178:春風の塔も大変みたいです!
■エレオノーラ・グリンプール 51歳 エルフ
■第498期 Eランク【春風の塔】塔主
フッツィルとクラウディアさんからアドバイス(という名目の指示)を受けて【春風の塔】の大改装を行った。
TPをほぼ使い切るほどの大掛かりな改装だったので、あたしは散々「大丈夫なんですかこれ!?」と言い続けたわけだが二人から「いいからやれ」と一蹴。
どうにかTPを節約して罠や魔物を削ろうかと画策もしたけど「言われたとおりにやれ」「監査すんぞ」とすぐにフッツィルから手紙が来る。どっかで覗いてるんじゃないでしょうね!?
そうして恐る恐る大改装してカツカツのTPのままオープンを迎えたわけだ。
結果は大成功。誰よりも創ったあたしが一番驚いた。
ダメージTPが面白いように入り、久しぶりに討伐TPまで入ってきたのだ。
翌日からは大改装の噂を聞きつけたのか、侵入者の数が少しずつ増え始め、しかも一階層すら突破を許していない。
斃される魔物も弱いのばかりだし、罠の再設置にしてもダメージTPにより黒字になる。
【春風の塔】は未だかつてない黒字経営となっているのだ。
=====
お前の思っている『未だかつてない黒字』はわしの【輝翼の塔】のEランク時代と比べて十分の一以下じゃからな?
=====
すぐにそんな手紙が飛んで来た。すいません、調子に乗りません。
……ほんとどっかで覗いてるんじゃないでしょうね?
毎日の修正についても事前にマニュアルをもらっている。
A-2地点の魔物をA-3地点に、B-4地点の罠をC-4地点に、などなど。
修正箇所は多いけど全部書いてあるまま直すだけだからあたしにも出来る。
でも時々ミスったりすると、また手紙が飛んでくる。
見直せと。書いてあるとおりにやれと。
あたしはこれで本当に塔主と言えるのだろうか。そう遠くを見つめたくもなるけど今は言われたとおりにやるだけだ。
実際に結果が出ているし、あたし自身「へぇ~こういうふうにやるんだぁ」と勉強になる。
今までは教えてもらってても体験したわけじゃないからね。理解できてなかったんだよ。
一階層の『迷わない迷いの森』についても話に聞いただけじゃさっぱり意味が分からなかった。
そもそも『迷いの森』というのは木々が密集した森の地形を利用して方向感覚を狂わせるというものらしい。
塔の中は実際の森と違い太陽の方向なども分からないから余計に効果的なんだとか。
侵入者はなかなか二階層への階段に辿り着けず、かといって戻ることも出来ず、つまり滞在TPを稼げると。
また、場所を把握するためにキョロキョロするので上空と地面への警戒が疎かになる。
そこを魔物や罠に襲わせると。小さい魔物は森の中を自由に動けるからね。
で、それを『迷わない迷いの森』にした場合、方向感覚を狂わせるという部分を完全に捨てる。侵入者からすれば一本道だ。
その代わりに階層中を満遍なく歩かせる。
決められた順路で、決められた罠への対処が求められる。
ただし魔物が自由に襲い掛かるのは同じだ。人に通れない木々の隙間も小さい魔物なら通れるからね。
侵入者は屋内型の洞窟を探索するようなイメージなのに対して、魔物は上下左右から襲い掛かると。
もちろん屋内型の階層に比べれば罠の種類は少ないんだけど、それを魔物で補う感じかな。
……というのを教わったわけだ。フッツィルとクラウディアさんに。
二階層以降も同じような感じの屋外型を用意している。まだ出番はないけどね。
お二人曰く、あたしが安定して塔運営できるまではマニュアル通りに管理できる形で継続するらしい。
あたしが自分の塔を好きにいじれるのはだいぶ先のようだ……。
――ピロン
「げっ、またか……」
突然の通知が入るといつもビクッとしてしまう。
大抵はフッツィルからのお小言か、【忍ぶ者】のデュフ・ゴザールが気持ちの悪い手紙と一緒に
通知で喜んだ試しがない。
そんな感じで手紙を開いてみたわけだけど……。
「……は? 【煙水の塔】からの
【煙水の塔】? どこの誰だ?
