282:互いに対処しあう戦いです!



■ファモン・アズール 35歳

■第493期 Bランク【轟雷の塔】塔主



『…………は?』


『な、何なのだあれは……!』



 私は目口が開いたまま固まっていた。画面に映る光景がただただ信じられずにいたのだ。


 【女帝の塔】へと送り込んだ私の魔物――Aランク12体からなる132体の軍勢は瞬く間に斃されていった。

 雷魔法の集中砲火を放つも、目にも止まらぬ速度で避けられる。

 頭で理解する暇もなく、精強な魔物たちは紙くずの如く吹き飛んでいったのだ。


 私が九年間を共にした神造従魔アニマのサンダーファングもだ。

 珍しいAランクの神造従魔アニマ。その価値に相応しい強さで私と【轟雷の塔】を支え続けていた。

 しかしその自慢の速度と攻撃力は、それ以上の速度と攻撃力を持つメイドの前に儚くも散っていった。



 メイドだけではない。空を舞う妖精女王ティターニアも異常だ。

 私のサンダーイーグル(B)以上の速度で飛び、次々に魔法を放つ。

 こちらの魔法は届かず、向こうの魔法は次々に命中するという理不尽な状況。

 しかも様々な属性の高威力魔法を連続で放つという魔法のエキスパート。それがあれだけ速く動かれるとなれば堪ったものではない。



 たった五分……たった五分で私の攻撃陣は消え去った。

 そこで初めて無双劇を演じた者の姿がちゃんと私の目でも確認できた。


 神定英雄サンクリオのメイド、そしてSランク固有魔物の妖精女王ティターニア――可憐なる二体の化け物だ。


 恐怖、後悔、悲哀、怒り、様々なものがこみ上げる。放心しそうな心を何とか繋ぎ止めるだけで精一杯だった。



 そうか。だから【女帝】はこの塔主戦争バトルを受けたのか……。

 三対一になろうが、三塔攻略になろうが、私がどれほどの戦力を持っていようが、それを打ち破るだけの戦力があると。

 自信があったのだ。自分の戦力を信頼していたのだ。【女帝】は。


 Sランク固有魔物が理不尽な存在だということは私も知っている。私も【雷竜ケツァルコアトル】を持っているのだから。

 しかし竜は全てのステータスが飛び抜けている代わりにその巨体のせいで防衛にしか使えない。広い階層で塔を守護するのが役目だ。


 一方で人型の魔物は攻防どちらでも使えるし指揮もできる。弱点もあるが何かしらに特化した能力を持っている。

 妖精女王ティターニアの場合は魔力と敏捷特化ということだろう。おそらく耐久力は低いはずだ。

 私の送りこんだ魔物たちがまさにそのような偏ったステータスだったのだが……Sランク固有魔物との差はあまりに大きすぎた。



 それ以上に理解不能なのがあのメイドだ。これをどう説明していいのか分からない。

 噂どおりの近接物理アタッカーなのは分かったが、ジータ以上の強さではないだろうか。ともかく想像の数倍は強い。


 これを見ただけで分かった。

 ああ、だから【傲慢】も【魔術師】もやられたのかと。

 【女帝】が成し遂げた数々の下剋上はあのメイドによってもたらされたものだったのかと。

 今にしてやっとその事実に気付いたのだ。



『どうする……どうすればいいというのだこんなもの!』



 ドミノ殿の怒号が画面から聞こえた。いつもは冷静沈着なドミノ殿がこれほど声を荒げるのを初めて聞いた。

 しかし胸中は私も同じ。カラーダイス殿も同じだろう。


 このままでは蹂躙されて終わりだ。

 為すすべなくただ斃されて終わり。すでに死神の鎌は私たちの首に添えられている。

 何か手を打たなければと必死で冷静を装った。



「……<白昼夢の空>しかないのでは」


『……うむ』


「あのメイドが【女帝】最大の脅威というのは分かりました。その速度と攻撃力は人智を超えています。しかし」


『その戦闘力を封じればいいと……なるほど』


「幸いメイドは【空白の塔】に攻め込んでいます。<白昼夢の空>で迎撃するには【空白の塔】がうってつけのはずです」


『……そうですな。とにかくあのメイドを斃さなければ死あるのみ。全力で応戦しましょう』


「はい。私も第二陣をかき集めて【空白の塔】に送り込みます」



 どれだけかき集めたところで先の攻撃陣より断然弱くなるが、それでも送り込まないよりマシだ。

 とにかく数を送る。私の塔を空にしてもいい。

 ここで斃さなければ私たちの未来などないのだから――。





■シャルロット 16歳

■第500期 Bランク【女帝の塔】塔主



