283:まだバトル序盤なのにもう決戦です!



■エメリー ??歳 多肢族リームズ

■【女帝の塔】塔主シャルロットの神定英雄サンクリオ



「戻りましたよ、バートリ」


「随分と速かったな。もう少し遊んできても良かったのだぞ」


「些事は手早く済ませてこその侍女ですよ。こちらの様子は?」


「別段問題はない。指揮官一人で広い階層を隅々まで殲滅など急いでできるわけもないからな」



 わたくしのいない隙にバートリが一人で遊んでいるかもと少し心配しましたが、どうやら問題ないようです。

 クイーンとして、指揮官として部隊の上に立つ時には意外としっかりしているものですね。これも収穫。

 ただ直属の配下と共に戦うとなった時には自分が最前線に出て戦うのでしょうから、その時の指揮が課題でしょうか。


 さあ【空白の塔】の掃討作業を再開しようというところでお嬢様から眷属伝達が入りました。



『全体通達! 【轟雷】が第二陣を形成し【空白の塔】に向かわせるようです! 【空白の塔】でエメリーさんを確実に潰そうという魂胆らしいです! 【氷海の塔】に入っている部隊は全て【空白の塔】に向かって下さい! ターニアさんそちらはお願いします! エメリーさんは受け入れ準備を!』



 ほう、まだ【轟雷】に余力がありましたか。

 しかし動かせない固有魔物を除けば多くてもAランクが三~四体。つまりほとんどBランク以下……数で補う感じですかね。

 そうなると確かにわたくしたちだけでは厳しくなるかもしれません。援軍は正解でしょう。さすがはお嬢様です。



『敵は【空白】の<白昼夢の空>という限定スキルを使って【空白の塔】での挟撃を仕掛けるつもりです! おそらく階層かエリアに限定してデバフを掛けるようなものだろうと予測しています! 限定スキルと敵軍の詳細が出たらまた連絡します!』


