って酔っ払いの一般客に絡まれるようなことはない。少なくともあの店の中で戦闘になるようなことはないじゃろ。客同士が抑止力になるのじゃし」


『塔の関係者同士で殴り合いとかはならねえだろうな。やっちまったら神の裁定者アービターに消されるかもしれねえし』



 と、そこで静観していたシルビアが声を上げた。



『その神の裁定者アービターで気になったのですが、皆さんは神の裁定者アービターに消された塔というのをご存じですか?』



 そう聞かれて思い返してみたが……そういえば聞いたことはないな。

 新塔主になった時に職員から渡される『新塔主の方々へ』という冊子にはこう書かれている。



=====


・塔を管理するに相応しくない主の元には″神の裁定者アービター″が訪れる


=====



 昨年一年で130もの塔が消えているが、侵入者に攻略されたのがごく少数。塔主戦争バトルで負けて消えたのが大半。それが全てのはずじゃ。

 自分たちの戦歴と全体通知の履歴を見ればそれが正しいと分かる。



『去年一年で誰も処されてない……わけないよなぁ』


『神が見過ごせないような悪事を働く者は絶対にいるでしょう。善人ばかりを選んで塔主にしているわけではないのですから』


『たまたま居なかっただけですかねぇ……。フゥさんは何か情報持ってないんですか?』


「ないのう。もっともファムに気付けるものなのかどうかも分からぬが」



 確かに考えてみればみるほど分からなくなってくるのう。

 何かこう、心の中がモヤモヤするような変な感覚じゃ。



『私は数年バベリオのギルドにおりましたがそうした″消された塔″の情報など一つもありません。神の裁定者アービターという存在すら塔主になって初めて聞いたのです。それがどうも腑に落ちないなと』


『バベリオの民に知られていないということですの? それはおかしいですわね。塔主は常日頃からその存在に怯えておりますのに』


『普通なら街でも口を滑らせるやろなぁ。そこから神の裁定者アービターという存在が周知されてもおかしくはないで』



 神の裁定者アービターの裁きによって塔が消される可能性がある。

 そうしたイレギュラーを街や冒険者が把握していないというのは確かにおかしい。

 発表もされず理由も明らかにされず、ただ挑戦していた塔が消えるという事態になるからのう。

 そんなことが許されるとは思えん。


 バベルと職員、冒険者は塔の情報を共有しているからのう。

 だからこそ塔主戦争バトルの結果は逸早く周知されるし、休塔日の際には即日職員から発表される。

 それらは全て塔と侵入者の関係性を密接にするための施策じゃろう。



 塔が消える要因の一つである神の裁定者アービター

 その存在を知らしめないなど神やバベル職員からしてもありえぬと思うのじゃが……。



 ――と、考えても答えなど出るものではない。

 気になりはするが、気にしても仕方ないことでもある。

 いずれ裁かれる者がいた時にそれがどのように周知されるのか確かめるしかなかろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る