『お嬢様、掃除が終わりましたのでわたくしとターニアは戻ります』


「分かりました! お願いします!」



 エメリーさんとターニアさんがまた【空白の塔】と【氷海の塔】の転移門へと入っていきました。

 あっちへこっちへと働かせてしまって申し訳なくなります。


 【轟雷】のファモンさんが同盟塔へと挟撃部隊を送らず【女帝の塔】を攻めるというのは、私にとって「一番嫌な手」でした。

 理由の一つはエメリーさんたちを働かせすぎてしまうという点なのですが、他にも理由はありまして。


 私は【女帝の塔】に攻め込んで来るとした場合、その規模によって対応は変えるつもりでした。

 数が少なければ塔構成と残った防衛戦力だけで事足りるだろうと。でもその場合はこちらの魔物が多く斃されるというのが懸念する点です。


 Aランクが五体程度の軍勢で来た場合はエメリーさんだけを呼び戻して斃してもらおうと。

 その場合は安全に魔物を殲滅できますが【空白の塔】への攻撃陣の指揮をバートリさんにお任せになりますし、エメリーさんが忙しくなってしまいます。


 そしてAランク十体以上の精鋭部隊であればさらにターニアさんも呼び戻そうと。

 こうなると二塔の総指揮官が一時的にいなくなってしまいます。私としては少し不安な面もあるのです。


 さらに言えばエメリーさんの実力を相手に見せることになってしまいますからね。

 本当は【空白】のカラーダイスさんの限定スキルを見極めてから力を振るってもらいたかったので、そういったことも含めて「一番嫌な手」だったのです。


 まぁそういったデメリットをとってでも敵部隊を素早く壊滅させるメリットのほうが大きいのですが、ともかく働かせてしまって申し訳ないなと。ちゃんと労わないとな、と思います。



『シャル、【轟雷】が第二陣を作って【空白】の援軍に向かわせるらしい』


「えっ、第二陣が作れる余裕があるのですか?」


『Bランク以下のかき集めじゃろう。もしかするとイエローオーガキング(A)の部隊を無理矢理向かわせるかもしれぬが』



 階層を移動させるのにも向かない巨人系の魔物を援軍にですか。それほど切羽詰まっているということですね。

 固有魔物のドラゴンが来ないだけマシと見ておきますか。

 もう一体の固有魔物も巨人らしいのですがそちらはどうなのでしょう……続報を待つしかありません。



『向こうは意地でも【空白】の限定スキル……<白昼夢の空>というらしいが、それでエメリーを斃したいようじゃ。【空白の塔】自体を決戦場にして主力をぶつけてくると思うぞ』


「分かりました。伝えておきます」


『<白昼夢の空>ですか……どのようなものか想像できませんわね』


『夢ってくらいやから催眠効果かもしれんで。そしたらかなりヤバそうやけど』



 確かにちょっと怖いですね。

 普通の闇魔法のデバフでしたらステータスで言うところの「魔力」「体力」あたりが魔法防御に直結するらしいのですが、エメリーさんが「魔力B+」「体力S+」、バートリさんが「魔力A+」「体力S」と、エメリーさんの方が苦手なのですよね。

 まぁ侍女服自体に魔法防御力があるそうなのである程度は安心しているのですが。


 しかしお二人は大丈夫でも他の魔物には効くでしょうし、そもそも限定スキルがステータスや装備品で防げるものなのかと言われると首を傾げます。



「うーん……ターニアさんの部隊かベアトリクスさんの部隊を【空白の塔】に向かわせたほうがいいですかね」


『それもアリですわね。【氷海】は防衛しかしないでしょうから攻め手を薄くしてもゆっくり殲滅に勤しんでもらえばいいわけですし』


『く、【空白の塔】が厳しくなるのは目に見えていますしね……』


『いっそのこと【氷海の塔】の攻撃陣を全て【空白の塔】に派遣するというのは』


『それも手やな。【空白の塔】を攻略してから二手に分かれて【轟雷】と【氷海】を攻略してもええんやし』



 なるほど、そうなるとハルフゥさんの部隊の足の遅さがネックになりますが……【轟雷】の援軍に巨人系が入るとなればそれほど気にする必要はないかもしれません。

 何よりハルフゥさんの神聖魔法や飛行・魔法戦力が必要になるかもしれませんし……。


 よし。では【氷海の塔】の殲滅を一時中断しましょう。

 その旨を皆さんに伝えて今のうちから動いてもらわないといけませんね。




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