と思って
「あたしの一年先輩のEランク……塔主はファルタム・ズーロで
まぁ却下だよね。ランクはわたしと同じEランクでも一年先輩ってことはあたしより強いんでしょ、どうせ。
と言うかあたしは未だに
侵入者に怯える毎日だってのに
今だってフッツィルとクラウディアさんのおかげでやっと安定し始めたところなのに、まだ
――ピロン
「は?」
=====
もし
【輝翼の塔】フッツィル
=====
「やっぱどっかで覗いてんじゃないの、これえ!?」
◆
色々と思うところはあるものの結局は手紙の指示に従った。
フッツィルに普通に返信したのだ。【煙水の塔】からたった今申請ありましたよと。あたし偉い。
で、なぜかその日の夜に第二回の三者面談になったわけだけど……。
え? クラウディアさんまで巻き込んで会議するほどのことなの?
普通に断っちゃダメ?
フッツィルだって早々会うことは避けるみたいに言ってたじゃん。
そう思いつつも、あたしは二人の話し合いをただ聞くくらいしか出来ないでいる。
あたしが主役のはずなのになぁ……【春風の塔】の
「まさか【煙水】がエレオノーラを狙うとはのう。いよいよ切羽詰まったようじゃな」
「危惧もしていましたがある意味予想通りでもあります。ただせめて【紺碧の塔】であれば……」
「Cランクはさすがに無理じゃろう。いくら報酬が美味しくても勝てなければ意味がない」
どうやらお二人は【煙水の塔】があたしの塔を狙うというのをある程度予測していたらしい。
どういうことかと聞けば、あたしのところに前に
そのつながりで今回の申請があったのだろうと。
なんかその同盟は【忍ぶ者】と同じくエルフを狙っているらしい。怖いわぁ。
「と言うかお前はどことどこが同盟かとか把握しておらんのか? 【煙水】の情報が何もないとは何事じゃ」
「はぁ……私の方から塔主の一覧を渡しておきます。申し訳ありません、フッツィル様」
「す、すいません……」
同盟なんか神様からの通知で連絡は入るけど
え? みんな知ってて当然なの? そういうの把握しておくもんなの?
「まぁともかく、エルフを狙う輩を野放しにはできぬので潰すに越したことはない。そういう意味ではチャンスじゃ」
「えっ、あたし、バトるんですか!? バトったことないんですけど!?」
「いずれお前には【忍ぶ者】を斃してもらう予定じゃった。Dランクの予行練習にEランクと戦っておくというのも悪くはない」
【忍ぶ者】とはバトるのが確定なの!? 怖いし気持ち悪いんだけど!?
「ただ問題はその時期じゃな。チャンスではあるものの時期尚早なのは否めん」
「せめてもう二月……いえ一月だけでも伸びれば……」
「無理じゃな。そうなるともうファルタム・ズーロを斃す機会がなくなる。【霧雨】同盟からは外され、そのまま侵入者に斃されてくれればよいが、おそらく引き籠るかまたバベリオの街で悪事を働くじゃろう。一度吸った甘い蜜じゃ。機会さえあれば転ぶのは容易い」
【煙水】のファルタムって人はバベリオの街でマフィアめいたことをして金稼ぎをしていたらしい。
今はそれに使っていた大店が潰れちゃって資金繰りが大変なんだとか。
だからあたしとバトって、おそらくエルフの居場所を吐かせて捕まえて奴隷に落とそうとしているらしい。
何それ! 怖いんですけど! 【忍ぶ者】より怖いじゃん!
そういった狙いでエルフの塔を叩こうとしている塔主は他にもいるらしい。
【霧雨の塔】はその一つで、そこを斃すためにも同盟塔である【煙水の塔】を斃しておきたいとフッツィルは言う。
ただ斃すといってもあたしの【春風の塔】は大改装を経た今も弱いままだ。
階層はまともになっても魔物が弱い。召喚しようにもTPの貯蓄もまだそんなにないし。
【煙水の塔】がどんなものか分からないけど勝てるわけ――
「ちなみにこれが【煙水の塔】の地図と戦力の一覧じゃ」
「なんでそんなの持ってんの!?」
「お前は黙れ。それでクラウディア、これと戦って【春風の塔】は勝てると思うか?」
「…………素晴らしい情報ですね。光明は見えました」
「ふむ、お主の考えを聞こうか」
それから二人の作戦会議が始まった。
あたしの塔と魔物を使った、あたしの命を賭けた、あたしの
当然蚊帳の外ですよ、ええ。
あたしだって死にたくないから真剣にやりますとも――操り人形役をね。
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