「なるほど、かしこまりました」



 階層かエリアに作用するデバフですか。限定スキルであることを考えればさぞかし強力なものなのでしょう。

 下手すると【魔術師】の『魔法とスキルが使えなくなる』ようなものかもしれません。

 となればハルフゥの回復やターニアとベアトリクスの魔法も必要になるかもしれないですね。


 しかしこちらの部隊が二百人規模になり、それがまとめて限定スキルを掛けられるとなると痛手を負う可能性もあります。

 【氷海】から来る部隊を完全に合流させるのは危険かもしれません。

 こちらとは一階層離して後続部隊とするべきか……いえ、そうなると【轟雷】からの大部隊の対処が厳しいですか。


 【轟雷】の大部隊が入って来るタイミングでわたくしたちが転移門付近に戻り、先にそちらを迎撃。それから【空白】の主力部隊と当たる、という感じがベターでしょうか。


 敵の殲滅はこちらも大部隊で当たりたい。

 とは言えまとまっていると限定スキルが怖い。


 まとまらずに迎撃したらこちらの被害は大きくなりそうですから限定スキルばかり警戒しても無駄ですかね。

 どうせ【轟雷】の挟撃を防いだところで【空白の塔】の攻略には限定スキルが付き纏うのですから。

 ならばいっそのことまとまっていたほうが無難かもしれません。



「ターニア、【轟雷】部隊が【空白の塔】に入ってからこちらに来る形にしましょう。一階層でこちらが挟撃して【轟雷】部隊を潰します」


『分かりました~。では今はゆっくりしておきますね~』


「お嬢様、【轟雷】が来るタイミングが分かりましたら教えて下さい。わたくしたちも戻りますので」


『了解です!』



 行って戻ってと慌ただしいですが対処の応酬は最初だけでしょうね。

 ここさえ凌げば向こうに動かせる戦力はなくなりますから。

 あっても【氷海】の戦力でしょうが……おそらく援軍に出せる余裕などろくにないでしょう。


 一先ずは【轟雷】の部隊を掃討する。

 そこで限定スキルが使われるかは分かりませんが、【空白】の主力部隊と同時に当たるよりはマシでしょう。

 それに転移門の近くで戦えば不測の事態で【女帝の塔】に避難することも可能ですからね。


 ではそうした策を共有しつつ、適度に【空白の塔】を殲滅しておきましょう。

 あまり進まず、いつでも戻れるように。





■ファモン・アズール 35歳

■第493期 Bランク【轟雷の塔】塔主



 【女帝の塔】へと送り込んだ攻撃陣は二体の化け物の手によって瞬く間に斃された。

 苦楽を共にしたサンダーファングもその中にいた。

 しかし悲しんでいる暇もなく、私は作戦を立て部隊編成を始めた。

 すでに死が間近に迫っているのだ。泣いている暇などない。


 Sランク固有魔物の【雷竜ケツァルコアトル】は動かせない。

 しかし身長4mを誇るAランク固有魔物の【雷巨人ママラガン】は無理矢理でも動かせる。

 その配下であるイエローオーガキング(A)部隊と虎の子の雷貴精トール(A)部隊も出す。



 Bランク以下の魔物もとにかく数だと眷属伝達を使って集めさせた。Dランク程度だろうが関係ない。

 そうして集結したのはただの寄せ集め集団。その数は五百にも上る。

 部隊としてのまとまりなど全くない。ママラガンが先導するスタンピードのような魔物の群れが出来上がった。


 隊列など関係ない。【女帝】軍を――あのメイドを潰せればそれでいい。

 私はとにかく急いで一階層の転移門へと向かわせた。



「準備が出来ました! 五百の群れを【空白の塔】に突っ込ませます!」


『ご、五百!? それでは【轟雷の塔】が――』


「ケツァルコアトルしか残っていません! それでも総力で潰さねばならないでしょう!」


『っ……感謝します、ファモン殿! 私も主力を下層に差し向けます! 共に挟撃しましょう!』


『カラーダイス殿! <白昼夢の空>は!』


『敵前線は今現在二階層! ぶつかる前に階層全体にかけます! 敵の魔物は″幻惑″状態となりこちらの魔物がろくに視認できなくなるはずです! そこを一気に叩きましょう!』


「了解しました!」



 敵のみをエリア単位で″幻惑″させる<白昼夢の空>――限定スキルらしく極めて凶悪な代物だ。

 例え前方に障害物があってもそれに気付かず、罠があっても見えず、敵の姿もろくに分からない。

 その状態で波状攻撃を仕掛ければ、どこからどういう攻撃を仕掛けられているのか理解できない。

 大軍同士のぶつかり合いと考えれば最悪同士討ちも考えられる。


 あのメイドの化け物っぷりを考えると限定スキルと言えども完全に″幻惑″状態にはならない可能性がある。

 しかし他の魔物には効くだろうし、味方が混乱している最中、メイド一人だけで五百以上の魔物の挟撃を凌ぎきるなど不可能だ。


 圧殺――それしかない。

 限定スキルと数の暴力で何としてでもメイドを殺すのだ。



 私の魔物たちが転移門をくぐって【空白の塔】へと入っていく。さすがに門をくぐるだけでも時間がかかるが仕方ない。

 目指すは二階層。カラーダイス殿に準備された迎撃エリアだ。


 ――と、そこでカラーダイス殿から声が上がった。



『なっ!? メ、メイドたちが戻り始めた! 急いで一階層に向かっているぞ!』


「何ですって!?」



 明らかに私の部隊を迎撃するような動きだ。

 どうやって察知した!? まさか私の塔に魔物を忍び込ませていたのか!?


 どうする……! このまま部隊を進ませていいのか……?



