254:どこも悩みを抱えているみたいです!



■ジータ・デロイト

■【赤の塔】塔主アデルの神定英雄サンクリオ



「うっそだろ……なんでまた居るんだよ……」


「なんでってお前、俺ぁ週に一~二回は来てるからなぁ」


「ガハハッ! わしは週に一回程度だな! 奇遇ではないか!」



 あんなに高ランクの塔関係者ばかり集まるのは滅多にない。

 そう言われたから来たってのに……店に入って早々がっかりした。来るんじゃなかったな。


 絡んできたのはまたジグルドとダグラ。

 【火】の神定英雄サンクリオと【猛獣】の塔主だ。

 こいつらだって「滅多に会わねえ」みたいなこと言ってたのによぉ、どうなってんだよ。



 そのまま帰っちまおうかと思ったが「まあまあ、飲もうではないか!」とダグラに掴まった。

 なし崩し的にむさい男三人で飲む事になっちまった……俺は女と飲み食いするつもりだったんだが?


 ダグラとジグルドはそんな声など無視して早速酒を酌み始める。話を聞け。



「せっかくだから乾杯だ! わしのAランクと【赤】のBランクを祝ってな!」


「あーそういや上がったんだったな。一応おめでとうと言っとくわ」


「ガハハッ! そっちもな! 二年目でBランクとは恐れ入ったわ! ガハハッ!」



 何とも豪快な祝杯だ。まぁどの店に行っても【赤の塔】のランクアップは祝われるもんなんだが、隣にはAに上がったヤツがいるからな。そっちのほうがめでたいのは間違いない。


 CからBに上がるヤツはそこそこいるが、BからAに上がるヤツなんて半年に一人二人しかいないからな。

 【猛獣】のAランクというのは俺も祝う価値があると思う。

 だからと言って俺の飲み食いを邪魔していいわけではないが。



「Aランクは退屈だぞ、ダグラよ。侵入者は減るし塔主戦争バトルの機会はもっと減るし。俺はご愁傷さまと言っておくぜ」


「ううむ、そうなのか。それは困ったのう」


「やっぱ侵入者って減るもんなのか、ジグルド」


「そりゃ母数が違えんだから減るだろ。塔の数も減るから極端にはならねえがな」



 世界中から猛者の集まるバベリオのギルドでもAランクとなると少ないってことか。

 Sランクのヤツとかどのくらいいるんだろうな。かなり少ないんだろうが、それでランキング上位三つを独占してんだから相応に入ってなきゃおかしいんだろうけど。


 つーか、シルビアの嬢ちゃんが元Aランクじゃねえか。

 そっちに聞いたほうが早いな。



「【猛獣】にしても【赤】にしてもランクアップしたばっかじゃ苦労してんじゃねえか? ここで遊んでる暇がよくあるもんだぜ」


「ガハハッ! 気分転換というやつだ! 玉座に座ってばかりいては良い考えも浮かばんからな!」


「うちは主が苦労してるけどな。俺は頭脳担当じゃねえからよ」


「ハハッ! 邪魔だからどっかで飲んでろってか! 英雄様が形無しだなぁ!」



 一応話し合いはしてるぜ? 日中は画面を見ながらずっと会議してるようなもんだし。

 ただ主みてえに夜まで延々と考え事はできねえからこうして外に出てんだよ。


 うちの主は異常なんだよな。よくあれだけ頭使えるもんだぜ。



「どうせあれだろ? 大改装したって完成しねえし、客の質も違えし、TPも思いのほか溜まんねえしって頭抱えてんだろ」


「ガハハッ! 痛いところを突くわい!」


「なんだ、【火】もそんな感じだったのか」



 主やシャルロットの嬢ちゃんはまさしくそんな感じで悩んでたな。

 様子を見るにダグラも同じみたいだ。

 こいつだって二十年近く塔主やってるはずなのにな。それでも同じように悩むもんなのか。



「どこだって同じようなもんだろ。特にCからBに上がった時はウィリアムのヤツも苦労してたし、BからAなんかもっと酷かったな。ランクが上がるにつれて難しくなるみてえだ」