「カラーダイス殿! 迎撃ポイントを一階層にすることはできるのですか!?」


『可能です! しかし……私の主力の到着が遅れますぞ! 挟撃とはいきません!』


「ならば先に<白昼夢の空>だけ使って頂き、私の部隊だけで応戦しておきます! そこから合流とすれば隙を突いた挟撃となりましょう!」


『……分かりました! 急ぎ向かわせます!』



 限定スキルさえ使ってもらえればやりようはある。

 挟撃だろうがそうじゃなかろうが、メイドを数で殺すというのは変わりないのだから。私の部隊だけでもそれは為せる。

 しかし確実性を求めるならばカラーダイス殿の主力に期待するほうがいい。足を速めてもらわねば。


 改めてその旨を眷属伝達し、一階層で布陣させた。

 ちゃんとした迎撃体勢をとらせ、万全の状態で戦わせるべきだ。



 ――というところで今度はドミノ殿が声を荒げた。



『こ、こちらの部隊も戻り始めた! 飛行部隊が先行して戻っているぞ!』


「はあっ!? ま、まさか【空白の塔】に!?」



 援軍!? 私の出した部隊が多いからと【氷海の塔】の攻撃陣を寄越す気か!?

 そうなれば【空白の塔】の一階層に布陣させている部隊が挟撃される形となる。


 こちらが挟撃するはずだったのに……まさかそんな!


 しかも二塔に分けた敵攻撃陣が集結するとなれば化け物メイドに加えてSランク固有魔物が三体……!

 海姫ハルフゥが遅れるとしてもナイトメアクイーンと妖精女王ティターニアを同時に相手にしなくてはならないということだ。



(ふざけるな!! こんなことあって堪るものか!!)



 どうする……! 今さら【轟雷の塔】に逃げ帰ることもできない!

 <白昼夢の空>を掛けた上で迎撃するしかないのだが、挟撃される前にメイドの方をどうにかしなければ……!



『私も部隊を編制し【空白の塔】に向かわせますぞ!』


『ドミノ殿……! よろしくお願いします!』


「カラーダイス殿! 私の部隊は先にメイドと当たらせます! スキルのタイミングをお願いします!」


『分かりました!』



 メイドの部隊が走っている様子が画面共有で映る。もう少しすれば接敵するだろう。

 息を飲んで待つことしばし、カラーダイス殿から「使います!」と声が上がった。

 画面に見える変化はない。しかしメイドたちはおそらくすでに幻惑状態にあるだろう。

 自分では幻惑状態に気付いていないだろうが、確実にその毒は効いている。


 距離が近づいてきた。遠距離攻撃が届く距離まではあと少しだ。

 しかしメイドたちには私の魔物が見えていないはず。

 眼前に広がる五百もの群れを把握できない恐ろしさ。それを今から味わうのd――



 ――ドドドオオオオン!!!



「はあっ!?」



 突如、ナイトメアクイーンやハーピィクイーン、ハイフェアリーたちから魔法の掃射が始まった。

 メイドもハルバードを振って魔法を放っているように見えるがそれどころではない。


 なぜ気付けた!? なぜ的確に魔法を撃てる!?



「カラーダイス殿! <白昼夢の空>は!?」


『す、すでに掛けている! なぜだ! なぜ効かんのだ!!』



 <白昼夢の空>は最近取得したスキルではあるが侵入者相手に使用感は試している。

 まさか魔物には効かないとでも!? ……いや、そんなわけはない。敵であれば人だろうと魔物だろうと関係ないはずだ。

 ではなぜ……。


 ……まさか限定スキルを防いでいるのか!?

 いやどんな神聖魔法だろうと限定スキルを防ぐことなど……まさか防御型の限定スキル!?

 それを【女帝】が取得していて自軍全体に掛けているのか!?


 だとすれば……。


 私は膝から崩れ落ちそうな絶望感を必死に抑え込みながら眷属伝達で指示を出す。

 全軍でメイドに当たれと。

 一方的に魔法を撃たれる状況は死を招くだけだ。正面からでも数で敵を押しつぶす。


 とにかく抑え込めば【空白】の主力が下りて来る。

 早く片付けば妖精女王ティターニアたちが来ても対処できる。

 時間を稼げば【氷海】の援軍も来る。

 それだけを信じて、私は私にできることを――。




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