「みてえってお前、まさか全部塔主に丸投げしてんのかよ」


「へっ! 俺は頭脳担当じゃねえからな」


「可哀想に……【火】の塔主が不憫でならないぜ」


「うるせえよ! お前が言うな、お前が!」



 どうやら【火】のウィリアムも同じように苦労したらしい。

 まぁ神定英雄サンクリオなんてアドバイスくらいしか出来ないもんだから塔主が苦労するのは間違いねえな。

 【聖の塔】の【大軍師】シュレクト・ササーとかならまた別なんだろうが……ああいうヤツの方が珍しいし。


 俺もジグルドも戦闘力を見込まれての神定英雄サンクリオだろうし、結局、塔を運営するのは塔主の仕事になっちまう。

 その塔を発展させるのは塔主の力量だからAランクまで上げたウィリアムやダグラはやはり塔主として有能なのだろう。


 ……まぁ今となりにいるダグラはとても知性派には見えないがな。



「つーか、お前ら、BとAに上がったんなら【火】ウチとバトろうぜ! どうせ改装分のTPが足りねえんだろ? 稼げるかもしれねえぞ!」


「誰がヤるか馬鹿が。てめえの餌になる気はねえよ」


「ガハハッ! Aランク同士の塔主戦争バトルというのは惹かれるがな! わしも今【火】とやろうとは思わん!」


「チッ、つまんねえなあおい! 酒だ、酒!」



 ホントにこいつは……ウィリアムは相当苦労してんだろうな……ちょっと同情するぜ。





■ファモン・アズール 35歳

■第493期 Bランク【轟雷の塔】塔主



「【赤】も【猛獣】も大変だと。それはそうか」



 私とて他人のことは言えない。

 Bランクに上がったまでは良かったのだがな……なかなか思い通りにはいかないものだ。


 しかしどうやら私だけの悩みではなさそうで少し安心した。

 【火】の神定英雄サンクリオジグルドもよく聞き出してくれたものだ。


 私より十年も先輩で、平民でありながらスルーツワイデ王国騎士団の百人隊長にまで上り詰めた豪傑である【猛獣】ダグラ・ベントラーでさえランクアップ直後は思うような塔運営ができない。


 新規Aランクというものがどの程度困難なものなのかは私には想像もできない。

 まだ私のほうがマシなのかもしれないな。



 私と同じくBランクに上がった【赤】も英雄ジータによれば苦戦しているらしい。

 こちらは『メルセドウの神童』アデル・ロージット。飛ぶ鳥を落とす勢いの【彩糸の組紐ブライトブレイド】の一塔だ。


 わずか二年という期間で挙げた戦果は私の九年分を大きく上回る。

 もちろん【女帝】や【忍耐】といった同盟の協力もあってのことだろうが、人並み外れた才があるのは間違いない。

 その【赤】ですらBランクに上がりたての現状では悩み苦しんでいるという。



 これはなかなかいい話が聞けた。

 少し心が軽くなったのを感じると、私は<伝導雷針>を切断した。



 【猛獣】や【赤】には劣るかもしれないが、私は私でランクアップによって悩まされている。


 ジグルドは彼らの悩みについてこう言っていた。

 大改装が完成しない、客層の変化に戸惑っている、TPが足りない、と。


 私の場合は改装自体はほぼ終わっているがBランク侵入者の対応に悩まされているといったところだ。TPは年中不足しているのでいつものことと割り切っている。



 Cランクの塔であった時はD~Cランクの侵入者が″客″であったわけだが、今はC~Bランクの侵入者が″客″だ。

 この客層の変化というのは私の予想よりも如実なもので、未だリサーチ不足であることは否めない。


 客層に合わせた商品――塔構成と魔物を用意するのが塔主の務めなのだが、納得できるものを提供できていないと、そう感じている。



 店は客を選べない。塔は侵入者を選べないのだ。



『それこそファモン殿の腕の見せ所ではないですか。柔軟で幅広い対応がアズール商会のウリでしょうに』


『顧客の要望があれば長い道のりをかけて仕入れに行くと。まぁ今回は仕入れる費用も問題でしょうが』


「全くですよ。ついでに言わせてもらえば要望が不透明なのが困ったものでね」



 同盟で繋げた画面には二人の男性の顔が映る。

 一人は【空白の塔】塔主、カラーダイス殿。

 もう一人は【氷海の塔】塔主、ドミノ・テオーリ殿。


 私たち三人は出身も年齢も違うが、同じ493期の三塔同盟だ。

 三人共に商人でありそれぞれの国に店を持っている。そういったこともあって意気投合した。

 少し前までランクもCで並んでいたのだが、一足先に私だけBに上がってしまった格好だ。


 それでも三塔が協力体制にあることは間違いない。

 同盟というよりも国境を越えた商人組合といった感じだが、下手な同盟よりもよほど結束があると思っている。



 利を求めるのは商人の性。

 利用し合うことで店(塔)を大きくできるのであればとことんやるべきだ。

 そういった商人としての精神はどんな友人よりも信用できる。



『いかにもバベルらしい悩みですな。上層はいつも暗がりばかりで金貨の光さえ見えはしない』


『先んじてBランクに上がったファモン殿には道標を打って頂かねば。私たちも後に続けませんから』


「金貨は撒いておけませんよ? 私はむしろ拾いたい口なので」


『はははっ、それが商人というものでしょう。私も目敏さなら負けませんよ』



 来年の前期には少なくとも【空白の塔】がランクアップすると踏んでいる。

 【氷海の塔】はどうだろうか。少し厳しいかもしれない。

 しかし同盟の中で一番有用な情報を持っているのは【氷海】のドミノ殿なのだ。我々と共に成長していって貰わねば困る。


 私も<伝導雷針>のおかげで情報強者には近づいたのだがな。まだ遠いか。

 もう少し″耳″を張り巡らせたいものだ。



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